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愛する者の殺害

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コルタール城の秩序は崩壊しかけていた。
もともと不足していた麦は、完全に閉じ込められてしまったことでとうとう備蓄が尽きてしまい、おいつめられた民たちは、食料を探して略奪に走る。
わが領の兵士では暴徒と化した民たちを抑えることができず、かろうじてコルタール城を守ることで精いっぱいだった。
困り果てた私のもとに、アリシアが来る。
「お父様。私を使者としてライトお義兄様のところに派遣してください」
「バカなことを言うんじゃない。今のライトはもはや魔王と化しておる。誰の言葉もとどくまい」
私はそういって必死に止めるが、アリシアの決心は堅かった。
「私はライトお義兄様がどれだけ非道を為そうが、彼を愛しています。彼の怒りを鎮めるためなら、この身がどうなってもかまいません」
真剣な顔で言う娘に、私も心を動かされる。娘の純粋な愛に触れたら、魔王と化したライトの心も溶かすことができるかもしれない。
「……わかった。すべてお前に任せる。いかなる条件も飲む。このコルタールの支配権も渡そう。その代わり、民の命だけは救ってくれるように頼んでくれ」
私は娘を抱きしめ、ライトのもとに送り出すのだった。

コルタール城を完全に封鎖した後、俺は実に退屈していた。
「奴らを封じ込めたはいいけど、これからどうしようか。このまま飢え死にさせるのもつまらないし」
なにせ高い城壁に囲まれているので、中の様子が全く分からない。奴らの苦しむ姿が見れなくて、俺は少し後悔していた。
「いっそのこと、乗り込むか……」
俺がそう考えたとき、城壁に白い服を着た美少女が現れた。
「ライトお義兄様!」
その声をきいたとたん、俺の心臓がビクッとなる。忘れかけていた、人間らしい感情がよみがえった。
「アリシアなのか?」
「はい。今あなたの元にまいります」
アリシアは、縄梯子を伝って城壁を降りていく。俺は見ていて、落ちないかハラハラした。
「お義兄さま!」
なんとか地上に降りたアリシアは、思い切り抱き着いてくる。俺は倒れそうになりながらも、なんとか受け止めることができた。
「アリシア……本当にお前なのか?」
「はい。お義兄様。会いたかったです」
俺の胸に飛び込んできたアリシアは、泣きながら俺の顔を見上げてきた。
「ああ……お義兄様。こんなにおやつれになって」
アリシアの指が、俺の頬に触れる。
「お義兄様。私はあなたの冤罪を信じます。父があなたを陥れたことを、本当にもうしわけありません」
アリシアは、涙を流しながら謝罪してきた。
「お義兄さま。私を好きにしてくださってかまいません。ですから、どうかこれ以上の復讐はおやめになってください」
彼女の指からは、真剣に俺のことを想ってくれる電気信号が伝わってきた。
俺は彼女の体を、優しく抱きしめる。
あるいは、この時が俺が引き返せる最後の機会だったのかもしれない。しかし、彼女の愛をもってしても、俺は復讐をやめることができなかった。
「お前の誠意は受け取った」
俺の言葉を聞いた彼女は、泣きながら笑みを浮かべる。
「許してくださるのですか。ありがとうございます。私は昔から、あなたのことを……お慕いしておりました」
その言葉とともに、彼女の唇が接近してくる。俺たちは初めてのキスを交わした。
キスを終えた後、俺はやさしく彼女のかぼそい首に手を当てる。
「お義兄さま?」
「残念だが、俺の復讐には愛も情も邪魔になるんだ」
アリシアの細い首にかかった俺の手に、光の魔力がこめられる。
「せめてもの情けだ。苦しまないようにあの世におくったやろう」
俺の手から、アリシアの生命活動を停止させる電気信号が放たれる。まず苦痛を感じる神経をシャットアウトさせて、心臓の鼓動を止めた。
「気持ちいい……お義兄様の手、あたたかい……」
アリシアの体から力が抜け、地面にくずれ落ちた。
「すまない。だが、お前にだけは俺がこれから行う虐殺を見せたくないんだ」
アリシアの体から、魂が抜けていく。俺は彼女の無垢な魂を吸収することなく、解放した。
「さらばだアリシア。生まれ変わったら、また会おう」
こうして、俺の義妹で、ただ一人俺を愛してくれていたアリシアは、苦しむことなくこの世を去った。

悪とは何か。
いろいろな定義があるが、おそらく万人が同意するだろう悪行がある。それは、「自分を愛してくれるものを、その手にかけること」である。
復讐のため、許されない悪行を犯した俺に対して、城壁の上から見守っていた民衆からは、一斉に非難の声が上がった。
「そんな、お嬢様が!」
「罪もないお嬢様を殺すなんて!この悪魔」
その罵声を無視して、俺はそっとアリシアの体を地面に横たえる。これで唯一の弊害が無くなった。
あとは命燃え尽きるまで復讐に邁進するのみだ。
俺はそう決意すると、邪悪な笑顔を浮かべて民たちを見上げた。
「見ての通りだ。俺には色仕掛けは通用しない。娘を差し出して免罪を乞おうとする恥知らずの公爵に伝えるがいい。貴様たちは何をしても許されぬとな」
それを聞いた領民たちは、心底震えあがった。
「だめだこれは……奴にはどんな交渉も通じない」
「このまま、俺たちは餓死するしかないのか……」
皆がそう思って絶望する中、誰かが声をあげる。
「こうなったら、コルタール公爵を捧げて命乞いするしかないぞ」
その声は燎原の火のように、コルタール城下町に広がる。
「公爵を出せ!」
「俺たちのために、死んでくれ!」
飢えと恐怖のあまり錯乱した市民と公爵を守る兵士たちの戦いが始まり、城下町は戦乱の渦に巻き込まれるのだった。
「ははは……すばらしいぞ。どんどん力が集まってくる」
俺の体内には、死んでいったコルターㇽの民や兵士たちちの恨みの魂が集まり、急激なレベルアップにつながっていた。
「くくく……すぐに俺は光司に追いつくだろう」
魔王亡きこの世界は、すでにモンスターがいなくなっている。光司がレベルアップしようとしても、これ以上はできないということだ。
「しかし、人間はうじゃうじゃといる。復讐と虐殺をつづけていけば、すぐに俺は奴に追いつくだろう」
俺は地獄と化したコルタールの城を見て、復讐の快感に浸るのだった。
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