若者は大家を目指す

大沢 雅紀

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内見

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次の休日
新人は落札した物件を見に行った。
初めていく場所だったのでかなり迷ったが、何とか地図とにらめっこしてたどり着く。
目的の家が見えてきたとき、新人は思わず絶句した。
「これは……ひどい……」
裁判所にあった競売物件の資料には写真も載っていたので、ある程度の状態はは分かっていたが、実際にみたらかなり痛んでいる。
外壁は薄汚れていて、庭には草がぼうぼう。塀は一部が崩れかけ、瓦の一部は落ちていた。
さすがは100万円台の一戸建てというお手ごろ物件である。
「それに……結構ここに住むのは大変だぞ……」
団地のかなり高いところにあり、ほとんど登山のレベルである。
車やバイク無しではかなり不便そうだった。

「で、でも、ちゃんと人は住んでいるんだし」
こんな場所ではあるが、周囲には意外と人家が多く、近くには公園もある。
「それに、悪いところばかりじゃないかも。えっと、ここの場所のいいところは……」
悪いところばかり考えていたら気が滅入ってしまうので、よかった探しをしてみる。
「まず、道路に面してて、日当たりがいいな」
この物件は南と西に広い道路に面している角地で、前が開けているので駐車が楽である
さらに都合のいいことに後ろにも車が通れる道があったので、三面が開けていた。
そのおかげで、日当たりは抜群にいい。
「さらに、ゴミ捨て場が近い」
すぐ裏の生活道路にゴミの集積所が設置してあるから、便利といえば便利である。
「この家は、いくら水を使っても水道代が一定だ」
この物件は、上水道に接続されておらず、その周囲の何軒かと共同で『井戸』を掘り、ずっと使用していたのだ。
「水道代が毎月2000円か……」
水そのものは無料だが、水をくみ上げている共同使用のポンプの電気代が半年で一万六千円負担しなければならない。
「うーん。一応水質検査には合格しているみたいだけど……」
ずっと自宅で水道を利用していた新人にとって、使用水が『井戸』であることがメリットかデメリットか良く分からなかった。
(まあいいか……どうせ俺がここに住むんじゃないし)
深く考えると嫌になってくるので、ここは人に貸す物件だからと割り切る新人だった。
「それに、24時間営業の激安スーパーが、この団地の坂を下りてすぐだし」
これは本当にメリットだった。県内において最も安く、品ぞろえも充実しているスーパーが近くにあるのだ。けっして裕福ではない新人も、わざわざバイクに乗って買い物にきているほどである。
「まあ、家が古くて汚いのは仕方ない。ちゃんとここに住んでいる人もいるんだし、リフォームしてきれいにすれば、何とか借り手がつくだろう。そうしたら毎月6万ほどで貸して……」
ふたたび不労所得で生活するという、バラ色の未来を思い浮かべてにやける新人。
自分のものになる日が待ち遠しく、それから何度も見に行く新人だった。

そして一ヶ月―
ついに待ちに待った日が訪れる。
「裁判所から通知がきたな。これはなんだ?」
書留で送られてきた書類を開く、そこには『所有権移転のお知らせ』と『登記識別情報』と書いた紙切れが入っていた。
「これって、落札した物件が俺のものになったってことだよな? でも『権利書』じゃないのかな?」
てっきり土地建物の権利書がくると思っていた新人は、それをみて戸惑った。
「『登記識別情報』って……なんなんだ?」
薄緑の住民票みたいな紙に、ラメ色のシールが張ってあって番号を隠している。
思わず新人はそのラベルをはがして見る。すると、意味不明の英字や番号が並んでいた。
「え? なんだろこの番号。もしかして、わざわざ隠してあるって結構大事な番号だったりとか?」
そう思った新人は、この書類が何であるかを慌ててネットで調べてみた。
「あれ? 今は土地の権利書ってなくなっていて、すべて法務局の登録になっているのか。んで、この番号が所有権を証明するもので、それが権利書の代わりになる……ということは、この番号を他人に知られたら、盗まれたと同じことになるわけか!」
慌てて番号の上に再びシールを張って隠すのだった。
「しかし、今は権利書もないのか……世の中ってどんどん変わっていくんだな」
新人は自分が思っていた常識が刻々と変わっているのを感じる。
親に頼ってずっとニートをしていた自分が、世間知らずであったことを実感してしまった。
「まあいいや。要はこれを大切に保管していればいいんだな。これで名目上はあの家の持ち主になったんだから、堂々と立ち退き交渉出来るというわけだ。これからが正念場だぞ」
新人は気合を入れなおす。
いよいよ競売の最大の難関『住人の追い出し』が始まるのだった。

一般人が競売に抱くイメージは何か?
「住宅ローンが払えなくなって、人手に渡った因縁がついた物件」
「ヤクザとか訳ありの人間が手を出す物件」
「せっかく手に入れても、元の住人が居座って出て行かない物件」
色々とあるが、このようなものだろう。
もちろん新人もこのことは承知である。だから入札の時点でいろいろと考えていた。
「第一の問題は、賃貸にまわして人に貸す事にして……」
さすがに住み慣れた家を離れて、競売物件に引っ越すほどの度胸は新人にはない。
「次の問題は、入札の段階で法人が入っているビルとか、新しくて大きな家とかを避けて……」
今では法整備が進み、競売に絡む不法行為で利益をあげることは難しくなっている。
それでも新しくて大きな物件ならリスクを犯す価値もあるので、変な入居者もいるらしい。
しかし、普通の人が住む数百万の物件ではそういったことは避けることができた。
よって、一般人が競売に手を出す事の最大のリスクは、最後の「立ち退き交渉」にあるといえた。
「素人の俺じゃ、自分で立ち退き交渉なんて無理だ。だから、ここはやっぱりプロに頼もう」
さすがに新人は直接住民を追い出すほど勇気はない。
というか、できれば顔を合わせたくなかった。
そこで何とかならないかネットで調べたところ、料金さえ払えば入居者に大して落札者に代わって立ち退き交渉わしてくれる不動産屋があるらしかった。
それで何件もの不動産屋に電話して、自分の代わりに交渉してもらえるか聞いてみた。
「あの、競売物件を落札したんですけど、立ち退き交渉をしてもらいたいんですけど……」
「申し訳ありません……当社ではそのようなことはしておりません」
しかし、大体はこのように断られる。
「あの……ホームページでは不動産競売の代行をしてくれると書いてあったんですが……」
「それは、お客様からご依頼を受けて、競売の代行手続きをするといったことですね。その業務には、すでに落札された物件の入居者立ち退き交渉は含まれておれません」
けんもほろろに断られ続ける新人。
「くそ……競売手続きの代行なんて、たかが数枚書類を書いて保証金を払うだけじゃん。そんなの誰だって出来るよ」
そうは思うが、競売をしたことがない人にとっては敷居が高いのだろう。
不動産屋にとっては面倒でリスクを背負う、立ち退き交渉だけすることにメリットはないに違いない。
「こうなったら、自分でしないといけないかな……」
そんな事を思って不安になるが、その手間を思えばなるべくしたくはない。
新人はわらにもすがる思いで、電話をかけ続けるのだった。


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