若者は大家を目指す

大沢 雅紀

文字の大きさ
11 / 41

内見

しおりを挟む
次の休日
新人は落札した物件を見に行った。
初めていく場所だったのでかなり迷ったが、何とか地図とにらめっこしてたどり着く。
目的の家が見えてきたとき、新人は思わず絶句した。
「これは……ひどい……」
裁判所にあった競売物件の資料には写真も載っていたので、ある程度の状態はは分かっていたが、実際にみたらかなり痛んでいる。
外壁は薄汚れていて、庭には草がぼうぼう。塀は一部が崩れかけ、瓦の一部は落ちていた。
さすがは100万円台の一戸建てというお手ごろ物件である。
「それに……結構ここに住むのは大変だぞ……」
団地のかなり高いところにあり、ほとんど登山のレベルである。
車やバイク無しではかなり不便そうだった。

「で、でも、ちゃんと人は住んでいるんだし」
こんな場所ではあるが、周囲には意外と人家が多く、近くには公園もある。
「それに、悪いところばかりじゃないかも。えっと、ここの場所のいいところは……」
悪いところばかり考えていたら気が滅入ってしまうので、よかった探しをしてみる。
「まず、道路に面してて、日当たりがいいな」
この物件は南と西に広い道路に面している角地で、前が開けているので駐車が楽である
さらに都合のいいことに後ろにも車が通れる道があったので、三面が開けていた。
そのおかげで、日当たりは抜群にいい。
「さらに、ゴミ捨て場が近い」
すぐ裏の生活道路にゴミの集積所が設置してあるから、便利といえば便利である。
「この家は、いくら水を使っても水道代が一定だ」
この物件は、上水道に接続されておらず、その周囲の何軒かと共同で『井戸』を掘り、ずっと使用していたのだ。
「水道代が毎月2000円か……」
水そのものは無料だが、水をくみ上げている共同使用のポンプの電気代が半年で一万六千円負担しなければならない。
「うーん。一応水質検査には合格しているみたいだけど……」
ずっと自宅で水道を利用していた新人にとって、使用水が『井戸』であることがメリットかデメリットか良く分からなかった。
(まあいいか……どうせ俺がここに住むんじゃないし)
深く考えると嫌になってくるので、ここは人に貸す物件だからと割り切る新人だった。
「それに、24時間営業の激安スーパーが、この団地の坂を下りてすぐだし」
これは本当にメリットだった。県内において最も安く、品ぞろえも充実しているスーパーが近くにあるのだ。けっして裕福ではない新人も、わざわざバイクに乗って買い物にきているほどである。
「まあ、家が古くて汚いのは仕方ない。ちゃんとここに住んでいる人もいるんだし、リフォームしてきれいにすれば、何とか借り手がつくだろう。そうしたら毎月6万ほどで貸して……」
ふたたび不労所得で生活するという、バラ色の未来を思い浮かべてにやける新人。
自分のものになる日が待ち遠しく、それから何度も見に行く新人だった。

そして一ヶ月―
ついに待ちに待った日が訪れる。
「裁判所から通知がきたな。これはなんだ?」
書留で送られてきた書類を開く、そこには『所有権移転のお知らせ』と『登記識別情報』と書いた紙切れが入っていた。
「これって、落札した物件が俺のものになったってことだよな? でも『権利書』じゃないのかな?」
てっきり土地建物の権利書がくると思っていた新人は、それをみて戸惑った。
「『登記識別情報』って……なんなんだ?」
薄緑の住民票みたいな紙に、ラメ色のシールが張ってあって番号を隠している。
思わず新人はそのラベルをはがして見る。すると、意味不明の英字や番号が並んでいた。
「え? なんだろこの番号。もしかして、わざわざ隠してあるって結構大事な番号だったりとか?」
そう思った新人は、この書類が何であるかを慌ててネットで調べてみた。
「あれ? 今は土地の権利書ってなくなっていて、すべて法務局の登録になっているのか。んで、この番号が所有権を証明するもので、それが権利書の代わりになる……ということは、この番号を他人に知られたら、盗まれたと同じことになるわけか!」
慌てて番号の上に再びシールを張って隠すのだった。
「しかし、今は権利書もないのか……世の中ってどんどん変わっていくんだな」
新人は自分が思っていた常識が刻々と変わっているのを感じる。
親に頼ってずっとニートをしていた自分が、世間知らずであったことを実感してしまった。
「まあいいや。要はこれを大切に保管していればいいんだな。これで名目上はあの家の持ち主になったんだから、堂々と立ち退き交渉出来るというわけだ。これからが正念場だぞ」
新人は気合を入れなおす。
いよいよ競売の最大の難関『住人の追い出し』が始まるのだった。

一般人が競売に抱くイメージは何か?
「住宅ローンが払えなくなって、人手に渡った因縁がついた物件」
「ヤクザとか訳ありの人間が手を出す物件」
「せっかく手に入れても、元の住人が居座って出て行かない物件」
色々とあるが、このようなものだろう。
もちろん新人もこのことは承知である。だから入札の時点でいろいろと考えていた。
「第一の問題は、賃貸にまわして人に貸す事にして……」
さすがに住み慣れた家を離れて、競売物件に引っ越すほどの度胸は新人にはない。
「次の問題は、入札の段階で法人が入っているビルとか、新しくて大きな家とかを避けて……」
今では法整備が進み、競売に絡む不法行為で利益をあげることは難しくなっている。
それでも新しくて大きな物件ならリスクを犯す価値もあるので、変な入居者もいるらしい。
しかし、普通の人が住む数百万の物件ではそういったことは避けることができた。
よって、一般人が競売に手を出す事の最大のリスクは、最後の「立ち退き交渉」にあるといえた。
「素人の俺じゃ、自分で立ち退き交渉なんて無理だ。だから、ここはやっぱりプロに頼もう」
さすがに新人は直接住民を追い出すほど勇気はない。
というか、できれば顔を合わせたくなかった。
そこで何とかならないかネットで調べたところ、料金さえ払えば入居者に大して落札者に代わって立ち退き交渉わしてくれる不動産屋があるらしかった。
それで何件もの不動産屋に電話して、自分の代わりに交渉してもらえるか聞いてみた。
「あの、競売物件を落札したんですけど、立ち退き交渉をしてもらいたいんですけど……」
「申し訳ありません……当社ではそのようなことはしておりません」
しかし、大体はこのように断られる。
「あの……ホームページでは不動産競売の代行をしてくれると書いてあったんですが……」
「それは、お客様からご依頼を受けて、競売の代行手続きをするといったことですね。その業務には、すでに落札された物件の入居者立ち退き交渉は含まれておれません」
けんもほろろに断られ続ける新人。
「くそ……競売手続きの代行なんて、たかが数枚書類を書いて保証金を払うだけじゃん。そんなの誰だって出来るよ」
そうは思うが、競売をしたことがない人にとっては敷居が高いのだろう。
不動産屋にとっては面倒でリスクを背負う、立ち退き交渉だけすることにメリットはないに違いない。
「こうなったら、自分でしないといけないかな……」
そんな事を思って不安になるが、その手間を思えばなるべくしたくはない。
新人はわらにもすがる思いで、電話をかけ続けるのだった。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

盗み聞き

凛子
恋愛
あ、そういうこと。

処理中です...