若者は大家を目指す

大沢 雅紀

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マンション

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コールセンター
新人と新庄さんが、仕事の合間に雑談している。
「というわけで、何とか落ち着きました。今は毎月6万ずつ、きちんと家賃が振り込まれています」
新人は、比較的良く話するようになった新庄さんだけには不動産投資をすることを話していた。
「へえ……それはよかったわね。なんかうらやましいわ」
新庄さんは新人の成功を聞いて、ため息をつく。
「新庄さんもやってみたらいかかですか? 適当な物件を買って引越しするとか。思ったよりは簡単に出来ましたよ」
新人はそう勧めるが、彼女は苦笑して首を振った。
「競売物件とか、そういう事に挑戦できるのは若いうちだけなのよ。もう年を取ると、今の生活を維持することで精一杯。子供も今年高校卒業するし、もしかしたらこれから大学や専門学校に行きたがるかもしれないし、もしものときにお金はためておかないと……」
「え? お子さんはもうそんなに大きいんですか?」
新人は驚く。
「当然よ。だって私はもう50近くのおばあさんだもの」
新庄さんは屈託なく笑い、自分の年をカミングアウトした。
「え? 40歳前後かと……」
新人は少し大げさに言うが、確かに新庄さんにそんなに大きな子供が居るようには見えなかった。
「うふふ。ありがとう」
「新庄さんの娘さんなら、きっと可愛いんでしょうね」
新人は調子に乗って、そんなお世辞を言ってみる。
「そうなのよ……。私の若い頃に似て可愛いんだけど、そのせいでクラスの子から苛められたみたいでね。何度も中退したいっていってたけど、それでもくじけずに卒業してくれたの。でも、やっぱりこの不況で進路は決まらなかったみたい。とりあえず、アルバイトするって。ふふ、親子二人でアルバイト生活ね。まあ、二人で仲良く生活できれば、それで充分よ」
新庄さんはそういって柔らかく笑う。
(可愛いって言ったの冗談だったんだけどな……新庄さんに似ている娘さんなら微妙だろうし)
新人は心の中で酷い事を思っていたが、同時に羨ましくも感じていた。
「家族仲良くて、羨ましいですよ。俺なんか兄貴にも見捨てられて、両親が死んだ後はずっと一人暮らしですよ……たぶん、結婚も出来ないでしょうね……」
「大丈夫よ。新人君はしっかり将来の事考えているし、家も持っているし。がんばっていれば、きっといい人がみつかるわよ」
そういって慰められる新人だった。

「今月もまた競売物件が出ているな……。またあの家みたいないい物件があればいいけど……」
新人は最初の物件を手に入れてから、ずっと毎月競売物件をチェックしていた。
ともかくも家賃も入るようになり、利回り20%を確保していたので、第二、第三の物件を手に入れようと思っていたのである。
現在の貯金残高は約600万円なので、あと2軒は同じような物件を手に入れることができた。そうしたら家賃収入が三件あわせて毎月18万となり、アルバイトの給料とあわせて月収34万円となる。
そうなると、新人一人暮らしとしてはかなり余裕がある生活が出来そうだった。
「それに……次は新しく買った物件に引っ越して、今住んでいるいうを売るという選択肢もあるし」
彼にそうした場合、さらに多くの貸家を手に入れることができる資金が手に入る。
「楽しみだな……これを続けていったら、最終的には働かないで生活できるかも」
同じことをあと数回繰り返すだけで、夢のニート生活が送れるようになるかもしれない。
新人は毎月ワクワクしながら、競売物件のチェックをしていた。


「うーん……○○市の××地区か……遠すぎるな……」
とはいえ、なかなか目を引く物件は見つからない。
あまり遠く離れた場所にある物件だと管理が難しくなる。
かといって、都合よく近隣に100万円台の物件などそうそう出てこない。
「これは?ダメだな。入居者が居ない」
家に比較的近い場所にでた物件をネットで調べて、新人はため息を着く。
競売物件を紹介するサイトには物件の広さ、建築年数、住所のほかにも内部の写真や居住者の有無など、詳しいことが載っていて、家に居ながらにして詳しく調べる事ができる。
それらの情報から、新人は自分なりに狙う物件の条件を決めていた。
「いくら条件が良くても、入居者がいなかったり、ゴミ屋敷なのは勘弁だよな。最悪、人がまだ住んでいて、ちゃんと生活している物件じゃないと、トラブルになるかもしれない」
不動産屋の忠告もあり、価格が手ごろでもどう見てもゴミ屋敷で住人がいない物件や、所有者が行方不明の物件は避けていた。
「あとは……一戸建てかマンションにするかだけど……」
マンションの物件も数多くあったが、いまいち気が乗らなかった。
「うーん。市内中心部のワンルームマンションが78万か……」
市内の一等地にあるマンションの情報を見ながら、新人は悩む。
マンションの大部分は場所的には優れていて、入居者を探すにも苦労しないように思えるが、マンションには大きな問題が三つあった。
「管理費の滞納が150万かよ……ダメだな」
一戸建ての場合と違い、マンションには必ず管理費がかかる。
競売物件になるような物件は、管理費の滞納があるケースが多かった。。
考えてみれば当たり前で、何らかのローンが払えないから競売にかかるのである。
管理費をまともに払っているわけがなかった。
そして、滞納している管理費は、落札した者が代わって払わなければならないのである。
「それに、管理費を払わないといけないんだったら、結局家賃を払っているのと一緒だし」
マンションは所有する限り、組合に強制的に管理費を払わなければならない。この金額は古くなるほど高くなり、多ければ月2万円ほど余計に払わないといけない。
「家賃から管理費を引いたら、大して残らないよな……」
管理費の分利回りが落ちる。まして入居者がいなかったら出て行くばかりになり、「資産」から「負産」になってしまうのである。
たたでさえ余裕のない新人には、そんなリスクを負えなかった。
「それに、最大の問題は、管理費を払ってなお大きな出費が求められる事だ」
マンションが建てられて10年、20年と経過するうちに、当然劣化していく。その補修の為に積立金を管理費の中から貯金していくのだったが、それで賄えないケースも多いと聞く。
大規模修理の時に所有していれば、追加で何十万と費用を出さないといけない
以上の理由からマンションは避けていたのだったが……
新人の目はある物件に釘付けになった。
「えっ? ここってまさか……」
新人が住んでいる団地の中にある、中規模のマンションの一室が競売にかけられていた。
「あのマンションか……しかも買受可能価格420万か……安い」
慌てて詳しく調べてみると、魅力的な物件であることがわかった。
マンションの一階部分で、広さは3LDK70㎡。築20年だけどそれほど汚れてはいない。
これだけならどこにでもある平凡なマンションだったが、大きな特徴があった。
駐車場に専用の前庭が直結していて、2台駐車できるのである。
「うーん。これが本当に420万で手に入るなら、願ってもないけど……」
以前は不動産に関心がなかった新人だったが、さすがに同じ団地のマンションのことは知っていた。建てられたときの価格は2500万円を超えていたのである。
しかも歩いて二分のところにある物件なので、管理がしやすかった。

「だけど……管理費が……」
諸費用のことも詳しく乗っていて。管理費10000円 修繕積立金10000円 前庭使用料3000円である。そして滞納管理費が意外に少なく、30万円ほどだった。
「だけど……どうせ420万円じゃ手に入れられないだろうな」
写真を見る限り、中の部屋は綺麗に使われている。ずっと競売の結果をみていた経験上、こういった物件は複数の入札者が居て、競争が激しくなる傾向があった。
……いいや。マンションだし。今回はやめとこうか」
散々悩んだ挙句、見送りをする新人。
しかし、またもや同じ間違いを繰り返す事になるのだった。
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