嘘つき魔女の妖精事件簿

雀40

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第一章 誰が駒鳥を隠したか

【007】魔女の仕事

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 翌日、空がカサンドラの瞳と同じ色に染まり小鳥たちが忙しくさえずる頃、昨夜中に鞄へ詰めておいた荷物の確認をする魔女の姿があった。

「――まったく、あたしひとりならもっと移動が楽なのに……」
「押し切られたカサンドラの負けじゃん」
「うるっさい、この猫!」
「朝からうるさいのは君のほう……はぁ、ねむ……」

 くわっと欠伸をし、だらりと寝そべった体勢で、大きな籠に敷かれた羊毛入りクッション――カサンドラお手製のもの――に沈み込む黒猫が一匹。
 カサンドラはそんな黒猫を横目にぶつくさと文句を零しながらも、手際よく準備を進めている。

 荷の確認を終えれば、カサンドラの両掌を合わせた程度の大きさの木の器に、雑に割ったマンテカドスとドライフルーツを盛っていく。それを部屋の隅にある棚の上にそっと置き、器を覆うように清潔な布巾をかけた。

「それじゃあ、最終確認。目的地は隣のマーガトン子爵領の領都。そこで発生している妖精の消失現象の調査……と、可能であればそれの解決」

 カサンドラは麦わらで編んだボンネットを被り、シンプルな装飾が施された卓上鏡を覗き込みながら、エフィストに向けて目的の確認をする。昨日のものと似た雰囲気の黒いワンピースに、麻糸のレースと黒いリボンで飾られた麦わらのボンネットはよく合い、満足そうに頷いた。

「目的はその通り……ねぇカサンドラ、残りのマンテカドスは影にいれた?」
「もちろん。あんな脆いものを緩衝材も無く鞄にいれたら、すぐ粉々になっちゃうから」
「よしよし、俺のおやつは十分だな――――あ、来たね」
「別にあんたのおやつじゃ……あぁー、律儀に突っ込んでる暇がないわ。行くわよエフィスト」

 特に耳を澄ませなくても、ガラガラと敷地の入り口にある呼び鈴が騒々しく音を立てているのが聞こえてくる。周辺には森しかないため、早朝の空に響き渡るこの不協和音が、近所迷惑にならないのが幸いなところだ。

 のそのそとクッションから這い出た黒猫が、身体を伸ばしながら「にゃあお」と返事をする。エフィストが今更可愛い子ぶっても無意味なため、カサンドラは呆れたと言わんばかりのじっとりとした視線を向けるしかない。わざとらしい大きな溜め息と共にカサンドラは視線を前に戻し、埃除けのための簡素な薄手の外套を羽織ってから玄関の扉をゆっくりと開け放つ。
 朝陽の光が混じる清廉な空気を肺いっぱいに吸い込むと自然と気合いが入り、その爽やかな朝の世界に足を踏み出した。
 
 淡い木漏れ日の中で、庭の入口に立っていたのは、眼鏡が特徴的なアッシュブロンドの男。
 質の良さそうな外套を風に遊ばせている旅装のアーサーは、カサンドラとエフィストが出てきたことを視界におさめると、油断しきったような表情でふにゃりと笑った。
 
「カサンドラさん、御使い様、おはようございます」
「……おはようございます、アーサーさん」
「おはよー」

 そんな挨拶もそこそこに、家の敷地手前の広場に繋いでいたアーサーの馬を回収し、ふたりと一匹は森の小道を進む馬上の人になっていた。
 手綱を握るアーサーの後ろにカサンドラが横向きに乗り、アーサーの肩にエフィストが体重を託している。
 
 昨日、エフィストがもたらしたのはカサンドラの出張仕事。それに着いていくとアーサーが言い出し、隣領へ出入りするための許可証を急遽もぎとってきたので彼は今ここにいる。魔女担当という役割と、ベル家の力が物を言ったのだろう。実に早業だ。
 なお、この国の場合、魔女はどこの領でも顔パスならぬ瞳パスで通れるようになっている。面倒が少なくて有り難いことだとカサンドラは思う。
 
「しかし焦ったよ。魔女の仕事って、こうやってどこかに行くのもあるんだね」
「そうねぇ、御使いたちは普通、まず聖女に話を持って行くらしいけど……今この国に聖女はいないから」
「ああ、そっか、あのお方はお亡くなりになっていたね」
 
 少し前に、この国の聖女が亡くなった。
 その時、すぐに神殿から聖女にならないかという勧誘が来たのだが、神殿と距離を置いていたいカサンドラは素気なく断っている。しつこくなりそうな気配を感じたので、ペンフレンドである王子にそれとなく愚痴ったら対処をしてくれたらしく、それからは平和が続いている。
 だから今この国には聖女が不在で魔女がふたりいることになるのだが、内ひとりは高齢なため、こういった事態に動けるのは実質ひとり――カサンドラだけなのである。

「あれ……万が一、調査対象の国に聖女と魔女のどちらもいなかった場合は……?」
「んー。その場合、各御使いの判断に任されるけど、だいたいは一番近い国の聖女に話を持って行くことになるね」

 アーサーが零した疑問に、その肩に乗っているエフィストが答える。
 こういった場合において御使いが聖女を優先するのは、往々にして聖女が国の権力に近い立ち位置を保持しているからである。魔女が自らの住む地の主に話を通して……のような手順を踏むよりも、手っ取り早くて確実なのだという。

「やだぁ、外交案件じゃないの。厄介ねー」
「調査を申し込む側と、受け入れる側……もしかして、どっちが恩を売る側になるかの綱引きと聖女の争奪戦? うわ、考えたくない」
「妙に実感がこもっているように聞こえたけど、アーサーさんは面倒な交渉事に覚えでもあるの?」
「うん……と、港にいた時はまだ上司や先輩が面倒な交渉事をやってくれてたからなぁ。おれが思い出すのは、寄宿学校で監督生の補佐として平民生徒の代表みたいなのをやっていた頃で……」
「なんか面白そうな話の気配」

 ピンと黒い耳を立てて、エフィストがアーサーの話に食いつく。
 ひとくくりに平民と言っても、寄宿学校に入るような層は、大半がアーサーのような貴族に縁のある者たちだ。一筋縄ではいかなかったことは、容易に想像ができる。なお、その監督生というのがこの国の第二王子――カサンドラのペンフレンドのことである事実がここで判明した。世間が狭すぎるなと、カサンドラは若干遠い目になるしかない。
 
 ふたりと一匹で雑談をしながら、馬で村の外周を進んでいく。
 すると、なんらかの仕事を言いつけられ、早朝から家の外に出ているのであろう村の子ども達が、次第にわらわらと集まりだした。
 
「――カサンドラ様が若い男と一緒だ!」
「彼氏か!?」
「もう結婚してるかもしれない」
「大ニュースじゃん!」

 彼らはめいめいに騒ぎ、勝手な結論を出し、あっという間に散っていった。
 小さな嵐のあとに残されたのは、何が起こったかわからずにぽかんと固まるアーサーと、静かに笑うエフィスト……そして、大きな溜息を隠しもしないカサンドラ。

 旅から帰ってきた時にはもう、この誤報が村中に知れ渡っているであろうことを考えると、カサンドラの胃は痛くなる一方であった。
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