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04 なんかだいぶ違う
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アルサングの圧に負けたモーリアは話した。事情をすべて吐かされた。
彼の事情の答え合わせや、何故かプロセスチーズのことについても。
「前世だとか、ゲームだとか……にわかには信じがたい話だけど……」
「はい……それは……まあ……」
「弟たちが言っていた事と、話の内容がだいたい同じなんだよね。これは凄いな」
「は、はい……。誠にその通りで……………………えっ、あ、え、弟?」
思いがけない単語を認識したモーリアは、ぱちぱちと目を瞬かせる。
アルサングは、養子に入った伯爵家では末子として扱われているはずである。
とはいえ、モーリアはすべての家の子どもを把握しているわけではない。
末子というのもあくまでゲーム知識由来のものなので、実はアルサングの下にも男子がいたというのは、何らおかしなことではない。
さらに言うのであれば、その“弟”がゲームシナリオを知っているのであれば、モーリア同様に前世の記憶を保持している可能性が高いのではないだろうか。
「あ、あの、アルサング先輩の弟君は、もしかして――」
「これは僕が五歳の頃なんだけど、ゲームで言う王太子……つまり第一王子がね、父上に直訴したらしいんだよ。『もっとアルサングを気にかけろ』ってね」
「んぐ」
想像とは違った方向にアルサングの話が始まり、モーリアは口を噤まざるを得なかった。
はじまりは、アルサングが五歳の頃のこと。母親と共に伯爵家の離れで暮らしていた彼のもとに、王家から手紙が届いた。差出人の名は、当時四歳の第一王子。
そこだけを見れば訝しく思うものだが、既に母屋にて真贋を確認されていた封蝋は本物。母子でおそるおそる確認したその内容は、非公式な茶会への招待であった。
要約すれば、幼子がただ兄に会いたいと願った内容だったのだが――拙さが残る文字で綴られた文章は隙無く整ったもので、ちぐはぐな印象を与えるものだったという。なお、この感想は、アルサングが長じてから読み返した際のものである。
王子からの直々の招待を断る理由はどこにもなく、幼いアルサングは勇気を振り絞った母と共に茶会へ赴くことになる。
そして、美しい薔薇園の四阿に整えられた小さな茶会は――王妃による潔い謝罪から始まった。
アルサングが母の腹に宿ったのは、王妃が他国から嫁いできて一年が経つ頃だった。
当時、懐妊の兆しもなく焦りが募っていた王妃は、見知らぬ女が王の子を孕んだと聞き激昂した。あまつさえ、その女を側室として迎える検討がされているのだ。到底、許せることではない。そうして、正室である王妃の強い拒絶によって側室の件は流れ、王妃がその後の話を聞くことはなかった。
王と王妃は、両者の間に深く長く横たわってしまった溝を、一年近くかけて埋める。やがて、待望の男児が誕生。それが第一王子だ。
乳母からの報告と復帰した公務の合間による触れ合いで、日々成長する我が子を知る。
そんな時にふと思うのだ。先に生まれたであろう王の子は、どうなったのだろうかと。
生きているのか、死んでしまったのか。男児なのか、女児なのか。
それすらもわからない王妃は、我が子の小さな頭を撫でながら、己の罪を思い知った。
あれから数年が経ち、当時のことを少しは客観的に見られるようになっていた。
だが、そうして理性で考えたとしても、故国を代表して嫁いできた以上は、あんな経緯で推された側室を承諾できなかった。
他国から来た妃という立場がある限り、その選択による後悔すらも許されない……彼女はそう思っていた。小さな息子が、兄を気に掛けるまでは。
『――わたくしは、誰が何を言おうとも、あの選択を誇らなければなりません。けれど、名も無きひとりの女として、ただの母としては……巻き込まれただけの貴女にすべてを押し付けてしまったこと、申し訳なく思います』
王妃は許しを求めず、応えを待つことなく腰を上げる。
しかしアルサングの母は、王妃を引き止め許しを告げた。それどころか、あれは不幸な事故だったと言い切った。彼女もまた、貴族の女としてひとりの母として、王妃の苦しみに思いを馳せていたのだ。
似た髪色を持ったふたりの母は、涙を流して許し合った。
ちなみにその後も様々な出来事があり、今ではアルサングの母が王妃の故国へ望み望まれ嫁いでいる。なお、既にアルサングの異父妹がふたりいるらしい。
「い、いもうと……」
「義兄が三人に、異母弟と異父妹がふたりずつって、僕の兄妹構成はけっこう豪華でしょう?」
けらけらと擬音がつきそうなほど軽く笑うアルサングに、モーリアはめまいを覚える。
――知らない。こんな楽しそうに家族の話をするアルサングは、知らない。モーリアは、今にも大声を出して逃げ出したいほどに混乱している。
そうやって母同士の確執が落ち着いたところで、アルサングは改めて弟から挨拶を受ける。
年下とは思えないほどに洗練された所作と挨拶に、自分の拙さが恥ずかしくなった衝撃を、アルサングは未だ覚えているという。
弟に触発されたアルサングは、それまでとは一転して勉強に身を入れだした。
母と弟におだてられながら成長し、やがて第一王子である弟が七歳になり、王国一番の大神殿で奇跡を授かった。
第一王子の儀式とはいえ、身内しかいない場へ密かに呼ばれ、アルサングが弟の晴れ舞台を見守るその時――。
『これから、この世界に危機が訪れます…………私は、滅びの未来から戻ってきました』
儀式の終わりと同時に、第一王子が滅びの予言と驚愕の事実を告げたのだ。
彼の事情の答え合わせや、何故かプロセスチーズのことについても。
「前世だとか、ゲームだとか……にわかには信じがたい話だけど……」
「はい……それは……まあ……」
「弟たちが言っていた事と、話の内容がだいたい同じなんだよね。これは凄いな」
「は、はい……。誠にその通りで……………………えっ、あ、え、弟?」
思いがけない単語を認識したモーリアは、ぱちぱちと目を瞬かせる。
アルサングは、養子に入った伯爵家では末子として扱われているはずである。
とはいえ、モーリアはすべての家の子どもを把握しているわけではない。
末子というのもあくまでゲーム知識由来のものなので、実はアルサングの下にも男子がいたというのは、何らおかしなことではない。
さらに言うのであれば、その“弟”がゲームシナリオを知っているのであれば、モーリア同様に前世の記憶を保持している可能性が高いのではないだろうか。
「あ、あの、アルサング先輩の弟君は、もしかして――」
「これは僕が五歳の頃なんだけど、ゲームで言う王太子……つまり第一王子がね、父上に直訴したらしいんだよ。『もっとアルサングを気にかけろ』ってね」
「んぐ」
想像とは違った方向にアルサングの話が始まり、モーリアは口を噤まざるを得なかった。
はじまりは、アルサングが五歳の頃のこと。母親と共に伯爵家の離れで暮らしていた彼のもとに、王家から手紙が届いた。差出人の名は、当時四歳の第一王子。
そこだけを見れば訝しく思うものだが、既に母屋にて真贋を確認されていた封蝋は本物。母子でおそるおそる確認したその内容は、非公式な茶会への招待であった。
要約すれば、幼子がただ兄に会いたいと願った内容だったのだが――拙さが残る文字で綴られた文章は隙無く整ったもので、ちぐはぐな印象を与えるものだったという。なお、この感想は、アルサングが長じてから読み返した際のものである。
王子からの直々の招待を断る理由はどこにもなく、幼いアルサングは勇気を振り絞った母と共に茶会へ赴くことになる。
そして、美しい薔薇園の四阿に整えられた小さな茶会は――王妃による潔い謝罪から始まった。
アルサングが母の腹に宿ったのは、王妃が他国から嫁いできて一年が経つ頃だった。
当時、懐妊の兆しもなく焦りが募っていた王妃は、見知らぬ女が王の子を孕んだと聞き激昂した。あまつさえ、その女を側室として迎える検討がされているのだ。到底、許せることではない。そうして、正室である王妃の強い拒絶によって側室の件は流れ、王妃がその後の話を聞くことはなかった。
王と王妃は、両者の間に深く長く横たわってしまった溝を、一年近くかけて埋める。やがて、待望の男児が誕生。それが第一王子だ。
乳母からの報告と復帰した公務の合間による触れ合いで、日々成長する我が子を知る。
そんな時にふと思うのだ。先に生まれたであろう王の子は、どうなったのだろうかと。
生きているのか、死んでしまったのか。男児なのか、女児なのか。
それすらもわからない王妃は、我が子の小さな頭を撫でながら、己の罪を思い知った。
あれから数年が経ち、当時のことを少しは客観的に見られるようになっていた。
だが、そうして理性で考えたとしても、故国を代表して嫁いできた以上は、あんな経緯で推された側室を承諾できなかった。
他国から来た妃という立場がある限り、その選択による後悔すらも許されない……彼女はそう思っていた。小さな息子が、兄を気に掛けるまでは。
『――わたくしは、誰が何を言おうとも、あの選択を誇らなければなりません。けれど、名も無きひとりの女として、ただの母としては……巻き込まれただけの貴女にすべてを押し付けてしまったこと、申し訳なく思います』
王妃は許しを求めず、応えを待つことなく腰を上げる。
しかしアルサングの母は、王妃を引き止め許しを告げた。それどころか、あれは不幸な事故だったと言い切った。彼女もまた、貴族の女としてひとりの母として、王妃の苦しみに思いを馳せていたのだ。
似た髪色を持ったふたりの母は、涙を流して許し合った。
ちなみにその後も様々な出来事があり、今ではアルサングの母が王妃の故国へ望み望まれ嫁いでいる。なお、既にアルサングの異父妹がふたりいるらしい。
「い、いもうと……」
「義兄が三人に、異母弟と異父妹がふたりずつって、僕の兄妹構成はけっこう豪華でしょう?」
けらけらと擬音がつきそうなほど軽く笑うアルサングに、モーリアはめまいを覚える。
――知らない。こんな楽しそうに家族の話をするアルサングは、知らない。モーリアは、今にも大声を出して逃げ出したいほどに混乱している。
そうやって母同士の確執が落ち着いたところで、アルサングは改めて弟から挨拶を受ける。
年下とは思えないほどに洗練された所作と挨拶に、自分の拙さが恥ずかしくなった衝撃を、アルサングは未だ覚えているという。
弟に触発されたアルサングは、それまでとは一転して勉強に身を入れだした。
母と弟におだてられながら成長し、やがて第一王子である弟が七歳になり、王国一番の大神殿で奇跡を授かった。
第一王子の儀式とはいえ、身内しかいない場へ密かに呼ばれ、アルサングが弟の晴れ舞台を見守るその時――。
『これから、この世界に危機が訪れます…………私は、滅びの未来から戻ってきました』
儀式の終わりと同時に、第一王子が滅びの予言と驚愕の事実を告げたのだ。
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