坂路の恋戦

竹田勇人

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~冬の陣~

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すっきりと目が覚め、身体を起こす。時刻は午前5時45分。カーテンを開き窓を開ける。暦の上ではもう春だが、2月の風はまだ寒い。乾燥した空気を吸って大きく深呼吸する。窓の外では、今まで寝静まっていた町に暁の水平線が光を照らす。ウィンドブレーカーをたなびかせながら新聞配達員がバイクで海岸線を駆け抜ける。また、何時もの1日が始まろうとしていた。服を着替えてカバンを持ち、下のリビングへ降りる。途中で妹の愛南に会った。
学「おはよう。愛南」
愛南「おはよう。」
愛南は昔はよく話していたが、3年ほど前からあまり話さなくなってしまった。年頃なのかと思い、あんまり深くは言わないが、学校にだけは一緒に行くようにしている。ここは太平洋に面した小さな港町だ。町には商店街と学校、病院が一つずつあるだけだ。学校も小中同じ校舎でクラスは小学部と中学部に一つあって学年はない。全校生徒も10人の小さい学校だ。リビングでは親父がテレビを見て難しい顔をしていた。
学「どうした?親父」
父「今夜は荒れそうだな。早めに切り上げて、漁協で泊まるよ」
母「大変ねぇ。気をつけてよ。」
父「大丈夫だ。たまにある事だからな。」
母「じゃあ、私も行ってくるわ。」
愛南「いってらしゃい。」
学「気をつけてね。」
母さんは町外れの幼稚園と老人ホームの複合施設、陽光園にバイトに行っている。昔から世話を焼くのが趣味みたいな性格だ。
学「愛南!遅刻するぞ。」
愛南「今行く」
   二人で鍵をかけて家を出る。学校に行くまでの間、相変わらず会話がない。
学「じゃあ、俺はB棟だから。また放課後。」
愛南「また後でね。」
    俺はB棟の昇降口から二階の教室に上がった。
➖中学部教室➖
学「おはよう!みんな!」
白井「おはよう!元気だね。昨日の夜もそんなに元気だったの?」
学「お前…朝から何つう会話してくれてんだよ。」
白井「学ったら、女の子に何言わせようとしてるの?」
学「お前から振ったんだろうが…」
彼女は白井琴葉。元気でいつも周りをついて歩く幼馴染だ。
フラン「hey!Ms,Sirai!おはようございマース!」
白井「おはよう!フラン!今日も元気だねぇ!」
フラン「琴葉もvery fineデスネー!」
彼女もクラスメイト。ハーフのフラン・ミカエラ・エリーナ。中学部から転校して来た。暫く外国にいたこともあって、テンションが高く、白井とは直ぐ打ち解けたようだ。
縞大路「あら、皆さんご機嫌よう。今日も元気ですこと。」
彼女は縞大路響子。小学部の時に会った生粋のお嬢様だ。気取らない性格でいつもクラスメイトと仲良くしている。
学「おはよう。未央さん。」
白石「おはようございます。皆さん元気ですね。」
学「まぁ、何時もの事だけどねぇ。」
彼女は白井と俺とずっと仲良くしている幼馴染の白石未央だ。それともう一人、幼馴染で無二の親友。敷根晃だ。調子のいい適当な奴だが、どこか憎めない。
敷根「おっす、学。週末はどうだった?」
学「どうだったって。いつも通りだったよ。親父は仕事。母さんも出掛けてて、愛南も話さないし…」
敷根「愛南ちゃん可愛いよなぁ。顔も良いし、クーデレっての?憧れるよ。羨ましい。」
学「そりゃ一緒に住んでないから良いんだよ。家で二人でいたら気まずくてしょうがねぇ」
白井「年頃の男女が同じ部屋で二人きり。おいしいシチュエーションだねぇ」
学「ナニ言ってんだ。兄妹だぞ。しかも年頃って、愛南はまだ四年だ。」
敷根「兄妹同士の恋愛、燃えるねぇ」
白井「ナニ言ってんの!?あんたの〝ソレ″で愛南ちゃんが振り向くわけ無いでしょ」
敷根「それ酷くない!?俺だって人並みには」
学「二人ともやめろ!大体、愛南がどこで人を判断してると思ってる」
白井「そりゃあ、女は誰だって〝ソレ″を見るに決まってる」
学「いやいや、決まってないから。」
敷根「お前はデカイからそういう事が言えるんだよな」
学「取り敢えずお前は黙ってろ。」
先生「授業やるぞ。席着け。」
    授業が始まった。いつもながら、どうにも集中出来ない。と言うより、そもそも授業というものに興味がないようだ。退屈凌ぎに教室を見回す。席は教室の真ん中に集められていて、俺は後ろの真ん中の席だ。左に白石、右に敷根、前に白井、その左に縞大路と右にフランが座っている。こうして何となく眺めていると、白井は本当に可愛いと思う。いつも大きなプリントの入ったTシャツにミニスカートを履いている。今日の朝は白の綿入りのコートを着ていた。白石も可愛いとは違うが、結構の美人だ。スタイルが良くて髪は後ろで一つに束ねている。白いパーカーに細いスキニーパンツを履いている。美人でスタイルが良いのはフランも同じだ。ハーフなのもあって、顔立ちもすっきりしていて目が綺麗なターコイズブルーだ。いつもジーンズを履いていて、この時期はタートルネックを着ている。俺はあんまり服装には気は使わないからTシャツにジーンズで生活している。愛南もあんまり気を使うタイプではない。そう言えば、愛南はどうしているのか…
   学校にいるのに授業が全く入ってこない。もう帰りのHRだ。
先生「今日はここまで。これから天気が荒れるそうだから、気を付けて帰るように。」
    そう言った矢先、案の定、窓の外に白い花が降り始めていた。愛南は傘を忘れてただろうから、今日は俺の折り畳みを使おう。
白石「また明日、学さん」
学「じゃあね。」
敷根「良いよなぁ。クラスじゃ白石と白井で両手に花だし、家に帰れば愛南ちゃんと二人っきりだろ。羨ましいなぁ、色男。」
学「別に、そういう事じゃないだろ。ただの友達だよ。」
敷根「いやぁ、あれは女の顔だぜ。絶対気があるな。」
学「まさか。もう下らない話してないで帰るぞ。愛南のこと待たせてるんだから。」
敷根「昔からの親友より妹を取るのか?俺は拗ねるぞ~。」
学「当たり前だろ。黙れ、短小」
敷根「えぇ、それ言う!?」
学「じゃあな。」
    俺は靴を履き替えて小学部の昇降口で愛南を探した。
愛南「お兄ちゃん。」
学「愛南。傘ないだろ?俺の傘で帰ろう。」
愛南「うん。じゃあね。みんな」
   愛南は大きく手を振ってクラスメイトと別れた。暫く同じ傘の中で歩くが、一言も会話が無い。気まずくて仕方が無いのに如何しても会話が思い付かない。
    お兄ちゃんとこんなに近くで歩くのは久しぶりだ。お兄ちゃんの横顔を見るたびにドキドキして何も言えなくなってしまう。今だって本当はたくさん話したいのに、なのに、どうして。
    結局、会話が無いまま家まで着いてしまった。
学「今日、雪凄いな。」
愛南「うん。そうだね。」
    違う。そういう話がしたい訳じゃない。変な間が開いた。それを破るように電話がきた。
母「今日、陽光園に泊まりになったから。お父さんも帰れ無いし、家にある物で適当にやっておいて。」
学「分かった。気をつけてね。」
母「大丈夫。施設の方が安全だから。」
   そう言って電話を切った。
学「今日は親父も母さんも帰れ無いってさ。ご飯何にする?」
愛南「シチュー。」
学「分かった。有り合わせの材料だけど。」
   ルーは普通に残りを使って後は冷蔵庫の野菜と鶏肉を適当に入れて煮込んでいた時だ。電話がかかってきた。
白石「夜遅くにごめんなさい。両親がい無いのに熱が出てしまって…」
学「大丈夫?薬は?」
白石「飲んだんですけど、その…さ、寂しいです。」
学「そっか。今から行くよ。」
白石「そんな、良いですよ。声聞けただけで充分です。外は危ないですよ。」
学「大丈夫だから。」
   そして返事も聞かないまま電話を切った。
学「ちょっと、白石の家行ってくるから。シチュー食べて待ってて。」
愛南「…」
学「大丈夫だ。直ぐ帰ってくるから、大人しくしてて。」
   俺は真っ黒なトレンチコートを着て雪の降る海岸線を歩いた。家を出る前に見たニュースで観測至上最高の積雪量になると言っていた。そのとうり、もう脛まで雪が積もっていた。除雪車も届かない道をひたすら歩いた。普段なら30分あれば充分な道のりに一時間もかかってしまった。やっとの思いで白石の家の扉を叩く。
白石「学さん。大丈夫でしたか?私、心配で…」
学「大丈夫、ごめんね待たせちゃって。」
白石「いいえ、来てくれただけでも」
学「そう言えば、なんか食べた?」
白石「その…私、料理出来ないんです。」
学「そうだったの!?なんか意外」
白石「あんまり深く聞かないで下さい。恥ずかしいので」
学「分かった!じゃあ、有り合わせで作るよ。」
白石「ありがとうございます。すいません。何から何まで」
学「いいよ。寝てて、悪くなるから。」
白石「私、あなたがいて良かったです。」
学「それなら、俺も嬉しい。」
   今のって、学さん私の気持ちに気付いて…
   俺は台所に向かった。冷蔵庫の中にうどんと梅干しが入っていた。梅干しうどんなら直ぐに作れる。火をつけて手際よく茹でて盛り付けた。
学「出来たよ。梅干しうどん。」
白石「いただきます。美味しいです。ありがとうございます。」
学「少しは食べないと良くならないから。じゃあ、俺もう帰るから。」
白石「…」
学「ごめんね。でも、愛南家で待ってるから。なんかあったらまた電話して。」
白石「ありがとうございました。もっと、一緒にいたかったです。」
学「…しっかり寝ててね。」
    俺ももっと側にいたかったが、これ以上いると帰れなくなる。早く愛南の元へ帰らなければ。玄関の扉を開けると、さっきよりも積雪は増え、もう膝まで届くかというとこまで来ていた。急いで帰ろうと必死に歩くが足が思ったように進まない。もどかしいが、何としても諦めてはいけない。そう思うと心だけが先を急ぎ、体は一向についてこなかった。指先の感覚が無くなり、目も霞んできた。不意に何かに躓いて転んだ。体を起こしたくても言う事を聞かない。そのまま意識が遠のいていった。
    目が覚めて見上げると、不安そうな白井の顔が覗いた。何が起きたのか分からなかった。確か、帰り道で意識を失って…それからどうやってここまで来たのか。
白井「良かった!なんであんなところにいたの?学が死んじゃったら、私…」
    俺の胸の辺りが濡れていくのが分かった。
学「あれから…何分?」
白井「えっと…私が通りがかってからもうすぐ三時間になる。」
   頭の中の靄が波が引くように無くなっていった。急いで帰らないと、白井の家からなら急げば20分で帰れる。
学「帰らないと、愛南が…」
白井「ダメ!帰さない。今出て行ったら、本当に死んじゃう。それに、凄い熱出てるから。今日はここに泊まって。」
学「ありがとう。でも、帰るって言ったから。きっと待ってるから。」
白井「…分かった。絶対ちゃんと帰ってよ。学がいなくなったら、私、生きていけないから。」
学「大丈夫。もうすぐだから、ありがとう」
   もう倒れている暇はない。これ以上雪が積もったら、帰れなくなる。たとえ感覚が無くなっても、意識が遠のいても、目が霞んでも、絶対に帰る。やっとの思いで家の光が見えた。安心からかより一層意識が薄くなる。もう、どうやってドアを開けたか覚えていない。気がついたら玄関に倒れ込んでいた。
   お兄ちゃんの帰ってくる音がした。安心して玄関に行くとお兄ちゃんが真っ赤な顔で倒れ込んでいた。息が止まりそうなぐらい驚いた。急いで水に浸したタオルを額に乗せた。少し落ち着いてお兄ちゃんに語りかけた。
愛南「お兄ちゃん、ありがとう。帰ってきてくれて。知ってた?私の気持ち、私が小2だった時の運動会で、落ち込んでた私の事ずっと撫でててくれたよね。私、あの時からずっとお兄ちゃんのこと好きだったよ。ずっと側にいたいと思ってたよ。お兄ちゃんと、兄妹としてじゃ無くて、恋人になりたかったよ。でも、そんなの無理だよね。お兄ちゃん優しいから、きっと愛してくれても妹としてだよね。それでも、私…ずっと好きだから、大好きだから。」
    どんなに話しかけても起きてくれない。自分の想いを話しているうちに、目の前がぼやけて、息が苦しくなってきた。自分の想いが通じる事がない苦しみと、自分の大好きなお兄ちゃんともう話せなくなるかもしれない恐怖で、いても立ってもいられなくなった。
   薄っすらと視界が開けた。愛南の顔が見える。どうやら家に着いたみたいだ。でも、愛南の目が赤いように見えた。
学「愛南…ごめんな。遅れた。」
愛南「ううん、ありがとう。帰ってきてくれただけで。」
    その時、2人同時に腹の虫が鳴った。
学「ご飯、食べてないのか?」
愛南「うん、お腹空いた。」
学「じゃあ、食べようか。」
   そう言って立ち上がろうとした時、愛南が腕にしがみ付いてきた。
学「何?どうしたの?」
    そう聞いても何も言わず、ただ首を横に振るだけだった。その動きから気持ちを察し、そっと愛南を抱き締めた。きっと寂しかったのだろう。なにせ何時間も雪の中心配をかけてしまった。今だけは安心させてあげたい。
学「大丈夫だよ。ずっと側にいるから。ご飯、食べようか」
愛南「うん、ありがとう。」
学「こっちこそ、ごめんね。寂しかったよね。」
    俺はシチューを温めなおして大盛りのご飯と一緒に出した。愛南は久しぶりの笑顔で顔を上げた。
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