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プロローグ〜開幕〜
第三十話
しおりを挟む冷たく、湿った場所。
錆びた鉄の微かな匂いがする、静かな場所に、彼は投獄されていた。
「兄者」
「秋花か」
身体が動かない秋花は、刃に背負われて烏水の前に現れた。
「久しいな、烏水」
「ちゃんと、秋花のお守りができるようになって、安心したぞ。刃」
「お前と話すついでで仕方なくな」
「護衛も兼ねて一緒に来たのだろ? 万が一、私が脱獄出来てしまえば今の秋花は戦えないから」
「相変わらず気持ち悪い発想しやがるぜ」
刃の毒吐きに、烏水は軽く笑った。
「昨日、燈火が面会に来たよ」
「四郎は、なんだって?」
「結香はもう、すでに死んで弔われていた。僧正坊の身柄は術の無効化が施され、天道預かりとなった。そして私含め、彼の術下にあった戦犯は暫くは禁錮刑となった」
「刑が明けたらどうするんだ?」
_______『結香はもういない。でも、彼女が生きている間に私に代替わりした時、彼女が見るはずだったこの世の景色を作ろうと思う。あの世から彼女が、死んだことを後悔できるように……もう一度、この世に生まれたいと思えるように、せめてもの彼女への餞を、一緒に作ってくれないだろうか』
昨日の四郎との会話を思い出し、烏水は一瞬口を噤んだ。
「……燈火には、ここから出たら『側近になって欲しい』と。戦犯の私を処分せずに使いたいと言ってくれた。全くもってありがたい話だ」
「目は、もう冷めたか?」
「ああ。それはもう明瞭に」
烏水は清々しく、笑顔で答えた。
「なるのか?」
「もちろん断るよ。一度信用を失った天狗が、再び他の者の上に立つ訳には行かない。それ相応の報いを受け終わった後、それでもまだ使ってくれると彼が言うのなら、その時考えるよ」
「そうか。ま、お前には色々世話になったからな。くたばる前なら手を貸してやるくらいはしてやるよ」
「ありがとう」
「俺の用は終わった。お前もさっさと終わらせろ。手が疲れてきた」
そう言って、烏水の話し相手は刃から秋花へと代わった。
「秋花……ごめんね。痛い思いをさせて。でも、強くなったね」
「兄者。もしかして、今回の反乱を仕組んだ元凶は、兄者なのですか?」
「え?」
「氷穴で四郎兄から兄者が結香さんに宛てた手紙を見ました。兄者が長年、結香さんだと思って書いていた手紙は、本当は四郎兄が彼女を装っていたものでした。でも、本当は兄者も気付いていたのではありませんか?」
「どうしてそう思うの?」
「手紙の内容を読みました。いつも他愛ない話をして、部屋に監禁されている彼女が外の世界について分かるように配慮されているのがよく分かります。……でも、内容がやや詳細過ぎることに違和感を感じました。誰が、いつ、どこで会うのか、その人はどんな人でどういう会話を普段している人なのか。まるで、彼女も一緒に待ち合わせて会うかのよう。手紙だけじゃありません。幼い私に氷穴に連れて行き、人間の死体を見せたのも、刀の稽古に付き合ってくれたのも全部……術に掛かりながらも、もしかして兄者は密かに僧正坊に抵抗していたのではないですか?」
「さあ? どうだったかな。それを聞く為に、わざわざその体でここに来たのかい?」
「兄者、ここを出たら死ぬなんて馬鹿なことを考えないで下さい」
「そんなこと一言も言っていないだろ? 勝手に殺さないで」
「兄者を見ていれば分かります。何年一緒にいると思っているのですか」
「まだ8年しか一緒にいないでしょ?」
「妖にとって8年の時は確かに短い。されど、妖にとって1年が10分なら、人間にとっての1年は10年分に匹敵する。貴方が80年かけて学べることを、私は8年で得られるのです。舐めてもらっては困ります」
「ハハハ。そうだった。……相変わらず慣れないな。君との時間の共有ほど難しいものはない」
「どうしても罪滅ぼしをしたいなら、生きて結香さんのお墓参りをし続けて下さい」
「!。……墓?」
「四郎兄が愛称部屋にいた女鴉達の墓を形式的にでも作るそうです。墓参りの合間に、四郎兄の元で下働きをして花代でも稼いでは? 術にかかりつつも僧正坊失墜を企む図太さがあるのです。今更、他の天狗の目を気にする必要もありせんよ。私の話は以上です」
言いたいことを言い終えると、秋花は一方的に話を切りあげた。
「兄者。どうか元気で」
(ああ……そういえば、そうだった)
秋花の改まった別れの挨拶で気が付いた。
百足退治という名目が無くなった以上、もう秋花達はこの世に来る必要はない。
たった8年……されど8年。短いようで長かった秋花達との時間を思い返し、感傷に浸った。
質素な別れ以外、思い出す時間はすべて、後悔のないものばかりだ。
「……『たぴおか』、買っておかなければな」
再び一人になった牢屋で、烏水は微かに微笑みながら独り言を呟く。
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