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剣闘士編

19:素の顔

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「……やっぱ視界とか重心とか結構変わるな。」


使えないこともないけど、いざとなったら投擲武器としてさっさと捨てるが吉か。

木製に金属の縁、そこにワイバーンの素材を張り付けることで強化した盾を扱いながらそんなことを考える。あの後店の商品を全部荷台に乗せて運んできたドロちゃんに色々用意してもらった品の一つだ。本人からすれば『1つ1つ丁寧には作ってるけど量産品だからあんまり期待しすぎないで』と言われたが、私の知る闘技場にやって来た冒険者がこのレベルの品を持っていたことは少ない。十分実戦に耐える品だ。

円盾にしては少し小さめなそれをフリスビーのように投げるフォームを確認した後、左手の甲にそれを固定する。手で握るタイプは私無理だからね、ちゃんと固定できるのがいい。


「どう、アル?」

「……なんでしたっけ? ヤミオチ……、でしたか? それみたいです。」

「あはー! そりゃいい!」


今の私は全身黒装備、ドロちゃんが持ってきてくれた革装備で全身を包んでいる。なんでも帝都近郊でワイバーンが大量発生したらしく、その素材が思いっきり値崩れしたそうで。その皮を薬品で処理しさらに固くした後、防具として形を整えたのがこれだ。金属の鎧とかは体を包む、みたいな形だけど革装備は体に密着するタイプが多い。これも例に漏れず体のラインがしっかりと出ている。そのせいで闇堕ちビクトリアに見えたらしい。

ちなみに魔化は『毒耐性』、大半の毒の進行を遅らせてくれる効果だ。やっぱり親和性の高いミスリルとかじゃないと複数の効果を付けるのは難しいんだって。ドロちゃんからは『軽量化』とか『速度向上』とか『耐久力向上』を勧められたけどこっちを選んだ。……今日の相手が私だったら毒とか普通に使うからね。ルール上、毒が使用禁止とかは記されてないし普通に使ってくるはずだ。


「……毒とか、本当に使ってくるでしょうか。」

「掠っただけで私の足を止められるかもしれない、そりゃぁやるでしょうね。」


心配そうにするアルの頭を撫でてあげながら、『でも当たらなければどうということはない、でしょ?』と返してあげる。そうそう、そのために盾持ってきたんだし。ほら後ろに目を付けて注意深く確認すれば全部避けれるさ!

……ま、実際のところそれが不可能な可能性を考えてるから耐性つけてもらったんだけどね?

革装備自体軽めだから『軽量化』はそこまで必要じゃないし、『速度向上』や『耐久力向上』でそもそもの速度や、私が耐えれる倍率をあげても0距離でナイフでも投げられた場合避けることは難しいだろう。

それに『速度』を上げたとしても体の耐久度は変わらないからあんまり意味がないし、『耐久力』も魔化を施してもらったとしても倍率が弱すぎて今とあんまり変わらないことが解っている。どこまで行っても"補助"でしかないし、意味がない強化をするぐらいならまだちょっとだけ意味のある『速度向上』をしてもらってる、ってだけだし。


「ドロちゃんができる他の魔化を前に試させてもらったけど全部イマイチだったしね、結局あの鎧は『軽量化』と『速度向上』のままってわけだ。……と、今使えない装備のことを考えてる場合じゃないね。」


今日の相手もまた強敵、でもあと二回勝てば晴れてこんなクソみたいな世界からおさらば。

その二回を超えるのがとんでもなく難しそうなんだけど……、もう折り返し地点は過ぎてるんだ。"傲慢"に行きましょう。


「さ、アル? 私が勝つところをちゃんと見ときなさいな。」

「…………はいッ!」







 ◇◆◇◆◇








地下道を抜け、上げられた鉄格子をくくればすでに観客たちが歓声を上げている。準決勝ということもあり、熱気が段違いだ。今でさえ耳がイかれそうなレベルなのに、これが決勝になったらどうなるのだろうか。あんまりうるさいのというか、私の感性からすれば狂っているとも呼べるようなこの熱気に包まれるのは好ましいことではない。

そう、考えていると向こう側からも人影が。今日の対戦相手だ。


「……へぇ。」


女性的な丸みを帯びているが、私と同じくらいの背の高さ。180くらいだろうか。妖艶とも呼べるその肉体を包むのは紫のドレス、胸元を強調しながらも足の部分の布が大きく作られており、足元を隠しながら暗器を隠すのには最適な服装。手入れされた赤紫の長い髪も相まってまるで物語から出てきた悪役のお姫様みたいだ。

そんな一見キツそうな彼女が……、豹変する。

まるで、初めて憧れの人に会った村娘みたいに。


「貴方が、ビクトリア様ですか!?」

「えぇ、レディ。」


初対面のイメージである冷たそうな雰囲気とはかけ離れており、その表情は非常に生娘のように喜びの感情が全面に出ている。心の奥底から私に出会えたことを喜び、はしゃいでいるファンと同じように。




あぁ……、うそくさ。




もし私が単純な男だったら、その反応と容姿でころっと騙されていたかもしれない。が、私の女の部分が目の前のコイツに警鐘を鳴らしている。目の前にいるこのぽわぽわしている風に見せかけている女は、体の中にドス黒いものを抱えているってこと。殺意や悪意、そんなマイナスなものをこれでもかと凝縮し、口当たりの良い表情ですべてを上手く包み隠している。


「わぁ! わぁ! すごい! 本物だ!」


喜びの感情を発露させて生娘のようにその場をぴょんぴょんと飛び跳ねる彼女。あぁ、胸が揺れているね。確かにそれは女の武器だし、使えるものを使うって姿勢には共感できるがもう少し絞ったらどうだ? もうその大きさは贅肉の域だろ。……あ、もしかしてお前私がアルちゃんのこと溺愛してるってことから同性愛者と思ってる?

脳内で私はTS勢だ! 男と女の中間にいる最強の性別だぞオラァ! という自分でもちょっとよくわからない自慢をしながら、『微笑ましいものを見るような目で彼女を見つめる。』……というか、何の争いもない場所で生まれ育った村娘とかが纏ってそうな雰囲気を醸し出していらっしゃるが、思いっきり場違いだからな。


「今日は、いつもとは違う衣装なんですね!」

「えぇ、先日の試合で壊れてしまったので。……貴方の様な方とお会いできるとは知らず、申し訳ない。」


そっちがその気なら乗ってやろうと思い、ビクトリアとしてそう返す。いつも通りの、誰にでも愛を降り注がせる彼女として。

まぁ本心は、演技で飯食ってる奴に演技でだましに来ようとか千年早いわ、って思ってるけどな! にこやかな顔を浮かべてるけど、細められたその奥の眼が全く笑ってないのはバレバレだからなお前? 私が上手く引っかかってくれたことを本気で喜んでるだろ? 『今日も簡単に終わりそう』、『ラクチンでいいわね』、『同性愛者って噂本当だったんだ』って顔に書いてるが?

まぁ確かに男を好きになるとか正直気持ち悪いし、傍から見れば同性愛者なのは間違ってないかもだけどなぁ! アルちゃんを! 未成年をそんな目で見ちゃいけません! 今は"ビクトリア"として対応してあげるけど、後でしっかりとお返ししてやる!


「それは……、残念です。少し、お恥ずかしいのですが私も貴方様のファンでして……、いつかお会いしたいとずっと思っていたんです!」

「おっと、そうだったのか。ごめんね子猫ちゃん。」

「まぁ!」


いつもよりオーバーに、愛を振りまいてやる。普段は心労でぶっ倒れそうになるが、こんなことに使えるのならいくらだってやってやろう。明らかにこいつは私のことに気が付いていない。私は、"ビクトリア"では、ないのに。面白いねぇ?


「いつもビクトリア様のご活躍を見て本当に励まされていたのです! 貴方様が颯爽と敵を切り倒していく姿が、その速度が! もう、本当にかっこよくて……。」

「ふふ、ありがとうね。」


まったく、"本当に"面白い。第一回戦ならまだしも、準決勝でそんな生娘みたいなムーブをかますとは……。それともずっとそのムーブを続けていたのかな? 確かに死人に口なしだし、そもそも"化け物"同士の試合は剣神祭ぐらいだからバレる可能性もあんまりないのか。一度通用してしまえばそれでいい。

私みたいに自分のキャラクターを前面に出して触れ合う、ってのをしなければバレる可能性も少なくなるだろうし。案外ありなのかもね、相手の懐に入り込むムーブってのは。相手が私じゃなきゃ勝ってたのかも。そうなことを考えながら"ファン"との会話を2・3続ける、事前調査は十分なようで"会話内容"だけは何もおかしいところがない。

永遠に続けてあげてもいいけれど……、そろそろ飽きてきた。心の底からこの時間が楽しかった、という表情で彼女に語りかけてあげる。


「……おっと、そろそろ観客たちが待ちきれなさそうだ。キミとの会話は楽しかったが……、残念だよ。」

「私もです。……あ、あの! 最期に握手してもらってもいいですか!」


そうやって、彼女の手が差し出される。わざわざ手首までドレスの袖で隠してまぁ……、明らかに何かしますよ、って感じじゃないの。


「あぁ、もちろん…………。」












<加速> 五倍速












幾ら装備で強化していようが、人の体は緩急への対応にそこまで強くはない。

私が抜き、突き刺したレイピアが地面に突き刺さる。

彼女の手首に装備されていた機器と、彼女の血。

その腕ごと使い物にできなくしてやろうと思っていたが……、失敗したようだ。

何もない空間に出現した裂けた黒い穴からは私のレイピアが飛び出ていて、そこには赤い血と緑色の液体が流れていた。


「少々、お痛が過ぎるんじゃない。レディ?」





「ッ!」


背後に大きな亀裂を生じさせ、後方に飛ぶことで大きく距離を取る彼女。彼女の袖からは何か器具類の様なものと、大きな針が零れ落ちてくる。正確な機構は解らないが、おそらく手を握った瞬間に針が飛び出し、毒を注射するような装置だったのだろう。この異世界ファンタジーの世界にまぁ……、とんでもない器具を持ち込んだものだ。


「い、いつからかしら?」

「おっと、それが素? いいねぇ、その顔。好きだよ私は。」


さっきまでのぽわぽわした感じの雰囲気が一瞬にして消え去り、剃刀の様な鋭い雰囲気を発する彼女。


「最初から~、まぁ私を騙そうなんて100年早いってもんだ。」

「チッ! お前さんも同類って、わけか。」


さっきまで上手く隠してた殺気を全身から噴き出す彼女、や~っぱりどす黒いの隠してたか。こんな濃密な殺意滅多に見れないよ。かわいいねぇ、よしよししてあげたい。これまで通り手の平の上で転がしていると思ってた相手にその鼻をへし折られて、実は自分が踊らされてたって気持ちはどうですかぁ?


「同類? 一緒にしないで欲しいなぁ……。残念だけど私、"ビクトリア"みたいにお貴族様のところでご奉仕してるっていう剣闘士、私以外に聞いたことがないんだよなぁ? どうせ君も、例の不敬処刑騒ぎで手を引いた口でしょ? そんな臆病者と一緒にしてほしくないんだけど。」

「ハッ! あんな奴らに媚びへつらうぐらいなら死んだ方がマシだよ!」


レイピアを強く振るうことで付着した血と毒を飛ばす。二つの液体が両方ついてたってことは、毒を注射する器具を破壊した後に、彼女の肉体を突き刺したってことになる。つまり彼女が毒を受けていてもおかしくない。普通こんな時に使う毒って少量でもかなり大きな異変を起こすようなものだと思っていたが……、何もないってことはコイツも毒に対しての耐性があるってことか? まぁ毒使いが自分の毒にやられるとか滑稽以外の何物でもないし、耐性ぐらい自力で身に着けてるのかもだけど。


「あっそ、まぁいいや。んで? もしかしてさっきのでおしまい? だったらもう時間の無駄だからさっさとその首を差し出してくれると嬉しいんだけど。」

「なわけないだろうが! さっきので死に損なったこと、後悔させてやる!」


足を大きく開き、その肌を露出させる。その太腿に巻かれていたのは大量のナイフホルダー、おそらくだけどその1つ1つに大量の毒が塗られているのだろう。それに彼女が着ているドレスは裾が広い構造になっている、そっちの裏側にも何かしらの武器が装備されていると考えた方がよさそうだ。

さぁ~って、どう倒しましょうかね。


「私の『裂穴』の真価、とくと目に刻みなッ!」


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