ぶらんこ

まるがおMAX

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ぶらんこ(2)

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 そういえば、出会った頃のチヨコは「N町は神社の他になんもない」と言っていました。彼女はあまり故郷の話をしたがらず、実家に帰りたがる様子もありませんでした。結婚前の挨拶で訪れたのも幸治のほうから頼んでのことで、二度目の訪問のときには彼女の母から「チヨコ、帰えさんでええからね。遠いから」と念押しのように言われて、そのまま疎遠になったのです。
 幸治が鳥居の手前に立ち尽くしてそんなことを思い返していると、ふと視線を感じました。そちらを見やると、顔だけを幸治に向けた数人の男衆が拝殿の側に。中から赤子の泣き声が聞え、はっとして鳥居をくぐろうと踏み出した瞬間、えも言えぬ気配で背中がこわばりました。振り返るとそこには大阪で何度も見たおじさんの顔。

 気が付いたときにはカビ臭い暗闇の中で手足を縛られて、猿轡で声も出せず、ひんやりする床に身を丸めて転がっていました。
 どこからか聞こえてくる祭囃子の太鼓が激しい鈍痛の頭に流れ込み、朦朧とする中でこのまま自分がどうなってしまうのかひたすら恐ろしく、妻や赤子のことも笛の音とともに遠くに薄れてゆきました。

 次に目が覚めたときにはO町の診療所でした。看護婦が言うにはN町の人達が幸治を運んできたそうです。「あんた、あそこで暴れて。奥さんがもう会いたぁない言いよるて」と教えられました。
 そうして幸治は大阪に戻ってから間もなくして、産まれているはずの赤子を見ることもないまま、チヨコが残していった離婚届を出したのです。



―― 父は息子の私にこの話を終えると「会いたいなあ」と繰り返しまして。病の父の願いを息子の私が叶えようという思いよりも、自分の妹が今どうしているのか興味をそそられ、父の古い戸籍を取り寄せ調べることにしました。
 取り寄せた手書きの原戸籍には「父 佐々木幸治 母 チヨコ 長女」の横に「サチ」という名前があり、その上に大きくバツがつけられていました。サチは産まれて数日後に死亡しており、その届け出は「同居の親族佐々木幸治」によってなされたことが記されていました。父に尋ねると、同居も届出もしたことがないとのことでした。
 
―― ところで、この調査で母がまだ生きていることがわかりましてね。生き別れた母に私から父の様子を伝えたいと考えて、ひとまずN町へゆくことにしたんですよ。
 山間の田舎とはいえ、さすがにもう道も整備されており車で町に辿りつくことができました。
 現地に行ってみるまでは粗末な家が並んでいる暗い町を想像していたのですけど、瑞々しい自然の中にゆったりとした家屋と、決して小さくはない田畑が長閑に並んでいて、老いた父の話から受けた印象とは違うものでした。
 車を路肩にとめて降りて町の中を歩いてみると、比較的新しい建築の家と、昔ながらの古い家が混在していました。



 ある古い家の軒裏からは縦横およそ20センチほどの板が地面に水平に2本の棒でぶらさがっていて、まるでぶらんこのようでした。農作業姿の老女が戸をあけて出てきたので、私がそのぶら下がっているものを指さして、あれは何かと尋ねると「ぶらうこ」だと言うのです。

「ぶらんこですか」
「いんや、ぶらうこ」
「何をするためのものなんでしょうか」
「鳥」

老女は煩わしくなったのか、また家の中へと戻って行きました。

 それにしても古い家にはどれも表札がありません。母の姓をさがして家の表札を見てまわっていると、軒に沿って細い縄がぐるっと一周まかれている家を見付けました。そしてその縄は、少し離れた隣の家にまで延びていたのです。
 嗚呼これが父の話に出てきた例の縄か。そういう風習がまだ続いているのか。あの話での父のようにこの縄に沿ってゆけば神社に辿り着くのだろうか。
 私がそのまま歩いてゆくと、果たして神社が出てきたのです。

(続く  ★(3)は7/28にアップします★)
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