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ぶらんこ(3)
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鳥居の向こうには苔の絨毯が敷かれたような参道が続いていました。神社の境内は思ったより奥が広く、本殿の横にはちょっとした空き地があったのです。その隅のほうに屋根つきの釣瓶井戸のようなものが見えたので、近づこうとしたところ、
「どこから来られたんです?」
本殿の裏手から箒を持って出てきた男に声をかけられました。
私が大阪からきたことを伝えて、この神社の関係者かを尋ね返すと、男はこの神社の近くに住んでおり、近隣の人々と交代で神社を掃除しているとのことでした。
言葉を交わしながらも、私は目を凝らして井戸を観察していました。
井戸には太めの縄がぐるりぐるりと2重に巻かれており、木を組んだ蓋が乗せられていました。通常の釣瓶井戸であるなら屋根の梁に滑車が取り付けられていて、そこから桶を井戸に降ろす縄が垂れ下がっているはずなのですが、梁からは二本の棒が地に向かって伸び、その二本が四角い木の板を空中で支えていました。ここに来る前に見かけた古い家の軒裏からぶら下がっていた「ぶらうこ」よりも二まわりほど大きいものです。
水を汲むためではないものがなぜ井戸の真上にあるのか、不思議に思いました。そもそも何に使うものなのだろうか。
「ここに途中の古い御家の軒先にぶらんこのようなものがあったのですけど」
「ああ、あれは『ぶらうこ』ですよ。ぶらんこみたいですけどね。『ぶらうこ』なんです」
二十年ほど前までは何軒もの家に「ぶらうこ」があり、板の上に米や菓子、干した果物などを少し置いたのだそうです。
「晴れたら空から鳥さんがやってくるでしょ。ここら辺りは水害が酷かったから、おてんとさまの遣いにありがとうってお供えするんです」
説明によれば、「訪れる」を意味する「訪ふ(とぶらう)」という古い言い方があり、「こ」は小さな鳥を指す「子」なのかそれが「訪ふ」とくっついて「訪ふ子」になって、そのうち「と」の音が消えて「ぶらうこ」になったのではないかとのことでした。
男が詳しく教えてくれるので私も気兼ねがなくなって、井戸を指さして尋ねてみました。
「あそこの『ぶらうこ』は大きいですね」
すると、よそ者の私と気軽にしゃべっていた様子が急にそっけないものへ変わったのです。
「もう今はつかってませんから」
「あそこでは鳥に果物や菓子をあげないんですか?」
「もう使っていませんので」
私が井戸のことを尋ねたせいで何か気分を害したのかもしれません。話題を変えて質問をしてみました。
「縄でぐるって囲ってあるお家があったんですが、あれはなんでしょうか?」
すると、男は少し笑って答えてくれました。
「この町では、二人目を身籠った女の人がいる家はああやって印がされるんです。無事に産まれたら、7月の祭りでその家の者が餅を神社に供えることになっていまして。その家から神社までああやって縄が張られるんですよ」
なるほど、二人目の子が生まれた祝いの風習ということか。そうすると父がかつて見たのもそうだったのだろうか。戸籍によれば母の産んだ子は数日後に死亡している。その子は祝いをされなかったのだろうか。
私が黙って考え事を始めてしまったからでしょうか、男がそろそろ立ち去りたそうなそぶりを見せ始めました。
慌てて、実は生き別れになった母がこの町に住んでおりどの家かみつからなくて困っていることを、告げてみました。
男に母の名前を聞かれて「中山チヨコです」と答えると、しばらくの沈黙のあと、神社まで縄のはられた道よりもさらに向こうの三軒めの古い家だと教えてくれたので、礼を言って来た道を戻ることにしました。
再び縄に沿って歩いてゆくと最後に、新しい家を巻き取るかのように細い縄が軒を一周し、その中から赤子の元気な泣き声が漏れていました。それを通り過ぎて三軒目の古い家は、あの「ぶらうこ」がある老女の家だったのです。
(続く ★(4)は7/29の夕方以降になります★)
「どこから来られたんです?」
本殿の裏手から箒を持って出てきた男に声をかけられました。
私が大阪からきたことを伝えて、この神社の関係者かを尋ね返すと、男はこの神社の近くに住んでおり、近隣の人々と交代で神社を掃除しているとのことでした。
言葉を交わしながらも、私は目を凝らして井戸を観察していました。
井戸には太めの縄がぐるりぐるりと2重に巻かれており、木を組んだ蓋が乗せられていました。通常の釣瓶井戸であるなら屋根の梁に滑車が取り付けられていて、そこから桶を井戸に降ろす縄が垂れ下がっているはずなのですが、梁からは二本の棒が地に向かって伸び、その二本が四角い木の板を空中で支えていました。ここに来る前に見かけた古い家の軒裏からぶら下がっていた「ぶらうこ」よりも二まわりほど大きいものです。
水を汲むためではないものがなぜ井戸の真上にあるのか、不思議に思いました。そもそも何に使うものなのだろうか。
「ここに途中の古い御家の軒先にぶらんこのようなものがあったのですけど」
「ああ、あれは『ぶらうこ』ですよ。ぶらんこみたいですけどね。『ぶらうこ』なんです」
二十年ほど前までは何軒もの家に「ぶらうこ」があり、板の上に米や菓子、干した果物などを少し置いたのだそうです。
「晴れたら空から鳥さんがやってくるでしょ。ここら辺りは水害が酷かったから、おてんとさまの遣いにありがとうってお供えするんです」
説明によれば、「訪れる」を意味する「訪ふ(とぶらう)」という古い言い方があり、「こ」は小さな鳥を指す「子」なのかそれが「訪ふ」とくっついて「訪ふ子」になって、そのうち「と」の音が消えて「ぶらうこ」になったのではないかとのことでした。
男が詳しく教えてくれるので私も気兼ねがなくなって、井戸を指さして尋ねてみました。
「あそこの『ぶらうこ』は大きいですね」
すると、よそ者の私と気軽にしゃべっていた様子が急にそっけないものへ変わったのです。
「もう今はつかってませんから」
「あそこでは鳥に果物や菓子をあげないんですか?」
「もう使っていませんので」
私が井戸のことを尋ねたせいで何か気分を害したのかもしれません。話題を変えて質問をしてみました。
「縄でぐるって囲ってあるお家があったんですが、あれはなんでしょうか?」
すると、男は少し笑って答えてくれました。
「この町では、二人目を身籠った女の人がいる家はああやって印がされるんです。無事に産まれたら、7月の祭りでその家の者が餅を神社に供えることになっていまして。その家から神社までああやって縄が張られるんですよ」
なるほど、二人目の子が生まれた祝いの風習ということか。そうすると父がかつて見たのもそうだったのだろうか。戸籍によれば母の産んだ子は数日後に死亡している。その子は祝いをされなかったのだろうか。
私が黙って考え事を始めてしまったからでしょうか、男がそろそろ立ち去りたそうなそぶりを見せ始めました。
慌てて、実は生き別れになった母がこの町に住んでおりどの家かみつからなくて困っていることを、告げてみました。
男に母の名前を聞かれて「中山チヨコです」と答えると、しばらくの沈黙のあと、神社まで縄のはられた道よりもさらに向こうの三軒めの古い家だと教えてくれたので、礼を言って来た道を戻ることにしました。
再び縄に沿って歩いてゆくと最後に、新しい家を巻き取るかのように細い縄が軒を一周し、その中から赤子の元気な泣き声が漏れていました。それを通り過ぎて三軒目の古い家は、あの「ぶらうこ」がある老女の家だったのです。
(続く ★(4)は7/29の夕方以降になります★)
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