兵器な少女

哀上

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27話 ご挨拶

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27話 ご挨拶
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「ちょっと待ってください。何をしに来たんですか?」

 私とヴィーナのお父さんの間に、ヴィーナが割って入って来た。
 私を庇うように後ろに隠す。
 ちょっと険悪な雰囲気を漂わせている。

 え?
 ヴィーナのお父さんなんじゃないの?

 そりゃ、家族がみんな仲良いとは思わないけどさ。
 かく言う私もちょっと前まで存在すら知らなかったし、知った今でも博士が親だと言う事実に思うところはある。
 でも、この人そんな悪い人には見えないけどな。

 娘のために、娘の同い年の子供に頭下げるってそうできることじゃないと思う。
 それに、それは客観的な目線でのはなしだ。
 私の事情を知ってるヴィーナのお父さんからしたら、頭を下げるのにもっと抵抗があってもおかしくないはずだ。

 それなのに、頭を下げた。
 それだけ娘のことを大切に思っているってことなんじゃないのかな?
 あくまで私の想像でしかないけど。

「昨日電話で話したじゃないか。ヴィーナの命の恩人なら、父親としてその友達に直接お礼をしないといけないって。それに、娘が襲われたんだ。むしろ学園に来ない方が不自然だろう?」

 私も、そう思う。
 ヴィーナが何を疑問に思っているのかよくわからない。
 来ない方がおかしな話だ。

 その日のうちに来るべきだとは思うが、来られなかったのはどう考えても私のせいなのでその話は置いておこう。
 娘が襲われて出来るだけ早く来ようとした結果の今だろうし、助けられたからお礼を言うっていうのも出来た大人だと思う。
 少なくとも、軍のお偉い方とは大違いだ。

 でも、ヴィーナは全く信用していないみたいだ。
 睨みつけるような視線を向けている。

「それだけじゃないでしょ?」

「ん?」

「私なんかのために、わざわざ学園まで来たりしないでしょって言ってるの!」

「……」

 話していて怒りがヒートアップして来たのか、ヴィーナが声を荒らげる。
 握り拳を作り、力を入れすぎているのかそれが震えている。
 ヴィーナ、本当にどうしたの?

 明らかに、お父さんと確執があるのだろうということが分かる。
 でも、ここまで感情を表に出すなんて珍しいと思う。
 ヴィーナとはまだ出会って2日でしかないが、随分と濃い2日だったから。

 ……私が目の前で人を殺した時でさえ、ここまでじゃなかった。

 私はあくまでヴィーナのお父さんとは初対面だ。
 そして、彼は政治家だ。
 初見の人の第一印象をよくするのは得意中の得意だろう。

 私も人を見る目に自信がある訳じゃない。
 そりゃ、変装とかならこの優秀な視力のお陰で一発で分かるけど、内面を見るのは苦手だ。
 マイケルの気持ちがわかる様になったと言っても、あれはわかりやすいように書かれているのだからそんなの政治家相手には何の役にも立たない。

 私なんかのために、ね。
 ヴィーナはお父さんの中で自分の優先順位が低いと思っているのだろう。
 そして、それはきっとヴィーナの視点では正しいのだ。

 今回も、そうだ。
 ヴィーナのお父さんはすぐには来なかった。
 次の日の、しかも一限終わりとい中途半端な時間。

 つまりは、仕事の方を優先したのだろう。
 きっと仕方のないことだったのだ。
 政治家の仕事には多くの人の命がかかっているのだから。

 でも、それを積み重ねられたヴィーナはお父さんのことを信用できなくなったというわけか。

 ただ、それと今怒っていることにはあまり関連性が見えない。
 遅れて来たことに怒っているというよりは、来たことそのものに怒っていると言うか。
 まるで来て欲しくなかったとでもいいたげだ。

 来ると思っていなかった?
 そんなバカな。
 娘が襲われて、心配じゃない親なんて……

 いや、実験した上に戦場に送り出してた人いたけど。
 あれは例外として、

「……電話で言われた要望は現状概ね叶っているだろう? 現に、ヴィーナはそこのお友達と一緒に今日も授業を受けられたのだろ」

「はい」

 あ、そうだったんだ。

 その日のうちに解放って、やけにスムーズにいったと思ってたけど。
 そっか、ヴィーナからもお願いしてくれていたんだ。
 私のために……

 お父さんとこんなに険悪そうなのに。
 それよりも私のことを優先してってことだよね?

「なら、何が不満なんだ?」

「父が来るまでは、別に不満なんてありませんでした」

 やっぱり。
 でも、なんで?

「リーリアちゃんを利用しようって、政治の道具にしようってわけですか?」

「いや、それは」

 ん?
 何の話だ?
 利用?

 ……

 いや、そう言う事か。
 ヴィーナのお父さんは今までヴィーナより政治を優先していたのだ。
 私の想像以上に。

 別に珍しくもないと思う。
 政権の中枢を担うまで上り詰めた政治家だ。
 他のことを犠牲にでもしないと、たどり着くなんて不可能な場所なのだろう。

 だから、来たことが疑問なのか。
 ヴィーナの想定では、娘が狙われてもわざわざ学園に来るような時間を割く人じゃないのだろう。
 事実はともかくとして。

 普通来ないはずの理由でお父さんが学園に来た。
 なら、それ以外の理由があって来たはずだと考えるのは至極自然だ。
 その答えが、私の政治利用というものになったのだろう。

 ヴィーナがどこまで私の事を知っているのかは知らない。
 立場的に、知っててもおかしくはない。
 でも、こう思うってことは詳しくは知らないはずだ。

 私のことを知らない以上、学園の生徒という情報から自分と同じように良いとこのお嬢様だという発想に至るのは想像に難くない。
 この学園はそういう場所だ。
 そして、その友達に自分の父親が貸を使って利用しに来たと。

 怒る理由は分かる。
 むしろ、そこまで思ってくれて嬉しい限りだ。
 でも……

 それは勘違いだ。
 まぁ、私個人としてはヴィーナのお父さんに感謝してるし、別に利用されるのもやぶさかではないが。
 私を利用しようなんて思うはずがない。

 彼にとって、私は前政権が残した負の遺産でしかない。

「ヴィーナ、ちょっと待って。詳しい話はよく分からないけど、それだけは多分ないよ」

「え?」

「私を使ってどうこうしようなんて、今立場のある人間は絶対思わない」

 立場のある人間を引きづり下ろすためならともかく、ヴィーナのお父さんみたいな人が使うにはリスクが高すぎる。
 そもそも私の存在は主義的にも合わないだろうしね。
 私はむしろヴィーナの想像以上に助けてもらった借りがあるのだ。
 この誤解は解かないと、流石にヴィーナのお父さんが可哀想だ。

 きっと、嫌われているのは自業自得の部分もあるのだろう。
 でも、だからって全て悪いと決めつけられてしまうのは違うと思う。
 少なくとも、私は感謝しているのだ。

 ヴィーナのお父さんだって、流石に不本意が過ぎるだろう。
 ただでさえ、政治面で私の存在に頭を悩ませられているんだ。
 家族との関係ですら、私のせいで頭を悩ます羽目になるのなんて。

「そうですよね、ヴィーナのお父さん」

「……あぁ」

 その言葉に、ヴィーナはまだ信じられないという目をする。
 どれだけ信用ないんだとも思うけど、私の弁明も中途半端だから仕方ないか。
 理由を告げずただ違うって、そりゃ信用得られないよね。

 でも、これあまり詳しく話す訳にも行かないんだ。
 ヴィーナのお父さんも言って欲しくはないだろう。
 誤解なんてされたくないはずだが、それ以上に知られたくない。

 だから事情も説明できなかったのだろうし。

「じゃあ、なんで」

「お礼を言いに来ただけだ。後は、ヴィーナのことが心配だったから顔を見に」

「……」

 そんな言葉で疑惑の視線が消えることはない。
 どうも上手くいきそうにない。

「……ヴィーナ」

「良いんだ、ヴィーナにしたら今更だろうしな」

 ヴィーナのお父さんは深いため息をつく。

 私が突っ込む様な話じゃないよね。
 私はただのきっかけに過ぎない。
 各家庭にはその家庭の事情って言うものがあるのだろうし。

 でも、あまりいい気分ではない。

「リーリア君、君は娘と仲良くしてくれているのだろう?」

「はい、ヴィーナにはお世話になってます」

「私の立場でこれを言うのは憚られるのだが、娘のことを頼む」

 その言葉には力がこもっていた。
 申し訳なさそうな、不本意そうな表情。
 そして、目の奥がわずかに光っていた。

 ……それは、

 私の頭が書き換わるイメージが走る。
 でも、実際にそれが起こることはない。
 立場的に、持っているのが自然か。

 私を利用しようなんて考える訳ないと思っていたけど、それ以上にヴィーナのことが大事って事か。
 ちょっと想定外だ。
 そんなに思われてるなんて、ちょっとだけ羨ましいかもしれない。

 でも、これは信用されないわけだ。
 ヴィーナは何も気が付かないだろうけど、彼女からしたら舌の根も乾かぬうちにって話だし。
 娘からの信頼よりも、娘の命って事かな?

 私への命令権。
 調整が施されていないせいで、正しく効力を発揮しないのだろう。
 もしくは、その申し訳なさのせいで命令の強制力が弱いのか。

 この程度、何の制限にもなっていない。
 容易に破ることができるだろう。
 私の中に深く刻み込まれた命令、この前の仲間の命の保護の様なものとはまるで違う。

「昨日、今更ながらちょっと省みることがあったんだ。手遅れになっていたかもしれなかった。戦争は一応終結しているとはいえ、国内も国外も相変わらず不安定だしな」

「そうですね」

 でも、破る気にはならなかった。
 私個人としても、ヴィーナを守るのはやぶさかではない。

 それに……

「どうした? 頬が赤いが体調優れないのか」

「いえ」

 ヴィーナのお父さんに直接娘を頼むって言われたんだ。
 こんなの、もう……
 これを断るなんて、考えられない!

 いや、別に私とヴィーナは付き合っている訳じゃないし。
 そう言うことじゃないって、そんな事は分かっているんだけど。
 それでも……

「了解です、お義父様!」

「ありがとう。って、え?」

「ん?」

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