名無しの魔王様

旭霧

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第二話

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【side ユージーン】

 そういえば、あのロケットには何が入っているのだろうか。

 この一ヶ月平和だったと言っても、毎日やってくる変態を追い出したり、魔王討伐についての報告、魔王の看病とそれなりに忙しくはあった。

 そのため忘れていたが、この孤独な人が態々ペンダントにしてまで持ち歩いているものは一体なんだろう。あの時、彼は人に初めて触れたと言った。では、この中には何が。

 カチリと留め具が外れ、中からは丁寧に小さく折り畳まれた紙切れがひらりと落ちた。

「これは......包装紙?」

 広げてみれば、よく見るポップな柄のキャンディの包み紙だった。きっと何度も何度も開いてこの包みを開いていたのだろう。端の方は色が剥げていた。

「でも、こんな包みがなんで............あれ、これって、」

 この包みはあの時の、いや、まさか、そんなことって。

 俺は堪らなくなって、すうすうと穏やかな寝息を立てる魔王を抱きしめた。



【■■■視点】

 あれは、雪降る寒い夜だった。

 勇者一行の動向を探るため、姿を変えて人間の街に潜り込んだ。潜入する時は大抵子どもの姿になる。便利なもので、子どもというだけで油断されるということが重々にして起こりうるのだ。

 どんなに変化しても目の色と髪の色は変えることは出来なかった。だからその日もローブを深く被って、街行く人々に溶け込んだ。

 何故だかは知らないが、その日は街中が何処か色めき立っていた。親子が楽しげに手を繋ぎ、どの家も湯気の出る温かい食事を囲んで、カラフルな箱を交換しあっていた。何かの記念日なのだろうか。

 勇者一行も漏れなく狭い宿屋で料理を囲んでいた。いつもは仲間外れの巫女もこの日ばかりは輪に加わって、暖かい世界を作っていた。子どもの姿のせいで窓までが高くて、氷魔法で台を作ると窓ガラスにへばり付いた。

 この素晴らしい光景はいつまでも見ていられた。人と人が笑い合って、暖かい食事があって、そしているべき場所がある。

 羨ましかった。

 寒さに手足の感覚がなくなっても、そこから動く気にはなれなかった。とっくの昔に諦めたはずなのに、その幸せな空間に自分がいることを想像してしまった。

 暖かい食事ってどんなものだろう。料理を口に運ぶあの道具は一体何だろう。もしかして、あの色とりどりな箱は贈り物、プレゼントだろうか。すごい、あの包装紙を開ける瞬間、人間はこんなにも輝くのか。まるで自分がそこにいるみたいに胸の内がじわりと暖かくなった。次は何が入っているのだろう。マフラー、キャンドル、お菓子、食器。自分に贈られたらきっと、あまりの嬉しさに大事に仕舞い込んでしまうだろう。

 ガラス越しに聞こえてくる笑い声は尽きることなく響き渡る。ふと窓から顔を離して辺りを見渡せば、どの家からも笑い声や歌い声が聞こえてくるのに気付いた。もしかして、今日は家族や親しい人と過ごす日なのだろうか。

 その時、急に寒くなった。

 きっと思い出したのだ。自分にその権利がないことを。

 これ以上ここにいたらあの寂しい城に戻れなくなる。だからここを去ろうと思ったその時、寒さに悴んで自分で作った氷の台座から足を踏み外してしまった。まずいと思った時にはもう遅く、人並外れた五感を持つ勇者に気付かれてしまった。

「君、一人か?」

 暖かい部屋にいたからだろう。勇者の体からは僅かに湯気が立っていた。室内の光が雄々しい体躯を照らして、神様みたいだと思った。自分の陰気な黒髪と違ってキラキラと光を反射する金髪、晴れた日の空みたいに透き通った瞳。

 まさかここに件の魔王がいるとも思わずに、勇者は転んだ拍子についた雪を払って立ち上がらせてくれた。

「冷え切ってるじゃないか。もしかして、ずっと外にいたのか?今食べ物を......あぁ、しまった、すべて食べたんだった......ちょっと待ってろ、今何か......」

 ゴソゴソと服のポケットを漁り出した勇者を前に、どうしていいか分からずローブをぎゅっと握りしめた。

「おっ、あー......すまない、こんなものしかないけど......メリークリスマス」

 そう言ってポンと掌に置いてくれたのはポップな絵の描かれた小さな包みだった。そっと包装紙を捲ればころりと美しい色の玉が転がった。

「これ、ビー玉?」

「初めて見たのか?これはキャンディだよ。お菓子だ。口の中で転がしてごらん?」

 これは食べるものなのか。そういえば孤児院にいた時、こんな様なものを子どもたちが取り合っていた気がする。

 恐る恐る口に入れて舌の上を転がせば、じわりとフルーティーな甘みが口いっぱいに広がった。

「ははっ、どうだ?うまいか?」

 ポンと頭を撫ぜられて、見上げればそこにはさっきまで窓越しに見つめていた太陽みたいな笑顔があった。
 
 人の笑顔を正面から見たのは初めてだった。

 背筋からぶわりと熱が広がって、バクバクと心臓の音が耳まで聞こえてきそうだ。雪の中にいるのが嘘みたいだ。

「あっ、君!」

 初めての感情が言葉にできなくて、お礼も言わないままその場を走って逃げ出した。そのまま勇者の声が聞こえなくなるまで離れると、路地裏に逃げ込み転移魔法を展開。魔王城の寝室に逃げ込んで、ドアに背を預けてズルズルと座り込んだ。

 この内から溢れ続ける想いをどうしたらいい。

 じゅわ、と飴玉が口の中で溶ける。

 握り締めた掌の中でくしゃりと包装紙が音を立てた。

 生まれて初めてもらったプレゼント。手の中を覗き込めばしわくちゃになったキャンディの包み紙が確かにそこにあった。それを見るだけであの眩しい笑顔が思い出されて、胸の内がきゅんと切なく疼いた。

 不思議な気持ちだ。とても苦しいのに、それと同時に暖かくもあった。あの瞳の中にどうにか写りたいとか、隣を歩きたいとか、名前を知りたいとか、頭の中が勇者でいっぱいになった。

 もしあの人に名前を呼ばれたら。そう考えたところで自分の口からは乾いた笑い声が漏れた。

「はは、......名前、か」

 もしも自分に名前があったら、一度くらい呼んでもらえただろうか。今までこんな身の丈に合わない贅沢なんて望んだことなかったのに。自分の感情が制御できない。

 愛しい、そうか、愛しいのか。きっと勇者を愛してしまったんだ。だから、自分を見て欲しいとか勇者の力になりたいとか考えてしまうのだ。生きることなんて微塵も興味は無かったが、勇者がこの世にいるというだけで生きたいとすら思えた。

 しかし、自分は魔王で相手は勇者。ともに生きる未来は無い。

 だから、せめて最後はきちんと死のう。きっと自分が彼のために出来ることはそれしか無い。

 人間なんて嫌いだった。何故なら人間は皆自分のことが嫌いだからだ。いつだって嫌われ者で、人間の社会に居場所なんてない。魔王になる前、まだ人間の街にた頃、道を歩けば罵詈雑言が飛び、石やら何やらが飛んでくるのが常だった。まともな食事なんてもらえた試しがなく、物心ついた時には吸収ドレインで生きるための栄養を補っていたくらいだ。そのせいで『食べずとも死なない』と余計に忌み嫌われたのだが。

 今でも人間は嫌いだ。

 それでも、勇者ただ一人のためなら、喜んで殺されよう。

 何せ、初恋の人なのだから。



 寒い日は決まってあのクリスマスの夜に出会った少年を思い出す。小さなキャンディ一つで、ローブの隙間から見えた赤い瞳を宝石みたいにキラキラと輝せて喜んでくれたあの子は一体どうしているだろうかと。

 少年はきっと自分たちの部屋を覗いていたのだろう。窓枠に跡があった。クリスマスなのにたった一人で手足が冷え切るまで、ずっと。

 どこにでも売ってる量産品のキャンディを初めて見たと言った。ありあわせのプレゼントとも言えないような贈り物を、あんなに大切そうに握り締めていた。たまたまポケットに入っていた余り物だというのに。

 あの時見たのは確かに子どもだった。

 それでも、あの時の少年の宝石みたいな瞳と、魔王が心臓を貫かれたときの満ち足りた瞳を重ねずにはいられない。

「どうして、この紙を持ち歩いていたんだ?あの時の子は?どうして魔王になった?あなたの名前は?」

 聞きたいことはたくさんある。

 でも、何よりもまずはあの吸い込まれるような美しい眼差しを、もう一度見たいと思った。
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