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一章 アリス・バース・デイ

ワンダーランズの力 その3

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「何してるの、あなた」
「むぐむぐむぐ……」
「無視してもダメなんだけど」
「むぐむぐ……ふぅ。あっ、ワンダーランズのみんな!やっほー!それじゃあ私はこれで」
「待ちなさい」
 ワンダーランズの部屋に入るなり、机の上のものをつまみ食いしている女の人が居た。私達を見るなり、しれっとどこかへ行こうとしていたので、ハッターさんがそれを羽交い締めして止めた。
「はーなーしーてー!代わりになるものは持ってきてるからー!」
「そういう問題じゃないの!」
 というか、あれ、この人……
「…………あーっ!!!!!!!」
 この人!あの人じゃん!
「あなた、もしかしてあの『ルナルクス・ウルペス』のリーダー、姫川月映ひめかわ つきえさんですか!?」
「あー、やっぱりバレちゃうよねー」
 アバター衣装になってるけど、顔で分かる。
 ルナルクス・ウルブス、通称ルナウル。四年前にデビューして以来、アイドルの頂点とも言えるほど売れに売れまくっているアイドルユニット。そのリーダーの姫川さんがまさかLoOKs所属だったなんて……
「もしかしてファン?」
「あ、いえ。私じゃなくて妹が」
「うーん冷たい反応。でもいいや、いつかあなたもファンにしてみせるから!」
 越恵、羨ましがるだろうなあ……
「それはそれとして、とりあえず私達が用意したお菓子をつまみ食いしたのは謝って貰えるかしら」
「まぁまぁ、私もお菓子持ってきてるから!とにかく離してって」
 ハッターさんはそれを聞いて、渋々姫川さんを解放した。
「ところで、これなんのお祝い?」
「見たら分かるだろ、アリスの加入祝いだ」
「なるほどね、白ウサギ君ありがと!」
 嫌味風味に言っただろう白ウサさんは、素直に感謝されて歯がゆそうな顔をしていた。姫川さんも素で対応してるだろうし、これが真性のアイドルって事なんだろうなあ。
「それならみんな、席に座っちゃおうか!アリスちゃんの席はどこ?」
「え、あそこ、ですけど」
「じゃ私はその隣に座るね!椅子持ってくる!」
 姫川さんが喋り始めて、空気が完全に持ってかれている。だからみんなこんなにも対応に困る表情をしてるのか……
「はぁ……今日は厄日か?」
「かもね……」
 いつのまにか座っていたハートちゃんに続き、白ウサさんとハッターさんが席に座る。
「僕、アリスちゃんが心配なんだけど」
「俺もだ」
 珍しく困った表情をしているダムさんとディーさんが座る。ディーさんも結構なマイペースだけど、この人の前じゃ自重せざるを得ない感じ。
「ささ、アリスちゃんも座って座って」
「うわわわわ、ちょっと」
 最後に私が姫川さんに押されて椅子に座らせられて、その隣に部屋の隅にある椅子を持ってきた姫川さんが座った。
「とりあえず……アリス、ワンダーランズ加入おめでとう」
 グダついたけど、ハッターさんのその一声で一気に祝福ムードになった。武器のはずの杖から紙吹雪を飛ばして、まるでクラッカーのような扱い方をしていた。
「まず始めに、自己紹介だけしてくれない?アリスがいつまでも困惑した顔してるから」
「分かった」
 最初私の自己紹介かと思ったけど、違ったみたい。隣に座った姫川さんが立ち上がり、自己紹介を始めた。
「初めまして、アリスちゃん!『ルナルクス・ウルブス』のリーダー、姫川月映です!でも、それは世を忍ぶ仮の姿!本当の私はLoOKs所属、『不満☆爆発』のリーダー、『かぐや姫』のアバターなのです!ふふん!」
 手慣れている感じ自己紹介を終えて、みんなにジェスチャーで拍手を促す姫か……かぐやさん。こっちの時は一応アバターネームで呼ぼう。で、拍手を求めてたけど誰一人拍手せずに紅茶とクッキーを嗜んでいたので、私が拍手をしてあげた。
「もー、みんなノリが悪いなー」
「俺達ワンダーランズはお前のとこみたいに常に賑やかな感じじゃないんだ。なぁディー?」
「え゛っ、そ、そっ、ソウダネー」
 急に白ウサさんに話を振られ、目を泳がせて答えるディーさん。気の毒に……
「それでね、これが私が持ってきたお菓子!沢山でしょ?」
 そう言って、隅にあった大きな袋を持ってくるかぐやさん。
「中身クッキーばっかでさ、私一人どころかユニットのみんなで分けても食べきれないからみんなに配ろうかと思って」
「それ、ファンとか芸能界の人からの賄……好感度取りとか認知取りのお菓子でしょ」
「賄賂って言いかけて言い直してさらに酷くなってるよ、帽子屋ちゃん」
 中身は有名ブランドのお高いクッキーばかりだ。でも、どれも開封済みだった。
「味は保証するよ!大人数のスタッフさんが確認して、特に怪しいものも入ってなかったらしいし」
「さ、さすがトップアイドル……」
 かぐやさんは一人一人にクッキーの箱を配っていった。にしても、これ本当にただで食べていいのかな……
「そ、れ、と。アリスちゃんに、正確にはアリスちゃんの妹さんにプレゼントだけど、これあげる!」
 そう言って、懐からCDを出すかぐやさん。
「こ、これ。この前出たばかりの、それもまだ買わされてないやつ」
 しかも直筆サイン入り。なんでこんなもの持ち歩いてるの???
「『なんでこんなものを持ち歩いてるのか』、それはね、いついかなる時もファンサービスは欠かせませんから」
「読心術!?」
「バカ言え、自分からそう思うように誘導してるだけだぞ」
「あ、そういうの分かってても言っちゃダメだぞ」
 言いつつ、美味しそうにクッキーを頬張るかぐやさん。和服(と言っても大分踊りやすくアレンジされた丈が短めのだけど)を着た上からでも分かる驚異のスタイルの良さ。確かこの人私と同い年のはずなんだけど、私のザ・標準体型とは全く違う……どこにその脂肪は消えてるの……?
「で、用は本当にそれだけ?」
「あー、そうそう。本題があるのですよ、ですよ」
 紅茶を一飲みして、改めて話し始める。
「来週の水曜日、そこでワンダーランズと私達のチームで合同作戦があるんだって、今日はそれを伝えに来たの」
「それでつまみ食いをした、と」
「ダム君も悪い言い方するねー」
 テーブルの位置的に、ダムさんが座ってる位置の近くのお菓子がつまみ食いされてたので、多分それを根に持ってるんだと思う……多分。
「私、なんと言っても忙しいからね。一ヶ月前には決まってたんだ」
「え?一ヶ月前から決まってるんですか?」
「週一で合同作戦する都合上、どの週にどのぐらい強いディスカーダーちゃんを解放するか決まってるらしいよ」
 まぁ、いつ強いディスカーダーが現れるか分からないし、訓練のためにディスカーダーをわざと強くした上で解放するのは分かるけど……
「解放されるのが管理されてるなら、いきなりとんでもなく強いディスカーダーも現れなくないですか?」
「管理してるとはいえ、そのシステムを知ってるわけじゃないからねー、私達。ディスカーダーも長いこと戦ってるらしいけどまだまだ未知数の敵だし」
 あんまり考えすぎてても頭痛くなりそうだし、これ以上考えるのよそう……
「前に何でか知らねぇけど、大量に強力なディスカーダーが出た時もあったしな」
「そうだね、あれは僕達も死にかけた……あっ」
 ディーさんが言いかけて口を塞ぎ、白ウサさんに睨まれる。
「ディー、あまりアリスの前でそう言うことを言うもんじゃない。まだ日が浅いんだ、配慮しろ」
「ご、ごめん……」
 次にダムさんに諌められる。いつもより語気が強い気がした。
「と、に、か、く。要点は来週の水曜日に合同作戦があるって事だから。忘れないでね?」
「そうね、今日はアリスのお祝いだもの。作戦の話はそこまでにしときましょうか」
 ハッターさんとかぐやさんの言葉で、一気に空気が明るくなった。
「せっかくだし、私が歌、歌っちゃってもいいんだよ?」
「わーい!やったー!」
「やめろ、お淑やかにするって最初にみんなで決めただろ」
「ああ」
 それに、ハートちゃんはどう思うんだろう?人見知りすごいっぽいし……
「……えと、かぐや、さん」
「あ、やっと喋ってくれたハートちゃん!なになになあに?」
「ひいっ」
「かぐや……?」
 席こそ離れているものの、いきなり距離を詰めてきたかぐやさんにビビるハートちゃん。それをハッターさんに笑顔の圧で怒られるかぐやさん。もっとも本人は全く意に介してない様子だけど。
「……ぁのぅ、そのぅ……」
「大丈夫、ゆっくり話していいよ」
「ここでライブは、やめてください……単純にうるさいです……」
「うぎゃ」
 ハートちゃんの言葉に変な声を上げてショックを受けるかぐやさん。まぁ、こんな場所でやられたらうるさいのは同感。
「それに、かぐやが歌を歌ったら『あいつら』ももれなく付いてくるからな……」
「あいつら?」
「ああ、『不満☆爆発』のメンバーだ。かぐやがこの世界で歌ったら、どこに居ようがどう探知してくるのかすぐに駆けつけてくる」
「ファンの鑑でしょ?」
「そうじゃない……」
 ダムさんの説明に、茶々を入れて言葉を詰まらせるかぐやさん。ほんとこの人、マイペース中のマイペースだなあ……いや、天然?
「そもそも、かぐや姫ってアイドルでしたっけ……?」
「そこはまあ、面白い解釈って事だよ」
「一人一人はいい人ばっかりだよねー、でもかぐやちゃんのことになるとすっごいテンション上がるんだよね」
「当たり前だよ、私がデビューする前から私を推してた古参中の古参だもの!それに……」
 かぐやさんは嬉しそうにした後、一瞬何かに想いを馳せたような顔をした。
「困った時、辛かった時、みんなが励ましてくれたし。恩返しと思ってるよ?」
「聞いた話だと、最初は他のメンバーのこと」
「わーーーーーーっ!!!!それは禁句だよ帽子屋ちゃん!!!!」
 急に横で叫ばれて耳が痛かった。さすがアイドルの声量……じゃなくて、ハッターさんが何かを言いかけて叫んだんだけど、一体なんなんだろう?
「帽子屋ちゃん?それは、話さないで?ね?」
「えー、どうしようかしらねー?」
「頼むよー!」
 ハッターさんのところに行って、肩を揺らして懇願するかぐやさん。ニヤニヤしているハッターさん、すごい楽しそうなんだけど。
「そこまで言われると私気になっちゃうんですけど」
「そうだなー、俺も気になる」
「僕も!ね。ダム?」
「いや、俺は別に……」
「  ね  ?  」
 今までの鬱憤(?)を晴らしたいのか、弄れるチャンスでここぞとばかりに団結するみんな。ダムさんは分からないけど、絶対白ウサさんとディーさんは知ってるパターンで、面白そうだからって乗っかってるよね、これ。
「……私も知りたいです」
 いつになく悪どい顔でハートちゃんも乗ってきた。
「ほらほら、我らが女王さまも知りたいとのお達しだぞ?ハッターに喋らすか自分で喋るかどっちか選べ」
「む、むぅ~…………」
 赤面、そしてふくれっ面、涙目。今まで越恵に見せられてきた顔の中でも見たことのない顔だった。
「で、どうする?」
「…………はぁ、なら自分で話すよ。アイドルの純情をいたぶって楽しい?」
「楽しい」
 いつになく白ウサさんが笑顔。本当に心から楽しそうだなあ……
「あの、ね?私のチームが出来たのは五年前で、私もまだちっちゃくて……それで、その、同じチームのみんなのこと、『お兄ちゃん』とか、『お姉ちゃん』とか、呼んでました…………」
 顔をさらに赤らめながら、私の隣の席に戻ってきた。
「あの、なんか…………ごめんなさい、かぐやさん」
「気にしないで、ね?」
 アイドルの時とは全く違う純粋な立ち振る舞いで、ちょっと親近感湧いちゃうかも。
「大丈夫です、気にしませんって。『お姉ちゃん』?」
「~~~~~~!!!!」
 無言でポカポカと殴られる。こんなに反応がいいからいじられた時にすごいいじられるんだろうな、と推測。この愛嬌が、私にも欲しい……!
「来週その人達にも会えるんですね、さっきいい人達って言ってましたし、楽しみです」
「まぁ………………数あるチームの中でも良識人の集まり………………だな」
「ダム君、なんでそんな言葉の歯切れが悪いのさ」
「比較的、だからな」
「でもさ、『赤ずきん』のとこよりは遥かにマシでしょ?」
 また出た、『赤ずきん』。本当にどんな人達なの?まさか人間じゃないとかじゃないよね?
「そっちのチームがかぐやを姫、姫って崇めてるならうちもそうする?」
「えっ!?そ、それはダメです!」
「うわびっくりした、女王ちゃんそんな大きい声出たんだ」
 ディーさんの提案に大声で反論するハートちゃん。かぐやさんでさえ驚いていた。
「でも白ウサ君とかたまにふざけて女王さまって呼ぶこともあるし今更?」
「そ、そうでした……でもずっとそう呼ばれるのは恥ずかしいです……かぐやさんは、恥ずかしくないんですか?」
「もう慣れちゃったし、アイドルになると言い方悪いけどちやほやされるの当たり前になっちゃうから、嫌でも慣れちゃうよね」
「外野から見てる分には面白いが」
「あれ、ダム君って結構アイドル系見る感じ?」
 確かに、ダムさんはなんというか、武士というか侍というか。ゲームとかテレビをしている光景が思い浮かばない感じだけど。
「『推す』という行為はいまだに分かってないが……何かに熱狂的になっている姿を見ているだけなら面白いと思う、というだけだ」
「なーんだ、じゃあこの機会にぜひ『ルナウル』を推してみたり……」
「しない」
「だよねー」
 ダムさんがルナウルを推して応援している姿……
「ふふっ……」
「何を笑ってる」
「いや、ダムさんがアイドルを応援してる姿、想像出来なさすぎて面白くて」
「あ、じゃあさっきアリスちゃんに渡したCD、今ここで再生して聞いてみるってのも」
「結構だ」
 ディーさんに追撃されるもガードが固いダムさん。無理に進めるのも良くないし、ここいらが潮時かな?
「さて……なんかもう歓迎会って雰囲気じゃないけど、どう?アリス。これから楽しくやっていけそう?」
 ハッターさんがにこやかな顔で聞いてくる。答えはもちろん、一つ。
「やっていけそうです、みんな優しいですし」
「私のおかげだね!」
 かぐやさんが立ちながら胸を叩いて言うけど、誰も反応しなかった。
「あ、あれ?結構私場を盛り上げたと思うんだけど」
 必死の弁明も誰も聞いてない。このメンバー、アイドル大好き!ってメンバーじゃないからそういう対応にもなるよね。ちょっと騒がしい人、みたいなイメージなのかな。
「かぐやは放っておいて、うちはうちなりの雰囲気があるから」
「あ、はい」
「妹さんがファンなのにその塩っ塩の塩な対応酷くなーい?トップアイドルさまが直々にファンサしてるんだぞー?」
「あ、あはは……」
 最初は楽しかったけど、段々時間が経ってくるにつれて対応に困ってくる。一つ言葉をかけたら五つぐらい返ってくるから……なるほど、あまりかぐやさんと話さないのはそういうことなのね。
 と。納得しているところにノック。
「あら?誰か来る予定だったかしら……どうぞ?」
 ハッターさんが不思議に思いつつ、そのノックの主に言った。すると……
「姫ーーーーーー!!!!!!」
 とてつもなく大声で、慌てた様子で部屋に入ってくる女の人。
「あっ……」
 私は察した。呼び方、そして和服の格好。確実に間違いなくかぐやさんのチームメイトだ。
「ほ、ホウライちゃん?どうしてここに?そして抱きつくのやめてって」
「不肖ながらホウライ、例え生死が二人の間を分かつとも、天と地ほど距離が離れようとも、いつでもどこでも駆けつける次第!あー今日も姫が可愛い、チューしていいですか、チュー」
「ちょっと、ワンダーランズさんが見てるんだからそういうのやめてって」
「じゃあ見てないところ、二人っきりの時ならいつでも、何回でもしていいんですね?言質取ったよ?ねえワンダーランズの皆さん!?!?!?!?」
 ……あぁ。つくづくこのチームが過ごしやすいかが分かる。こんなハイテンションにずっとついていけない。
「あーいつ見ても姫いい身体。駆け落ちしません?どこまでもお伴しますよ?」
「公然にセクハラしないでって!お尻とかさすらないでって!」
「ホント、アイドルになってから、高校生になってから、私好みの身体に……いつ籍入れます?指輪からなにから全部用意しますよ?」
「だーかーらー……ねえ、誰か助けてって」
 私含め、締めに向けて色々無言でお菓子と紅茶を消費している。助ける素ぶりはまったくなし。
「いいじゃないですかー。恥ずかしがらないでくださいよー姫ー。私達の仲じゃないですかぁー」
「アリスちゃーん……助けてー……」
 ダムさんの言葉を借りるなら、見ている分には面白い。ので放置。タジタジになってる姿なんて貴重だし。
「帽子屋ちゃーん、助けてー……」
「ホウライ。お持ち帰りしていいから、さっさとどっか行ってくれる?」
「お持ち……帰り……」
 ハッターさんが言った瞬間、ホウライさんの雰囲気が変わった。
「では皆様方。これで私達は失礼致します。私達の蜜月、夜伽、同衾をぜひご声援ください」
「ちょっと!?アイドルにそういうの禁止なんだけど!?」
「いいじゃないですか、この世界で熱愛すれば雑誌にすっぱ抜かれるようなことは無いですよ……」
 確かに、この世界でだったらアイドルが恋人と会っても何も言われないどころか気付かれないだろうけど、それにしたって女の人と熱愛報道とかもっとインパクトあるよね……
「では。姫がご迷惑おかけしました、これにて失礼……姫ーーー!部屋でイチャイチャしましょーーー!今夜は寝かしませんよーーー!」
「ホウライちゃん!?なんてこと言うの!?誰か、助けてー………!!!」
 文字通りお姫様抱っこをして部屋から去っていくホウライさんと、終始困惑してあれよあれよとお姫様抱っこをされてしまったかぐやさん。二人が去ったあとの部屋は嵐の去ったような静かさがあった。
「す、凄い人達……」
 なんだか、どっと疲れが来た。
「んー……疲れるだろう」
「はい……」
 白ウサさんが伸びをしながら問いかけてくる。かぐやさんはまだしも、ホウライさんは見ているだけでカロリー過多。
「かぐやちゃんはあれの集団を見て育っちゃったからあんな個性的になっちゃったのかな……」
「かもしれないわね」
 いつも元気そうなディーさんも、いつも余裕そうなハッターさんもどこかやつれて見えた。
「……んむ」
「ハート、大丈夫か?」
「……はっ、ダムさん。平気です、眠くない……です……」
 ダムさんも疲れて見えるけど、それ以上にハートちゃんが疲れて眠そうにしてた。
「さて、みんな疲れてそうだしここでお開きにしましょうか?片付けは私がやっておくわよ」
「私も手伝います」
「主役に片付けさせるのはダメでしょ?さっさと帰りなさいな」
 それもそっか……
「それじゃあ、お言葉に甘えて……『アリス、ログアウト』」
 やっぱりこのログインログアウトの時の光はまだ慣れない。けど、いつかは慣れるんだろうなあ……
 で、問題はその後。ログアウトして部屋に戻ってきたわけだけど、ちょうど戻ったタイミングで越恵が部屋に入ってきた。
「おねーちゃー……ん?なんかいい匂いするね、お菓子食べてたの?」
「え、あ、うん、そうなのー」
 怪しまれたけど、なんとかごまかせた……かな?
「あれ、お姉ちゃんその手に何持ってるの?」
「これ?えーと……」
 私が手に持っているのはさっき姫川さんから直々に貰ったCD。どう理由つけて渡そう……
「もしかしてそれルナウルの新しいCD?」
「そう、なんだけど……」
「やったー!お姉ちゃんサイコー!で、なんでそんな出し渋ってるの?サプライズ?まだ私達の誕生日は先だよ?」
 冷や汗を垂らしながら、サイン入りの方じゃない裏を見せつつ越恵に渡す。
「んー、何の変哲……も……」
 まぁ、渡してすぐに表見るよね。ので、私は耳を塞いだ。
「……え?え?お姉ちゃんこれ、どのルートで入手してきたの?オークション?いくらしたの?」
「た、タダ……」
「……マジ?」
「大マジ」
 そして、二人の会話は無言になる。
「お姉ちゃん、これの価値はもちろん分かってるよね?」
「はい、分かってます……」
 なぜか自然と私は無意識に正座をしてしまう。
「今までユニットのサイン入りCDはあったけど個人のサイン入りCDは一度も無い。あって色紙かジャケ写。それをまさか、『タダで』手に入れたってどういう事……?」
「それに関しては、色々事情があると言いますか……」
 あの世界のことも言えないし、どう説明すればいいんだろう……
「何を!どうしたら!これがたまたまタダで手に入る事情があるって言うの!」
「か、帰り道にたまたま会いまして、困ってたので助けたら、それでなぜか持っていたこのCDを渡されました……」
 前半は違うけど、後半は合ってる。本当に何で持ってたのか分からない。
「はぁ……こんな貴重すぎるもの、正規の手段で手に入れたかったよ……そもそも本人と会ったってのも疑わしいし……」
「そ、それは本当だよ?」
「じゃあどこが嘘だって言うのよ」
「えーと……」
 うーん、正直に言うわけにもいかないし……
「ま、いいや。これはお宝として!大切に保管する!オフの本人と会ったってのが本当ならこれは天運!二度と無いはず!だから許す!」
「あっ、そう」
 なんかよく分からない理由で許されたけど、危機は去った。
「お姉ちゃん、今年の運全部使ったね。もう無いよ、きっと」
「そうだねー」
 会おうと思えばいつでも会えるんじゃ無いかな、とは思うけど、あのテンションは週一でもお腹いっぱいだしなあ……
「それじゃ、私部屋に戻るね」
「そもそも何で私の部屋来たの?」
「忘れた!というか気まぐれで双子の姉の部屋に来ちゃいけない理由なんて無いでしょ」
「それを断らない理由も無いんだけど」
 結局何で私の部屋に来たのか分からないまま、越恵は去っていった。そしてすぐに私はベッドに倒れこむ。疲れもあるけどそれ以上に意外とお菓子でおなかいっぱいになって眠たくなった。来週にまた姫川さん含め、ホウライさんその他のもっと癖が強い人たちと会うとなることを思うと、気が遠くなるなあ……
 そんなことを考えつつ、私は自然と眠ってしまったのだった。
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