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一章 アリス・バース・デイ

チーム「不満☆爆発」 その3

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「う、わぁ……」
 例の魔法円に乗りながら、デルセ4のエリアを上から眺めていると、今までに見ない数のディスカーダーが居た。
「アリスちゃんも居るってのに、いきなりこれだもんねえ」
「ところで、もうアリスちゃんは武器の名前はもう言えるようになったの?」
 かぐやさんが横から話しかけてくる。……肩越しにものすごい形相でホウライさんがかぐやさんを見ているけど、とりあえずスルーしておく。
「まだ、なんですよねぇ。早く皆さんのお力になりたいんですけど……」
「そっか。でも、焦ることはないよ。焦って敵に突っ込んじゃうと怪我しちゃうから、ね?」
 そんな応援の言葉を貰うと、突如ゴシキさんが叫び始めた。
「フハハハハハハハ、ディスカーダー共よ!この私の力の前にひれ伏すがいい!とぉっ!」
「えっ、ちょっ、嘘でしょ!?ゴシキさん!?」
 なんと、結構な高さがまだあるこの魔法円から飛び降りた。
「だだだ、大丈夫なんですか!?」
「大丈夫だけど……」
「やっぱゴシキっちは見てて面白いよねー」
 なんて楽観視している二人。ディーさんとハートちゃんの方を見ると、また始まったか、なんて顔をしている。
「来たれよ!『セプテット・ジェムズ』!」
 空中でゴシキさんが叫ぶ。すると、ゴシキさんの身体から五つの光が飛び出し、周囲で回り始める。途端に、ゴシキさんの落下スピードが遅くなっていく。
「ゴシキ君の武器、『セプテット・ジェムズ』はね、ゴシキ君自身に色んな効果をもたらしてくれるの。例えば、今なら落下速度を下げて、どんな高いところからでも安全に着地できるように、とか。実際は自由に空を飛べる能力なんだけど、ね」
「な、なるほど……」
 聞きながら見ていると、ゴシキさんは既に着地していた。
「貴様らの墓場はここだ!『ジェムズ・ヴァン』!」
 また叫ぶと、周囲を回っていた緑色の光が強く輝きだし、ディスカーダーの群れに突っ込んでく。ディスカーダーは風邪に飲み込まれ宙に浮き、それを別の光が光線のようなものを出して追撃する。
「……?」
「あれはねー、風の力を宿した宝玉なんだー」
「宝玉!?なんでそんなものが体内に……」
「だってあれがゴシキっちの武器だし?」
 まあ、それはさっき聞いたから理解はしているんだけど。
「さあ、僕達も行くよ……って言いたいとこだけど、アリスちゃんはハートちゃんの護衛をよろしくね。前線に送るわけにもいかないし、ハートちゃんを一人ぼっちにするわけにもいかないしね」
「わ、分かりました!」
 そう言って、程々の高さになった魔法円から飛び降りるディーさん。そしてそのまま敵に突っ込んでいく。
「って、あれ?なんでこんなに後方組が多いんですか?」
 ここには計四人。私、ハートちゃん、かぐやさん、ホウライさん。
「はいはい、疑問を出してないでちょ―っと離れましょうね―、危ないからー」
 そう言って、珍しくホウライさんが私とハートちゃんを押してかぐやさんから離れさせる。
「ありがと、ホウライちゃん。それじゃあいっくよー!『ブラストーン・マイク』!」
 かぐやさんが叫ぶと、その高く挙げた手にマイクが。そして、かぐやさんの周囲にステージが現れた。……ステージ?
「ここで問題。姫の本業はなーんだ?」
「アイドル、ですけど……えっ、まさかここで歌うんですか!?」
「そういう事!私達は姫の歌を聴きながら戦うんだよ!姫の歌はみんなの能力を上げるバフの効果があって、それのお陰で私達はもっともっと強くなるんだよ!」
「そ、そうなんですか」
 物凄い早口でまくし立てられたので驚いた。けれど、まさかこの世界でかぐやさんの歌を聴くことになるとは。
「で、かぐやさんの武器は歌、ってことでいいんですか……?」
「まぁそうね。でも、勿論歌ってる間は無防備なわけで。そこで、私の出番なわけですよ。『ファントム・ワード』」
 ちろりと舌を出して言うホウライさん。その舌に、段々と何か文字のようなものが書かれていく。
「私の武器は言霊。そう、私の言霊で全てを意のままに操れるの……『アリスちゃん、私に抱きつけ』」
 ホウライさんが言った途端、身体が勝手に動いてホウライさんに抱きついてしまう。むにゅんと、ホウライさんの胸がなった気がした。お、大きすぎる……!
「こーんなふうに、操れちゃうわけだ……おーよしよしアリスちゃん、いいこいいこ可愛い子」
「ちょっとホウライさん!ハートちゃんも見てますから!」
 幸い手だけは自由に動いたので、ホウライさんの背中をバシバシと叩く。
「ごめんねアリスちゃん、ちょっと可愛かったから。『言霊取消』、っと」
 そういった途端、身体が動くようになった。
「ホウライちゃーん!準備おっけー!?」
「大丈夫ですよ―、姫―!」
 その光景をいつの間にか空に浮かんでいたステージで見ていたかぐやさん。見ていたなら止めてくれていいのに……
「じゃあ、アバターかぐや姫、歌います!『ツキアカリノヨル』!」
 すると、聴いたことのある曲が流れてくる。
「キタ―ーーー!ルナウル3rdシングル『ウソコイ』のカップリング曲『ツキアカリノヨル』!当時の特典、各店舗ごとに写っているメンバーが違うブロマイド!そのブロマイドを全て集めて裏に書いてある番号を名前順に打ち込むと1stライブの先行抽選が出来た!一日目と二日目朝夜計四公演分全て行かせていただきました!特に二日目の最後にサプライズで発表されたシャッフルペア曲のアルバム収録曲数脅威の15曲の『ぐるまぜ♡ビタースウィート』発売決定は良かったですよ―!」
 ……流れ出した途端、どこからか取り出したサイリウムで応援しながら超早口で解説するホウライさん。しかも鉤爪みたいに左右の手に四本ずつ持っている。なんというか、越恵のうるささを5倍にしたような、そんな感じ。
「これだから、私あんまり好きじゃないんです……」
「そ、そうだよね。ハートちゃんは静かなほうが好きなんだもんね……」
 呆れ顔と、嫌そうな顔のハイブリッドで武器の杖を持って立っているハートちゃん。
「戦いの場だと言うのに、なんでこんなにも緊張しないで居られるんですかね……」
「あ、ある意味個性!だからね!うん!」
 越恵であんなテンションは慣れてるから、なんとなくホウライさんの味方をしてしまう。
「……そうだ、ちょっと近くに寄って貰ってもいいですか?」
「え?」
 私はハートちゃんに近づく。
「『ブロッキング・ハート』」
 初戦闘の時のバリアの魔法を展開するハートちゃん。けれど、そのバリアには私とハートちゃんしか入っていなかった。
「ちょっと、ホウライさんは!?」
「……見てれば分かります」
 言われて黙って見ていると、ホウライさんに近づいてくる狼の姿のディスカーダー。
「あ、危ない!」
「……もう、せっかくライブを特等席で楽しんでるのに。邪魔しないでくれない?」
 サイリウムを下ろし、顔は見えないけど怒っている様子のホウライさん。
「邪魔者は……『吹っ飛べ』っ!」
 そのまま振り返って、ディスカーダーの方にサイリウムを向ける。四本のサイリウムの先から、稲妻のようなものが奔る。それはディスカーダーに向かって飛んでいき、轟音とともにディスカーダーが吹っ飛ぶ。
「うわあ」
「あんなふざけたスタイルなのにしっかり強いから、モヤッとするんです……」
 ハートちゃんの気持ちはすごく分かる。でも結果的に強いならいいじゃないと思ってしまう自分も居る。
「もう、姫のライブを邪魔するなんて……万死に値するんだけど、全く!」
「いや、優先順位おかしくないです?あくまでディスカーダー討伐なんですけど……」
「なーに言ってるのアリスちゃん。私達はれっきとした後方支援組。物騒なのは前衛組に任せておけばいいのよん。それよりも姫のライブ!」
 ……一応、私もしっかり戦えるようになったら前衛要因なんだけど。
 と、思っていると。
――ドガァァァァァァン!
「うわっ!?」
「きゃっ!?」
 大きな音と共に、何かが降ってきた。土煙が止むとともに、大きな影が現れる。
「ディ、ディスカーダー!?」
 けれど、それは酷く傷ついていて、頑張れば私でも倒せそうだった。
――グルルルルルルルル…………
 ま、まずい。すごい怒ってる。獣は手負いの状態が一番危険って聞くけど、そういう状態かも。
「は、ハートちゃん!ホウライさん!ここは私が!」
「……サポートします」
「それじゃあ私もサービス。『減速しなさい』!」
 ハートちゃんはバリアを解除し、私だけを外に出す。ホウライさんはディスカーダーにサイリウムを向けた。その先から青い火の玉が飛び出し、ディスカーダーに向かって行く。
「それじゃ、後は頑張ってねん。やばくなったら手助けするから。姫ぇぇぇぇぇ!こっち向いてぇぇぇぇぇぇぇ!」
 ……まあ、やるとしよう。私はまだ名も知らない剣を握り、ディスカーダーと相対する。
「く……」
 傷ついているとはいえ、前に戦ったディスカーダーより遥かに大きい。もしかしたらこれ以上の個体も居るかもだけど……
「アリスさん、大丈夫です。怖がらないで。私が……かぐやさんが一緒ですから」
 後ろからハートちゃんが応援してくれたけど、さらっとホウライさんを無視してた。
「すぅー……ふぅー……」
 深呼吸をしてから、ディスカーダーを見据える。さっきの青い火の玉がディスカーダーになにかの作用をしているらしく、動きが相当鈍っていた。
「はああああぁぁぁぁっっっっ!」
 私はそのまま突っ込んでいき、懐に潜り込んで一閃を御見舞する。
 ……見える。わからないけど、攻撃すべきところが分かる気がする。
――次は、右後ろ足の付け根!
「はぁっ!」
 剣からかすかに聞こえる……この声。誰の声かはわからないけど、この声に従えば行ける気がする。減速している、というのもあるけど。
「……おぉ、ペーペーだからダメダメかと思ったけど、やるじゃん♪」
「……ホウライさん、分かってないわけ無いですよね?」
「もち、分かってるよん」
 後ろでハートちゃんとホウライさんが何かを話しているけれど、今はそれどころじゃなかった。
――危ない!
「えっ?」
 それが聞こえた瞬間、目の前からディスカーダーが消えた。
「ど、どこ!?」
「上です!」
 ハートちゃんの声で、上を見る。ディスカーダーが大口を開けて、私を食らいつこうとしていた。
「くっ……」
 私の反応速度じゃ、どうすることも出来ない。どうしよう……
「軟弱者がッ!」
 その叫び声とともに、ディスカーダーが空中で凍った。落下してくる氷の塊を避けるぐらいなら、私にも出来る。急いでそれを避けた。
「ふん、戦場では一瞬の油断が命取りになる。重々承知しておくことだ」
「ゴシキっちったらかっこつけちゃって。姫の前だから?」
「違う。人生の先達として、戦場の先達としての助言だ」
 ホウライさんとやり取りしながら、ゴシキさんが歩いてくる。その後ろからディーさんも歩いてくる。
「やっぱりゴシキ君の範囲攻撃はいいね、僕も楽できたよ」
「いちいち射線上に出るな、貴様は!」
「一発だけなら誤射は許してあげるよ?」
「戯言を」
「あの、前のディスカーダーは……」
「殲滅したよ」「殲滅した」
 うわあ、さすが二人……仕事が早い。私なんて一匹も倒せてないのに……
「それで、この凍らせたディスカーダー、どうするんですか?」
 後ろにハートちゃんがくっついてくる感触を感じながら私は言う。
「ホウライに任せればよかろう」
「うんうん」
 やけに上機嫌なホウライさんが、凍りついたディスカーダーに触れる。
「冷たっ。でも我慢するしか無いかー」
 そして、何かを唱え始める。
「『我、ホウライ。言霊よ、我が名のもとに力を発揮せよ』……『爆殺』っ☆」
 詠唱が終わると、ディスカーダーは大きな音を立てて爆発四散してしまった。それはもう、跡形もなく、といった具合に。
「ゴシキっちー、炎珠で温めてー」
「よかろう」
 一度しまわれた赤い光がもう一度出てきて、ホウライさんの前で強く輝く。
「あったかー」
「他人の能力をまるでストーブみたいに……」
「火力を調整すれば、このままホウライを焼き殺すことだって出来るぞ」
「それは姫が悲しむから駄目」
 ほんとこの人、かぐやさん本意だなあ……
「でも、私が死んでくれって言ったら、ホウライちゃんはためらいもなく死んじゃうよね?」
 後ろからかぐやさんがやってくる。さすがアイドル、一曲踊った程度なら全然疲れていない。いや、疲れているけど隠しているのかもしれない。
「絶対姫は言いませんそんな事ー。もし言った時は……胸も尻も揉みしだいて口を利けなくさせてあげます」
「ひぇ」
 笑顔は崩さずに、小さくかぐやさんが悲鳴を上げた。こんなセクハラ大魔神を同じチームに持って、かぐやさんは大変だなあ……
「さて、戻ろうか。どうせ救援するまでもないだろうし」
「そうだね、みんなお疲れ様。『RTB、Aチーム』!」
 かぐやさんがそういった瞬間、いつもの移動する時の光。包まれてすぐに、本拠地である図書館に到着してしまった。
「あー、疲れたー」
 到着して真っ先に、ソファに座るディーさん。まだダムさん率いるBチームの人達は帰ってきていないようだった。
「にしても、まさか戦場のど真ん中で歌い始めるとは思いませんでしたよ」
「ふふん、びっくりしたでしょ?」
「個人的にはテンション上がってるホウライさんのほうがびっくりしましたけどね……」
「仮にもファンクラブ1番だからね」
 ……え?
「クジ引きで引いた時、運命を感じましたもの。だから姫、結婚しよ?」
「あ、あはは……」
 ……クジ、引き?
「あの、ファンクラブの会員番号、クジ引き、って……」
「ちなみにゴシキっちが2番、ツバメ少年が3番、カソちゃんが4番、ミイシ少年が5番だぞっ」
「0番は勿論私」
 ……越恵が聞いたら卒倒するだろうなあ、この会話。
「まあ、デビュー前から推してくれているみんなの特権だよ?それ以外は先着順だから」
「流石にそうですよねー」
 そう言うかぐやさんは、頬にキスをしようとしているホウライさんを必死に両手で止めている。なんかこの光景も若干慣れてきた気がした。
「……ゴシキさんとしては、あれは本当にいいんですか?その……ホウライさんの行動」
「出撃前も言っただろう。問題ない、と。ホウライはうちのスタッフなのだが、実によく働いてくれている。貞操が危ないからルナウル関連には就かせていないが……その上、自己申告だが家事は何でもできるらしい。もし本当に二人が交際、果てには婚姻を結ぶのならば、私は大歓迎だ」
「そう、ですか」
 ゴシキさんと話していると、ハートちゃんが私の後ろから出て、ゴシキさんと話し始める。
「……ぁの……私も……」
「ん?どうした。私の誘いを受ける気になったか?」
 ゴシキさんはまた丁寧に、しゃがんでハートちゃんの話を聞く体勢になる。
「えっと、その……近いうちに、正式なご返事……させて……」
 言い切らない内に、また私の後ろに隠れてしまった。
「私はいつでも歓迎するぞ。良い返事を待っている」
 優しい笑顔で、握手を求めるゴシキさん。
「えっと……」
「大丈夫、怖くないと思うよ」
 私がハートちゃんに言ってあげると、後ろに隠れたまま握手をゴシキさんとする。
「……」
 けど、握手しているゴシキさんの顔は上から見たら口だけが笑ってなかった。マフラーで隠れているから、ハートちゃんの目線からじゃ見えないだろうけど……
 と、その時。
「戻ったぞ」
「あー疲れた疲れた。っておいディー、何一人でソファ独占してやがる」
「いつも白ウサ君が占領してるからお返しだよ」
「はいはい、そんなのはとっととやめなさい」
 ダムさん率いるBチームが戻ってきた。戻って早速白ウサさんとディーさんの小競り合いが始まり、それをハッターさんが止めるいつもの風景が繰り広げられていた。
「かぐや姫、お疲れ様です」
「ヒメちゃんおっつー」
「お姫さーん、ゴシキくーん、ホウライちゃーん、おつかれー!」
 と、今度はかぐやさんのチームの面々が戻ってくる。一気ににぎやかになった。
「全員無事のようだな。なら、俺は上に報告をしてくる。各自ログアウトしても構わないが、だべりたいなら残れ」
 そう言ってダムさんは報告をしに行ってしまった……思えば、ダムさんとはあまり長く話したことがない気がする。いつか、きっちり腰を据えて話したい。
「ふぁ……」
 緊張が解けたのか、自然とあくびが出てしまっていた。
「あら、アリス。おねむなのかしら」
「大きなディスカーダーと戦って、それで緊張してて……今、なんか緊張が解けてあくびが出ちゃったんです」
「そう、なら早く帰って休みなさいな」
「分かりました……みなさん、お先に失礼します。『アリス、ログアウト』」
 一礼をしてから、私はログアウトする。自分の部屋に到着してから、すぐにベッドに倒れ込んだ。
「つ、疲れた……ベッド気持ちいいぃ~……」
 このまま寝てしまいそうになったけど、先にお風呂に入らなきゃ。そう思って、私はいそいそと着替えの準備をする。
――おねーちゃーん、居るよね―、入るよー。
 ノックの後、やっぱり返事を聞かずに入ってくる越恵。なんでいつも絶妙なタイミングで部屋に来るんだか……
「お風呂入る?私先いい?」
「えー、私が先がいいんだけど」
「越恵、長風呂じゃん……いつ入れるかわかんないのはやだよ」
「むぅ、分かったよ。お姉ちゃんは部活もやってるし疲れてるだろうからそれに免じてあげる」
 そういうわけで、私は先に風呂に入る権利を得た。今日のこと、これからのこと……それを考えながら、私は風呂に入ったのだった。
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