あの日のブランコ

乃中缶子

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2.実習と幼馴染みと先生

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「彼氏いるんですか? 」
「バイトは何してるの? 」
「部活は何してたんですか? 」

 休み時間に待っていたのは質問攻め。女子校という性質上、所謂恋バナというものに飢えているのだろう。高校時代にどんな手段を使って彼氏を作ったのか興味津々な子が多くて。おい、受験生とツッコミたくなる。
 よくよく聞いてみれば三年二組はほとんど進路が決まっているような推薦組が多いクラスらしく、空気が比較的和やからしい。推薦が決まるということは素行の良い子が多いのだろう、制服を校則通りにきちんと着ている子が多い。推薦どころか完全な実力で勝負するしかなかった学生時代の自分を振り返り由宇ゆうは苦笑する。

「はーい、ほどほどにしてあげてね。授業始めるから席について」

 休み時間の度にこの調子だからか、先生方に気を遣われているようだった。
 見学ばかりじゃつまらないだろうと、机間指導きかんしどうをこの時間はさせてもらうことになった由宇。手を止めた児童に対して働きかけることが主だが、高校生の場合は――。

「藤野、これ預かっておくから後で反省文持って職員室に来るように」

 こそこそと画面に指を滑らせていた生徒から先生がスマホを取り上げる。学生の頃は気がつかなかったが、教壇からは生徒の姿がよく見える。

 高校生に対しての机間指導はどちらかといえば、授業と関係のない内職に励もうとする子たちを抑止する目的が主のようで。和やか、といえば聞こえは良いが、全体的に緩んでいるような雰囲気も見て取れるこのクラス。
 その中でも指定校推薦だけではなく、学科試験が伴う受験に挑む生徒も居るため、授業に対する態度、足並みが揃っていないアンバランスさがあるようだった。緊張感を持たせるためにも厳しく指導にあたることが必要とされる。教育実習生だからと一歩引いた姿勢は生徒のためにも由宇のためにもならないだろう。

 とはいえ肝心の内申点のためにも、ほとんどの生徒が真面目に机に向かってノートをとっている。手元を注視しながら由宇は先生にならって机間を回る。
 すると、明らかに授業と関係のないイラストをノートに書き込む生徒を見つけた。デフォルメされた先生のイラストに思わず笑いが漏れてしまいそうになるが、グッと堪えて「集中しなさい」とトンと机を叩く。
 由宇もよっぽど真剣に見て回っていたのだろう。不満そうに由宇を見上げたのは奈々子ななこだった。無視されるわけでもない、わざとらしく顔を顰めてみせる奈々子は昔と変わらない。注意した相手が奈々子だと気づいて、しまったと体を強ばらせた由宇とは違うのだ。休み時間の度にどこかに消えて、一切こちらに関わって来ようとしなかったくせにと大人げなく由宇は睨み返す。
 やはり奈々子の中では解決しているようだった。いつまでも引きずったままなのは自分だけだったのか、と息をついて由宇は奈々子の席を離れる。



「通常の流れでいくなら放課後は部活の指導に入って貰うんだけど、実習期間が短いから研究授業の準備をどんどん進めていこうか」

 職員室で放課後の動きを小田先生から聞く頃には校舎の作りや、匂いを完全に思い出して緊張も解れていた。水曜日は実習生に聞かせられない個人情報を扱う会議があるそうで、その日以外は職員室で日誌を書いたり、授業の資料作りをして良いと指示を受けた。
 小田先生は顧問の仕事があるらしく暫く外すようで。専科の先生は法人内で経営してる他校も兼任している教員が多いらしく、空いてるデスクを間借りさせて貰うことになった。

「初日はどう?スーツ姿を拝めるとは思わなかったけど、様になってるんじゃないの」
「もう忘れられてるかと思いましたよ、灰野はいの先生」
「昔みたいに灰野ちゃんって呼んでくれて良いんだよ?」

 少しからかうような口調で現れたのは、養護教諭の灰野先生。由宇の隣にあるデスクがちょうど彼女の席らしい。ショートボブの黒髪を片耳にかけ、白衣を羽織る姿はどこか色っぽい。媚びとは違う、気さくでいて教師らしからぬ姿から生徒からも人気が高い。中には女子校だというのに『本気』になってしまう生徒も居るほどだ。
 由宇は灰野に対してそんな気持ちは持ち合わせてなかったが、事あるごとに灰野が構ってくるせいでファンの女の子たちにチクチクやられていた。それも含めてこの人は楽しんでいたのだと由宇は今でも思っている。

「からかわないでくださいよ、でもちょっと緊張が解れました」
「あら、素直。白石さんもすっかり丸くなったのね」

 思春期の私にあなたが挑発的な態度をとるからですよと喉まで出かかる。あの頃とは違う、あくまで教育実習生として由宇はこの場に居るのだ。噛みついてしまっては灰野の思う壺だ。ムキになる由宇を見るのがこの人の趣味で、またおもちゃにしようとしているだけ。決して悪い人ではないけど、面白がっているのが嫌でもわかる。
 進路を決める時期、由宇は荒れている時期があった。漠然とした将来に対する不安と、遅れてきた反抗期のようなもので。大人になろうともがけばもがくほど、焦燥感に襲われて苛立ちが募る。表面にこそ出ていなかったが、友人の側にいるのにも疲れてしまって保健室のお世話になることが何度かあった。
 由宇が三年生に上がった時に着任した新任でだった割に落ち着いていて、どこか余裕のあった灰野。少し自分よりも大人で、それでいてわかったような顔をしない灰野の側は当時の由宇にとって居心地が良かった。

「冗談はさておき、常駐してる専科の先生いないからさ。私は顧問もないし、何か困ったことがあったら言うように。また保健室に私は戻ってるから」
「・・・・・・ありがとうございます」

 何となく素直にお礼を言うのは照れくさい。けれど灰野は満足したようで、くしゃりと由宇の頭を撫でる。そういうことをするから周りに誤解されるのだと一睨みするが、肩をすくめた灰野は資料片手に席を立つ。

 悔しいけれど、気にかけてくれる先輩の存在は正直ありがたい。学生の頃はうざったく感じていたけれど、由宇が卒業生ということもあって親身になってくれる先生方が多いのは事実だった。
 実習前にざっくりと決めていた研究授業のテーマを詰めていかなければいけない。由宇は事前に準備していた指導案と向き合う。小学生を対象とした模擬授業しか大学でしてこなかった。ある程度食習慣も固定してきた高校生に対して食育のアプローチをしていくか。
 低体重による妊娠時の問題、適正体重の把握。生徒のみんなには電卓を持参して貰って自分で計算して貰おうか、なんて考えを巡らせる。

 脳内でシミュレーションする内に、教壇から見た景色を由宇は思い出す。頭の中から追い出すように心掛けていたが、一人になるとつい考えてしまう。由宇は気づいてしまった。『あの日』自分の心に生まれたのは戸惑いだけではなかったことに。そして今、何でもないように振る舞う奈々子の姿に、自身が傷ついてしまっていることに。
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