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続編/高宮過去編
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颯は気管支喘息の咳が主症状で、 咳が出だすと続く、話をすると咳き込む、走ると咳がでる、夜間布団に入ると咳が出る、そんな症状を日常で繰り返していた。
発症したのは三歳くらいか、キッカケは風邪などのウイルス感染によって気道が炎症し、それによって喘息発作を起こした。その風邪が治ってから咳が続いていたのを仕事が忙しかった両親は咳喘息を放置して、気管支喘息に移行した。
仕事を理由に息子の病状を悪化させたことが母親を追い詰めた。
それ以来仕事も辞めて、颯につきっきりで看病するようになり、それは傍で見ていても過剰すぎるほどの接し方で病的なものさえ感じた。咳ひとつしたら駆け寄って、熱が出たら病院へ走り、母親も颯の部屋ばかりを行き来する。幼い俺でもわかるほど、母親は颯しか見えない、そんな感じでむしろ気持ちは冷める一方だった。
「駿は聞き分けが良くて助かるわ」
父親に電話をしていた母親の言葉を遠くで聞きながら思う。
(聞き分けってなんだろう)
確かに文句も不満も言ったりするような子供ではなかった、けれど母親も俺に何かを言ったわけではない。単純に物分かりが早かっただけな気がする。
「颯が苦しいのわかるでしょ?」
そんなもの見ていれば分かる、息を吐くだけで涙ぐんで嘔吐を繰り返したり熱でうなされる颯は誰が見ても苦しそうで可哀想だ。
でも残念ながらその苦しさ自体が俺にわかるわけではない、颯の苦しみは俺の苦しみにはならないから、それはなにもわかってやれないことと同じではないか。
六歳くらいになると小さな定量吸入器で 吸入ステロイド薬を予防薬として使い始めた。それのおかげか発作での入院は減少した。それでもすぐに風邪を引く颯は七歳の誕生日もベッドで過ごすことになった。
隣の部屋から激しい咳き込む声、母親がバタバタと部屋を出ていく音がしてまた颯の容体が悪化したのが分かる。 なんとなく部屋を覗き込んだら全身で咳き込む姿、涙をこぼしてヒューヒュー息をしている。颯の手がベッドのまわりを這いまわるように何かを探している。
(吸入器……)
それはベッドの下に落ちていた。
当時俺は十二歳、今までの知識と目の前の颯を見たら何をしてやればいいかなんか簡単に分かっていた。それでも足がすぐに動かない。
(苦しそうだな、このまま放っておけば颯はどうなるのかな)
その考えがいかに恐ろしいことかを気づけないほど幼かったわけではない、けれどその感情の意味に気づけなかった。
「――お、おにぃちゃ……」
ゼェゼェ、ヒューヒュー言いながら俺を呼ぶ颯。
「たすけて……」
その言葉を聞いて初めてハッとした。落ちている吸入器をやっと手に取ったとき、母親が部屋に飛び込んできて俺の手から吸入器を奪い取って発狂した。
「颯を殺す気なの!?」
――俺は……。
怖くなって部屋から飛び出した。どこに行くわけもなく家を出てその辺をぶらぶらして、気づくと夜になっていた。
小六の子供に行く当てなんかない、帰る場所がひとつしかないのが虚しくて、幼い俺にはもう家に帰ること自体が苦痛になっていた。玄関先で父親が待ってくれていた。俺を見て安堵した顔をしたのは今でもよく覚えている。
「ごめんな、駿……お母さんのこと許してやってくれ」
母親を許さないといけないことなんかない。
あのセリフを言わせたのは俺だ、俺が、母親を発狂させた。
殺すつもりなんかない、そんなつもりじゃなかった。でもあの時抱いた感情に名前を付けるなら狂気以外ない。
そして颯はその俺の気持ちにきっと気づいたのだ。
発症したのは三歳くらいか、キッカケは風邪などのウイルス感染によって気道が炎症し、それによって喘息発作を起こした。その風邪が治ってから咳が続いていたのを仕事が忙しかった両親は咳喘息を放置して、気管支喘息に移行した。
仕事を理由に息子の病状を悪化させたことが母親を追い詰めた。
それ以来仕事も辞めて、颯につきっきりで看病するようになり、それは傍で見ていても過剰すぎるほどの接し方で病的なものさえ感じた。咳ひとつしたら駆け寄って、熱が出たら病院へ走り、母親も颯の部屋ばかりを行き来する。幼い俺でもわかるほど、母親は颯しか見えない、そんな感じでむしろ気持ちは冷める一方だった。
「駿は聞き分けが良くて助かるわ」
父親に電話をしていた母親の言葉を遠くで聞きながら思う。
(聞き分けってなんだろう)
確かに文句も不満も言ったりするような子供ではなかった、けれど母親も俺に何かを言ったわけではない。単純に物分かりが早かっただけな気がする。
「颯が苦しいのわかるでしょ?」
そんなもの見ていれば分かる、息を吐くだけで涙ぐんで嘔吐を繰り返したり熱でうなされる颯は誰が見ても苦しそうで可哀想だ。
でも残念ながらその苦しさ自体が俺にわかるわけではない、颯の苦しみは俺の苦しみにはならないから、それはなにもわかってやれないことと同じではないか。
六歳くらいになると小さな定量吸入器で 吸入ステロイド薬を予防薬として使い始めた。それのおかげか発作での入院は減少した。それでもすぐに風邪を引く颯は七歳の誕生日もベッドで過ごすことになった。
隣の部屋から激しい咳き込む声、母親がバタバタと部屋を出ていく音がしてまた颯の容体が悪化したのが分かる。 なんとなく部屋を覗き込んだら全身で咳き込む姿、涙をこぼしてヒューヒュー息をしている。颯の手がベッドのまわりを這いまわるように何かを探している。
(吸入器……)
それはベッドの下に落ちていた。
当時俺は十二歳、今までの知識と目の前の颯を見たら何をしてやればいいかなんか簡単に分かっていた。それでも足がすぐに動かない。
(苦しそうだな、このまま放っておけば颯はどうなるのかな)
その考えがいかに恐ろしいことかを気づけないほど幼かったわけではない、けれどその感情の意味に気づけなかった。
「――お、おにぃちゃ……」
ゼェゼェ、ヒューヒュー言いながら俺を呼ぶ颯。
「たすけて……」
その言葉を聞いて初めてハッとした。落ちている吸入器をやっと手に取ったとき、母親が部屋に飛び込んできて俺の手から吸入器を奪い取って発狂した。
「颯を殺す気なの!?」
――俺は……。
怖くなって部屋から飛び出した。どこに行くわけもなく家を出てその辺をぶらぶらして、気づくと夜になっていた。
小六の子供に行く当てなんかない、帰る場所がひとつしかないのが虚しくて、幼い俺にはもう家に帰ること自体が苦痛になっていた。玄関先で父親が待ってくれていた。俺を見て安堵した顔をしたのは今でもよく覚えている。
「ごめんな、駿……お母さんのこと許してやってくれ」
母親を許さないといけないことなんかない。
あのセリフを言わせたのは俺だ、俺が、母親を発狂させた。
殺すつもりなんかない、そんなつもりじゃなかった。でもあの時抱いた感情に名前を付けるなら狂気以外ない。
そして颯はその俺の気持ちにきっと気づいたのだ。
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