目標のある幸せ ー卒業ー

根来むそお

文字の大きさ
1 / 21

目標のある幸せ ー卒業ー 第一話

しおりを挟む
「私、グループを卒業しようと思うんです」

 うららかな昼下がり。話がありますと言うと、一瞬いやそうな顔をした村雨取締役に、いつもの会議室に来てもらい、私はそう伝えた。

「やっぱりな。まあ、そうだと思った。でも、まだ駄目だ。もう少し、いや一年くらい後にしてくれ」

「何ででしょうか? おそらくですけど、そんなに待てって言われている人なんて今までいないでしょう」

「なんでって。こっちにも都合があるからだよ。言わないけど」

 悪いが本当に一年くらいは余裕を見てくれよな。希望は聞いたから時期はその時に追って伝える、と言いながら会議室からさらっと出ていく。私としたことが、ついその背中に向かって、珍しく大きな声を出していた。

「ちょっ、ちょっと待ってくださいって! なんで卒業するのを待たないといけないのか、それだけでも気になるから理由くらい言ってくださいぃぃぃ……」

 誰もいなくなり扉が開いたままの会議室の中から、ミュージカルのセリフのように廊下に声が響いていたところで、我に返った。

「ああっ! 知りたい気持ちが強すぎて、卒業するって叫んじゃった」


 私は自分の生まれ持った能力で他の人よりもできることが多かった。
 やれば何でもできると思っていたし、私にとって何でもできると言うのは、何も目標とすることがないのと一緒だった。
 本当は何かをずっと求めているのに、この人生を何事もなく過ごすことがすべてだと思いこむようになっていた。
 目標に向かって頑張っている人を見ると、私は心の底ではうらやましかったのだと思う。
 自分もそんな風になりたい、目標がある人はそれだけでも幸せだと。

 そんな時、ヴァルコスマイルというアイドルグループをテレビでみて、このアイドルを知りたい、そう思って、グループのオーディションを受けた。そして私は今ここにいる。

 これからライブのステージに上がる私に責任者の村雨部長が話しかけてきた。

「グループに入るときアイドルのことを知りたいと言っていたがどうだ? 分かったか?」

 そう、私はアイドルとは何なのか? ヴァルコスマイルというアイドルのことがすべて知りたい。そのためにこのグループのオーディションに応募したと村雨部長に言ってアイドルになった。
 村雨部長には、まだわからないことが一杯あるので、終わりがないかもしれないが、やりたいと思う事を全てやっていくのが今の目標だと答えると、それが目標なら全力で頑張って楽しめと言われた。

 私の名前は相羽紗良。ヴァルコスマイルという自分が所属するアイドルグループでの初めてのセンターを務めたツアーのライブが今終わり、楽屋に帰ってきていた。

「紗良お疲れ様、よく頑張った」

 リーダーの神室美咲さんが私の肩を叩く。

「あっという間だったようにも思いますが、緊張しましたし、疲れました。ヴァルコスマイルのセンターって本当に大変なポジションですよね」

「馴れよ馴れ、って言っても私は表題のセンターをしたことないから横で見ていてそう思うだけだけどね」

「そういうものですか。とりあえず経験させてもらえただけでもありがたいです」

「紗良はまたセンターをやりたいって思わないの?」

「やらせていただいたことで良い経験ができましたし、すごくありがたかったですが、私は特別センターをやりたいということは無いです。できれば全ポジションをやりたいと思います」

「ふーん、じゃあそのうちリーダーとかもやらないとね」

「何を言っているんですか。リーダーはなったりならなかったりするところじゃないですし、私はそういうまとめ役に向いていないので駄目です。美咲さんがいたら大丈夫だと思います」

「向いてないかなぁ、みんなのことをよく見ているし、私よりも向いているように思うけど」

 ずっと「そうかなぁ」と言いながら「お疲れ様」と言って去っていった。
 
 私はお父さんの相羽陸とお母さんの相羽紗弓との三人暮らし。
 ヴァルコスマイルというアイドルグループの二期生のオーディションを受けたきっかけはテレビで見たからだが、 特にグループで歌姫といわれている高坂絵里奈がライブの映像に出てきたときは衝撃を受けた。
 隣で一緒に見ていたお母さんに口を開けてどうしたのかと言われたくらいだ。

 やろうと思えば何でもできることで、小さいころから本を読むことくらいしかすることのなかった私は、もっとこの自分に衝撃を与えたアイドルというものを知りたいと思い始めて、それを知るためにアイドルになった。

 私は自分でも愛想が良くない(感情をそれほど表に出さないからかもしれないのだが)という自覚はしているのに、どうしてアイドルになろうと思ったのかと思うこともあるが、一度芽生えた知りたいという欲求は抑えられない。
 それを満たすために、やるからには全力でやろうと超が付くほど苦手な笑顔の練習は欠かさないようにしている。 
 とはいえ生来の不愛想ぶりにファンからは愛想がないことを揶揄されることも多い。

 他にあまり人には言っていないが、記憶力と動体視力を含めた運動能力が人よりもあるので、振り付けなどで困ることはほとんどない。私としては、アイドルになるまではそういう自分の能力を一生懸命に隠していたつもりだったが、実際には両親に少しずつバレていたらしい。
 そんな私ではあるが、やればなんでもできるというだけで、芸能で一番必要な創造性が欠けていると思っているし、恐らくそうなので、グループのみんなを見ていると、みんなすごいな、自分はまだまだだなといつも感心している。本当にメンバーみんながすごいのだ。

 ヴァルコスマイルというアイドルグループの一員になった私は、色々なことを経験させてもらいながら、グループのセンターまでさせてもらえるようになったのがついこの前。
 センターになり初めての座長を務めたツアーは滞りなく終了し、今の私は高校卒業のために、自分で立てたスケジュールをもとに出席日数を稼ぐべく、高校へと通っている。


 授業が終わり、家に帰ろうとしていると、いつものように幼馴染の山岸春代が話しかけてきた。

「紗良、一緒に帰ろ」

「いいよ。はるはいつも私と一緒に帰って大丈夫なの?」

「大丈夫って何よ? 大丈夫に決まってるでしょ。紗良と帰る以上に重要なことなんか私にはないよ」

 春代は高校までの私の唯一と言っていい友達であり親友だ。今となっては家族に近い。気がつくとひとりぼっちになろうとする私を、いつもみんなと一緒にいさせるために気を使ってくれて、私を引っ張り出してくれる。
 私が一緒に帰ってもいいのか? などと訊くので少し怒ったようなそぶりの春代を見て、いつもありがとうという気持ちでいた。

「そんなことより、紗良は修学旅行には行くの?」

「行ければ行こうと思ってる。修学旅行も単位に含まれているから」

「単位に含まれるとか、なんか紗良らしいけど。楽しみとかではないの?」

「楽しみ? どうかな、みんなと一緒だと気をつかうし、つかわれるから」

 元来、仏頂面で感情の起伏も乏しい私は、人と一緒にいて普通にしていられるのは春代とだけだ。基本的に誘われても春代がいなければ付き合いではどこにもいかないし、もともと気を使うのが面倒だと思う性格で、イベント事にはあまり興味もないというのが本音だった。加えて今はアイドルという職業をしていることで、通常時の写真等にも気をつかわなければならなくなっていたので、そういった意味でもどうしようかという感じはあった。
 それで、グループの責任者である村雨部長に訊いたことがある。

「相羽はやっぱりかわっているよな、学校行事の写真は写ってもいいのかって? そんなことを俺に訊いてきたやつはいないけどな、普通マネージャーに訊くから」

 顎に手をあてて少し考えてから話し始めた。

「今時、写真を撮られたり写らないようにするほうが難しいだろう。まあ常識的なところで変な写真がネットに上げられないように願うしかないかな」

「そうですか」

「まあ、アイドルだから写真を一緒に撮りたいと思う子もいるだろうし、そうじゃない子もいるかもしれんしな」

「それでは全く対象者が限定されていませんが? 結局のところどうなんです?」

「うーん、そうだなぁ、個人的には別に普通の写真ならいいとは思う。ただ、グループの責任者としては、男の子と一緒に写るのは避けるべきだと思ってはいるよ。特に二人でとか、隣でとかな」

「男の子ですか?」

「本当にそうなら問題は別にあるが、そうじゃなかったら変に切り取られたら面倒だからな。わざわざ何でもないのに否定するのも馬鹿馬鹿しいだろう」

「それはそうですね」

「そうなると、あまり写真には入らないようにする子が多いな、相羽に関しては普通にしていればそんな風に見られないかもしれないが、気をつけておいてくれ」

 私は普通にしていたらそう見られないとはどういうことですか? という質問には答えず村雨部長は去っていった。
 私の学校は二年生と三年生でのクラス替えはないので、受験で忙しくなる後期ではなく三年生の前期に修学旅行が行われる。学校に来られないことも多いので、あまりそういった行事の係をしていないことはちょっと申し訳ない。


 私が所属するヴァルコスマイルというグループは、現在私を入れて二十九人で露出の多い表題曲を担当するチームアルファーと担当していないチームベータにほぼ均等に分かれている。
 一般的にはチームアルファーが一軍、チームベータが二軍と思われているが、私はそんな違いを気にしたことは無いし、どちらのチームでも発見があるので楽しい。

 新しいシングルの発表があり、前回はチームアルファーのセンターだったが、今回私はチームベータになった。

「今度はチームベータか、頑張るぞ」

 そう言って帰ろうとすると、いつものように山岸さなえが絡んできた。

 さなえは私と同じ二期生で、チームアルファー常連の子だ。私に対しては、いろいろと拗らせた感じだが、彼女は繊細で努力家の上に可愛くてアイドルになるために生まれてきたようだと本人には言わないが、心の中ではそう思っている。

「だから何で、紗良はチームベータなのよ、チームを行ったり来たりして、ライブ要員とかなわけ?」

「さぁちゃんは、よく毎回そうやって私に絡めますね」

「だっておかしいでしょ、この前まで紗良はチームアルファーのセンターだよ」

「そうだよね、チームアルファーのセンターは大変だった。でもチームベータになったからって何もかわらないと思う」

「大変だったかとかどうとか言ってないし。それに変わらないことはないでしょ」

「あなたたちいつもチーム編成の時に揉めてるけど、何話してるの?」

 チームアルファーで何度もセンターをしている一期生の石田恵美さんが話しかけてきた。

「あっ恵美さん。聞いてくださいよ。紗良がまたチームベータだから、なんでだって言っていたんです」

「そんなこと紗良ちゃんに言ってもしょうがないでしょ。紗良ちゃんが選んでるわけじゃないし、ねぇ?」

 そう言って私に微笑むので、私はそうですと頷いた。

「それに紗良ちゃん何処へ行っても楽しそうだもの、何処へ行っても何かしでかしそうだし」

 最後は少し引っかかるものがあったが、記憶を辿るまでもない。しでかしていないということもなく概ねそうだなと思うので、

「私はグループの全てが好きなのでどこでも楽しめます」

 と答える。

「私だってグループが好きよ。まあいいわ、じゃあ今度は一緒のチームになりなさいよね」

 そう言って去っていったのをなんなのだろう? と見ていると、恵美さんがクスクスと笑っていた。

「あれは紗良ちゃんと一緒にいたいだけよね。あなたがいる時といないときで雰囲気が全然違うから」

 その後、同期でグループ最年少の浦部美香がやってきて、

「紗良ちゃんが同じチームにいなくても私頑張るから見ていて」

 と言って、何かご機嫌で去っていった。

 美香は以前私と一緒にいたいといって泣いていたこともあるが、随分と精神的にも成長したようだ。
 本当にかわいい子だと思うし、私以外の人と話しをするときは礼儀正しく堂々としていて一番の大物だと思っている。

 とりあえずチームベータはチームアルファーに比べれば仕事的に融通がきくので、出席日数も稼ぐことができて、結果的に修学旅行も参加できるようになった。

「まさか、私のためにアルファーとベータの所属を調整しているなんてことはないよね」

 メンバー一人のためにそんなことするはずないか、そう思い直して修学旅行の準備をした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

あなたが決めたことよ

アーエル
恋愛
その日は私の誕生日パーティーの三日前のことでした。 前触れもなく「婚約の話は無かったことにしよう」と言われたのです。 ‪✰他社でも公開

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

行かないで、と言ったでしょう?

松本雀
恋愛
誰よりも愛した婚約者アルノーは、華やかな令嬢エリザベートばかりを大切にした。 病に臥せったアリシアの「行かないで」――必死に願ったその声すら、届かなかった。 壊れた心を抱え、療養の為訪れた辺境の地。そこで待っていたのは、氷のように冷たい辺境伯エーヴェルト。 人を信じることをやめた令嬢アリシアと愛を知らず、誰にも心を許さなかったエーヴェルト。 スノードロップの咲く庭で、静かに寄り添い、ふたりは少しずつ、互いの孤独を溶かしあっていく。 これは、春を信じられなかったふたりが、 長い冬を越えた果てに見つけた、たったひとつの物語。

君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】 ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る―― ※他サイトでも投稿中

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

王子様への置き手紙

あおき華
恋愛
フィオナは王太子ジェラルドの婚約者。王宮で暮らしながら王太子妃教育を受けていた。そんなある日、ジェラルドと侯爵家令嬢のマデリーンがキスをする所を目撃してしまう。ショックを受けたフィオナは自ら修道院に行くことを決意し、護衛騎士のエルマーとともに王宮を逃げ出した。置き手紙を読んだ皇太子が追いかけてくるとは思いもせずに⋯⋯ 小説家になろうにも掲載しています。

お姫様は死に、魔女様は目覚めた

悠十
恋愛
 とある大国に、小さいけれど豊かな国の姫君が側妃として嫁いだ。  しかし、離宮に案内されるも、離宮には侍女も衛兵も居ない。ベルを鳴らしても、人を呼んでも誰も来ず、姫君は長旅の疲れから眠り込んでしまう。  そして、深夜、姫君は目覚め、体の不調を感じた。そのまま気を失い、三度目覚め、三度気を失い、そして…… 「あ、あれ? えっ、なんで私、前の体に戻ってるわけ?」  姫君だった少女は、前世の魔女の体に魂が戻ってきていた。 「えっ、まさか、あのまま死んだ⁉」  魔女は慌てて遠見の水晶を覗き込む。自分の――姫君の体は、嫁いだ大国はいったいどうなっているのか知るために……

処理中です...