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目標のある幸せ ー卒業ー 第十三話
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しばらくして華さんが最近の若い子のことはよくわからないと疲れた顔で歩いていたのを見かけたので話しを聞いてみた。
「どうしたんですか? 何か疲れた顔をされてますけど」
「ああっ、サブリーダーいいところに」
華さんが二人の時にサブリーダーと呼ぶのは大概いい話じゃないので少し警戒する。
「聞いてよ、サブリーダー」
「二人の時にサブリーダーって呼ぶのやめてください。そんなこと言われなくても聞きますから」
「もう本当に聞いて。私は疲れたよ。新しい子たちが入ってきたでしょ。それで振り付けの先生も忙しいからオリジナルの振り付けとか教えていたんだけど、愛華以外の子たちができないし厳しいと泣き出して……そんなに厳しくした覚えはないのに」
二期生の私たちと同様に初めての振り付けとかを覚えるのでみんなでレッスンをしていたところ、修正点も多く、もうできないと言って誰ともなく泣き出し始めた。
愛華がそんなことでは先輩たちに迷惑がかかると正論をぶち込んで、一番年下にそんなことを言われたものだから発奮するどころか年長組もシュンとしてお通夜みたいになっちゃったということらしい。
私たちの時もちょくちょく朋子や真由美とか泣いてはいたが、全体的に意外と落ち着いていたよなと思い出していた。
「愛華ってそんなに気が強い子でしたか?」
「紗良ならわかるでしょ。あの子は気が強いと言うよりもヴァルコスマイル愛と人一倍責任感が強いみたいだから一生懸命なだけだと思う。目標が紗良だし」
愛華自身もなんかちゃんとやって的な感じで涙目だったから余計カオスよ、若い子たちのことは分かんない、と心底疲れた様子で言われた。
「とりあえず、しばらく休憩して落ち着きましょうということで今に至るわけ」
「そうですか。私も見に行っていいですか?」
「良いとか良くないとか。もうどうしたらいいか、わからないから一緒に来て」
私も人と接するのが得意ということではないが、困っている華さんを目の前にしてサブリーダーとしてもほっておくわけにはいかない。
とりあえず隠しておいたレッスン着に着替えてきますと言ってその場を離れた。
着替えを済ませて廊下を歩いていくと、扉を少し開けて中腰で中を覗いている華さんがいたのでそっと声をかける。
「何をしているんですか?」
「うわっ! どうして紗良は音もたてずに近寄ってくるのよ」
「どうしてって? ばたばた歩かないだけですけど。ところで中を覗いて何をしているんですか?」
「えっと、中の様子を見てたの。なんか入り難いし」
「リーダーが遠慮してどうするんですか。堂々と入ってください」
ほらっと言って扉を開けた。
みんなが一斉にこっちを見て何で華さんの後ろに私がいるのかと思った顔をしていた。
「三期生の皆さん、私もレッスンに混ぜてもらいますのでよろしくお願いします」
鬼教官が増えたとでも思ったのか、みんなの顔が青ざめるのが分かる。
「そんなに怖がらなくても大丈夫。私も教えてもらう側になるから」
華さんが寄ってきて小さな声で「紗良に教えられるわけないじゃない」と言ってきた。
「大丈夫です。ダメなところを私で指摘して下さい」
「紗良で駄目なところ? 振り付けでそんなのあるの? 意味が分からないけど、とりあえずやってみるわ」
「それじゃあ、みんなに追いつかないといけないので見せてくださいね。私は一度見させてもらってから入らせてもらいますので、よろしくお願いします」
そう三期生に言ってレッスンを始めてもらうと大体の子の特徴とか苦手なところが分かった。
愛華は私がいるからかこれでもかというくらいの気迫で振り付けをしているので、それはそれで何度か止めようかと思ったくらいだった。
「みんな一生懸命なんだろうとは思うんだけど」
「華さん、わかりやすくやりますので、私を指摘してください」
「わかりやすく? 紗良を?」
私はみんなの中に入って少しずつ良くないところを強調して入れていった。
「紗良、手の振りが遅いし曲がっている」
「わかりました。それじゃあ少し早くして手の先までまっすぐに直します」
そう言って、次の時にはそこを直して振りをやり直した
みんなの指摘したいところをすべて私の体で見せてあげるようにして、華さんに指摘されまくったところで、大体直すところが無くなった。
「華さん、ありがとうございます。だいぶ良くなりました?」
「えっ? ええ良くなったと思うけど……」
そう言って三期生の方を見回した。
「紗良、やっぱり私言うわ」
みんな水を飲んでから集まってと言って、紗良も飲めと水を渡された。
「わかっている人はわかっていると思うけど、紗良が指摘されたところどうだった? 自分のことで精一杯で頭に入ってこなかった?」
「私たちが華さんに指摘されたことと同じことを指摘されていました」
三期生で最年長の杉下樹里が答えた。
「樹里ちゃん正解。でも誤解しないでね、紗良は当然初めからできるよ。多分二度見ただけでも先生がいたら先生と同じくらいに。だから一度見たみんなの悪いところを全部覚えて再現してくれた」
三期生がざわついた。
「紗良が先頭でみんなの悪い点をすべてやってくれたから、客観的に見られたでしょ、直し方も丁寧に口に出してくれてたし」
「あの、いいですか?」
「何? 紗良」
「私がみんなに本当に知ってもらいたいのは、リーダーの華さんが指摘されたことは私にもわかるということです。それは誰もが見ていてわかると思っていた方が良い」
三期生の子たちがそれはそうかもしれないけどという少し不満げな感じがあらわれる。
「そうよ。紗良の言う通り。今は練習だから指摘してくれる人がいて直せる時間がある。ステージに立ってしまったらそんなことはできないし、準備もできていないのにあそこに立つなんて怖くてできないと思う」
「はいっ」
愛華が手を挙げた。
「どうぞ」
華さんが話したいことがあるなら言いなさいと促す。
「私たちだって頑張ってやっていますけどできないんです」
さっきはみんなにちゃんとやってと言っていた愛華だったが、みんなのことを思ってか今度は弁解する側に回っていた。みんなが大好きなんだなと思いながら華さんを見ると、目が合ったので私から言うことにした。
「そう? みんなが頑張っているんだろうなっていうのは私たちも見ていてわかるよ。それは伝わった。でもみんなは心の中でできないとも思ってる。できる人がいて自分ができてなかったら私はできない人間なんだってどうしても思うよね」
できないのは事実だしという感じが伝わってくる。
「だけどそれは違うよ。私たちは身体能力を競うようなことはしていないし、神経を集中して練習すれば大抵のことはできる。今でもできるようになってきたでしょ。できなくて悔しいから泣くのは良いけどそこで止まったらだめだよ。一人だと大変だけど、私たちはグループだから、できるようになろうと頑張っている子がいたら、何でできないのかって言うのじゃなくて、どうしたらできるようになるかをみんなで一緒に考えていこうね」
そうゆっくり言ってみんなに微笑むと、なぜかみんなが泣いていたが隣で華さんまで涙ぐんでいた。
「華さん、華さん。なんで華さんまで涙ぐんでいるんですか、締めてください」
そう小声で言って華さんを突っついた。
「あっそうね。私たちはグループなんだから、私も知っていて教えてあげられることは教えてあげる。だからできないこと、わからないことがあったら訊いて。私がいなくても、もしもわかる人がいたらちゃんと教えてあげて。ファンの人たちの前に出る前にみんなができるように頑張りましょう」
「「はいっ!」」
全員が声を揃えて返事をしたところで、みんなできるようになってきたし今日のところは解散となった。
私は愛華にそっと近づいて帰る前に連絡してくれるように伝えてレッスン場を後にした。
「紗良は愛華ちゃんに思い入れがあるの?」
「そうですね。多少思い入れはあると思います。きっかけを作ったのは私のようですし、なんか頑張りすぎている感じが強すぎて、少し心の余裕をもってもらいたいなと思って」
「心の余裕かぁ。私たちも焦りが勝ってしまって、余裕がなくなりがちだものね。それじゃあフォローはよろしくね」
わかりましたと答えてしばらく待つと愛華から帰りの準備ができましたと言って来た。
「愛華、こっちこっち」
そう言って小さい会議室に招き入れて、そこに座ってと促した。
「他のみんなは帰ったの?」
「帰りました。私は迎えに来てもらうので」
「そう。何で呼んだかわかる?」
「生意気なことを言ったから叱られますか?」
肩を縮めて手をもにょもにょさせながら上目遣いで私の方を見た。
「生意気なことって? 先輩たちに迷惑がかかるとか言ったこと? それとも頑張ってますけどできないって言ったこと?」
「どっちもです」
「そんなことで叱らないよ。愛華だって年は最年少でも同じメンバーなんだし。愛華が自分なりに考えてそうしたほうが良いって思ったんでしょ」
「そうですけど」
「叱るために呼んだんじゃなくて、褒めてあげようと思って」
「本当に?」
「勿論本当。愛華が自分で考えてみんなが頑張るようにということと、みんなが頑張っていると思うからそう言ったんでしょ。それは偉いと思うよ」
「……っそうでしょうか?」
可愛らしい目から大粒の涙がこぼれたので、泣かないのと言いながらそっと拭いてあげた。
「でもね、愛華は最年少なのに一人で背負おうとしすぎ、みんなと仲が悪いわけじゃないよね」
「みんな優しいし、仲は良いと思います」
「それなら良かった。じゃあもっと自分に余裕をもって、みんなのことをよく見て。駄目なところも気が付くかもしれないけどそれ以上にいいところを見つけてあげてくれる? もしも愛華がみんなのことが見えて良いところを教えてあげられるなら、もっとみんなが良くなっていくはず」
「そうなるように頑張ります」
「その調子。でも頑張るのは大事だけど肩の力を抜いてね。みんなをよく見ようと思ったら自分だけが必死にやっていたら駄目だからね。そんな風だと周りは見えないよ」
「わかりました」
「よし。じゃあ話はおしまい。ところでお迎えってどうするの?」
そう言って訊くと電話していますからそろそろ来てくれると思いますと言いながら、少し間をおいて言い難そうに愛華が口を開いた。
「あっ、あの一つお願いしてもいいですか?」
「できることならいいよ。何?」
「ギュってしてから、よしよしってしてもらってもいいですか?」
「わかった。ギュってしてよしよしってすればいいのね。愛華おいで」
お願いってそんなことで良いのか? と思いながら、さあ来いと両手を広げて愛華の目を見ながら微笑んであげると、おずおずと私の胸に顔をうずめるので、そっと抱きしめて頭をなでてあげた。
「事故の時にこうやって優しく包んでもらったような気がします」
あの時は車から守るためにかなりの衝撃で抱き着いてから抱え込んだので優しくは包んでいない。これは大分美化されているような気がするなと思ったが、それは黙っておくことにしてあの時無事でよかったねと言ってあげた。
それからすぐ腕の中で愛華の持っていたスマホが鳴った。
迎えが来たと愛華が言うので外まで送ってあげると、これからも頑張りますと、笑顔で手を振りながら帰っていくので、私も同じように手を振り返す。
愛華が去ってから静寂が訪れると、脱力し玄関のところで壁にもたれて目をつむった。
「愛華はかわいくて良いんだけど、疲れた。本当に疲れた」
私は人の心を表情などからある程度読むことはできるが、読んだからといって操れるわけでもなく、むしろ仏頂面が基本で優しく接するというのは本来不得意なたちなのに、愛華みたいなかわいい子を、傷つけないように頑張りすぎないでと教えてあげるのは本当に大変だと思った。それでも、せっかく同じグループに入ってきたのだから、私ができることならできるだけ助けてあげたい。
「もう少し私に慣れてくれれば、仏頂面でもいいんだろうけど」
でも私みたいに感情の起伏が無いと、それはそれで先輩たちもやりづらかったのかなと考えながら、私も早く家に帰ってご飯を食べて、お風呂に入ってから本でも読もうかと思っていたら、よほど精神的に疲れていたのか、すぐに眠気に襲われて寝てしまった。
それからしばらくして、三期生の状況を華さんに訊いてみた。
「華さん、三期生の状況とかあれからどうでしたか?」
「愛華が落ち着いたから、なんかみんなも落ち着いたみたい。良くも悪くもあの子が三期生の精神的な中心なんだろうね」
「それなら良かったです、苦手なコミュニケーションを頑張った甲斐がありました」
「本当に苦手なの? 紗良が入ってきたのが昔のことのようで、あんまり記憶にないんだけど」
「まだ免疫のない年下の愛華に全面的に仏頂面で話すわけにもいかないですし、そもそも頑張っている子に頑張りすぎないで、とか湾曲的に伝えるのはなかなかです」
「そう? そんな風に見えないんだけど。ところで愛華が他の三期生のみんなに何か紗良にしてもらったことを自慢してたよ。まわりが抜け駆けしてずるいとか何とか。それで何したの?」
「愛華にしてあげたことですか? 何ということでもないですが、ギュってしてよしよししてほしいと言われたので……言われた通りにしてあげました」
「どちらかというそれが効いてるんじゃない? 微笑んだでしょ?」
「そんなことで良いのかと思ったので、さあおいでって微笑みましたけど。その後ギュっよしよしって」
「それだ! それは満たされた気持ちになるかもしれない」
「そうですかねぇ」という私に、三期生全員を順番にしてあげればいいのに、私もしてもらおうかなと言いながら、また困ったときはお願いするわと言って歩いて行った。
「どうしたんですか? 何か疲れた顔をされてますけど」
「ああっ、サブリーダーいいところに」
華さんが二人の時にサブリーダーと呼ぶのは大概いい話じゃないので少し警戒する。
「聞いてよ、サブリーダー」
「二人の時にサブリーダーって呼ぶのやめてください。そんなこと言われなくても聞きますから」
「もう本当に聞いて。私は疲れたよ。新しい子たちが入ってきたでしょ。それで振り付けの先生も忙しいからオリジナルの振り付けとか教えていたんだけど、愛華以外の子たちができないし厳しいと泣き出して……そんなに厳しくした覚えはないのに」
二期生の私たちと同様に初めての振り付けとかを覚えるのでみんなでレッスンをしていたところ、修正点も多く、もうできないと言って誰ともなく泣き出し始めた。
愛華がそんなことでは先輩たちに迷惑がかかると正論をぶち込んで、一番年下にそんなことを言われたものだから発奮するどころか年長組もシュンとしてお通夜みたいになっちゃったということらしい。
私たちの時もちょくちょく朋子や真由美とか泣いてはいたが、全体的に意外と落ち着いていたよなと思い出していた。
「愛華ってそんなに気が強い子でしたか?」
「紗良ならわかるでしょ。あの子は気が強いと言うよりもヴァルコスマイル愛と人一倍責任感が強いみたいだから一生懸命なだけだと思う。目標が紗良だし」
愛華自身もなんかちゃんとやって的な感じで涙目だったから余計カオスよ、若い子たちのことは分かんない、と心底疲れた様子で言われた。
「とりあえず、しばらく休憩して落ち着きましょうということで今に至るわけ」
「そうですか。私も見に行っていいですか?」
「良いとか良くないとか。もうどうしたらいいか、わからないから一緒に来て」
私も人と接するのが得意ということではないが、困っている華さんを目の前にしてサブリーダーとしてもほっておくわけにはいかない。
とりあえず隠しておいたレッスン着に着替えてきますと言ってその場を離れた。
着替えを済ませて廊下を歩いていくと、扉を少し開けて中腰で中を覗いている華さんがいたのでそっと声をかける。
「何をしているんですか?」
「うわっ! どうして紗良は音もたてずに近寄ってくるのよ」
「どうしてって? ばたばた歩かないだけですけど。ところで中を覗いて何をしているんですか?」
「えっと、中の様子を見てたの。なんか入り難いし」
「リーダーが遠慮してどうするんですか。堂々と入ってください」
ほらっと言って扉を開けた。
みんなが一斉にこっちを見て何で華さんの後ろに私がいるのかと思った顔をしていた。
「三期生の皆さん、私もレッスンに混ぜてもらいますのでよろしくお願いします」
鬼教官が増えたとでも思ったのか、みんなの顔が青ざめるのが分かる。
「そんなに怖がらなくても大丈夫。私も教えてもらう側になるから」
華さんが寄ってきて小さな声で「紗良に教えられるわけないじゃない」と言ってきた。
「大丈夫です。ダメなところを私で指摘して下さい」
「紗良で駄目なところ? 振り付けでそんなのあるの? 意味が分からないけど、とりあえずやってみるわ」
「それじゃあ、みんなに追いつかないといけないので見せてくださいね。私は一度見させてもらってから入らせてもらいますので、よろしくお願いします」
そう三期生に言ってレッスンを始めてもらうと大体の子の特徴とか苦手なところが分かった。
愛華は私がいるからかこれでもかというくらいの気迫で振り付けをしているので、それはそれで何度か止めようかと思ったくらいだった。
「みんな一生懸命なんだろうとは思うんだけど」
「華さん、わかりやすくやりますので、私を指摘してください」
「わかりやすく? 紗良を?」
私はみんなの中に入って少しずつ良くないところを強調して入れていった。
「紗良、手の振りが遅いし曲がっている」
「わかりました。それじゃあ少し早くして手の先までまっすぐに直します」
そう言って、次の時にはそこを直して振りをやり直した
みんなの指摘したいところをすべて私の体で見せてあげるようにして、華さんに指摘されまくったところで、大体直すところが無くなった。
「華さん、ありがとうございます。だいぶ良くなりました?」
「えっ? ええ良くなったと思うけど……」
そう言って三期生の方を見回した。
「紗良、やっぱり私言うわ」
みんな水を飲んでから集まってと言って、紗良も飲めと水を渡された。
「わかっている人はわかっていると思うけど、紗良が指摘されたところどうだった? 自分のことで精一杯で頭に入ってこなかった?」
「私たちが華さんに指摘されたことと同じことを指摘されていました」
三期生で最年長の杉下樹里が答えた。
「樹里ちゃん正解。でも誤解しないでね、紗良は当然初めからできるよ。多分二度見ただけでも先生がいたら先生と同じくらいに。だから一度見たみんなの悪いところを全部覚えて再現してくれた」
三期生がざわついた。
「紗良が先頭でみんなの悪い点をすべてやってくれたから、客観的に見られたでしょ、直し方も丁寧に口に出してくれてたし」
「あの、いいですか?」
「何? 紗良」
「私がみんなに本当に知ってもらいたいのは、リーダーの華さんが指摘されたことは私にもわかるということです。それは誰もが見ていてわかると思っていた方が良い」
三期生の子たちがそれはそうかもしれないけどという少し不満げな感じがあらわれる。
「そうよ。紗良の言う通り。今は練習だから指摘してくれる人がいて直せる時間がある。ステージに立ってしまったらそんなことはできないし、準備もできていないのにあそこに立つなんて怖くてできないと思う」
「はいっ」
愛華が手を挙げた。
「どうぞ」
華さんが話したいことがあるなら言いなさいと促す。
「私たちだって頑張ってやっていますけどできないんです」
さっきはみんなにちゃんとやってと言っていた愛華だったが、みんなのことを思ってか今度は弁解する側に回っていた。みんなが大好きなんだなと思いながら華さんを見ると、目が合ったので私から言うことにした。
「そう? みんなが頑張っているんだろうなっていうのは私たちも見ていてわかるよ。それは伝わった。でもみんなは心の中でできないとも思ってる。できる人がいて自分ができてなかったら私はできない人間なんだってどうしても思うよね」
できないのは事実だしという感じが伝わってくる。
「だけどそれは違うよ。私たちは身体能力を競うようなことはしていないし、神経を集中して練習すれば大抵のことはできる。今でもできるようになってきたでしょ。できなくて悔しいから泣くのは良いけどそこで止まったらだめだよ。一人だと大変だけど、私たちはグループだから、できるようになろうと頑張っている子がいたら、何でできないのかって言うのじゃなくて、どうしたらできるようになるかをみんなで一緒に考えていこうね」
そうゆっくり言ってみんなに微笑むと、なぜかみんなが泣いていたが隣で華さんまで涙ぐんでいた。
「華さん、華さん。なんで華さんまで涙ぐんでいるんですか、締めてください」
そう小声で言って華さんを突っついた。
「あっそうね。私たちはグループなんだから、私も知っていて教えてあげられることは教えてあげる。だからできないこと、わからないことがあったら訊いて。私がいなくても、もしもわかる人がいたらちゃんと教えてあげて。ファンの人たちの前に出る前にみんなができるように頑張りましょう」
「「はいっ!」」
全員が声を揃えて返事をしたところで、みんなできるようになってきたし今日のところは解散となった。
私は愛華にそっと近づいて帰る前に連絡してくれるように伝えてレッスン場を後にした。
「紗良は愛華ちゃんに思い入れがあるの?」
「そうですね。多少思い入れはあると思います。きっかけを作ったのは私のようですし、なんか頑張りすぎている感じが強すぎて、少し心の余裕をもってもらいたいなと思って」
「心の余裕かぁ。私たちも焦りが勝ってしまって、余裕がなくなりがちだものね。それじゃあフォローはよろしくね」
わかりましたと答えてしばらく待つと愛華から帰りの準備ができましたと言って来た。
「愛華、こっちこっち」
そう言って小さい会議室に招き入れて、そこに座ってと促した。
「他のみんなは帰ったの?」
「帰りました。私は迎えに来てもらうので」
「そう。何で呼んだかわかる?」
「生意気なことを言ったから叱られますか?」
肩を縮めて手をもにょもにょさせながら上目遣いで私の方を見た。
「生意気なことって? 先輩たちに迷惑がかかるとか言ったこと? それとも頑張ってますけどできないって言ったこと?」
「どっちもです」
「そんなことで叱らないよ。愛華だって年は最年少でも同じメンバーなんだし。愛華が自分なりに考えてそうしたほうが良いって思ったんでしょ」
「そうですけど」
「叱るために呼んだんじゃなくて、褒めてあげようと思って」
「本当に?」
「勿論本当。愛華が自分で考えてみんなが頑張るようにということと、みんなが頑張っていると思うからそう言ったんでしょ。それは偉いと思うよ」
「……っそうでしょうか?」
可愛らしい目から大粒の涙がこぼれたので、泣かないのと言いながらそっと拭いてあげた。
「でもね、愛華は最年少なのに一人で背負おうとしすぎ、みんなと仲が悪いわけじゃないよね」
「みんな優しいし、仲は良いと思います」
「それなら良かった。じゃあもっと自分に余裕をもって、みんなのことをよく見て。駄目なところも気が付くかもしれないけどそれ以上にいいところを見つけてあげてくれる? もしも愛華がみんなのことが見えて良いところを教えてあげられるなら、もっとみんなが良くなっていくはず」
「そうなるように頑張ります」
「その調子。でも頑張るのは大事だけど肩の力を抜いてね。みんなをよく見ようと思ったら自分だけが必死にやっていたら駄目だからね。そんな風だと周りは見えないよ」
「わかりました」
「よし。じゃあ話はおしまい。ところでお迎えってどうするの?」
そう言って訊くと電話していますからそろそろ来てくれると思いますと言いながら、少し間をおいて言い難そうに愛華が口を開いた。
「あっ、あの一つお願いしてもいいですか?」
「できることならいいよ。何?」
「ギュってしてから、よしよしってしてもらってもいいですか?」
「わかった。ギュってしてよしよしってすればいいのね。愛華おいで」
お願いってそんなことで良いのか? と思いながら、さあ来いと両手を広げて愛華の目を見ながら微笑んであげると、おずおずと私の胸に顔をうずめるので、そっと抱きしめて頭をなでてあげた。
「事故の時にこうやって優しく包んでもらったような気がします」
あの時は車から守るためにかなりの衝撃で抱き着いてから抱え込んだので優しくは包んでいない。これは大分美化されているような気がするなと思ったが、それは黙っておくことにしてあの時無事でよかったねと言ってあげた。
それからすぐ腕の中で愛華の持っていたスマホが鳴った。
迎えが来たと愛華が言うので外まで送ってあげると、これからも頑張りますと、笑顔で手を振りながら帰っていくので、私も同じように手を振り返す。
愛華が去ってから静寂が訪れると、脱力し玄関のところで壁にもたれて目をつむった。
「愛華はかわいくて良いんだけど、疲れた。本当に疲れた」
私は人の心を表情などからある程度読むことはできるが、読んだからといって操れるわけでもなく、むしろ仏頂面が基本で優しく接するというのは本来不得意なたちなのに、愛華みたいなかわいい子を、傷つけないように頑張りすぎないでと教えてあげるのは本当に大変だと思った。それでも、せっかく同じグループに入ってきたのだから、私ができることならできるだけ助けてあげたい。
「もう少し私に慣れてくれれば、仏頂面でもいいんだろうけど」
でも私みたいに感情の起伏が無いと、それはそれで先輩たちもやりづらかったのかなと考えながら、私も早く家に帰ってご飯を食べて、お風呂に入ってから本でも読もうかと思っていたら、よほど精神的に疲れていたのか、すぐに眠気に襲われて寝てしまった。
それからしばらくして、三期生の状況を華さんに訊いてみた。
「華さん、三期生の状況とかあれからどうでしたか?」
「愛華が落ち着いたから、なんかみんなも落ち着いたみたい。良くも悪くもあの子が三期生の精神的な中心なんだろうね」
「それなら良かったです、苦手なコミュニケーションを頑張った甲斐がありました」
「本当に苦手なの? 紗良が入ってきたのが昔のことのようで、あんまり記憶にないんだけど」
「まだ免疫のない年下の愛華に全面的に仏頂面で話すわけにもいかないですし、そもそも頑張っている子に頑張りすぎないで、とか湾曲的に伝えるのはなかなかです」
「そう? そんな風に見えないんだけど。ところで愛華が他の三期生のみんなに何か紗良にしてもらったことを自慢してたよ。まわりが抜け駆けしてずるいとか何とか。それで何したの?」
「愛華にしてあげたことですか? 何ということでもないですが、ギュってしてよしよししてほしいと言われたので……言われた通りにしてあげました」
「どちらかというそれが効いてるんじゃない? 微笑んだでしょ?」
「そんなことで良いのかと思ったので、さあおいでって微笑みましたけど。その後ギュっよしよしって」
「それだ! それは満たされた気持ちになるかもしれない」
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