目標のある幸せ

根来むそお

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目標のある幸せ 第四話

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 ついに三次オーディションの日がやってきた。
 学校を休むことだし平日だから何かあるといけないのでお母さんが「一緒に行きます」、というので会場までは一緒に行ってもらうことにした。

「紗良さんはその格好で行くの?」

「私服で良いって書いてあったけど、そんな人に誇れるような服ってなにかわからないし」

「高校生なんだから、制服の方が似合ってるのかもしれないけど、もう少し何かあったんじゃない?」

「いいの、いいの。私は私を見てもらうんだから。服を見てもらうんじゃないの」

 何が正解かわからないときは制服に限る。これはコスプレを除く学生の特権だ。

「紗良さんが良いならかまわないけどねぇ」

 納得いかない様子ではあったが、オーディションのことを知らないし、本人のことだからそれでいいのかもとあきらめた様子で外出の支度をしていた。
 電車に乗ってオーディション会場に向かう途中、乗っている周りの人をお母さんが見回す。

「平日のこの時間だとやっぱり人は少ないわね」

「ラッシュアワーの時間とズレててよかったよね。あの辺にいる子たちはオーディションに行く子たちじゃないかな」

 視線で隣の車両に誘導すると、遠めに見ても可愛らしい感じの子がちらほら同じ電車に乗っているのを見かける。

「そうかもしれないわね。親が同伴な人は少ないのかも」

 心配して付いてこなくてもよかったかしら? と言いながら目的の駅で降りて会場に向かう。
 やっぱりあの子たちも目的地は一緒のようで同じ駅で降りていた。駅から出たところでお母さんとあっちだこっちだと言っていると、誰かが話しかけてくる。

「紗良ちゃん、おはよう!」

 いきなり名前を呼ばれて、振り返ったら山岸さなえだった。

「二次受かったんだね。どう? 私の言ったとおりだったでしょう?」

「ああ、さなえさんでしたね。おはようございます」

「さぁちゃんで良いよ。敬語もいらないし。まあ、下の名前で呼んでくれるだけでもいいか」

 自分の中では、春代と区別するために名前で呼んでいるだけなのだが、本人が良いならほっておこうと思いながら歩きだそうとすると私の手をつついてくる。

「こちらは紗良ちゃんのお母さん?」

「そう」

「山岸さなえです。一緒のオーディションを受けているんです。よろしくお願いします」

「あら、まあそうなの。さなえちゃんていうの? 可愛らしい子ね、よろしくお願いします」

「紗良ちゃんのお母さんて、モデルか何か?」

「一般人ですけど」

「すごいきれい。紗良ちゃんがきれいな理由が分かった」

「そうですか?」

 お母さんがきれいと言われて嫌な気分はしないし、普通にきれいだとは思うが、見慣れすぎていてそれほどとは思っていなかった。

「ここみたいよ。それじゃあ終わるまで私はどこかで時間をつぶしているから終わったら連絡してね。二人とも頑張って」

「わかった。またね」

 手を振ってお母さんが歩いていくのを見送ると、さなえがこっちに受付があると私を引っ張ってどんどん進んでいくので、そのまま付き合って会場に入る。

「結構残っているんだね」

 会場は五十人くらいの席が用意されており、研修会場のようだった。
「始めに説明があるって書いてあったけど、なんの説明をするのかな」

「アイドルの心得とかかもね」

 さなえも内容は知らないらしい。
 用意された椅子に座って待っていると、マネージャーの坂上という人がオーディションに来てくれたお礼と今日の審査の進行内容を説明してくれた。
 始めにメンバーがきて話をしてくれるということで、会場がどよめく。
 そのあと、三次審査を受けて終了となるらしい。

「こんなところで生メンバーに会えるとは。オーディションを受けてよかった」

 それだけでも、ここまで来た甲斐があったと私は内心うれしく思いながら誰が来るのだろうと思っていると、始めますとのアナウンスがあり会場は静かになった。
 扉が開いたとき、さわやかな風が入ってきたと一瞬感じた後、そこからニコニコしながら制服を着たリーダーの神室美咲と高坂絵里奈がお辞儀をしながら入ってきて、思わず声を出して泣いている子までいた。

「可愛すぎる」

 神室美咲も相当小顔で可愛いし綺麗だが、横にちょこんと立っている高坂絵里奈の可愛さと言ったら表現のしようもない。
 あれがにじみ出る芸能人オーラというものだろうか。

「みなさん。おはようございます」

 神室美咲が挨拶してから、アイドルとしてこういうところが大変だとか、こういうところが面白いとか、そういう話をしてくれたあと、高坂絵里奈がメンバーになったときには一緒に頑張ってほしいと言って笑顔で去っていった。

「幻のような時間だった」

 半分オーディションだということを忘れかけていたが、二人が去って順番にオーディションの参加者が呼ばれ、現実に引き戻されると、忘れていた緊張感がやってくる。

「ナンバー十五番の方お願いします」

「はいっ」

 説明のあった会場からでて、面接会場と書かれたホールに入るように案内された。
 今回も五人ずつで、さなえと一緒になるかとも思ったが、順番はランダムに振り分けてあったらしい、出るときにちらっと見たら手を振っていたので、私も下の方で軽く振っておいた。
 面接会場に入ると、前回とは違い広めなところに椅子が並べてあり、前には有名なプロデューサーと、この前のおじさんこと偉いマネージャーのほか五人もいて仰々しくなっていた。

「それでは、自己紹介をお願いいたします」

 そういわれて一人ずつ名前と年齢と出身地を言うと、全員座るように促される。

「今回は三次オーディションということで案内させていただいていると思いますが、一人ずつダンスと歌、得意なことがあれば披露してもらいます」

 またしても最後か、緊張する時間が長くなると思いながらも、すでに二万人の応募者の中から選別されている子たちをよく見させてもらおうと考えていた。

「でも、ほぼ後ろ姿かぁ。残念」

 できれば審査員側に回りたいと、気持ちに余裕すら出てきている自分に驚いた。
 始めはオーディション自体が知らないことだったので緊張もしたが、ここまでくるとよく考えたらこれで死ぬというわけでもないしと、できることだけ頑張る方向で達観しはじめると、だんだん周りがクリアに見えてくる。
 前の四人はダンスもうまく、歌もかなりうまいと思った。特技は楽器を演奏したりアニメの物まねを披露したりするのを感心しながら見ていた。

「では次の人お願いします」

「相羽紗良、十七才、東京都出身です。お願いします」

「ではまずダンスからお願いします」

 みんなと同じように声がかかるまでということで、ヴァルコスマイル楽曲のダンスを踊るが。

「全然止めてくれないんですけど」

 ヴァルコスマイルの楽曲に合わせてダンスをしているが、曲が終わりそうになっていた。
 ネットとテレビのビデオ画像しか見られないから、見えないところは脳内で補完しながら一応完コピを目指していたものの、あくまで素人のダンスだ。
 それほど出来栄えがいいとは思えないのに、どれだけ踊らされるのよ、そう思いながら結局は曲が終了するまで踊らされた。
 歌の披露はヴァルコスマイルではなく実力派歌手と言われている女性歌手の歌をAメロ歌ったところで良いですよと声を掛けられた。

「次は特技ですが、何をするの?」

 ずっと考えていて楽器にでもしようかと思ったが、みんな同じようなことになるだろうと思って、似顔絵を描くことにしていた。
 感動はさせられなくても感心してもらうような絵なら得意だ。

「似顔絵を描きます。誰でも言っていただいたら」

「じゃあ、三人目の子をみて描いてくれる?」

 ダンスをしているとき一瞬しか見えなかったが、この中では一番かわいいと思っていた子の似顔絵を描いてみてと言われたので、できるだけかわいく描いてあげようと一分ほどで描いて見せた。
 彼女が呼ばれて絵と並んでみてと言われて来たときに、絵を見てめちゃくちゃうれしそうな顔をしていたのが印象的だった。

「うまいな」と誰かがつぶやいたのが聞こえた。

 小さい声で横の彼女から「後でくれる?」と言われたので「良いよ」とうなずいた時にふいに質問された。

「ところで、運動が得意と書いていたけど何か部活とかしていたの?」

 マネージャーのおじさんが言った。

「いえ全然していませんけど、走ったり飛んだりするのは人より少し得意かなと思っています」

「ふーん。だからダンスもうまいのかな? ずいぶん踊れたよね」

 あなたが止めないからでしょうが、と心の中で呟きながら「体を動かすのは嫌いではないです」と答える。

「運動が得意というところを何か見せてくれる? おおーって思うような何かできる?」

 何が見たいのかわからないと思ったが、少し驚かせてやろうと思い「わかりました」と答えて、危ないのでと自分の椅子をみんなのところから離して持ってきて、審査員の机と、四人の間に横向きに素早く置いた。
 みんなが何をするのだろうかと不思議そうにこっちを見ている中、ズボンにしてきたらよかったなと思ったが、抱え込めば見えないだろうと、小さくつぶやきながら左側によってから「いきます」と言って何も訊かれないうちに椅子に向かって走り始めた。
 片足で軽くトンッと椅子を踏み切るとサマーソルトのように足を跳ね上げ、お尻のところでスカートを両手で押さえながら天井すれすれを屈伸した状態の宙返りの要領で後方に回転する。
 それから床を確認してスカートを手で押さえ直して膝のばねを使ってふわりと着地。
 天井が気になって高さが少し足らなかったが、とりあえずスカートがまくり上がらなくてよかったと思って審査員の方を見たら、みんながシーンとなっていた。

「えっと。まあ、こんな感じです」

「えっ? あっ、ありがとう。よくわかりました」

 どうだ、おじさんと思いながら使った椅子を戻して座るところを手で掃ってから、前を向いて座りなおした。

「そっそれでは、これで終わります。合否はまた連絡させていただきます。今日はこのまま帰っていただいて結構です。ありがとうございました」

 みんなでそろって「ありがとうございました」とお辞儀をしてから面接会場から出た。

「ようやく終わった。でもこれってどうなんだろう」

 調子に乗ってあんなことしてよかったんだろうか、多分良くないよね、そう思いながら終わったことをお母さんに電話しようとしていると、さっき一緒だった子が話しかけてきた。

「まってよー」

「あっ。さっきの」

「絵をくれるって言ったでしょう?」

 そういえば言ったな。本気だったのか。

「ごめんごめん。破いたら汚くなるからこのスケッチブックごとあげる。新品だしもらって」

「新品なのにいいの? ありがとう。めちゃくちゃ可愛いく描いてくれたからほしいなぁっておもって」

「受からなかったら、もう必要ないし。絵が得意というのもそれほどでもないから」

「こんなに上手なのに?」

「上手いっていうだけだから」

「言うことがかっこいい。あっ自己紹介忘れてた。私、菅原真由美。真由って呼んで」

 アイドルになろうとする子たちはみんなコミュニケーションお化けがそろっているのだろうか? 会ってすぐに自分からあだ名を披露する人を今まで一人しか見たことがなかった。

「知ってる。さっき自己紹介で聞いたから」

「そうだよね。紗良ちゃんだっけ。背が高いから見栄えもするし、ダンスすごかった。オリジナルなところもあったし」

「映像でよくみえないところがあって、全部コピーすることができなかったけど」

「普通あんなに踊ることなんてないと思うよ。知ってる人がいたとか?」

「全然知らない。二次審査でマネージャーのおじさんがいたからかな」

「すごーい。絶対受かるよ」

「宙返りとかしても?」

「あれもすごいかっこよかった。天使が舞い降りたかと思ったし」

 どっちかというと天使はあなたでしょう、と心の中でつっこんでから一応お礼を言っておく。

「もしも会うことがあったら今度はお礼をするね」

 そういいながら、スケッチブックを大事そうに抱えて真由美が帰っていくのを見ると、そうか受からなかったらもう会うこともないのか、そう思い少し寂しい気がしないでもない。
 気を取り直してお母さんに電話をすると近くにいるからすぐに着くと言われたので、先ほどのことをいろいろと思い出しながら待っていた。

「お待たせ」

「全然待ってないよ。こっちこそ付き合ってもらってありがとう」

「何言っているのよ。紗良さんの大事な日だから当然でしょ。ところで、どんなことをしたの?」

「うーん。何って言うと、ダンスと、歌と宙返り」

「なに、それ?」

「運動することができますってプロフィールに書いていたら何かやってみてって言われて」

「大丈夫なの? そんなことして」

「わからない。ちょっと驚かしてやろうと思って、やっちゃった」

 何を考えているのかと言いながら、晩御飯は何にしようかと訊かれたのでカレーが良いと言ったら全力で作るわと笑っていた。

 お母さんが作るカレーはギィを作ってスパイスブレンドと合わせて作る本物志向だ。
 本人曰くカレールーでもいいと思うけど、誰でもなく自分で手を抜いたと思いたくないらしい。
 そのカレーを食べながらお父さんが今日の話をしていた。

「で、絵を描いたついでに宙返りを披露してきたと」

「そう。印象には残れたんじゃないかな」

「本当にアイドルになりたいと思っているの?」

 お父さんがあきれた様子で私に訊く。

「なりたいし、知りたいと思ってるよ。ちょっと驚かしてあげようと思っただけ」

「ちょっとね。しかもスカートでって」

「そこは大丈夫。手で押さえて広がらないようにしたから」

「心配はそこじゃないけど……いやそれも重要だけど。それにしても空中でそんな器用なこともできるんだね。まあでも、せっかくだから受かるといいね。いつくらいに通知が来るの?」

「二週間後くらいかな」

 なんだかんだ言ってお父さんの方が私よりも気にしてくれているのがうれしかった。
 ベッドに入って今日のことを思い出し、審査員の前で踊ったダンスの時のことを考えると、みんなが見ているところで踊ることになんとなく高揚感を感じている自分がそこにいる。

「ちょっとやらかしたけど、できることなら受かるといいな」

 そう思いながら天井を見上げていた目を閉じた。
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