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目標のある幸せ 第三話
しおりを挟む学校の中間テストが終わり、個人的には狙った通り、良すぎず悪すぎず、やや良いくらいの、まあまあの成績をマークできただろうと思いながら家に帰っていると、春代が走って追いかけてくる。
息をきらして背中越しに話しかけながら袖をつかむので、止まって何か有るのか? と見る。
「まってよー。もう本当に足早いんだから」
「はるは用事があったんじゃないの? 教室から出ようとしないから、おいてきちゃったけど」
「やっとテストが終わったんだもん。みんなで解放感に浸りたいと思うわけですよ」
「そんなもんかな?」
「紗良はあまりみんなと話しをしないもんね。それに頑張らなくてもいつもできてるから、そういう気分にはならないのかもね」
「あらっ? そういうこと言う?」
「いいじゃん。二人きりなんだし。勉強をあまりしなくてもいいのは正直うらやましい」
「分けてあげたいけど。まあ、わからないところがあったら教えてあげる」
「ありがと」と言いながら鞄を振り回してこっちを向いてにこにこしていた。
「そういえば、はるに言おうと思ってたことがあるんです」
「なに? 好きな人でもできたの?」
「そういうのではないけど。好きなことというか、やってみたいことができた」
「へー。紗良がそんなこと言うなんて。なんでもそつなくこなすし、いつも悟りを開いたような感じで冷めてるのに珍しい」
「まあね。それで言おうと思っていたことなんだけど、私、今オーディションを受けているの」
「へぇ、なんの?」
「今のところは周りには内緒で」
誰もいないけど恥ずかしいので、人差し指を口に当ててから耳元でささやく。
「えっとね、アイドル」
「ええええええええっ。本気?」
道の側溝に落ちそうな勢いで飛び上がって驚くのを見ながら、そんなに驚く話だったのだろうかと思いつつも、気を取り直してつづけた。
「本気。えが多いし声がおおきい」
「ごめん。いや驚くって。あっ、でも紗良なら驚かないか」
どっちなのと、突っ込みを入れたくなるような独り言をぶつぶつ言いながら「紗良なら受かる気がする」と小さい声で言うのが聞こえる。
「なんで?」
「あっ、やっぱり聞こえた? 自分でどう思っているかわからないけど、紗良はそうとう可愛いよ。男子はみんな取り付く島がないから何も言ってこないけど。と言っても顔面スペックだって紗良に釣り合うとは思えんし」
「私はそんなに不細工だとは思わないけど。それほどとも思えない。二次審査で来てた子たちだって相当可愛かったし、はるだって私はかわいいと思うよ」
「そんなことはない」
アニメのペンギンのように手を振りながら春代は否定して私を指さす。
「あのお母さんとお父さんに作られた紗良が私と同じようなわけがないじゃん」
「特にあのお母さんは」とまたもや聞こえるか聞こえないかという小声で言っていた。
「でっ? 今どうなってるの? もうデビューするの?」
「気が早いよ。二次審査を通っただけ。四次審査まであるし」
「そうなんだ。ところで、どこのオーディション?」
「ヴァルコスマイルっていうグループ」
春代の目が落ちそうなくらい見開いている。
「それ受かったらすごいよ。あのグループなら紗良にぴったり」
「知ってるの? わたしは最近知ったのだけど」
「当り前じゃない。知らなかったのは普通に生きることに一生懸命で、テレビとか何にも興味のなかった紗良くらいだよ。この前もテレビでライブの放送やってたし、これからもっと人気が出るんじゃないかな」
「私が初めて見たのもそれ。でもって来週の金曜日に三次審査があるんだ」
「そうなんだね。頑張って。何にもできないけど、応援する」
「ありがとう。なにをするのかよく知らないけど、できるだけ頑張ってみる」
「あっ。でも、ひとつだけ約束してよ」
「何?」
「もし有名人になっても友達でいてよね」
「それは心配ない。有名人になっても私は私。なにも変わらないと思うよ」
「紗良ならそうかもね。じゃあ約束よ。がんばってね」
「じゃっ。こっちなんで」
分かれ道で春代はそう言いながら家に帰っていった。
多分、家族以外にアイドルになろうとしていることを話すのは、春代が最初で最後だよ、と家の鍵をあけながら小さな声で言った。
二次審査は通ったものの、悩みが一つあった。
春代には思い切って打ち明けたが、肝心の両親にはまだ何も伝えておらず、三次審査に行くのはいいが平日だったので、これ以上進んだことを考えると、もう黙っているのは無理そうだと思っていた。
「嘘はつきたくないし、反対されたらどうしよう」
いろいろと書類を偽造してでもオーディションに臨むべきか、何とか説き伏せてでも許しを得るべきか。
珍しく結果もわからないことをくよくよと悩みながら、十日後に迫ったカレンダーをみてどう切り出したらよいものか考えていた。
「私らしくない! 正面から言おう」と思ったのだが、いざ未知なるものと対面するときになると人は緊張するものだということを、この時生まれて初めてくらいの感覚で知った。
私の世界が狭かったこともあるだろうけど、いままでは大抵のことは調べて知っていたし、考えるとおりにできたが、さすがにアイドルになりたいと言われた両親の気持ちとなると、考えた通りになるとかならないとか、そういうことでもないしと悩んだが答えは出ない。
「うん、やっぱり明日にしよう」
先延ばしにしても何も変わるわけではないことはわかっている、なのに実行に移せないなんて、こんな気持ちは初めてだったので、こういうことを経験できたのはある意味新鮮だった。
いつもと同じく、目立たないように学校の門を抜けて教室の扉を開けると、朝の光が差し込む窓から、春から夏にかわろうとするさわやかな風が吹いてきている。
私が入ってくるのを見つけた春代が、タタタっと私の方へ走ってきた。
「紗良。おはよう」
「おはよう」
「もう、話をしたの?」
「まだ。なんと言ったらいいのかよくわからなくて」
「引き延ばしても何も変わらないよ?」
小首をかしげながら私の目を見る。
「勿論。それはわかっているんですが、どうしたらいいのこれ?」
「紗良がそんなに悩むとは意外なうえに可愛らしい。新しく何か始めるのって勇気がいるし良い経験だよね。一緒に言ってあげたいくらい」
「いやいや、今日は言いますよ絶対に。はるに誓う」
席に着けと担任の先生の声がしてその場はお開きとなった。
「じゃあ。頑張ってね」
いつものように春代と一緒に学校から帰り、別れ際に肩をたたかれて言われたのだが。
家の前で軽いため息をつくと背筋を伸ばしていつものようにドアを開ける。
「ただいま」
「おかえりなさい」
「今日はお父さん早く帰るって言ってたよね」
「本当かどうかわからないけどそう言っていたわ。忙しいらしいからどうなのかしらね」
「そうだよね」
「何か用事でもあるの?」
「あっ。えーと、二人がそろったときに話したいことがあって」
「今じゃダメなわけ?」
ここはお母さんに先に話しておいて何らかのショックを和らげる作戦をとっておくべきかどうか考えを巡らせた。
お母さんなら味方してくれるような気がする。
いや、お父さんが反対して敵になると決まったことでもないがと、鞄を持ったまま考え込んで止まっていると、悩みがあるなら聞いてあげると、そのまま鞄を持った手を引っ張ってテーブルにいざなわれた。
「でっ? 何なの? 好きな人ができたの?」
目を輝かせて春代と同じことを訊いてくることが、ちょっとおかしかった。
そんなに私は恋愛関係を心配される感じなのだろうか?
「全然違います。驚かないでもらえる?」
「そんな言われ方したら、ちょっと恐いわよ。じゃあ心を落ち着けて聞かせてもらいます」
深呼吸するそぶりを見せてじっと私の方を見ながら「では、お願いします」と言った。
「あの、私、アイドルになろうとしていて、もしかするとですが、それでアイドルになるかもしれません」
「はっ? アイドル?」
意味が良くわからないという感じで、今言った言葉を繰り返している。
「細かいことを言うと、今アイドルのオーディションを受けていて、次が三次審査になります。黙っていてごめんなさい」
お母さんはしばらくの沈黙の後、納得したような表情を見せた。
「なるほど。最近の変な感じはそういうことだったのね」
「そんなに変な感じが出てた?」
「何をしているのかはわからないけど、いつもとちがうなーとは思ってたわよ。自分の子供のことだもの。まあ紗良さんなら、おかしなことにはならないだろうと思っていたんだけど……」
「おかしいかな?」
「アイドルになろうとしていること? それ自体はおかしなことでもなんでもないから、なれるならいいんじゃない?」
「じゃあ賛成してくれるの?」
「あまりにも知識の範囲外のことで……」
上を向いて、なんと言っていいのかわからないという感じで続ける。
「どうなのかはよくわからないけど、今やってみたいことができたならやってみたらと私は思うわ。友達も春代ちゃんといるところしか見たことがないし、部活も特にしないし、運動といえば一人で公園に行ってコソコソしているし、なにか頑張ってやることがないのかと思って少し心配はしていたのよね。それにアイドルなんて年を取ってからできるというものでもないでしょう?」
相変わらずボジティブに考えるところはすごいと思った。
「それで、今度のオーディションに行くのに、平日になっていて、いろいろと問題が出てきた感じになりました」
「ははーん。もうこれ以上は隠し通せないと思ったわけね。そのまま最後まで行っていたらどうするつもりだったの?」
と言って腕を組んで私の目を見る。
「受かると思ってなかったから、そこまでは考えてなかった」
「本当はすごく賢いのに、しょうがない人ね」
「どういうこと?」
「どういうことも何も、言葉通りよ。勉強だって運動だって人よりもずいぶんできるでしょう? 普段からみんなに知られないようにしているみたいだけど」
私が今までひた隠しに隠していたことはきれいさっぱりバレていた。
「お父さんも?」
「当たり前でしょ、家族なんだから」
といいながらまた私の目をみて言う。
「小さいころお父さんの大学のころの本を読んだりしてたでしょ。二人でこの子はものすごい理解力をもっていると話をしていたのよ。それに春代ちゃんを助けたこともあったでしょ」
「あるけど」
「あの時、春代ちゃんのお母さんがお礼を言いに来たの。それで春代ちゃんが紗良ちゃんはすごいんだって興奮して言ってたのよ。いつも助けてくれるんだって」
記憶をたどり小さいころ確かに春代はおしゃべりだったが、みんなに言わないでって言ったのはあれよりもだいぶ後だったかと思いだし、私も小さかったからなと思いながらお母さんの話を聞いた。
「あの時は春代ちゃんも助けてもらったからヒーローみたいに見えたのだと思っていたけど、紗良さんをずっと見ていたら、できることをひた隠しに隠している紗良さんの健気な姿が見えるわけ。で、本人があんなに一生懸命に隠したがってるんだから、親の私たちとしては本人が良いと思うまで知らないふりをして、そっとしておいてあげましょうとなったの」
私のいままでして家できたことは何だったのだろうか? と思う。
「睦さんが帰ってきたら、きちんと話してみてね。私も初めて聞くことにするから」
そういうと夕食の支度をしにキッチンへと歩いて行った後ろ姿をみて、私は部屋に戻り着替えを済ませて宿題を終わらせると、お父さんが帰ってきた声がした。
心を落ち着けて、できるだけ普段通りを装ってゆっくりと階段を下りていくと、炒め物のいい匂いがしてお腹が思ったよりもすいていることに気が付いた。
「お父さん、おかえりなさい」
「ただいま」
「お母さん。もう晩御飯になる?」
「お父さんが帰ってきたから、ご飯にするわよ」
お父さんにビールを飲むかどうか聞いて、コップと合わせてどうぞと手渡した。
「いただきます」
今日は暑かっただの他愛のない話しをしながら晩御飯を食べて片付けを済ませてからお父さんにちょっとお話がありますのでと姿勢を正す。
「なに? いやに畏(かしこ)まって」
お母さんにも座ってもらってから話を始めると、どうした? という感じが伝わってくる。
「私の将来のことなんだけど」
「将来?」
「そう。将来。今まで本当にやりたいことがなかったけど、やりたいことができたの」
「ふーん。どこの大学に行きたいの? 医学部とか言われると家計的にはどうかなぁ」
「えっ? あっそうだよね。普通進学のことだと思うよね。そうじゃなくて、どちらかというと就職みたいな?」
「職人にでもなりたいわけ?」
「あーもう。そういうものでもなくて、私アイドルになろうと思ってるの」
ついに言った。
「はぁ? アイドル? アイドルってそんな簡単になれるものなの?」
「簡単にというか、なれるかどうかはまだわからなくて。今オーディションの二次審査まで受けているの」
あまりの突拍子のなさに、さすがの不愛想なお父さんも素ではついていけない様子。
「その。オーディションを受けているということは、もう結果が来るの?」
「まだ、途中。段階があって次とかその次で落ちるかもしれない」
「そうか。もし仮にだよ。受かったら学校はどうするの? 高校は後一年あるよね」
「ネットで調べたら通信制のところに転校する人も多いし、なんとか高校は卒業するように頑張る」
「じゃあ、大学へは行かないのか?」
「やるなら、全力でやりたいから大学への進学は考えてないです」
「紗良ならどこでも行けるだろうに。遊ぶために行くなら大学は行くべきところではないと思うけど、勉強をするのであれば行って損することは無いと思うよ」
「私は大学の勉強よりアイドルというものがどういうものか自分で知りたいの。それが今しかないと思うの。落ちるかもしれないけど」
「受かっちゃうんじゃないかなぁ。親の欲目を差し引いても受かっちゃうと思うなぁ。紗良はさゆさんに似てるもの」
「睦さん。反対じゃないなら頑張れって言ってあげて。紗良さんがここまでやりたいって言っているんだから」
「さゆさんは賛成なわけ?」
話を振られたお母さんは私の方を見てから、お父さんに向かって言った。
「私はやる気がある人を応援します」
「既に二対一じゃないか。賛成するよ、すればいいでしょ。もういいよ、頑張れ」
「お父さん、ありがとう!」
お父さんに満面の笑顔を送った。
「一つだけ約束してほしい。もしも今回アイドルになれなかったら学びたいことをしっかりと考えて大学へ行く。アイドルになったとして、三年で気持ちが揺れているようなら同じように大学を目指せ。」
「睦さんは、なんでそんなに大学にこだわるの?」
「大学はきっかけに過ぎないよ。紗良は学ぶことが好きなんじゃないかと思うし、いろいろ学んでほしいとも思う。専門的に研究したりすることは経験としては悪くないし、一度は入ってどういうところか知ってみないとわからないこともあるだろ。アイドルもそうかもしれないけど、行って損するものでもないし」
「わかった。その条件で頑張ってみる」
あとでお母さんから「何か言わないと格好がつかないからそれらしいこと言ったのよ、一生懸命あなたが入ろうとしているグループのこと調べていたわ、ミーハーよ、あの人は。可愛いでしょ」と教えてもらった。
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