目標のある幸せ

根来むそお

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目標のある幸せ 第六話

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「ただいま」

 家に帰るとリビングからお母さんが出てきて、うれしそうに微笑んでいる。

「紗良さんおかえりなさい。そして、おめでとう」

「ありがとう」

「これから大変だと思うけど、頑張ってね。駄目だと思ったらすぐに言うの。わかった?」

「わかりました。どうなるかわからないけど頑張ります。ちょっと疲れたから部屋で休むね」

 そう言って階段を上がり、自分の部屋に入りふっと息を吐く。
 ワンピースをハンガーにかけ、部屋着に着替えてからベッドの上に倒れこみ、枕を抱えて、ちぎれそうなくらい抱きしめながら今日の出来事を思い返す。
 あの時の記憶は周りの情景を含めて鮮明に思い出され、新たに気持ちがよみがえってきた。

 ついに受かった。

 勿論これからが始まりだということはわかってる、わかってるけど今は受かったことをただただ喜びたい。
 合格発表で落ちたと思ったときは、受からなかったということに、受からないでもこんな程度の気持ちなのかと思っていたけど、今湧き上がってくる気持ちと逆だったと思ったら今更ながら怖くなって震えが来た。
 でも、良かった、ああ、そうだ春代にもみんなが知る前に教えておかないと不貞腐れるな、そう思いながら疲れていたのか意識が遠くなっていった。

「紗良さん、紗良さん」

 体を揺さぶられているのに気が付いて目を開けると、お母さんが覗き込んでいた。

「あっ、お母さん」

「『あっ、お母さん』じゃないわよ。部屋に行ったきり呼んでも何にも音がしないからどうしたかと思って、もう少しで晩御飯よ」

 自分で思った以上に精神的に疲れていたようで、ベッドで横になったらそのまま寝てしまったらしい。お母さんだとしても人が近くに来て気が付かないとは。

「目が覚めたら降りてきてね」

 そういってお母さんが部屋を出てリビングの方に降りて行くのを見送って、時計を見ると七時近く、二時間ほど寝てしまったようだ。
 ハッと思い出して春代にも受かったことをメールした。
 もちろん公になる前に他には漏らさないようにと付けて。

「了解!おめでとう! そして連絡が遅い!」

 すぐに返事が返ってきたのは、ずっと待っていたかららしい、申し訳なかったなと思いながら部屋を出た。

「お母さん。起きたよ」

「ご飯の準備できてるから座って待ってて」

 リビングに行くと、お父さんも帰ってきていて、何か言いたげな複雑な表情でこっちを見ているので、「おかえりなさい」と言いながら椅子に座った。
 なぜかお父さんが私を見てちょっと涙目。

「紗良。おめでとう」

「ありがとう。ところでなんでお父さんが泣いているの?」

「睦さんは、紗良さんが合格してうれしいのと、遠くに行ってしまうような気がしてさみしいのとで、紗良さんを見たら、どうしたらいいのかわからなくなったのよ」

「紗良は社会に出るのが早すぎる」

「意味が分からないけど。お嫁に行くわけじゃないし」

「もしそうだったら、もう倒れてる」

 お母さんが椅子に座ってから、とりあえずいただきましょうと私たちに言って、ご飯を食べ始めた。

「紗良さんが帰ってきて、連絡した時はこんなんじゃなかったんだけど。おかしな人」

「連絡をもらった時はうれしかったし、それしか考えなかったけど、だんだんこれから紗良がどうなるんだろうかと不安になってきたんだ」

「考えすぎだから」

 正直私自身どうなるかなんてわからないし、今から見えないものに不安を覚えても仕方がないではないかと思う、昔からそういう感情の切り替えは早かった。

「まあ、とにかくおめでとう。それで、もう学校には言ったの?」

「まだ全然言ってません。だけど、テレビに出るみたい。テレビ局の人もいたよ」

 お父さんは私の生活環境がどういう風に変わるのか心配なようだ。

「月曜日に先生に訊いてみる。あっ、あとグループで活動するのに契約が必要だからって書類ももらいました」

「契約?」

 お母さんが訊いた。

「雇用契約みたい。私たちは社員ではないらしくて、個人事業主的な感じになるそう」

「確かに社員が増えたり減ったり簡単にしたら大変だものね」

「ベースのお給料と、活動することによる上乗せみたいな感じになるらしいよ」

「じゃあ、口座とかも必要になるの?」

「そんなことも言ってました」

「それなら、今度専用の口座を準備しましょう。学校のことは先生によく訊いてね」

「うん」

 お父さんが合格の話を聞いて浮かれた後で、くよくよ考え始める前にこの前言っていたケーキ屋さんによってケーキを買ってきてくれたと言って、お祝いで出してくれた。
 お母さんが美味しいと言ってご機嫌だったので、お父さんもだいぶ落ち着いていた。
 翌日、春代が家に訪ねてきた。テレビで見たと興奮していたので、まあまあ落ち着いてと言って、お茶を出してあげる。

「やっぱり紗良は受かったよね。私の目に狂いはなかった」

 どうだと言わんばかりに言うので、遠くで見ていたお母さんが笑っている。

「そうだね。いろいろあったけど、はるの言った通りに受かったよ」

「それで、お披露目会とかあるんでしょ」

「そう。それまでレッスンとかもあるって」

「これから大変だねぇ。でも学校も大変だと思うよ。みんな知ってるから」

 情報社会をなめてたら駄目だよというので、情報社会ってテレビで見ただけでしょと突っ込んでいると、「みんなの反応が怖くない?」と訊かれた。

「そうは言っても、みんながアイドルになるわけじゃないんだから、なんだあいつだくらいの話じゃないの?」

「その、鈍感力には参ったわ。紗良はヴァルコスマイルに入ったんだよ。すごいんだよ」

「合格しただけで、私自身はまだ何もしてないし」

「まあ、いいわ。学校で変なのに付きまとわれたら、私が追い払ってあげるから」

 それじゃ、学校でねと言って春代は帰っていった。

「お母さん。そんなすごいことになるのかな」

 洗濯ものを片づけたお母さんが一仕事終えたわと言いながら椅子に座った。

「始めはみんな好奇心で見るわよね」

「ちょっと恥ずかしいかも」

「あなたは、みんなに見られる仕事を選んだんだから普通の時は堂々としていれば良いのよ。こそこそしても仕方がないでしょ」

「そうだよね。いつも通りにいく」

 さすがはポジティブシンキングのお母さんだと思いながら、さなえにレッスンのときとかは何を着ていくのか一度訊いてみようと部屋に戻った。
 月曜日に学校に行くと、登校途中からみんなに見られているような気がして、なにか落ち着かなかったが、自意識過剰だぞと自分に言い聞かせながら、いつものように教室に入る。
 春代がおはようといつもと同じ調子で挨拶して、クラスのみんなも今までと同じにしようと話し合ったらしく、これといった話はしてこなかったのですぐに普通の日常に戻ったような気がしていたが、担任の久居先生が数学の時間は自習にするから、後で相羽は職員室に来るようにと言って職員室に帰っていった。
 言われた通り数学の時間はプリントが配られて自習になった。

「紗良。呼び出されちゃったね」

 春代がちょこちょこっと寄ってきて話しかけてくる。

「話しをしに行かないといけないと思っていたから、向こうから言ってくれて助かったけど、自習になっちゃってみんなに申し訳ないよ」

「これからの人生の話をするんだから、そんなこと言ってないで、早くいきなよ」

 教室を出るときに、みんなに軽くお辞儀をしてから職員室に向かった。

 職員室に入ると先生がこっちに来てと手招きして職員室の隅の面談用のテーブルに連れていかれる。

「とりあえずそこに座って。そんで、なんの話か分かってると思うけど」

「アイドルグループに所属したことについてですよね」

「そう。これからどうしたいか決めてるの?」

「学校についてはできればこのまま卒業したいと思っています。現時点では進学は考えていません。いまのままでは難しいようであれば通信制の高校に転校することも考えます」

 あまりにも即答ではっきり答えたので先生は拍子抜けした感じだった。

「ご両親は、それでいいと言っているの?」

「はい。二人ともそれでいいと言っています。父は高校をきちんと卒業すること、アイドルとして難しかった際には進学を目指せと言っていましたが」

「それならいいか。相羽は普通に大学に行くかと思っていたが、突然変わったことをしたもんだな」

「すみません」

「謝ることはないよ。自分の人生だものな。先生たちは手助けをしてやれることはあっても、代わってあげることはできないからな。校長先生には相羽の気持ちを私から伝えておく、私の予想では最低限の出席日数と課題をきちんと提出できて、定期試験で及第点があれば休みが多くても卒業はさせられると思う」

「本当ですか?」

「校長の了承を取ってからだけどな。騒ぎになること以外はきちんと学習をクリアしている人間をやめさせる理由もないだろ」

「ありがとうございます」

「相羽は試験については問題ないと思うけど、出席日数だな。病気にもなるかもしれないし足りなくならないように余裕をもって活動するんだぞ。自己管理は社会人としての基本だ」

「わかりました。試験も頑張ります」

 先生は上の方を見て、これは言ってもいいかと言いながら話し始めた。

「相羽の試験については全く心配していない」

「そうですか?」

「相羽はテストで点数調整してるだろ?」

「えーっと。調整といわれますと?」

「隠さなくてもいい。可もなく不可もなくという点数になるように、ところどころ間違えながら平均ちょい上を狙ってるだろ」

 やりすぎたか、そう思って黙っていた。

「見ていればわかるよ。担任だし。受け持った生徒が、何ができないのかを考えて指導するのは先生の仕事だぞ。そもそも数学の試験で見ていたら間違え方とかが変だなと気が付いた」

「そんなことはないと思いますけど」

「数学の教師をやってるんだから、統計くらい取れるさ。及第点を取っているわけで別に罪を犯しているわけではないし、目立たないようにしていただけだろ。ここでどうこう言うことはない。他にも気が付いている先生はいるかもしれないけど」

 そういうことだから試験に関しては心配していないからやりたいことを頑張れと言われた。

「何かあったら両親にも来てもらうかもしれないけど、いまのところは何もないな。課題の提出とかは、相羽が来られないときは仲のいい山岸に頼めばいいか?」

「そうですね。春代にお願いしてみます」

 職員室を後にして教室に戻ったら。春代が「大丈夫だった?」と小さい声で聞いてきた。
 私はうなづくと帰りにお願いしたいことがあると言って、いつも通りに授業を受けた。
 下校時間になって春代と一緒の帰り道でこのまま高校は通うつもりだということと、課題の提出とかがあるときにはお願いしたいと言った。

「するする。するよ。遠慮せずに言ってよ。紗良と一緒にいたいし。応援するって言ったし、いつも助けてくれてたんだから私だって紗良を助けたいよ」

「ありがとう」

 同じ年なのに私より少し背が低いからか、妹のような春代がそう言ってくれたことで、あまり感情の起伏のない自分でも涙がでそうになる。

「でもさ、ちょっとだけなら課題とか見せてもらってもいい?」

「だめ」

「けち」

「うそうそ、ちょっとくらいなら見てもいいよ。はるの特権ということで」

 そういいながら楽しく帰った。
 家に帰り、お母さんに今日先生に言われたことを伝える。

「高校を変わらなくてもいいならよかったわね」

「まだ、スケジュールとかわからないけど行けるところまでやってみる」

 お母さんやお父さんだけでなく先生や春代も応援してくれていると思うと、今ならなんでもできそうな気がする。

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