目標のある幸せ

根来むそお

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目標のある幸せ 第七話

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 合格してから初めてのレッスンは十一時からということで、学校を早退して行くことになった。
 マネージャーさんから今日は初めてのレッスンの日なので、できるだけ参加してほしい、早い時間が難しいようなら四時には来てもらいたいと言われていた。
 何とも天気が良くて素晴らしいと思いながら指定されたスタジオのあるビルにつくと、遠めに見ても可愛さが分かるさなえが向こうから歩いてきて、手を振っている。

「紗良ちゃん。こんにちは」

「さなえさん、こんにちは」

「もう。今日からはさぁちゃんて呼んでよ。」

「そんな、すぐにはできないよ」

「良いから、呼んでみて」

「さぁちゃん?」

「はい、よくできました。じゃあそれで今日からお願いします」

 一緒のグループに入ったんだし、頑張ってそう呼んでみようと思いながら、レッスンの服装とかを教えてもらったお礼を言っておく。

「結局、どういうのにしたの?」

「量販店のスエットと色Tシャツ。学校指定の運動靴の新品にしました」

「色気がないけど。まあ、ここで色気を出さなくてもいいか。でも、ずっとその格好が記録に残るよ」

「そうなの?」

「一期生さんの時もそうだったけど、だいたいイベント的なところではマネージャーさんとかが動画を撮ってたりするよ」

 たしかに、最終審査でも自分たちを撮影している人がいたなと思いだした。あの時は制服ではなくお気に入りのワンピースにしていて、記録に残るとすれば神回避だと思う。
 着替えてからレッスン場に行く途中にさなえが訊いてきた。

「マネージャーさんから動画が送られて来たでしょ。もう覚えたの?」

 レッスン用に三曲の動画が三日前に送られてきていた。

「まあ、だいたいは覚えたよ」

 本当は全部完璧に覚えていたが、自慢するものでもないのであいまいに答えておく。

「三曲もこんな期間で覚えろなんて、無茶苦茶言うよね」

「でも、当日覚えて踊るというのも普通にあるらしいし」

「だんだん、できるようになるものなのかな」

 ちょっと不安と、さなえが言いながらレッスン場に入ると、向かい側の壁一面が鏡だった。

「これが、レッスン場か」

 ダンスのレッスンなど当然初めてだし、テレビなんかでよく見るその光景に感心しながら、見るものすべてが興味深い。

「紗良ちゃん、こんにちは」

 菅井真由美が話しかけてきた。私に話しかけてくるのが結局この二人になのはコミュニケーションお化けなんだろうか? と思いながら他の子たちにも挨拶をした。
 大学生の木之下朱里は講義があるので遅れてくると言っていたらしい。
 最年少の浦部美香が寄ってきて、私の学区に近いので、学校では自分がオーディションに受かったことよりも有名だと言われた。

「すごい、きれいな子が一緒に入ったんでしょって」

「私が?」

「そうよ。だから友達に自慢してきた」

「私から見たらみんなの方が可愛いし、きれいだと思うけど」

 ちょっとおませなところがあるけど、美香の方がよほどアイドルで可愛らしいと本気で思っている。

「まあ、いいからいいから、いろいろ訊きたいし、あっちで座って待ってようよ」

 最近の子は積極的なんだなぁと手を引かれて思いながら、壁際のみんなが座っているところに連れていかれて、好きな食べ物とか訊かれていると、坂上チーフマネージャーと田川マネージャーとダンスの先生が入ってきて自己紹介を行った。
 坂上マネージャーから、今練習している曲と、二期生のための楽曲を新曲として準備しているのでお披露目会でパフォーマンスができるように、しっかり習得してほしいとのことだった。

「このあと、今日のレッスンの後で一期生と会って挨拶します」

 一期生と会えるとわかると、みんなの目の色が変わった。

「全員そろうのかな?」

 服部未来が「どうしよう、どうしよう」と言っていた。

「やっぱり全員そろうのは難しい?」

 隣にいたさなえに訊いてみた。

「他の仕事に行っている人もいるし、全員がそろうのはかなり難しいと思うわ。でも、今日は来てほしいって言われてたから、みんな来てくれるのかもね」

「木之下さんは間に合うかな?」

「休憩の時に何が何でも来た方が良いって連絡しておくわ」

 三十分ほど体を動かした後、お昼の休憩をしてから再開しますと言われたので、お昼を何にするかという話になった。
 近くにコンビニもあるということで、とりあえずみんなで買いに行こうということになり、美香にお金はあるのかと訊いたら「子供じゃないから。ちゃんと持ってます」と怒られた。

 午後からのレッスンで運動するのにあまり食べるのもよくないと思いサンドイッチと牛乳を買って、ここで食べてくださいと言われた部屋へ行くと、河合陽子がずっと話がしたかったと言って隣に座った。
 彼女は私よりも年上でかなり大人な雰囲気を持った美人で、大阪で就職していたとのことだが、ヴァルコスマイルを受けるために会社をやめて来たとのことだった。私はテレビでグループを見て初めて知って応募したのだという話をした。

 午後のレッスンが始まると、午前中のレッスンはただのウォーミングアップで、そこからが地獄の始まりだった。
 ダンスの先生は厳しく、自分自身みんなの前で踊っているのに全く疲れを見せる様子がなく、私以外みんなが体力を吸われていくようにみえる。
 そんな状況を客観的に見て、いつも体を動かしている先生は体力が違うなと思いながら、一時間ほど課題のダンスを繰り返す。

「十分休憩します」

 先生がそう言うと「私はもう死ぬ」と言いながら二期生最年長の陽子が床に座りこむ。
 私はそうでもなかったが、若い美香も疲れたと言って座り込んでいたので、同じようにそっと横に座った。
 それを見た先生がみんなの前にやってきて、仕方がないなという感じで腰に手をあて、こっちを向くようにと手を叩く。

「みんな聞いて。今日初めて踊ったのだからこうなってしまうのは仕方がないかもしれないわ。でもたったの一時間よ。一期生の人たちがやっているライブは三時間とかあるの。ずっと出ているわけではないけど、自分が出ていないときは椅子に座って休んでいるわけではありません。着替えや髪を整えたり、もちろん化粧をし直したりして、じっと座っているなんて余裕はないと思っておいてね」

 みんなが、この三倍もあるのかと顔を見合わせた。

「それに、ファンの人たちはあなたたちの笑顔を見に来ているのであって、疲れている顔を見に来ているわけではないです。どんなに疲れていても笑顔を忘れないでください」

 休憩を五分だけ延長しますよ、といって部屋から出て行くのをみんなで見ていた。

「これで笑顔を絶やすなと言われても」愛美が天井を見上げる。

「朱里も早く来ればいいのに」

 ただ疲れた仲間を増やしたいさなえが、独り言のようにぶつぶつ言うのが聞こえる。

「紗良ちゃんは大丈夫なの?」

 さすがに若い美香は回復も早いようで、あまり疲れた様子もなく私に訊いてきた。

「えっ? 私ですか? 疲れましたよ。でも普段から走ってるからかな、まだ大丈夫そう」

「私も走ろうかな」

 陽子と未来が言っていた。
 休憩が終わり、しばらくして朱里が遅れましたと言って入ってくると、さなえがようやく来たと悪い顔をしてこっちこっちと呼ぶのが見えたので、意外とさなえは元気なんだな、潜在能力がかなり高いのだろう、とその様子を見ながらそう思う。

「それでは全員そろったので、これからフォーメーションの練習を全員でしていきます」

 番号の書いた用紙を見ながら、遅れてきた朱里を含めてみんなでトレースする。

「それでは通してやりますよ。木之下は遅れてもいいからみんなを見ながら続けて」

「はい」

 朱里は戸惑いと緊張した感じはありながらも、指定された場所に入って元気よく踊っていた。
 他のみんなも疲れは見えるが、初めからみんなに遅れるわけにはいかないと、必死に音楽に振りを合わせている。

「はい。みんな大分揃ってきてるわ。今日はここまでにしますので、帰っても振り付けをきちんと覚えてきてください」

 初日でこれなら何とかなるだろうと先生は手を叩いた。
 もう少し時間があるみたいなので練習したい人はしてもいいですよと言ってマネージャーを呼びに行くのを脱力した状態でみんなが見送り、扉が閉まったところで、ようやく息を吐きながらみんなで目を合わす。

「練習してもいいですよって言ったって。いやもう無理」

 さなえはそう言いながら休憩させてと壁にもたれて座り込むと、他のみんなも「疲れた」と口々に言って座り始める。
 私も座った方が良いかなと思いながらみんなを見ていると、レッスンに遅れてきた朱里が私の方に寄ってきた。

「こんなことを頼んでもいいのかわからないけど、相羽さんは余裕がありそうだから、もしもまだできそうだったら合わせてくれない?」

「いいですよ。大丈夫」

 少しでもみんなの役に立てるならと思い、じゃあ曲をお願いと言って鏡の前に立ち朱里と踊るように曲が始まるのを待つ。

「ごめんね。ありがとう」

 朱里がそう言うので、私はもう一度「大丈夫」といって先生の言ったことをきちんとトレースするように踊った。
 曲が終わると、朱里にここが違うあそこが違うと指摘して、もう一度初めからと振り付けを続ける。
 三回目にもなると朱里の指摘するところもなくなってきたことと、疲れが見え始めたので、次で最後ねと言って四回目の振り付けを終えた。

 私が曲の最後で静止すると、パチパチパチという拍手が聞こえてくる。
 美香が「紗良ちゃん、すごーい」と言ってタオルをもって寄ってきてくれた。
 あまり汗は掻かない方だが、さすがに四回続けて踊ると汗も多少出ていたため「ありがとう」と言って受け取る。

「すごく、きれいだったよ」

 美香が私を見上げながら、可愛らしい顔で言うのを見ると、本当にかわいいなと思う。

「そうでした? 先生が踊ってたのと一緒になるように気をつけましたけど」

「もう完ぺきだった。先生かと思ったよ。ううん先生以上。全く止まらずに問答無用なところもだけど」

「最後以外はそう言ってもらえるならうれしい」

 そう言って笑いながら話していると、疲れ切った状態になった朱里もありがとうと言いながらと訊いてきた。

「相羽さんは体力お化けなの? 今までみんなと一緒にレッスンしていたんだよね?」

「家で運動しているからみんなより体力があるだけですよ。普通、普通」

 そうなんだと言う朱里を横目に、水を飲みながらそろそろ呼ばれるかもしれないと思ってそっちが気になったが、一向に呼ばれる気配もない。

「みんなこんなにヘロヘロなのに、どこか行くのかな?」

「着替えてとも言われていないしね」

 私たちがいつ呼ばれるのだろうとグダグダしていると、レッスン場の扉がノックされた。

 村雨部長の声がして、「入るぞ」と言われたので、みんなで「大丈夫でーす」と答えて待っていると、開いた扉からものすごく爽やかでいい匂いが流れ込んできた。その後、リーダーの神室さんをはじめとして、一期生二十人がみんな入ってくる。「小さくてかわいい子がいる」と誰かが言ったと思ったら「狭いからもう少し詰めて」という声も聞こえてレッスン場は賑やかな場になった。

「みんなすごい良いにおいがするね」

 ものおじしない美香が私に言うので、私もそう思ったが「静かにしていなさい」と言って口を押えた。
 最後に村雨部長が入ってきて何をしているんだ? と言う表情で私たちをみる。

「お前たち、これから喧嘩するわけじゃないんだから、そんな近くで向かいあって立つな。それじゃあ一期生は座ろうか」

 そう言って一期生を座らせた。

 一期生二十人が勢ぞろいで、高坂絵里奈もいる。それだけで私はうれしくて仕方がない。

「言うまでもないですが、彼女たちが二期生になります。これからはライバルでもあるかもしれないけど、その前に同じグループの仲間なので、それを忘れずに助け合って頑張ってほしい。それでは手前から自己紹介をしてもらいます」

 村雨部長に指をさされると手前にいた陽子から、「二十歳の二期生最年長です」と自己紹介をすると「おお。最年長でも二十歳か。そりゃ若いよね」とみんなが言っていた。
 順番に自己紹介をしていると朋子がまた泣いていたので、この子はいつも泣いてるなと思いながら、持っていたハンカチを渡してあげる。
 美香がもうすぐ十五才ですと自己紹介するとみんなから「可愛い」と言われていた。

「じゃあ、最後は相羽」

 大好きなヴァルコスマイルの一期生の前で緊張しないわけではないが、苦手な笑顔を精一杯作って自己紹介をした。

「相羽紗良です。十七才、高校二年生です。よろしくお願いします」

 そう言ったところで、一期生のみんなが「あの子が噂の」と言うのが聞こえてくる。
 どんな噂なんだ、だれがどういう噂を流しているんだと思ったが、村雨部長が二期生代表として抱負を言えと言ったので、そのことは記憶の隅に追いやることにした。

「何もわからないですが、これから多くのことを学んで、ヴァルコスマイルの二期生として恥ずかしくないように頑張りますので、よろしくお願いします」

 そう言うと二期生みんなで一斉に「宜しくお願いします」と言って頭を下げる。
 一期生のみんなから拍手が起こり、よく見ると自分以外の二期生のみんなが泣いていたので、「みんな、よかったね」と言って、せっかくだからしっかり見た方が良いのにと思いながら横にいる朋子と美香を撫でてあげる。
 そのあとみんなが帰っていくときに、一期生が手を振ってくれたので私は何か嬉しくて手を振り返していた。
 家に帰ってご飯の時に今日のレッスンでずっと踊っていたことや、一期生の人全員に会ったこと、すごくいい匂いがしたこと、みんなに手を振ったことをお母さんに話をした。
「グループに入れてよかったわね。迷惑をかけないように頑張らなきゃね」
 私の話を嬉しそうに聞いていたお母さんに言われて、「明日からもがんばるぞ」そう思った。
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