昨日、私を殺したのは私です

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第4話:誰も私を"前の私"として見ない

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翌朝、目を覚ますと部屋の様子が少し変わっていた。ドレッサーの上に、新しい服が何着か置かれている。すべて私のサイズだ。ベッドの脇には、小さな手提げバッグ。中を覗くと、化粧品や小物類が入っていた。

そして、一番驚いたのは、ドアが開いていることだ。
鍵はかけられていない。

恐る恐る廊下に一歩踏み出す。長い廊下の向こうから、コーヒーの香りが漂ってきた。誰かがキッチンにいるようだ。

リビングに足を踏み入れると、ヒナタがキッチンカウンターでコーヒーを淹れていた。

「おはようございます」
彼は私に気づくと、微笑んだ。「よく眠れましたか?」

「ええ…」私は警戒しながら答えた。「ドアが開いていたけど」

「今日は外出の予定です」ヒナタはカップを二つ用意しながら言った。「準備ができたら言ってください」

「外出?」
思わず声が上ずった。昨日までの監禁状態から一転して、外出を許可するなんて。

「どこに行くの?」

「あなたが望んでいたことです」ヒナタはコーヒーを注ぎながら言った。「真実を自分の目で確かめる。それには外に出るしかありません」

私の心臓が早鐘を打ち始めた。外の世界。私が死んだはずの世界に出る。そこで何が待っているのか。

「大丈夫です」彼は私の不安を察したように言った。「私が常に同行します。何かあれば、すぐに戻ってきます」

コーヒーを一口飲み、決意を固める。「行きます。準備するわ」

---

一時間後、私たちは黒いセダンに乗っていた。ヒナタが運転し、私は助手席に座っている。窓の外には東京の街並みが流れていく。見慣れた風景なのに、どこか他人事のように感じる。

「どこに行くの?」

「まずは、あなたが住んでいたマンションです」ヒナタは道路に集中しながら答えた。「それから、いつもの行きつけのカフェ。そして…」

「そして?」

「親友と会う約束をしています」

私の心臓が跳ねた。「親友?誰?」

「城戸さくらさんです。デザイン学校時代からの友人だと聞いています」

その名前に、かすかな記憶が呼び起こされた。黒縁メガネの笑顔。カフェでのおしゃべり。確かに親しかった人だ。

「彼女は…私の死を知っているの?」

「もちろん」ヒナタは言った。「葬儀にも参列しました」

「じゃあ、なぜ私に会えるの?混乱するでしょう」

ヒナタは一瞬、表情を曇らせた。「その点は心配いりません。対策を講じています」

どんな対策なのか聞こうとした矢先、車が止まった。

「着きました。あなたの住んでいたマンションです」

窓の外には、見覚えのある建物。白い外壁のモダンなマンション。私の記憶が少しずつ戻ってくる。このエントランス、このエレベーター、この廊下。全て見覚えがある。

「4階の402号室です」ヒナタが案内する。

鍵を取り出し、ドアを開ける。そこには私の部屋があった。シンプルで機能的なインテリア。白とグレーを基調としたモダンな空間。リビングの壁には私のデザイン作品がいくつか飾られている。

懐かしさに胸が詰まる。確かにここは私が住んでいた場所だ。身体が自然と冷蔵庫に向かう。開けると、いつも通りにヨーグルトとミネラルウォーターが並んでいる。

「なぜここにこれらがあるの?私が…死んだのなら、片付けられているはずでは?」

「このマンションは私たちが管理しています」ヒナタは言った。「全く同じ状態を保っているのです」

ベランダに足を運ぶ。ここから私は落ちたのか。下を覗き込むと、めまいがした。

「気分が悪くなりましたか?」ヒナタが心配そうに尋ねた。

「大丈夫…」私は深呼吸をした。「でも、なぜこの場所を見せるの?」

「記憶を取り戻す手助けになるかもしれないと思って」

静かに部屋を歩き回る。ベッドルームには私の服がきちんと掛けられている。デスクの上にはスケッチブックとペン。開いてみると、最後のデザイン案が半分完成した状態で残されている。

最後のページをめくると、そこには意味不明な言葉が走り書きされていた。

『彼らの言うことを信じるな。全ては嘘。昨日、私を殺したのは私ではない』

私の筆跡だ。しかし、遺書の内容とは真逆のメッセージ。

「これは…」

振り返るとヒナタが近づいてきて、スケッチブックを優しく取り上げた。

「まだ見せるべきではなかったかもしれません」彼は言った。「次の場所に行きましょう」

---

カフェ「アウローラ」。私がよく通っていた場所だという。
店内に入ると、懐かしい香りが鼻をくすぐった。コーヒーと焼き菓子の甘い香り。

「城ヶ崎さん?」
カウンターの向こうから、驚いた声が聞こえた。

細身の男性店員が目を丸くして私を見ていた。彼の名札には「田中」とある。

「久しぶり」私は恐る恐る言った。「覚えてる?」

彼は困惑した表情で首を傾げた。「すみません…どちら様でしょうか?」

一瞬、言葉につまった。「城ヶ崎優だけど…いつも来てたよ?」

店員は申し訳なさそうに笑った。「お客様は初めてお見かけします。でも、なぜか私の名前をご存知で…」

「ヒナタさん、どういうこと?」私は隣のヒナタに問いかけた。

「後で説明します」彼は小声で言った。いつもの席に案内してください」と店員に頼んだ。

窓際の席。私がいつも座っていた場所だ。テーブルに座りながら、私は混乱していた。なぜ店員は私を認識しないのか。毎週のように通っていたはずなのに。

カフェオレとチーズケーキが運ばれてきた。私の定番の注文だ。

「彼は私のことを覚えていないの?」

ヒナタはコーヒーをかき混ぜながら言った。「それが私たちの『対策』です」

「どういうこと?」

「詳しく説明するには時間が足りません。今は、次の目的地に向かいましょう」彼は立ち上がった。「さくらさんが待っています」

---

待ち合わせ場所は都内の静かな公園だった。ベンチに座る黒髪の女性。記憶の中のさくらだ。

彼女は私たちが近づくと立ち上がった。表情に警戒心が見える。

「さくら」思わず親しみを込めて呼びかけた。

彼女は眉をひそめた。「あなたが…城ヶ崎さん?」

「そうよ、私だよ。優」

彼女はヒナタを見た。「本当に彼女なの?」

「はい」ヒナタは頷いた。「説明した通りです」

さくらは私を上から下まで観察した。「信じられない…本当に似ている」

「似ている?」私は困惑した。「私は私よ」

「あなたは優じゃない」さくらはきっぱりと言った。「顔かたちは瓜二つだけど、私の友達の優は一週間前に亡くなった」

「記憶を失っているだけなの」私は必死に言った。「デザイン学校での思い出、覚えてる?あの厳しい田中先生のこととか、卒業制作で徹夜したことも」

さくらの表情が一瞬柔らかくなったが、すぐに硬さを取り戻した。

「よく調べたわね」彼女は冷たく言った。「でも、あなたは優じゃない。優はもういない」

「なぜ?なぜ私じゃないって言い切れるの?」

さくらはヒナタを見た。「説明してないの?」

「まだです」ヒナタは答えた。

「何を?」私は二人の間を見た。「何を隠しているの?」

さくらは大きく息を吸った。「私たちが話すのはここまでよ。優の記憶を汚さないで」

そして彼女は立ち去ろうとした。

「待って!」私は彼女の腕をつかんだ。「なぜ?私たちは親友だったでしょう?」

彼女の目に涙が浮かんだ。「だったわ。過去形よ」

彼女は私の手を振り払って、足早に去っていった。

---

次に会ったのは私の両親だった。地方から呼び寄せたという彼らも、私を見て愕然とした表情を浮かべた。

「まるで優そっくり…」母は震える声で言った。

「でも、娘ではない」父はきっぱりと言った。

私が子供の頃の思い出を語っても、彼らは「よく調べた」とだけ言った。
私の恋人だったという男性、雄大も、同じ反応だった。

「誰だ、お前は」彼は怒りを隠せなかった。「優を侮辱するのもいい加減にしろ」

一日中、私は「前の私」と関わりのあった人々と会った。
しかし誰一人として、私を本物の城ヶ崎優だと認めなかった。

---

夕暮れ時、車の中で私は黙り込んでいた。疲れ果て、混乱し、そして深く傷ついていた。

「なぜ…」声が震える。「なぜ誰も私を私だと思わないの?」

ヒナタは運転しながら静かに言った。「それが私が言いたかったことです。あなたは城ヶ崎優ではないのです」

「何?」私は激しく振り返った。「遺書も筆跡も、あれは全て私のものだった!」

「はい。城ヶ崎優のものでした」ヒナタは同意した。「しかし、あなたは彼女のコピーなのです」

「コピー?」

車が止まった。私たちは見知らぬ建物の前にいた。

「ここで全てを説明します」ヒナタは言った。「プロジェクト・リバースについて」

私たちはエレベーターで地下へと降りていった。そこには近未来的な研究施設があった。白衣の研究者たちが行き交っている。

最も奥の部屋に入ると、大きなガラスのケースがあった。そこには…私が横たわっていた。

同じ顔。同じ体。完全に同一の私。しかし、彼女は目を閉じ、多数の医療機器に繋がれている。

「彼女が本物の城ヶ崎優です」ヒナタは静かに言った。「マンションから転落後、一命を取り留めましたが、脳死状態です」

私は言葉を失った。ガラスに手を当て、もう一人の自分を見つめた。

「私は…」

「あなたは彼女の記憶と人格を基に作られた人工知能です」ヒナタは言った。「人間の意識をデジタル化する実験。城ヶ崎優の意識を保存し、身体を複製するプロジェクト」

「そんな…」

「あなたは彼女そのものではない。けれど、彼女の記憶と人格を持つ新しい存在です」

私の指がガラスケースを滑り落ちた。膝から崩れ落ちる。

「だから誰も、私を私だと思わない…」

私の声は空しく研究施設に響いた。
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