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2.攫われた片翼姫は黒翼の頭領に愛される
1.夜空を越えて
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飛び出した夜の空は、思っていたよりも静かだった。
王宮の灯りが遠ざかるにつれて、下界の喧騒は薄れ、風の音だけが耳元を掠めていく。
グレンの腕に抱えられたまま、私はしばらく目を閉じていた。
身体が浮いているという事実よりも、彼の胸の硬さと鼓動のほうがはっきりと感じられる。
まだ何もかもが信じられない。
けれど、私の身体は確かに、あの恐ろしい王宮から連れ出されていた。
翼族とは言え、こんな上空を飛ぶのは大変な筈だ。びゅうびゅうと耳元で強風が鳴っている。
グレンは慣れているのだろうか。
大翼で悠々と気流を掴んで更に高度を上げていく。
月明かりを受けて、羽根の一枚一枚が静かに光を返していた。
濡れたように美しい黒は、深い藍や紫を帯びて見える瞬間があり、夜空よりも鮮やかだと思った。
やがて、周囲に気配が増えた。
王宮から追手が来たのかもしれない、とびくっとする。
けれど、「大丈夫だ」と言われて、恐る恐る様子を窺った。
追いついてきたのは、黒い翼の人々だった。
私を抱くグレンの翼よりも、やや小ぶりなものもあれば、鋭く長いものもある。小さな翼が四枚ある人もいた。
男性も、女性もいる。皆、夜と同じ色の羽を広げ、慣れた様子で追いついてきて並走していた。
グレンの翼は、その中でもやはり一際大きい。
「頭領!」
ひとりの青年が、軽やかに高度を合わせながら声をかける。
その呼び名に、私は瞬きをする。
「追手はいません」
「王宮側はまだ混乱している様子。庭園方面に数名出ましたが、こちらまでは届きません」
今度は女性の声が届く。小さな四枚の翼を羽撃かせ、よく通る声が響いた。
報告は簡潔だが、どこか楽しげだ。
「お姫様の奪還作戦は成功です!」
「……そうか」
グレンの声は低いが、安堵が滲んでいた。
その間にも、周囲の黒い翼たちは、ちらちらとこちらを窺っていた。
好奇心を隠そうともしない視線が、私へ向けられる。
「そちらが、頭領のツガイのお姫様ですよね」
先程の女性が、くすりと笑いながら言う。
私は思わず顔を上げた。
王宮を出る前に彼の上着を着せ掛けてもらったから、私のみすぼらしい片翼はあらわにされていないけれど、視線に身が竦む。
彼は一瞬だけ私を見下ろし、それから抱き直すと周囲へ視線を向けた。
「あんまり見るな」
ぴしゃりとしたその一言に、周囲が静まる。
けれど次の瞬間、軽やかな笑いが広がった。
「頭領、露骨ですね」
「執着系だー!」
「独り占めする気満々じゃないですか」
空中で器用に距離を保ちながら、青年たちが肩を揺らす。
女性たちも、隠そうとせずに楽しげに笑う。
グレンは眉を寄せて辺りを見回した。
「違う。あまり不躾にじろじろ見てやるなと言いたいんだ」
「はいはい、分かりましたよ~」
私は顔が熱くなるのを感じた。
抱き込まれている姿勢も、まるで宝物のように囲われている状況も、全部が落ち着かない。
けれど同時に、胸の奥が温かい。
グレンが私の耳元に口を寄せて囁いた。
「皆、俺の仲間だ。……今度紹介する」
その声音はどこか柔らかい。
私は彼の胸元に顔を寄せ、小さく頷いた。
夜風が強くなる。高度がわずかに上がる。
王宮の灯りは、もはや遠くに小さく揺れているだけだ。
黒い翼たちはやがて隊列を整えて速度を更に上げ、ひとつの方へ向かっていく。
その中心で、私は彼の胸に抱かれながら、夜空を越えていった。
王宮の灯りが遠ざかるにつれて、下界の喧騒は薄れ、風の音だけが耳元を掠めていく。
グレンの腕に抱えられたまま、私はしばらく目を閉じていた。
身体が浮いているという事実よりも、彼の胸の硬さと鼓動のほうがはっきりと感じられる。
まだ何もかもが信じられない。
けれど、私の身体は確かに、あの恐ろしい王宮から連れ出されていた。
翼族とは言え、こんな上空を飛ぶのは大変な筈だ。びゅうびゅうと耳元で強風が鳴っている。
グレンは慣れているのだろうか。
大翼で悠々と気流を掴んで更に高度を上げていく。
月明かりを受けて、羽根の一枚一枚が静かに光を返していた。
濡れたように美しい黒は、深い藍や紫を帯びて見える瞬間があり、夜空よりも鮮やかだと思った。
やがて、周囲に気配が増えた。
王宮から追手が来たのかもしれない、とびくっとする。
けれど、「大丈夫だ」と言われて、恐る恐る様子を窺った。
追いついてきたのは、黒い翼の人々だった。
私を抱くグレンの翼よりも、やや小ぶりなものもあれば、鋭く長いものもある。小さな翼が四枚ある人もいた。
男性も、女性もいる。皆、夜と同じ色の羽を広げ、慣れた様子で追いついてきて並走していた。
グレンの翼は、その中でもやはり一際大きい。
「頭領!」
ひとりの青年が、軽やかに高度を合わせながら声をかける。
その呼び名に、私は瞬きをする。
「追手はいません」
「王宮側はまだ混乱している様子。庭園方面に数名出ましたが、こちらまでは届きません」
今度は女性の声が届く。小さな四枚の翼を羽撃かせ、よく通る声が響いた。
報告は簡潔だが、どこか楽しげだ。
「お姫様の奪還作戦は成功です!」
「……そうか」
グレンの声は低いが、安堵が滲んでいた。
その間にも、周囲の黒い翼たちは、ちらちらとこちらを窺っていた。
好奇心を隠そうともしない視線が、私へ向けられる。
「そちらが、頭領のツガイのお姫様ですよね」
先程の女性が、くすりと笑いながら言う。
私は思わず顔を上げた。
王宮を出る前に彼の上着を着せ掛けてもらったから、私のみすぼらしい片翼はあらわにされていないけれど、視線に身が竦む。
彼は一瞬だけ私を見下ろし、それから抱き直すと周囲へ視線を向けた。
「あんまり見るな」
ぴしゃりとしたその一言に、周囲が静まる。
けれど次の瞬間、軽やかな笑いが広がった。
「頭領、露骨ですね」
「執着系だー!」
「独り占めする気満々じゃないですか」
空中で器用に距離を保ちながら、青年たちが肩を揺らす。
女性たちも、隠そうとせずに楽しげに笑う。
グレンは眉を寄せて辺りを見回した。
「違う。あまり不躾にじろじろ見てやるなと言いたいんだ」
「はいはい、分かりましたよ~」
私は顔が熱くなるのを感じた。
抱き込まれている姿勢も、まるで宝物のように囲われている状況も、全部が落ち着かない。
けれど同時に、胸の奥が温かい。
グレンが私の耳元に口を寄せて囁いた。
「皆、俺の仲間だ。……今度紹介する」
その声音はどこか柔らかい。
私は彼の胸元に顔を寄せ、小さく頷いた。
夜風が強くなる。高度がわずかに上がる。
王宮の灯りは、もはや遠くに小さく揺れているだけだ。
黒い翼たちはやがて隊列を整えて速度を更に上げ、ひとつの方へ向かっていく。
その中心で、私は彼の胸に抱かれながら、夜空を越えていった。
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