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ほどけては結われる花々の章
幕間 理想
石造りの回廊は薄暗かった。
王宮の一角、謹慎中の第二王子にあてがわれた部屋の前で、ダリウスは静かに佇んでいた。
重い扉が開く音。
先に足を踏み入れたのはアルベルトだった。
ダリウスはその後に続く。
室内は簡素だった。
過度な装飾もなく、しかし囚人の部屋ほど粗末でもない。
王族として最低限の体裁だけが保たれている。
その中央、窓際にサイラスが立っていた。背を向けたまま、外の光を眺めている。
「……来ると思っていましたよ」
振り返らないまま、サイラスが言った。
声音は落ち着いているが、その平静さがかえって不自然だった。
アルベルトは一歩進み、言葉を探すように一瞬黙った。
「これでご満足ですか、兄上」
サイラスの言葉に、ダリウスはわずかに眉を寄せた。
挑発だ。だが、単なる強がりではない。そこには、長年積もり積もった何かがあった。
アルベルトは否定も肯定もせず、静かに息を吐いた。
「満足かどうかで言えば……そうではないよ」
サイラスが、ようやくこちらを見た。
その瞳に宿るのは、嘲りと、そして拭いきれない苛立ち。
「相変わらずだ。そうやって、正しい顔をして、全部分かっているみたいに振る舞う」
「分かっていなかったから、ここまで来てしまったんだろう」
歪んだ唇に、強い猜疑心を感じ取る。
歪んだ劣等感。正しさへの誤った嫉妬。
アルベルトは静かに弟を見た。
「僕たちは、仲良くは……なれなかったのかな」
「兄上は理想主義者でいらっしゃる」
アルベルトは問うた。
「君が僕を殺そうとしたのは、事実か?」
アルベルトの問いに、サイラスはほんのわずかに口角を上げた。
笑みというには苦く、あまりに疲れた表情だった。
数秒待って――アルベルトは、諦めたように溜め息をついた。
「そうか。わかったよ」
「……」
「サイラス。君はいつも僕を理想主義者だと笑ったけれど……きっと、理想なき王道はない」
その一言は鋭かった。
サイラスの表情が一瞬、揺れる。
「けれど、僕は望んだ王道を歩むことの困難も承知している。故に――君を王宮には置いておけない」
断罪でも宣告でもない。ただの事実として、アルベルトはそう言った。
サイラスは一瞬、目を細め、それから鼻で笑った。
「それで?」
「白の離宮へ移ってもらう。側妃様には、別の離宮をあてがおう」
その言葉の意味を、サイラスが理解しないはずがない。
名目は謹慎。実態は幽閉。王権の中心から切り離された牢獄。
「白の離宮」に送られた王族に待つ結末が、穏やかなものでないことは、よく知られていた。
沈黙。
そして、低く落とすような声。
「……お優しいことだ」
嘲りとも諦念ともつかない声音だった。
アルベルトは何も言い返さなかった。
傍らで控えていたダリウスは、その姿を見据えていた。
この場を見届けよとアルベルトに頼まれたことの意味を、受け止めながら。
王宮の一角、謹慎中の第二王子にあてがわれた部屋の前で、ダリウスは静かに佇んでいた。
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「分かっていなかったから、ここまで来てしまったんだろう」
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笑みというには苦く、あまりに疲れた表情だった。
数秒待って――アルベルトは、諦めたように溜め息をついた。
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「……」
「サイラス。君はいつも僕を理想主義者だと笑ったけれど……きっと、理想なき王道はない」
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沈黙。
そして、低く落とすような声。
「……お優しいことだ」
嘲りとも諦念ともつかない声音だった。
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