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第1章:辺境復興編
2話:結果で示す
セバスが帳簿を持って執務室に来たのは、グレンが去ってすぐのことだった。
「アイリス様、昨夜お渡しした分に加えて、もう二年分が見つかりました」
「ありがとう。座って」
セバスが向かいの椅子に腰を下ろす。グレンは部屋の隅に戻ってきて、壁に背を預けた。監視役らしく。
「セバス、この帳簿を作ったのは?」
「前の領主様の代官が——」
「数字が合ってない」
昨夜のうちに目を通した三年分。それに今朝の追加分。全部で五年分の帳簿を、机の上に並べる。
「ここ、物資の搬入記録。南部からの食料輸送が月に三回となってるけど、支出は五回分ついてる」
ページをめくる。
「こっちは鉱山の閉鎖費用。同じ金額が二回計上されてる。日付を変えただけ。それから、この『修繕費』——」
指で数字をなぞる。
「工事の記録がどこにもないのに、支出だけがある。つまり架空請求ね」
セバスが目を見開いた。
「今初めてご覧になったのに、なぜそこまで——」
「分かるのよ。そういう能力があるの」
嘘ではない。鑑定の副次効果で数字の不整合は一目で分かる。加えて、前世で十年近く帳簿と向き合ってきた勘がある。
数字を誤魔化す人間のやり方は、どの世界でも大して変わらない。
「まあ、過去の不正はいいわ。代官はもういないんでしょう?」
「はい。前の領主と共に去りました」
「なら追及しても意味がない。問題は今の状態よ」
帳簿を閉じて、白紙の紙を広げた。セバスの説明を聞きながら、領地の問題を書き出していく。
人口約三百人。ほとんどが老人と子供。若い労働力がいない。
主な産業なし。かつての鉱山は枯渇して閉鎖済み。
食料は南部からの輸送に頼っている。ただし道が悪く、雨が続くと途絶える。
税収はほぼゼロ。払える人間がそもそもいない。
全部繋がっている。
産業がないから収入がない。収入がないから道も直せない。道が悪いから食料が不安定。食料が不安定だから若い人間が出ていく。人がいないから産業も作れない。典型的な負のスパイラル。
前世でも見た。地方の中小企業が潰れていくときと同じ構造。どこか一箇所を断ち切らないと、全部が一緒に沈む。
「……アイリス様」
セバスが言いにくそうに口を開いた。
「正直に申し上げて、立て直すのは——」
「無理だと思ってる?」
「……はい」
正直な人だ。嫌いじゃない。
「前の領主様たちも、最初は意気込んでおられました。でも、皆すぐに諦めて去っていった。住民たちも、もう期待していないのです」
(そうでしょうね)
昨日の到着時、住民たちの目を思い出す。「また来たのか」という倦怠。期待を裏切られ続けた人間の目だ。
「セバス、あなたは何年ここにいるの?」
「二十三年になります」
「二十三年。ずっと一人で?」
「ほとんどは」
二十三年。領主が何人も来ては去り、住民が諦め、鉱山が閉じ、領地が痩せていく中で、この老人だけが残った。
潜在価値950。
あの数字の意味が、少し分かった気がする。
「山に行くわ。案内して」
「は——今からですか?」
「今からよ。帳簿は帰ってからでいい」
***
山道は険しかった。馬車どころか馬も無理。徒歩で登るしかない。
先頭はグレン。護衛として当然のように前に立った。
口は開かない。ただ黙々と歩く。
険しいとは聞いていたが、実際に歩くと想像以上だった。獣道のような細い道は途中で何度も途切れ、岩場を越える箇所もある。木の根が地面を這い回り、足を取られそうになる。
ただ、グレンの歩き方が妙に歩きやすかった。
振り返らない。声もかけない。けれど、ペースが私に合っている。速すぎず、遅すぎず。会ったばかりなのに、こちらの歩幅を把握しているような足取り。
時折、頭上に張り出した枝を片手で押さえて通り過ぎる。その動作に無駄がない。剣ではなく枝を払っているだけなのに、所作に訓練された人間の精度がある。
(元近衛、か)
辺境に飛ばされた騎士。理由は知らない。興味がないわけでもないけど、今は聞く場面じゃない。
足元が悪い箇所に差しかかった時だった。
濡れた岩の斜面。一歩踏み出そうとした瞬間、グレンの手が横から伸びてきて、私の腕の前で止まった。
「……滑ります」
それだけ言って、自分の足で石を踏み固めてから先に進んだ。手を貸すわけでもなく、振り返るわけでもなく。ただ、道を作った。
(……なんというか、徹底してるわね)
護衛として必要最低限のことだけを、無言でやる。それ以上の親切はしない。親切をしているつもりもないのだろう。
一時間ほど登ったところで、私は足を止めた。
目の前の茂みの向こうに、数字が見えたからだ。
「……ここね」
茂みをかき分ける。枝が頬を掠めた。構わず進む。
その先に広がっていたのは——青みがかった葉をつける薬草の群生地だった。山の斜面の窪地に、びっしりと。冷たい空気の中で、かすかに薬のような香りがする。
セバスが息を呑んだ。
「レムリア草ではありませんか……!」
「知ってるの?」
「高級な傷薬の原料です。王都では、ひと束で金貨三枚は……いえ、これだけの群生地なら、もっと」
金貨三枚。帳簿で見た数字と照らし合わせる。アーレン領の年間食料輸送費が金貨約四十枚。この群生地を適切に採取・管理すれば——。
鑑定する。
【レムリア草群生地】
現在価値:0
潜在価値:1800
現在価値ゼロ。未発見だから。誰も知らない資源に現在価値はつかない。
でも潜在価値1,800。この荒れ地で、この数字。
「なぜ今まで気づかなかったの?」
「道が険しくて……前の領主様たちは、現地を見ようともされませんでしたから」
(現地を見ない経営者か。前世でもよくいた)
数字だけ見て、現場を知らない上司。報告書の行間を読まない経営者。決裁だけして椅子に座っている管理職。
結局、足を運ばなければ見えないものがある。帳簿だけでも、現場だけでもだめ。両方見ないと。
「セバス、この群生地の範囲を確認したいの。あとどれくらい広がってるか分かる?」
「いえ、ここまで来たのは私も初めてで——」
「なら調べましょう。採取するにしても、根こそぎ取ったら終わりだから。持続的に採れる量を見極めないと」
セバスが目を瞬かせた。
「持続的に」という言葉が、この老執事には珍しかったのかもしれない。前の領主たちは「取れるだけ取って、なくなったら終わり」だったのだろう。
私たちは群生地の周囲を歩いた。グレンが先導して安全を確認し、私とセバスが範囲を見て回る。窪地を中心に、思ったより広い。山の北側斜面に沿って、点々と群落が続いている。
「これだけあれば、採取量を制限しても十分な収入になるわ」
頭の中で数字が回り始める。
月あたりの採取可能量。輸送にかかる人手と日数。買い手の確保。利益率。
前世の棚卸しみたいなものだ。まず資産を洗い出して、使えるものを現金化する。経営の基本。
「戻りましょう。住民を集めたいの」
***
夕方、領地の広場に住民を集めた。
三百人全員ではない。足が悪い者や、そもそも興味がない者もいる。集まったのは五十人ほど。それでも、小さな広場がいっぱいになるくらいの人数だ。
私は彼らの前に立った。
疲れた顔。無関心な目。腕を組んで斜に構える男。赤ん坊を抱いた若い母親。杖をついた老人たち。
(前世でもこういう場面があった。業績が悪化した部署の前で話をする時。聞いてるふりをして、何も期待していない目)
「明日から、薬草の採取を始めます。北の山に、レムリア草の群生地が見つかりました」
反応は薄い。レムリア草が何なのか知らない者もいるだろう。
「レムリア草は高級な傷薬の原料です。王都では一束で金貨三枚の値がつく。この領地には売れるだけの量があります」
少しざわめいた。金貨三枚という数字が、現実味を持ったらしい。
「採取と運搬を手伝ってくれる人を募ります。参加した方には日当を払います」
沈黙。
「……また新しい領主か」
男の一人が言った。腕を組んだまま、こちらを見ようともしない。
「今度はいつまでもつんだ?」
「前の奴は三ヶ月で逃げたぞ」
「どうせ口だけだろ」
次々と声が上がる。敵意というよりは、諦めだった。裏切られ慣れた人間の声。期待するだけ損だと知っている声。
その中で、一人の老婆が前に出た。
杖をつき、腰は曲がっているが、目に力がある。セバスと同じ種類の目だ。
「お嬢。一つ聞いていいかい」
「どうぞ」
「証拠を見せてくれ」
老婆はまっすぐ私を見た。
「言葉はいらない。前の連中もみんな、いいことを言った。立て直すと言った。希望を見せると言った。でも、誰一人、形にしなかった」
広場が静まった。
「だから言葉はいい。証拠を見せてくれ。この土地で金が生まれるっていう、証拠を。そしたら信じてやる」
沈黙が落ちた。
住民たちの目が、私に集まっている。
前世の記憶がよぎった。内部告発の時。データを揃えて、論理的に説明して。それでも握り潰された。「証拠を見せろ」と言われて見せたのに、見なかったことにされた。
でも今は違う。
ここには、握り潰す上司はいない。見なかったことにする会社もない。
数字を出せば、数字が語る。
「——一週間待って」
老婆の目を見て言った。
「一週間で、結果を出す。金貨をこの手で見せる。それで判断して」
老婆は長い間、私を見つめていた。
「……ふん」
背を向けて去っていく。
それを合図にしたように、住民たちも三々五々散り始めた。残ったのは数人。セバスが申し訳なさそうな顔をしている。
「アイリス様、申し訳ございません。住民たちは——」
「いいのよ。当然の反応だもの」
広場の隅に目をやる。
グレンが壁に寄りかかって腕を組んでいた。興味なさそうに見える。ただ、目線が私ではなく住民たちの方を向いていることに気づいた。
アイリスに向けた視線ではない。広場の出入口、人の動き、死角になる路地。脅威がどこから来るかを見ている目だ。
(……護衛の仕事は、ちゃんとしてるのね)
無愛想で口も利かないけれど、やるべきことはやっている。700の現在価値は伊達じゃないということか。
「セバス」
「はい」
「明日から忙しくなるわよ。まずは採取ルートの整備。山道に最低限の道を作る。それから——」
夕日が、荒れた領地を赤く染めていた。
灰色だった景色に、ほんの少しだけ色がついた。
一週間。
言葉じゃなくて、数字で証明する。
前世でできなかったことを、今度こそ。
「アイリス様、昨夜お渡しした分に加えて、もう二年分が見つかりました」
「ありがとう。座って」
セバスが向かいの椅子に腰を下ろす。グレンは部屋の隅に戻ってきて、壁に背を預けた。監視役らしく。
「セバス、この帳簿を作ったのは?」
「前の領主様の代官が——」
「数字が合ってない」
昨夜のうちに目を通した三年分。それに今朝の追加分。全部で五年分の帳簿を、机の上に並べる。
「ここ、物資の搬入記録。南部からの食料輸送が月に三回となってるけど、支出は五回分ついてる」
ページをめくる。
「こっちは鉱山の閉鎖費用。同じ金額が二回計上されてる。日付を変えただけ。それから、この『修繕費』——」
指で数字をなぞる。
「工事の記録がどこにもないのに、支出だけがある。つまり架空請求ね」
セバスが目を見開いた。
「今初めてご覧になったのに、なぜそこまで——」
「分かるのよ。そういう能力があるの」
嘘ではない。鑑定の副次効果で数字の不整合は一目で分かる。加えて、前世で十年近く帳簿と向き合ってきた勘がある。
数字を誤魔化す人間のやり方は、どの世界でも大して変わらない。
「まあ、過去の不正はいいわ。代官はもういないんでしょう?」
「はい。前の領主と共に去りました」
「なら追及しても意味がない。問題は今の状態よ」
帳簿を閉じて、白紙の紙を広げた。セバスの説明を聞きながら、領地の問題を書き出していく。
人口約三百人。ほとんどが老人と子供。若い労働力がいない。
主な産業なし。かつての鉱山は枯渇して閉鎖済み。
食料は南部からの輸送に頼っている。ただし道が悪く、雨が続くと途絶える。
税収はほぼゼロ。払える人間がそもそもいない。
全部繋がっている。
産業がないから収入がない。収入がないから道も直せない。道が悪いから食料が不安定。食料が不安定だから若い人間が出ていく。人がいないから産業も作れない。典型的な負のスパイラル。
前世でも見た。地方の中小企業が潰れていくときと同じ構造。どこか一箇所を断ち切らないと、全部が一緒に沈む。
「……アイリス様」
セバスが言いにくそうに口を開いた。
「正直に申し上げて、立て直すのは——」
「無理だと思ってる?」
「……はい」
正直な人だ。嫌いじゃない。
「前の領主様たちも、最初は意気込んでおられました。でも、皆すぐに諦めて去っていった。住民たちも、もう期待していないのです」
(そうでしょうね)
昨日の到着時、住民たちの目を思い出す。「また来たのか」という倦怠。期待を裏切られ続けた人間の目だ。
「セバス、あなたは何年ここにいるの?」
「二十三年になります」
「二十三年。ずっと一人で?」
「ほとんどは」
二十三年。領主が何人も来ては去り、住民が諦め、鉱山が閉じ、領地が痩せていく中で、この老人だけが残った。
潜在価値950。
あの数字の意味が、少し分かった気がする。
「山に行くわ。案内して」
「は——今からですか?」
「今からよ。帳簿は帰ってからでいい」
***
山道は険しかった。馬車どころか馬も無理。徒歩で登るしかない。
先頭はグレン。護衛として当然のように前に立った。
口は開かない。ただ黙々と歩く。
険しいとは聞いていたが、実際に歩くと想像以上だった。獣道のような細い道は途中で何度も途切れ、岩場を越える箇所もある。木の根が地面を這い回り、足を取られそうになる。
ただ、グレンの歩き方が妙に歩きやすかった。
振り返らない。声もかけない。けれど、ペースが私に合っている。速すぎず、遅すぎず。会ったばかりなのに、こちらの歩幅を把握しているような足取り。
時折、頭上に張り出した枝を片手で押さえて通り過ぎる。その動作に無駄がない。剣ではなく枝を払っているだけなのに、所作に訓練された人間の精度がある。
(元近衛、か)
辺境に飛ばされた騎士。理由は知らない。興味がないわけでもないけど、今は聞く場面じゃない。
足元が悪い箇所に差しかかった時だった。
濡れた岩の斜面。一歩踏み出そうとした瞬間、グレンの手が横から伸びてきて、私の腕の前で止まった。
「……滑ります」
それだけ言って、自分の足で石を踏み固めてから先に進んだ。手を貸すわけでもなく、振り返るわけでもなく。ただ、道を作った。
(……なんというか、徹底してるわね)
護衛として必要最低限のことだけを、無言でやる。それ以上の親切はしない。親切をしているつもりもないのだろう。
一時間ほど登ったところで、私は足を止めた。
目の前の茂みの向こうに、数字が見えたからだ。
「……ここね」
茂みをかき分ける。枝が頬を掠めた。構わず進む。
その先に広がっていたのは——青みがかった葉をつける薬草の群生地だった。山の斜面の窪地に、びっしりと。冷たい空気の中で、かすかに薬のような香りがする。
セバスが息を呑んだ。
「レムリア草ではありませんか……!」
「知ってるの?」
「高級な傷薬の原料です。王都では、ひと束で金貨三枚は……いえ、これだけの群生地なら、もっと」
金貨三枚。帳簿で見た数字と照らし合わせる。アーレン領の年間食料輸送費が金貨約四十枚。この群生地を適切に採取・管理すれば——。
鑑定する。
【レムリア草群生地】
現在価値:0
潜在価値:1800
現在価値ゼロ。未発見だから。誰も知らない資源に現在価値はつかない。
でも潜在価値1,800。この荒れ地で、この数字。
「なぜ今まで気づかなかったの?」
「道が険しくて……前の領主様たちは、現地を見ようともされませんでしたから」
(現地を見ない経営者か。前世でもよくいた)
数字だけ見て、現場を知らない上司。報告書の行間を読まない経営者。決裁だけして椅子に座っている管理職。
結局、足を運ばなければ見えないものがある。帳簿だけでも、現場だけでもだめ。両方見ないと。
「セバス、この群生地の範囲を確認したいの。あとどれくらい広がってるか分かる?」
「いえ、ここまで来たのは私も初めてで——」
「なら調べましょう。採取するにしても、根こそぎ取ったら終わりだから。持続的に採れる量を見極めないと」
セバスが目を瞬かせた。
「持続的に」という言葉が、この老執事には珍しかったのかもしれない。前の領主たちは「取れるだけ取って、なくなったら終わり」だったのだろう。
私たちは群生地の周囲を歩いた。グレンが先導して安全を確認し、私とセバスが範囲を見て回る。窪地を中心に、思ったより広い。山の北側斜面に沿って、点々と群落が続いている。
「これだけあれば、採取量を制限しても十分な収入になるわ」
頭の中で数字が回り始める。
月あたりの採取可能量。輸送にかかる人手と日数。買い手の確保。利益率。
前世の棚卸しみたいなものだ。まず資産を洗い出して、使えるものを現金化する。経営の基本。
「戻りましょう。住民を集めたいの」
***
夕方、領地の広場に住民を集めた。
三百人全員ではない。足が悪い者や、そもそも興味がない者もいる。集まったのは五十人ほど。それでも、小さな広場がいっぱいになるくらいの人数だ。
私は彼らの前に立った。
疲れた顔。無関心な目。腕を組んで斜に構える男。赤ん坊を抱いた若い母親。杖をついた老人たち。
(前世でもこういう場面があった。業績が悪化した部署の前で話をする時。聞いてるふりをして、何も期待していない目)
「明日から、薬草の採取を始めます。北の山に、レムリア草の群生地が見つかりました」
反応は薄い。レムリア草が何なのか知らない者もいるだろう。
「レムリア草は高級な傷薬の原料です。王都では一束で金貨三枚の値がつく。この領地には売れるだけの量があります」
少しざわめいた。金貨三枚という数字が、現実味を持ったらしい。
「採取と運搬を手伝ってくれる人を募ります。参加した方には日当を払います」
沈黙。
「……また新しい領主か」
男の一人が言った。腕を組んだまま、こちらを見ようともしない。
「今度はいつまでもつんだ?」
「前の奴は三ヶ月で逃げたぞ」
「どうせ口だけだろ」
次々と声が上がる。敵意というよりは、諦めだった。裏切られ慣れた人間の声。期待するだけ損だと知っている声。
その中で、一人の老婆が前に出た。
杖をつき、腰は曲がっているが、目に力がある。セバスと同じ種類の目だ。
「お嬢。一つ聞いていいかい」
「どうぞ」
「証拠を見せてくれ」
老婆はまっすぐ私を見た。
「言葉はいらない。前の連中もみんな、いいことを言った。立て直すと言った。希望を見せると言った。でも、誰一人、形にしなかった」
広場が静まった。
「だから言葉はいい。証拠を見せてくれ。この土地で金が生まれるっていう、証拠を。そしたら信じてやる」
沈黙が落ちた。
住民たちの目が、私に集まっている。
前世の記憶がよぎった。内部告発の時。データを揃えて、論理的に説明して。それでも握り潰された。「証拠を見せろ」と言われて見せたのに、見なかったことにされた。
でも今は違う。
ここには、握り潰す上司はいない。見なかったことにする会社もない。
数字を出せば、数字が語る。
「——一週間待って」
老婆の目を見て言った。
「一週間で、結果を出す。金貨をこの手で見せる。それで判断して」
老婆は長い間、私を見つめていた。
「……ふん」
背を向けて去っていく。
それを合図にしたように、住民たちも三々五々散り始めた。残ったのは数人。セバスが申し訳なさそうな顔をしている。
「アイリス様、申し訳ございません。住民たちは——」
「いいのよ。当然の反応だもの」
広場の隅に目をやる。
グレンが壁に寄りかかって腕を組んでいた。興味なさそうに見える。ただ、目線が私ではなく住民たちの方を向いていることに気づいた。
アイリスに向けた視線ではない。広場の出入口、人の動き、死角になる路地。脅威がどこから来るかを見ている目だ。
(……護衛の仕事は、ちゃんとしてるのね)
無愛想で口も利かないけれど、やるべきことはやっている。700の現在価値は伊達じゃないということか。
「セバス」
「はい」
「明日から忙しくなるわよ。まずは採取ルートの整備。山道に最低限の道を作る。それから——」
夕日が、荒れた領地を赤く染めていた。
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