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第2章:王都謀略編
23話:適正な配分
ブルクハルト商会は王都の商業区の中程にあった。
看板は立派だ。石造りの二階建てで、入口の扉に金の商会紋が嵌めてある。繁盛している。少なくとも外からはそう見える。
何気なく鑑定した。
【ブルクハルト商会】
現在価値:2,100
潜在価値:500
(……まあ、そうよね)
受付で名乗ると、しばらく待たされてから応接室に通された。
商会主が出てきた。四十代の小太りの男。上等な服を着て、顔に愛想のいい笑みを張りつけている。
【ブルクハルト商会主】
現在価値:300
潜在価値:600
(300、これなら大丈夫そうね)
「これはこれは、遠路はるばる。アーレン領の領主様でしたか。して、ご用件は」
「城壁修繕の事業がおかしいんです!」
商会主が目を丸くした。
「城壁の修繕事業です。あなたの商会が元請けですよね。あれ、おかしいです。おかしいところがたくさんあります」
「……穏やかじゃありませんな。具体的に何がおかしいと?」
「まず素材です! 城壁に使われてる石がおかしいんです。専門家を連れてきましたので、説明させます」
グレンが一歩前に出た。
「城壁に使われている石材を確認しました」
低い声。余計な言葉がない。
「城壁用の等級であれば、密度が高く、表面は滑らかになります。しかし現在使われている素材は目が粗く、重量も足りない」
「端材を用いて強度を確認しました。刃物の一撃で亀裂が生じた。城壁用の等級であれば、こうはなりません」
言い切って、黙った。
商会主の笑みが消えていた。一瞬だけ。すぐに作り直したが、その一瞬を見逃すほど私の目は節穴じゃない。
(知ってるのね、この人。素材のこと)
「……なるほど。ただ、石材には産地による違いがございましてね、北方の——」
「北方の石材であれば、なおさら密度は高いはずです」
グレンが遮った。
商会主の喉が動いた。それから、咳払いを一つ。
「まあ、確認はいたしましょう。ええ、確認はいたします。——それで、他には?」
早い。素材の話を切り上げたがっている。
(いいわよ、乗ってあげる)
「もう一つあるんです」
「はあ」
「私、辺境ですけど一応領主をやっていますので、大工の相場くらいは分かるんです。それで思ったんですけど、安い素材を使って、大工の人件費もそこまで高くないはずですよね。それなのに王都じゃ立派な事業って評判になってるのが、おかしいなって」
商会主の口元が緩んだ。
「いやいや、お嬢さん」
声のトーンが変わった。さっきとは別人みたいに軽い。
「辺境の感覚で王都を語られても困りますよ。公共事業のコストは人件費だけじゃないんです。素材の調達、輸送、管理費、職人の宿泊費。辺境の小さな仕事とは規模が違う。失礼ですが、ご存知ないでしょう」
(食いついた)
「でも、素材が安物なら——」
「素材のことはまだ確認が取れておりません。それに仮にいくらか問題があったとしても、事業全体の話は別です。うちは王室からお預かりした事業を、誠実に遂行しておりますよ」
「それなら帳簿を見せてくださいよ! 帳簿を見れば分かるじゃないですか!」
商会主が鼻で笑った。
「帳簿、ですか。辺境の領主様が帳簿を見たところで、何がお分かりになるんです」
「私、帳簿くらい読めます! 領主ですから!」
「……まあ、そこまで仰るなら。お見せしましょう」
立ち上がった。部屋を出て、すぐに戻ってきた。一冊の帳簿を持って。机の上に開いて見せた。
「ご覧ください。大工への支払い、素材の調達、全てここに。ちゃんと払っておりますよ。辺境とは規模が違う、ということがお分かりいただけるかと」
(出した)
覗き込んだ。大工への支払い欄。
(——高い。現場で聞いた額より、ずっと高い)
帳簿上は、大工に十分な給金を払っていることになっている。
「なるほど。確かにうちの領地よりずっと高いですね」
間を置いた。
「——でも」
懐から、給与明細の写しを出した。
「これ、現場の大工から直接もらった給与明細です。ブルクハルト商会の判が押してあります」
机の上に並べた。帳簿の数字と、給与明細の数字。
「帳簿ではこの額を払ってることになってますけど、実際に大工が受け取ってるのはこの額です。差がありますよね」
商会主の笑みが消えた。
帳簿と明細を見比べて、目が泳いだ。
「あ、ああ——これは失礼。間違えました」
声が上ずっている。
「これは別の事業の帳簿でして。田舎の仕事のものが紛れ込んだようです」
帳簿を引っ込めた。また部屋を出る。今度は時間がかかった。
戻ってきた時、額に薄く汗が浮いていた。手に別の帳簿。
「こちらが正しい帳簿です。お恥ずかしい、書類の管理が行き届かず」
開いて見せた。大工への支払い額が下がっている。給与明細に近い額。代わりに国庫からの発注額が下がっていた。
「ほら、ご覧の通り。適正に配分しております」
口元が引きつっている。
「田舎のお嬢さんの見間違いだったでしょう——」
懐から、最後の一枚。
「これ、監査院で入手した城壁修繕事業の発注記録です。公開情報なので、どなたでもご覧になれます」
机に置いた。
「国庫からブルクハルト商会への発注額が、ここに書いてあります。今の帳簿の金額と、合ってないんですけど」
商会主の顔から色が引いた。
「最初の帳簿は大工への支払いが実態と合わない。二冊目は国庫からの発注額が実態と合わない」
「どちらが本物ですか?」
答えない。目が机の上を行き来している。
「帳簿が二冊ある時点で、もう説明つかないですよね」
「……あなた、何者だ」
「アーレン領の領主です。最初に名乗りましたけど」
「辺境の追放令嬢が、何の権限があって——」
「権限はありません。帳簿を見せてくださったのはあなたです。二冊とも」
商会主が椅子から立ち上がった。顔が赤い。
机の上に手を伸ばした。帳簿を取り返そうとしている。
「返せ——!」
グレンが動いた。
速かった。手首を掴んで、ひねり上げて、机に押さえつけた。
うめき声。暴れようとするが、グレンの手はびくともしない。
「護衛ですから」
静かな声だった。
商会主の抵抗が弱まった。グレンが首筋に手を当てる。目が閉じた。崩れ落ちた。
「……手慣れてるわね」
「元近衛ですから」
帳簿二冊と発注記録と給与明細を回収した。全部ある。
この二冊はどちらも表向きの帳簿だ。本当の数字はもっと奥にあるはず。
「グレン、この人見張ってて。中を調べてくる」
「はい」
商会主の執務室に向かった。本物の帳簿がどこかにある。
看板は立派だ。石造りの二階建てで、入口の扉に金の商会紋が嵌めてある。繁盛している。少なくとも外からはそう見える。
何気なく鑑定した。
【ブルクハルト商会】
現在価値:2,100
潜在価値:500
(……まあ、そうよね)
受付で名乗ると、しばらく待たされてから応接室に通された。
商会主が出てきた。四十代の小太りの男。上等な服を着て、顔に愛想のいい笑みを張りつけている。
【ブルクハルト商会主】
現在価値:300
潜在価値:600
(300、これなら大丈夫そうね)
「これはこれは、遠路はるばる。アーレン領の領主様でしたか。して、ご用件は」
「城壁修繕の事業がおかしいんです!」
商会主が目を丸くした。
「城壁の修繕事業です。あなたの商会が元請けですよね。あれ、おかしいです。おかしいところがたくさんあります」
「……穏やかじゃありませんな。具体的に何がおかしいと?」
「まず素材です! 城壁に使われてる石がおかしいんです。専門家を連れてきましたので、説明させます」
グレンが一歩前に出た。
「城壁に使われている石材を確認しました」
低い声。余計な言葉がない。
「城壁用の等級であれば、密度が高く、表面は滑らかになります。しかし現在使われている素材は目が粗く、重量も足りない」
「端材を用いて強度を確認しました。刃物の一撃で亀裂が生じた。城壁用の等級であれば、こうはなりません」
言い切って、黙った。
商会主の笑みが消えていた。一瞬だけ。すぐに作り直したが、その一瞬を見逃すほど私の目は節穴じゃない。
(知ってるのね、この人。素材のこと)
「……なるほど。ただ、石材には産地による違いがございましてね、北方の——」
「北方の石材であれば、なおさら密度は高いはずです」
グレンが遮った。
商会主の喉が動いた。それから、咳払いを一つ。
「まあ、確認はいたしましょう。ええ、確認はいたします。——それで、他には?」
早い。素材の話を切り上げたがっている。
(いいわよ、乗ってあげる)
「もう一つあるんです」
「はあ」
「私、辺境ですけど一応領主をやっていますので、大工の相場くらいは分かるんです。それで思ったんですけど、安い素材を使って、大工の人件費もそこまで高くないはずですよね。それなのに王都じゃ立派な事業って評判になってるのが、おかしいなって」
商会主の口元が緩んだ。
「いやいや、お嬢さん」
声のトーンが変わった。さっきとは別人みたいに軽い。
「辺境の感覚で王都を語られても困りますよ。公共事業のコストは人件費だけじゃないんです。素材の調達、輸送、管理費、職人の宿泊費。辺境の小さな仕事とは規模が違う。失礼ですが、ご存知ないでしょう」
(食いついた)
「でも、素材が安物なら——」
「素材のことはまだ確認が取れておりません。それに仮にいくらか問題があったとしても、事業全体の話は別です。うちは王室からお預かりした事業を、誠実に遂行しておりますよ」
「それなら帳簿を見せてくださいよ! 帳簿を見れば分かるじゃないですか!」
商会主が鼻で笑った。
「帳簿、ですか。辺境の領主様が帳簿を見たところで、何がお分かりになるんです」
「私、帳簿くらい読めます! 領主ですから!」
「……まあ、そこまで仰るなら。お見せしましょう」
立ち上がった。部屋を出て、すぐに戻ってきた。一冊の帳簿を持って。机の上に開いて見せた。
「ご覧ください。大工への支払い、素材の調達、全てここに。ちゃんと払っておりますよ。辺境とは規模が違う、ということがお分かりいただけるかと」
(出した)
覗き込んだ。大工への支払い欄。
(——高い。現場で聞いた額より、ずっと高い)
帳簿上は、大工に十分な給金を払っていることになっている。
「なるほど。確かにうちの領地よりずっと高いですね」
間を置いた。
「——でも」
懐から、給与明細の写しを出した。
「これ、現場の大工から直接もらった給与明細です。ブルクハルト商会の判が押してあります」
机の上に並べた。帳簿の数字と、給与明細の数字。
「帳簿ではこの額を払ってることになってますけど、実際に大工が受け取ってるのはこの額です。差がありますよね」
商会主の笑みが消えた。
帳簿と明細を見比べて、目が泳いだ。
「あ、ああ——これは失礼。間違えました」
声が上ずっている。
「これは別の事業の帳簿でして。田舎の仕事のものが紛れ込んだようです」
帳簿を引っ込めた。また部屋を出る。今度は時間がかかった。
戻ってきた時、額に薄く汗が浮いていた。手に別の帳簿。
「こちらが正しい帳簿です。お恥ずかしい、書類の管理が行き届かず」
開いて見せた。大工への支払い額が下がっている。給与明細に近い額。代わりに国庫からの発注額が下がっていた。
「ほら、ご覧の通り。適正に配分しております」
口元が引きつっている。
「田舎のお嬢さんの見間違いだったでしょう——」
懐から、最後の一枚。
「これ、監査院で入手した城壁修繕事業の発注記録です。公開情報なので、どなたでもご覧になれます」
机に置いた。
「国庫からブルクハルト商会への発注額が、ここに書いてあります。今の帳簿の金額と、合ってないんですけど」
商会主の顔から色が引いた。
「最初の帳簿は大工への支払いが実態と合わない。二冊目は国庫からの発注額が実態と合わない」
「どちらが本物ですか?」
答えない。目が机の上を行き来している。
「帳簿が二冊ある時点で、もう説明つかないですよね」
「……あなた、何者だ」
「アーレン領の領主です。最初に名乗りましたけど」
「辺境の追放令嬢が、何の権限があって——」
「権限はありません。帳簿を見せてくださったのはあなたです。二冊とも」
商会主が椅子から立ち上がった。顔が赤い。
机の上に手を伸ばした。帳簿を取り返そうとしている。
「返せ——!」
グレンが動いた。
速かった。手首を掴んで、ひねり上げて、机に押さえつけた。
うめき声。暴れようとするが、グレンの手はびくともしない。
「護衛ですから」
静かな声だった。
商会主の抵抗が弱まった。グレンが首筋に手を当てる。目が閉じた。崩れ落ちた。
「……手慣れてるわね」
「元近衛ですから」
帳簿二冊と発注記録と給与明細を回収した。全部ある。
この二冊はどちらも表向きの帳簿だ。本当の数字はもっと奥にあるはず。
「グレン、この人見張ってて。中を調べてくる」
「はい」
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