【完結】帳簿令嬢の答え合わせ ~その不正、すべて帳簿が覚えています~

Lihito

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第2章:王都謀略編

25話:灯りがまた増える

城壁の現場に着くと、ルッツが足場の上にいた。

手を振った。ルッツが気づいて、足場を降りてきた。

「お姉さん。また来たんですか」

「約束したでしょう。——少し話せる?」

休憩所の隅に移動した。昨日のベテランが遠くからこっちを見ている。

「単刀直入に言うわね。うちの領地で働かない?」

「え」

「アーレン領で大工が必要なの。ただし、ここでやってたような仕事とは違う」

「違う、っていうと」

「今うちの領地は人口が増えてて、インフラが追いついてない。道の拡張、倉庫の建設、住居の修繕。全部やらなきゃいけないんだけど、私は帳簿の人間であって建物のことは分からない。だから、どこから手をつけるか、何をどういう順番で建てるか、そこから考えてくれる人が欲しいの」

ルッツが目を瞬いた。

「それって、言われた通りに建てるんじゃなくて——」

「自分で計画を立てて、自分で回してもらう。もちろん予算は私が出すし、帳簿で管理もする。でも現場のことは任せたい」

「……俺にそんな」

「条件を言うわね。給金は月でこれだけ」

数字を出した。ルッツの目が少し大きくなった。

「これ、今の倍以上ですけど」

「その分働いてもらうから。計画立てて、資材を選んで、人を動かして。ただ石を積むだけの仕事じゃない。大変よ」

ルッツが黙った。笑っていない。初めて見る真剣な顔だった。

「……親方には、世話になったんです」

「うん」

「王室の仕事に関われるのはありがたいって、ずっと思ってました」

「うん」

「でも」

ルッツが自分の手を見た。大きくて、日焼けして、石の粉がこびりついている手。

「……俺の石、割れたんですよね。お姉さんの人が叩いたら」

「割れた」

「あれ、俺が積んだやつかもしれない。自分で積んだ石が剣で割れるって、職人として結構きついっすよ」

笑った。でもいつもの笑い方じゃなかった。

「アーレン領では、ちゃんとした素材を使うんですか」

「当たり前よ。帳簿は私が管理するから、変なものは絶対に入れない。あなたは素材を選ぶ側に回って」

「……行きます」

「いいの? もう少し考えても」

「考えました。お姉さんが最初に来た日からずっと」

ルッツが立ち上がった。

「他の連中にも声かけていいですか。行きたいってやつ、いると思うんで」

「もちろん。ただ、うちの領地の規模だと三人か四人が限度よ」

ルッツが現場のほうに歩いていった。職人たちに話している。しばらくして、二人連れて戻ってきた。ベテランと、もう一人若い男。

「こいつらも行きたいって」

ベテランが頭を掻いた。

「嬢ちゃんとこ、飯は美味いのか」

「セバスの焼き菓子は美味しいわよ」

「焼き菓子かよ」

「冗談。ご飯もちゃんと出る」

ベテランが鼻を鳴らした。でも目は笑っている。
もう一人の若い男は黙って頭を下げた。口下手な子らしい。

三人。十分だ。

「それで、出発なんだけど。私はもう少し王都に残るから、先に行ってもらっていい?」

「残るんですか?」

「アーレン領を流通の拠点にしたくて、取引先をいくつか回っておきたいの。——ルッツ、これ」

紹介状を書いた。セバス宛。

「うちの執事にこれを渡して。住居と仕事場の段取りをしてくれるから。あの人に任せておけば大丈夫」

「お姉さんがいなくて大丈夫なんですか」

「セバスがいれば大丈夫よ。むしろ私より段取りは上手い」

ルッツが紹介状を受け取った。大事そうに懐にしまう。

「三日後の朝、東門に集合。そこから北に向かえばアーレン領に着く。道は——まあ、分かるわよね。大工でしょう」

「道くらい分かりますよ」

ルッツが笑った。今度はいつもの笑い方だった。

現場を離れた。グレンが隣を歩いている。

(あの子を連れ出すことはできなかった。でも、今回は——)

それだけ思って、やめた。今はいい。

***

王都を出る前に、監査院に寄った。

カイルが出てきた。顔色が前より良い。仕事をしている人間の顔だ。

「ブルクハルト商会主の身柄は確保しました。現在取り調べ中です」

「ありがとうございます」

「帳簿の分析も進んでいます。中抜きの構造はほぼ解明できました。ただ——」

「ただ?」

「ブルクハルト商会が末端で、その上にまだ何かある可能性が出てきています。資金の流れが商会主個人で完結していない」

(やっぱりね)

「追えますか」

「追います。ただ、上が財務卿府の管轄に関わる可能性もありまして、慎重にならざるを得ません」

「分かりました。何かあれば連絡ください」

「こちらこそ。——お気をつけて」

監査院を出た。

「グレン、もう少し王都にいるわ」

「取引先ですか」

「アーレン領を流通の拠点にするなら、王都にパイプがいる。今のうちに顔を繋いでおきたい」

「護衛の延長ですね」

「延長よ。まだまだ」

グレンが小さく息を吐いた。呆れてるのか、笑ってるのか。多分両方。

***

王都の中心、財務卿府の最上階。

執務室の窓から夕日が差している。壁際の棚には帝国トレヴィーゾの白磁器が並び、机の上には同じく帝国から取り寄せた蒸留酒の瓶が置かれていた。

財務卿ヴィクトール・ハイゼンは、その蒸留酒を傾けながら報告書に目を通していた。

「——ブルクハルト商会が潰れた?」

「はい。監査院に帳簿を押さえられたとのことです」

側近が淡々と報告する。

「商会主は逮捕。城壁修繕事業の中抜きが発覚し、帳簿の改竄も証明されたと」

ヴィクトールはグラスを置いた。

「誰がやった」

「アーレン領の領主です。アイリス・ヴァレンシア」

「ヴァレンシア……。公爵家の」

「ええ。横領の疑いで追放された令嬢です。現在はアーレン領の領主を務めているとか」

ヴィクトールは窓の外を見た。夕日に染まる王都の屋根が連なっている。

「追放された令嬢が、辺境から出てきて手駒を一つ潰したのか」

「いかがなさいますか」

ヴィクトールは蒸留酒をもう一口含んだ。

「何も。ブルクハルトは替えの利く駒だ。一つ潰れたところで大勢に影響はない」

側近が頷いた。

「ただ、名前は覚えておこう。アイリス・ヴァレンシア」

グラスを机に置いた。その音が、静かな執務室に小さく響いた。

窓際の棚で、トレヴィーゾの白磁器が夕日を受けて光っていた。
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