【完結】帳簿令嬢の答え合わせ ~その不正、すべて帳簿が覚えています~

Lihito

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第2章:王都謀略編

27話:育つ土地

王都には結局、十日ほどいた。ヴァルト商会との契約を詰め、ついでに市場の流通構造を一通り歩いて見て回った。

帰り道、アーレン領に近づくにつれて景色が変わっていた。

「……道、広くなってない?」

以前は荷馬車一台がやっとだった北街道の最終区間が、二台分の幅になっている。路面も均されている。まだ工事途中の区間もあるが、明らかに手が入っていた。

「ルッツたちの仕事ですね」

グレンが言った。

領地に入ると、さらに変わっていた。南側に倉庫の骨組みが立ち上がっている。住居の壁が塗り直されている。すれ違う住民の数が、前より多い。

館に着くと、セバスが玄関で待っていた。

「おかえりなさいませ、アイリス様」

「ただいま。留守中は?」

「まずは中へ。お茶をお淹れしますので」

執務室に通された。机の上に帳簿が積んである。セバスがお茶を出して、帳簿を一冊ずつ開いた。

収支管理。住民対応の記録。物資の発注書と納品書の突き合わせ。ルッツたちの受け入れに関わる支出。全部揃っている。

ページをめくった。数字が整然と並んでいる。抜けがない。記帳の手も荒れていない。

「セバス、これ全部一人で?」

「トビアス殿にも一部お手伝いいただきました。ただ、帳簿はすべて私が」

「……完璧ね」

「恐れ入ります」

鑑定した。

【セバス】
現在価値:950
潜在価値:950

(——到達してる)

前に見たときは600だった。この人はずっとこれだけのものを持っていた。二十三年間、一人でこの土地を守ってきた人だ。足りなかったのは能力じゃない。場所と役割だった。

セバスは自分の数字なんか知らない。ただ、やるべきことをやっていただけ。

「セバス」

「はい」

「助かったわ。本当に」

「もったいないお言葉です」

セバスが紅茶を注ぎ足した。湯気が静かに立ち上る。この人のお茶はいつも温度がちょうどいい。

***

作業場に行くと、トビアスが軟膏の検品をしていた。棚に壺が並んでいる。数が増えている。

「トビアス」

「おかえりなさい、アイリス様。出荷分は予定通り確保してあります」

棚の壺を見た。ラベルが統一されている。管理番号まで振ってある。

「製造体制は?」

「住民の方を一人、補助に入れています。工程表の基本作業は任せられるようになりました。最終の品質確認は私がやっています」

「品質は安定してる?」

「はい。ロッソ商会からのフィードバックでも問題なしと」

「よかった。——それと、王都で新しい卸先が決まったわ。ヴァルト商会。初回五十壺」

トビアスの手が一瞬止まった。

「五十。ロッソ商会と合わせると月産八十壺ですね」

「間に合う?」

「補助をもう一人増やせれば。工程表があるので、教育には時間はかかりません」

控えめな言い方。でも目に力がある。自分の仕事が広がることを、この人は静かに喜ぶ。

鑑定した。

【トビアス・ヴェーバー】
現在価値:1,750
潜在価値:1,800

(1,750。順調に伸びてる)

あと50。生産体制をもう一段拡大すれば届くかもしれない。

***

午後、インフラ整備の現場を見に行った。

南の道の拡幅工事が進んでいた。ルッツが現場にいて、ベテランと若手に指示を飛ばしている。

「ここの排水、もう二寸深く掘ってください。雨の後に水が溜まります」

「あいよ」

ベテランが素直に従っている。年上の職人が二十歳の若造の指示を聞く。腕を認めてるからだ。

ルッツがこっちに気づいた。

「お姉さん! おかえりなさい!」

駆け寄ってくる。土埃だらけの顔で笑っている。

「進捗、見せて」

「はい。道の拡幅はここまで終わりました。南側の倉庫は骨組みが立って、壁の施工に入るところです。住居の修繕は三軒終わって、残り五軒」

指差しながら説明していく。段取りがいい。どこまで終わって、次に何をやるか、全部頭に入っている。

「それと、お姉さんに相談なんですけど」

「何?」

「倉庫の配置、少し変えていいですか。今の位置だと荷馬車の動線が被るんです。二十歩ずらせば搬入と搬出を分けられるんで」

自分で考えて、自分で提案してきた。城壁の現場では、言われた石を言われた場所に積むだけだった子が。

「いいわ。帳簿上の変更点だけ後で出して」

「分かりました!」

走って現場に戻っていった。住民のおばさんが「あの大工さん、よくやってくれてるよ」と通りがかりに言った。

鑑定した。

【ルッツ・ハイデン】
現在価値:1,650
潜在価値:1,700

(550から1,650)

城壁の現場で安い給金のまま笑ってた子が、ここまで来た。潜在まであと50。指示を実行するだけじゃなく、自分で計画を立てて動いている。この調子なら——。

(流通拠点の整備計画、本格的にこの子に任せられるかもしれない)

***

夕方。領地を歩いた。

灯りが増えていた。人が増え、建物が増え、道が広がり、灯りが増えた。数えてみようかと思って、やめた。数えなくても分かる。

鑑定した。

【アーレン領】
現在価値:1,850
潜在価値:2,800

(1,850。微増)

大きくは動いていない。でも目の前には、広くなった道がある。骨組みの立った倉庫がある。塗り直された壁がある。

数字に表れる前に、現場が先に動いている。帳簿にはまだ載っていない変化が、この土地のあちこちで起きている。

(……悪くないわね)

紙袋の中の軟膏のことを、少しだけ思い出した。現在600、潜在320。あの歪んだ数字。ここの景色とは正反対の数字。

でも今日は、それはいい。

灯りを数えるのは、セバスに任せておけばいい。あの人は、きっともう数えている。
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