悪役令嬢より悪役な〜乙女ゲームの主人公は世界を牛耳る闇の黒幕〜

河内まもる

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21 今日のエリーゼたん

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「ディートハルトがなにやらゴソゴソ嗅ぎまわっているようです」

 『鎌倉』の屋敷でフリッツから報告を受けて、アタシは鼻で笑った。脇息きょうそくに身体をあずけてフリッツに問いかける。

「フリッツ、ディートハルトが何を考えているかわかるかい?」

「さて、裏影の諜報能力をもってしても、個人の頭の中までは覗けませんから」

 すました顔をするフリッツだ。自分は情報を集めるのが仕事で、判断するのはアタシだって言いたいんだろう。

「ふん、はわかりやすい小僧だよ。考えていることが透けて見えるようさ」

「と、もうしますと?」

「ケヴィンとの関係を暗黙のものにしたいんだろ。それを認めさせるために皇帝に差し出される━━アタシはディートハルトにとっての手柄首なのさ」

「するとやつめ、御前さまのお命を狙って…」

 いきりたつフリッツをアタシは手で制した。

「さてそこさ。そうはいってもディートハルトは15の小僧だ。そこまでエゴイスティックにはなれないだろ。だからアタシの情報を皇帝に告げ口しようってあたりが関の山じゃないかね」

「フーム、しかしそれは、危なくありませんか」

「ほう、フリッツともあろうものが相手の力量をはかりそこねるか。皇帝のネームバリューもたいしたモンさね」

「それは…ですが、相手は皇帝ですから」

「この国の皇帝なんざ張子の虎だよ。それに比べりゃかつてのラングハイム公のほうがまだしもさ」

 前世の歴史で例えると、この国の支配体制は江戸時代の日本に近い。300の独立国を幕府が無理矢理ひとつにまとめてるってアレさ。だけどヴァイデンライヒ帝家は徳川幕府よりはるかに実力が不足している。そのせいでラングハイム公みたいな権力者がたびたび登場するわけさ。

「皇帝がいまさらアタシの正体を知ったところで、やれることは何もない。向こうが手出ししてこないかぎり、こっちから喧嘩をふっかけるこたあないさね」

 それにしても、ディートハルトはずいぶん幼稚だ。度量は悪くないし、性格もまず立派なモンなんだけどね。いささか以上に利己的なところがある。恋愛ってやつは人を狂わせるから、そうなるとディートハルトのやりそうなことは、たいてい予想できるわけさ。

 いまのディートハルトは、ケヴィンとやることで頭がいっぱいになってるだろう。となると、いずれエリーゼを排除しようと動くはずだ。婚約破棄━━貴族社会の女性にとって、この不名誉はダメージが大きい。

 ディートハルトに釘を刺しておくか?

 いや、あの手の世間知らずで生意気な小僧は、脅しをかけると反発するだろう。10代の万能感ったらないからね。なんでもやれる気になってるんだ。

「もう少し様子見ってところだねえ」

「は?」

「いや、こっちの話さ」

 婚約破棄するにせよ、根回しや裏工作に時間がかかるだろう。皇子って立場が足かせになるからね。ディートハルトも無茶はできまい。『学園』在学中の3年間で、少しずつ事態を変えていこうとするに違いない。

 となれば、アタシがいまやるべきことは、エリーゼの新しい恋人候補を選別することだ。

「フリッツ、年ごろの貴族男子は調査し終えているのかい?」

「はい、それはむろん。ですが御前さま、アードルング家と釣り合う家格で、しかも容姿に優れ、人品骨柄がいやしからぬ者という条件ですと、10指に足りません」

「ほう、10人もいたかい」

「約半数は学園生です」

「まさか…」

「ディートハルト、ケヴィン、エルマー、アルフォンス…」

「ろくなモンじゃない!」

 アタシは断言した。だって考えてもみなよ。ケヴィンとディートハルトはお話にならないし、アルフォンスの実家は没落していて、おまけに好色な舅がいる。エルマーはあのとおりのマッドサイエンティストだ。顔がいいだけのロクデナシばっかりじゃないか。

 するとフリッツが如才なく言う。

「学園外にいる残りの6名の資料をまとめております」

「ふーん、学外か。となると、偶然の出会いを演出するには、パーティーかなにかを狙うべきかねえ」

 アタシの兄のコンラートが未婚だったら、エリーゼをグレッツナー家に嫁がせるのもアリだったんだけどねえ。あいにくコンラートは新婚アツアツで、エリーゼが入り込む余地はないだろう。

 なんとまあ悩ましいことさ。アタシは精神的な疲れを感じて、それからふと思い出した。

「そういえばフリッツ、をまだ聞いていないよ」

「は、はあ」

 おや、フリッツがうんざりした表情を見せた。珍しいことだ。

「ではご報告いたします。今日のエリーゼさまは━━8時半に起床してクロワッサンひとつとカフェオレ、サラダ、それに卵をひとくち召し上がられ、制服に着替えて、9時半に馬車に乗り登校。クラスメイトと談笑ののち、ホームルームの時間にはノートのはしに落書きを少々…」

「それはどういった落書きだい?」

「その、ウサギの絵であると」

「ほー。エリーゼはウサギが好きなのかい」

 アタシはメモ帳に書き留める。なんて可愛らしい女なんだ、エリーゼは。次に会ったときには、ウサギのぬいぐるみでもプレゼントしてやろう。やはりエリーゼに関する情報は、どんな些事でも重要さね。

「あのう、御前さま…」

「なんだいフリッツ、しょぼくれた顔をして。はやく報告を続けな」

「いえ、その、ひょっとしたら、これはいわゆる、に該当する変態行動なのでは…?」

「つきまとい?」

 まさかこいつ、アタシがストーカーだって言いたいのかい。まさか。いや、でも…。

「もしかして、エリーゼに知られたら嫌われるやつなのかい?」

 コクリとフリッツがうなずいたので、アタシは思わず唸り声をあげたモンさ。エリーゼ情報は、アタシの1日の癒やしだったのに。

 だけどエリーゼの嫌がることをするわけにはいかない。アタシはエリーゼを見張らせるのをいったん中断するしかなかった。フリッツのやつ、あからさまに安堵しやがる。そうかい、そんなにマズかったのかい…。

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