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23 皇帝陛下の権力講座(ディートハルト視点)
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「いまから余が語る内容は、決してこの部屋の外で話してはならぬ」
そういった前置きをして、陛下は語りはじめた。父親とふたりで過ごす久方ぶりの時間だが、このとき俺には緊張しかなかった。だがあくまで陛下の物腰は柔らかい。
「かりに皇帝のもつ権力を10としよう」
「10、ですか?」
「うむ、こういったことは、そもそも単純な数字に置き換えることはできないものだし、また、やってはならぬことだが━━あえてわかりやすさを優先する」
あんがい、陛下はものを教えるのが上手なのだ。これは昔からそうだった。もし皇族の身分にお生まれでなかったら、教師に向いていたかもしれない。
「皇帝が10なら、公爵は5、侯爵は4というところだろう。仮にみっつの公爵家が連名で皇帝の決定に異を唱えたら、権力の総和は15となり、10の皇帝を超える。こうなると皇帝さえも発言を撤回せざるをえないわけだ」
「なんですって!」
俺はほとんど天地がひっくりかえるほど驚いていた。この世に皇帝に逆らえる存在などありえないと、俺はこれまで考えていたからだ。皇帝が絶対権力者ではないという事実だけで、俺の社会常識は180度変わってしまったといっていい。
「もちろん、皇帝も独自に派閥をもっている。『皇帝派』と呼ばれるものだ。皇帝派の貴族は数十家に及ぶし、だからそう簡単に皇帝に逆らえるものではない。皇帝派の権力を数値化するなら、55というところか。内訳は、皇帝に加え、公爵家が3家、侯爵家が5家、伯爵家が20家というところだ」
この数値が少ないのだか多いのだかもわからない。だが領地を持つ帝国貴族、すなわち伯爵家以上のいわゆる『諸侯』が全部でおよそ800家ということを考えると、皇帝派はそのうちわずか28家。もしかすると、思ったよりも少ないのかもしれない。
そして陛下は遠い目をした。
「数ヶ月前まで、宮廷の最大派閥はラングハイム派だった。帝国でもっとも豊かな南部地域を地盤とするラングハイム派を数値化すると530ほどにもなった」
「馬鹿なっ!」
皇帝派の10倍だと━━そういえば、気にもとめていなかったが、ラングハイム公が俺の婚約者であるエリーゼを求めたことがあった。あのとき婚約破棄しておけばよかったと、いまでは後悔しているが、考えてみれば異常なことだ。皇族の婚約者を欲しがる臣下など、帝室をないがしろにするにもほどがある。
だが、それが通ったのだ。ラングハイム派の権力の前では。
「ラングハイム公は帝国の歴史上、最大の権力者だった。危うく帝位を簒奪されるのではないかと、内心ひやひやしたものだ」
陛下は苦笑するが、笑い事ではない。まさかこれほどの薄氷のうえに、帝国の玉座がすえられているとは、誰が想像するだろう。頭をかかえる俺に陛下は笑いかける。
「とはいえ、これほど極端な例も珍しいのだ。実際、数年前まではラングハイム派のほかにバルシュミーデ派が台頭していてな、その勢力はラングハイム派に迫るほどだった。あのとき皇帝派はキャスティング・ボートを握るかたちだったから、かなり余の発言権は強かった。だがのちにそのバルシュミーデ派を吸収したことで、ラングハイム公は帝国史上最大の権力者になりおおせたのだ」
あのアルフォンスの父親が、まさかそれほどの人物だったとは思わなかった。するとまかりまちがえばアルフォンスは、そのラングハイム派を引き継ぐかたちで権力を握っていたかもしれない。
ぞっとしたのも束の間、陛下は寒々しい声音でつぶやいた。
「だがラングハイム公の権力も、せいぜいその程度でしかなかった…」
「その程度、ですと?」
皇帝派に10倍する権力を、その程度と表現するとは━━まさか。
「わかるだろう、カーマクゥラの御前だ」
「ら、ラングハイム公を超えたとおっしゃるのですか…?」
コクリと陛下はうなずき━━衝撃的な発言を室内にもたらした。
「カーマクゥラに従う諸侯は、確認できるだけでも700家を超える。その権力を数値化すると、およそ1000になる」
室内に霜が降りたように感じた。俺は自分の身体がソファから崩れ落ちそうになるのを必死でこらえる。
そんな、馬鹿げたことが起こり得るのか。800諸侯のほとんどを傘下におさめるなどということが。ハンナはわずか15歳なのだ。そして伯爵家の、女子に過ぎないのだ。どこをどう間違えば、そのような高みに昇ることが可能になる?
あれは本当に人間か?
「カーマクゥラの御前は、そもそも貧窮していた伯爵家を、交易の利益をエサに大同団結させた。そしてすべての伯爵家がその傘下におさまったいま、周辺の公侯爵家もまた、カーマクゥラに従うよりほかなくなりつつある。カーマクゥラはいまなお勢力を拡大させているのだ」
陛下はかなりのことをすでにご存知だった。その内容は、俺が収集したカーマクゥラについての情報よりも豊かで詳細だ。
「近ごろ帝都の賑わいが増したことに気づかぬか?あれは各地の産物が、自由に行き来できるようになったためだ。カーマクゥラの御前は、『免税札』なる許可証を商人に発行し、カーマクゥラ傘下の諸侯領を非課税で通行させている。彼は物流に革命をおこすことで、帝国の経済を支配してしまったのだ」
「そ、そんなやり方が…」
なにもかもが別次元のことだった。学園で習う政治や経済などとは、まったく異質な━━それは新たな経済概念だ。仮に名づけるとすると『新自由主義経済』とでも呼ばれるのだろうか。
それは帝家がやるべき政策だった。実行すれば皇帝の権威と実権力が融合し、人類社会の真の統一が成し遂げられていただろう。
「そなたはカーマクゥラの御前の正体をつかんだと言ったな?」
「は、はい。それが━━」
「聞くまい。聞いて何になるというのだ」
陛下が首を横にふる。だが、しかし、ハンナは、ハンナは学園に通っている。あの無防備な有り様を知れば、陛下は━━。
「いまならば、カーマクゥラの御前を暗殺することができるとしても、ですか?」
俺が進言すると、陛下はそれでも力なく首をふる。
「彼に後継者がいないと断言できるか?カーマクゥラが組織として完成していれば、後継者の器量は問題にならない。御前を殺せば、すなわち余はカーマクゥラという組織にとって敵対者となる━━」
それは恐るべき想像だった。800諸侯の大半を傘下におさめる組織と、吹けば飛ぶような皇帝が敵対する。結果は火を見るよりも明らかだ。陛下の発言こそが、完全に正しい。謁見の間で陛下が叱責されたことは正しかった。皇族たるものが、カーマクゥラに敵対するような行動をするべきではない。なぜならば━━━
「━━帝国が滅ぶぞ」
陛下のお言葉、それがすべての答えだった。
そういった前置きをして、陛下は語りはじめた。父親とふたりで過ごす久方ぶりの時間だが、このとき俺には緊張しかなかった。だがあくまで陛下の物腰は柔らかい。
「かりに皇帝のもつ権力を10としよう」
「10、ですか?」
「うむ、こういったことは、そもそも単純な数字に置き換えることはできないものだし、また、やってはならぬことだが━━あえてわかりやすさを優先する」
あんがい、陛下はものを教えるのが上手なのだ。これは昔からそうだった。もし皇族の身分にお生まれでなかったら、教師に向いていたかもしれない。
「皇帝が10なら、公爵は5、侯爵は4というところだろう。仮にみっつの公爵家が連名で皇帝の決定に異を唱えたら、権力の総和は15となり、10の皇帝を超える。こうなると皇帝さえも発言を撤回せざるをえないわけだ」
「なんですって!」
俺はほとんど天地がひっくりかえるほど驚いていた。この世に皇帝に逆らえる存在などありえないと、俺はこれまで考えていたからだ。皇帝が絶対権力者ではないという事実だけで、俺の社会常識は180度変わってしまったといっていい。
「もちろん、皇帝も独自に派閥をもっている。『皇帝派』と呼ばれるものだ。皇帝派の貴族は数十家に及ぶし、だからそう簡単に皇帝に逆らえるものではない。皇帝派の権力を数値化するなら、55というところか。内訳は、皇帝に加え、公爵家が3家、侯爵家が5家、伯爵家が20家というところだ」
この数値が少ないのだか多いのだかもわからない。だが領地を持つ帝国貴族、すなわち伯爵家以上のいわゆる『諸侯』が全部でおよそ800家ということを考えると、皇帝派はそのうちわずか28家。もしかすると、思ったよりも少ないのかもしれない。
そして陛下は遠い目をした。
「数ヶ月前まで、宮廷の最大派閥はラングハイム派だった。帝国でもっとも豊かな南部地域を地盤とするラングハイム派を数値化すると530ほどにもなった」
「馬鹿なっ!」
皇帝派の10倍だと━━そういえば、気にもとめていなかったが、ラングハイム公が俺の婚約者であるエリーゼを求めたことがあった。あのとき婚約破棄しておけばよかったと、いまでは後悔しているが、考えてみれば異常なことだ。皇族の婚約者を欲しがる臣下など、帝室をないがしろにするにもほどがある。
だが、それが通ったのだ。ラングハイム派の権力の前では。
「ラングハイム公は帝国の歴史上、最大の権力者だった。危うく帝位を簒奪されるのではないかと、内心ひやひやしたものだ」
陛下は苦笑するが、笑い事ではない。まさかこれほどの薄氷のうえに、帝国の玉座がすえられているとは、誰が想像するだろう。頭をかかえる俺に陛下は笑いかける。
「とはいえ、これほど極端な例も珍しいのだ。実際、数年前まではラングハイム派のほかにバルシュミーデ派が台頭していてな、その勢力はラングハイム派に迫るほどだった。あのとき皇帝派はキャスティング・ボートを握るかたちだったから、かなり余の発言権は強かった。だがのちにそのバルシュミーデ派を吸収したことで、ラングハイム公は帝国史上最大の権力者になりおおせたのだ」
あのアルフォンスの父親が、まさかそれほどの人物だったとは思わなかった。するとまかりまちがえばアルフォンスは、そのラングハイム派を引き継ぐかたちで権力を握っていたかもしれない。
ぞっとしたのも束の間、陛下は寒々しい声音でつぶやいた。
「だがラングハイム公の権力も、せいぜいその程度でしかなかった…」
「その程度、ですと?」
皇帝派に10倍する権力を、その程度と表現するとは━━まさか。
「わかるだろう、カーマクゥラの御前だ」
「ら、ラングハイム公を超えたとおっしゃるのですか…?」
コクリと陛下はうなずき━━衝撃的な発言を室内にもたらした。
「カーマクゥラに従う諸侯は、確認できるだけでも700家を超える。その権力を数値化すると、およそ1000になる」
室内に霜が降りたように感じた。俺は自分の身体がソファから崩れ落ちそうになるのを必死でこらえる。
そんな、馬鹿げたことが起こり得るのか。800諸侯のほとんどを傘下におさめるなどということが。ハンナはわずか15歳なのだ。そして伯爵家の、女子に過ぎないのだ。どこをどう間違えば、そのような高みに昇ることが可能になる?
あれは本当に人間か?
「カーマクゥラの御前は、そもそも貧窮していた伯爵家を、交易の利益をエサに大同団結させた。そしてすべての伯爵家がその傘下におさまったいま、周辺の公侯爵家もまた、カーマクゥラに従うよりほかなくなりつつある。カーマクゥラはいまなお勢力を拡大させているのだ」
陛下はかなりのことをすでにご存知だった。その内容は、俺が収集したカーマクゥラについての情報よりも豊かで詳細だ。
「近ごろ帝都の賑わいが増したことに気づかぬか?あれは各地の産物が、自由に行き来できるようになったためだ。カーマクゥラの御前は、『免税札』なる許可証を商人に発行し、カーマクゥラ傘下の諸侯領を非課税で通行させている。彼は物流に革命をおこすことで、帝国の経済を支配してしまったのだ」
「そ、そんなやり方が…」
なにもかもが別次元のことだった。学園で習う政治や経済などとは、まったく異質な━━それは新たな経済概念だ。仮に名づけるとすると『新自由主義経済』とでも呼ばれるのだろうか。
それは帝家がやるべき政策だった。実行すれば皇帝の権威と実権力が融合し、人類社会の真の統一が成し遂げられていただろう。
「そなたはカーマクゥラの御前の正体をつかんだと言ったな?」
「は、はい。それが━━」
「聞くまい。聞いて何になるというのだ」
陛下が首を横にふる。だが、しかし、ハンナは、ハンナは学園に通っている。あの無防備な有り様を知れば、陛下は━━。
「いまならば、カーマクゥラの御前を暗殺することができるとしても、ですか?」
俺が進言すると、陛下はそれでも力なく首をふる。
「彼に後継者がいないと断言できるか?カーマクゥラが組織として完成していれば、後継者の器量は問題にならない。御前を殺せば、すなわち余はカーマクゥラという組織にとって敵対者となる━━」
それは恐るべき想像だった。800諸侯の大半を傘下におさめる組織と、吹けば飛ぶような皇帝が敵対する。結果は火を見るよりも明らかだ。陛下の発言こそが、完全に正しい。謁見の間で陛下が叱責されたことは正しかった。皇族たるものが、カーマクゥラに敵対するような行動をするべきではない。なぜならば━━━
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