悪役令嬢より悪役な〜乙女ゲームの主人公は世界を牛耳る闇の黒幕〜

河内まもる

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24 プロローグのまえ(ディートハルト/エリーゼ視点)

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 薄暗がりの中にぼんやりと浮かび上がるケヴィンの顔が、静かに寝息をたてている。愛おしいような憎らしいような顔だ。

 しかしいくらなんでも頻度が高すぎはしないだろうか。ケヴィンは毎夜のごとく俺の部屋に泊まっていくし、がはじまれば1度や2度では終わらないのが常だった。しかも毎回、意地の悪いやり方をする。言葉を使って俺を責めたてるのだ。

 いっそこいつを殺してしまえば楽になれるのに━━妙な話だが、ケヴィンを愛おしく思うようになってから、なぜだか俺はこの男に冗談半分の殺意を抱くようになった。恋というのはこういう感情をさすのかもしれない。それでもたぶん、愛しさが勝っているうちは殺さずにすむのだろう。

 結局、カーマクゥラの件は俺の手柄にならなかった。自分の有用性を陛下にアピールすることができなかった。だとしたらいまの俺は、帝室にとって、傷にしかならない存在だろう。

 同性愛者というのは、社会にとって有害な存在なのだ。少なくともそれが常識だ。そんな異常者が尊き血筋から生まれでたなどと、およそ公言できるものではない。となると━━。

 よくて精神異常者として幽閉。最悪、事故か病気にみせかけて殺されるに違いない。

 いずれにせよ、ケヴィンと俺はこの先、公に結ばれることのない運命なのだ━━━そうだとしても、いまさら別れるつもりはない。ならば隠し通すしかない。互いに家庭をもって、まともな人間の顔をして、裏で密会を続ける。これから長く続く人生を、何十年間も。

 …だめだ、俺にはそんな器用なことはできない。愛することもできない妻を迎えることはできないし、その妻に嘘をつき続けることもできない。まして━━ケヴィンが俺以外の人間を抱いているさまを想像するだけで、吐き気をもよおすほどの嫌悪を感じる。

 ケヴィンとの関係を隠すのは仕方がないとして、家庭をもつのは論外だ。だとしたら、やはりエリーゼとは婚約破棄するしかない。しかしそれには、どうやって。理由もなく婚約破棄などできるはずがない。エリーゼの実家のアードルング家が黙っていないし、陛下とて許しはしないだろう━━懊悩する俺の脳裏で悪魔のささやきが聞こえた。

 …大人たちを納得させる必要があるのか?

 そのとき、俺は気づいてしまった。証人が大勢いる前で、婚約破棄を宣言してしまいさえすれば、あとで撤回などできようがないのだ。ことは帝室の対面にかかわることだ。婚約破棄すると言ったり、やっぱりしないと撤回したり、そんなみっともない真似ができるはずがない。

 もちろん、俺は陛下から説明を求められるだろう。そうなると理由を話せないだけに、黙秘するしかない。とんだワガママ皇子だ。俺の評価は地に落ちるかもしれない。政略の意味合いが強い皇子の結婚を、みずからご破算にするのだ。政治的な失策をおかすことになる。

 だがそれでも幽閉されたり殺されることはないはずだ。

 失点はいくらでも取り戻せる。それよりも結婚などしてしまったら、取り返しがつかないのだ。神聖な結婚契約を、破ることはできない。それにエリーゼ━━そうだ、エリーゼも、夫婦の営みもない俺との間で家庭をつくるより、いま婚約破棄されて、ほかの男と結ばれるほうが彼女のためになる。

 そうだ、これしか方法はない。学園の講堂に貴族の子女を集めて、エリーゼとの婚約破棄を宣言するのだ。

 隣で寝息をたてているケヴィンの頬をなでながら、俺の気持ちは固まっていった。そうだ、そうしよう。なあ、そうだろう、ケヴィン。

 この方法だけが、全員を幸せにすることができる━━たったひとつの冴えたやりかたなのだ。





「エリーゼは、どういう男が好きなんだい?」

 思いがけないハンナの質問に、私は驚いて沈黙してしまった。するとハンナが急に「あっ」とつぶやいた。

「いやね、あんたがディートハルトを好いているのは、よおく分かってることなんだよ。だけどさ、エリーゼはまだ若いんだから、学園にいるあいだくらい、ちょっと遊んでもいいんじゃないかねえ」

 中庭に風が吹き抜けた。私の隣でベンチに腰かけ、赤い髪をそよがせているハンナを、私はまじまじと見つめた。こうして何度か中庭で会っているのだけど、やっぱりハンナは私の気持ちに気づくそぶりがない。当たり前かもしれない━━女の子同士で特別な感情をもつなんて、それこそありえないことだもの。

 それにしても言うにことかいて、男遊びをしろだなんて。

「…卒業すれば帝室の一門にはいる私が、そんなはしたないこと、できるわけないでしょう」

「ウーン、ま、そりゃそうか…」

「それよりもハンナこそ、あなた、社交界デビューはしないのでしょう?学園にかよっているうちに、結婚相手を探さないと、お見合いで相手が決まってしまいますわよ?」

 伯爵家にはお金がない。だから社交界デビューはできないし、社交界で出会った相手と恋愛結婚することもできない。伯爵令嬢が恋愛結婚しようと思ったら、学園で相手を見つけるしかない。ハンナが一瞬、暗い目になった。けれどすぐに笑みを取り戻す。

「…アタシのこたあ、どうだっていいんだよ。それよりもエリーゼが、あんまりディートハルトのほうばっかり見てるから、アタシはそれが心配なんだよ。がロクデナシだったら、あんた、どうするつもりだい」

「どうするもなにも━━」

 すでに私とディートハルトさまは婚約しているのだ。よっぽどのことがない限り、そのまま結婚するしかない。たとえば女性に暴力をふるう人でも、浪費家でも、私を愛してくれなくても、耐えていくしかない。そうだ━━。

「そういえばハンナは、ディートハルトさまのお気持ちを確かめてくれると言っていたわよね?どうだったの?あの方は私との結婚に前向きでいらっしゃるのかしら」

「んなっ、それは、その、そう━━まだ確かめてないんだよ。悪いね、ちょいと忙しくて…」

 ハンナの顔をじっと見つめる。相変わらずとてつもなく可愛い、けど、嘘をついている。そう、やっぱりディートハルトさまは、私をうとんでらっしゃるのね。わかっていたことだけれど━━私は嘘みたいにショックを受けていない。

 この間までディートハルトさまは、私にとってベターだった。でもいまベストが見つかってしまったから、惜しむ気持ちがちっともわいてこない。だけどもし婚約破棄されてしまったら━━それだけが不安だった。私にとって結婚というのは、男性にとっての就職と同じ意味になる。嫌な職場だからといって、かんたんに仕事を辞められないように、結婚相手は大事なことだ。今度こそラングハイム公のような、倫理感の壊れた男性のところに嫁ぐことになるかもしれないのだから。

 私の不安は表情にでていたのかもしれない。ハンナが慰めるように言った。

「どんなことがあっても、エリーゼは大丈夫さ。このアタシがついてるんだから」

 少しも頼もしそうには見えないこの友人を見つめて、私は思わず微笑んだ。
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