悪役令嬢より悪役な〜乙女ゲームの主人公は世界を牛耳る闇の黒幕〜

河内まもる

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25 プロローグのあと(エリーゼ視点)

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 私の手を引いてどんどん歩くハンナに、戸惑いを隠せない。それはもちろん、私を状況から救い出してくれたことには感謝しているし、とても嬉しかったけれど、問題の根本はなにも解決していないのだ。それどころか、ハンナの立場が心配だ。

「ちょっと、ハンナ、ちょっと待ってくださいっ」

「ああ、すまなかったね、引っぱっちゃって」

 立ち止まって、ハンナが振り返る。それでも繋いだままの手が、ちょっと嬉しかった。…いいえ、そんな場合じゃないわ。

「あなた、ディートハルトさまにあんな態度をとったりして、大丈夫ですの?私も頑張って取りなしますけれど…」

 取りなすといっても、私はもうディートハルトさまの婚約者じゃない。だから実家にとっても、皇子の機嫌を損ねた厄介者でしかない。貴族令嬢としての私の価値は、もはや無いに等しいのだ。

 するとハンナの顔が憤怒に歪んだ。

「ふざけんじゃないよ、エリーゼ、あんたはもう2度とあんなクソ野郎に会うんじゃない!」

「く、クソって、ディートハルトさまのことですの?だけど会わないといっても、学園に通う以上は、偶然ということもあるし」

「ディートハルトは退学にさせる」

「なっ」

 なにを言っているの?そんなの、ハンナには決められないでしょう。どうしよう、ハンナが怒りのあまり、おかしくなってしまった。

「帝国はこれでおしまいさ、皇子ひとり、マトモに教育できなかった報いを、皇帝にくれてやる。立場の違いをわからせてやる。そうだ、いっそ親子そろって土下座させて、エリーゼに詫びさせてやるよ。それであんたも、ちょっとはスッキリするだろ」

「ハンナ、言ってることがめちゃくちゃですわよ」

「ああ、めちゃくちゃに怒ってるからねえ。アタシゃ、ディートハルト親子を帝都の広場で縛り首にするまでおさまらないよっ」

 私は思わず、周囲を見回した。こんな発言、誰かに聞かれていたら、ハンナが不敬罪で死刑になってしまう。幸い誰もいなかったけれど、ハンナが今度は、誰もいない場所にむかって叫んだ。

「フリッツ、馬車を用意しなっ、エリーゼを家に送り届けるよ!」

 するとハンナの影から、突然黒い装束の男が現れた。私は悲鳴をあげた。黒衣の男━━獣人は私にかまわず、ハンナに答えた。

「すでに準備はできております」

「手回しのいいこったねえ。これでどうして、ディートハルトのくだらない企みを察知できなかったんだか」

「も、申し訳ございませんっ、死んでお詫びを━━」

「いちいち死ぬなっ。まあいいさ、エリーゼを救い出すのにはギリギリ間に合ったから、許してやる」

 やりとりを聞いていると、どうやら獣人はハンナの使用人らしい。執事なのかしら。獣人を執事にするなんて、伯爵家というのは、よっぽどお金がないみたい。

 ハンナとふたり馬車に乗り込むと、瞬間、私の身体が震えはじめた。いまごろになって━━気が抜けたせいだろう。馬車は密室で、ここには私とハンナしかいない。ようやく講堂の敵意から開放された心地だった。ハンナの手が私の背中を優しくさすってくれる。

「お嬢さま、行き先はアードルング家の上屋敷でよろしかったですか?」

 馬車の御者がハンナに訊ねた。答えようとするハンナを、私は思わず止める。

「まって、い、家には帰りたくない」

「どうしてだい?」

 優しく問うハンナに、私は弱音を打ち明ける。

「…お父さまや、お母さまになんて言えばいいの。こんな不始末、きっと失望されてしまうし、私、こわくて━━」

「不始末じゃないよ、ぜんぶあのバカディートハルトが悪いんじゃないか」

「だけど、私、私が…」

「…わかった、無理強いはしないよ。フリッツ、公爵家に、エリーゼを預かると伝言しな。『鎌倉』の名前を使うんだ」

 そしてハンナは、今度は馬車の御者に向かって「鎌倉までやっておくれ」と告げた。私は驚いて、驚きすぎて震えが止まった。

「カーマクゥラって、ハンナ、カーマクゥラの御前さまと知り合いですの?」

「エリーゼこそ、どうして鎌倉の御前を知ってるんだい」

「だって━━」

 カーマクゥラの御前さまは、私がラングハイム公のところに嫁がされそうになったとき、ラングハイム公を失脚させて、私を救ってくれた人だわ。それはもちろん、私のためにやったことではないだろうけど、感謝の気持ちは忘れたことがない。

 動き出した馬車の中、そのことを説明すると、ハンナは赤らめた頬をかいた。

「まあ、そんなに立派な人間じゃないさ。鎌倉の御前は。だけど権力だけはウンザリするほどもってるから、エリーゼを護ってやれるよ」

 そうだったのか━━私はなんだか納得してしまった。ハンナがディートハルトさまに対して強気だったのも、私を守ろうと行動できたのも、カーマクゥラという後ろ盾があったからなのだ。伯爵令嬢のハンナが、どうして御前さまと縁があったのかはわからないけれど━━なるほどラングハイム公を失脚させるほどの御前さまなのだ。私を庇護してくださるのなら、とても頼もしい。

「ようやく安心したみたいだねえ」

 ハンナが優しく言った。

「鎌倉を頼れば、悪いことにはならないよ。エリーゼは失恋の傷をゆっくり癒やしたあとで、今後の身の振り方を考えればいいのさ。新しい婚約者くらい、ダース単位でそろえてやるから」

 失恋なんかしていないのだけれど━━ハンナはまるで自分自身が権力をもっているように胸を張った。その様子が可愛らしくて、私は思わず笑みをもらした。
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