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45 凶弾
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「奸賊、覚悟!」
馬に乗った騎士ふうの男たちが、アタシに向かって突っ込んでくる。3人、いや4人か。アタシの影から、護衛の獣人が現れた。
「御前さま、お下がりください!」
甲高い声だった。顔まで隠れた黒装束で判然としないけれど、たぶんミアだろう。ミアは予備動作もなしで馬よりも高く飛び跳ねると、あっという間に馬上の騎士の首をかき切った。それがどれほど高度な技であるのか、アタシにだってわかる。
走ってくる馬の速度ってもんがあるさね。それを迎え撃って、鎧の隙間から首をかき切るってんだから、正拳突きの速度で針の穴に糸を通すようなモンさ。
槍を持った騎士が地面に落ちる。周囲から悲鳴があがった。ここはまだ学園の敷地内だからね。しかも放課後のロータリーだ。下校する生徒が集まっていたのさ。逃げ惑う生徒たちの中、ひとりこちらに向かってくる女生徒がいる。エリーゼだ。
さっき乗り込んだ馬車から、わざわざ降りてきたらしい。馬車の中に入っていれば安全だったのに━━。
「エリーゼ、馬車のなかに戻るんだっ。ここは危ないから…!」
「でしたらハンナも、はやくっ!」
ああ━━エリーゼの言うとおりだ。身の安全というのなら、アタシだって馬車の中に避難すればいい。だけど、アタシは…。
目の前ではミアがなおも戦っている。2人、3人目の騎士を始末して、4人目を迎え撃とうとしている。アタシはどうも、獣人の身体能力を過小評価していたらしいね。それともミアがすごいのか。馬上から馬上へ、まるで飛ぶように乗り移っては、的確に騎士の首を刺していく。すでにミアの身体は返り血で真っ赤に染まっていた。
この襲撃は失敗に終わるだろう。死ねなかったことに軽く失望しながら、アタシはミアの動きを目で追っていた。そのときさ。
矢じりという名の運命が、アタシの身体を貫いたのは。
はじめから馬に乗った騎士たちは陽動だったんだろう。木陰に潜んだ射手が、ずっとアタシを狙っていたわけさ。さぞ狙いやすい的だったろうね。なんせじっと動かす襲撃者を見つめていたんだから。
「御前さまっ」
4人目を始末したミアが、クナイで射手を仕留めてアタシに駆け寄る。そこにエリーゼもやってくる。
「ハンナ、ハンナっ!」
「ああ、エリーゼ。すまなかったねえ」
「なんでっ、あなたは━━」
ぼろぼろ涙をこぼすエリーゼの顔は、こんなときでもやっぱり綺麗だ。アタシはその顔に触れようと手を伸ばしたけれど、身体がいうことをきかなかった。矢の刺さった腹がひどく熱い。そのくせ、全身から血の気が引いていくのがわかる。どうやらアタシはかなり出血しているらしい。
「ミア、よくお聞き。鎌倉は…アタシの死後に、カリーナを…」
だめだ、声までかすれてきた。これでアタシは、ようやく━━胸中を満たす安堵の感情をアタシは待った。ずっとこの瞬間を待ち望んでいたんだから。ようやく死ぬことができるのだから。アタシは心の底から安堵するはずだった。
だけどいつまでたっても、その瞬間はおとずれなかった。それどころか、暗くなってゆく視界がひどく怖い。エリーゼの声が遠ざかるのが恐ろしい。どうして、どうして━━。
「死にたく、ない」
ようやく手に入れた安らぎの時間が、失われてゆくことに、アタシはたえられなかった。エリーゼとアタシは、これから永い時間をふたりで生きてゆくはずだった。ずっとふたりで。
「エリーゼっ、死にたくない、アタシは、まだ━━」
「ハンナっ、もうすぐ校内神官がきますわ。あと少しだから、だからっ、早くしてくださいまし、神官さまっ、早く、でないとハンナがっ」
こんな残酷な仕打ちってないだろう。報いを受けるなら、どうしてトラックにハネられたときに死なせてくれなかったんだ。どうしてラングハイム公に殺させてくれなかったんだ。どうしてエリーゼを━━エリーゼをアタシの元につかわしたんだ。
神ってやつはひどく底意地が悪い。渇いた者に水の入ったコップを手渡して、ひとくち飲んだところで取りあげるんだ。
だとしたら、これはやっぱりアタシへの罰なんだろうか。だけどそれなら、エリーゼがあんまり可哀想じゃないか。あの娘はアタシみたいな鬼畜じゃない。罰をうけるべき道理がないだろ。
だから、そうだ━━今ごろになってアタシは気づく。アタシは愛されていた。コンラートに、エリーゼに、フリッツに、ミアに、カリーナに、クラウスに、フーゴに。アタシはアタシのために生きるんじゃない。アタシを愛してくれる者のために生きるんだ。彼らから大事な宝を奪わないために、アタシは生き続けなければいけないんだ。
自分の命が自分のためだけにあるだなんて、とんでもない勘違いをしていた。人間は誰だって、誰かとの関わりの中で生きている。劇の途中で勝手に舞台を降りるなんて許されるはずがないじゃないか。
なのにアタシはこれから死んでいく。いよいよ視界は黒く染まり、周囲は夜のように静まり返っている。アタシはいつも気づくのが遅い。取り返しがつかないことをやらかしたあとで、そのことに気づいて恐怖するのさ。
ほんとうにすまないことをした。エリーゼ、せめて幸せになってほしい。それだけがアタシの最後の願いだ。
馬に乗った騎士ふうの男たちが、アタシに向かって突っ込んでくる。3人、いや4人か。アタシの影から、護衛の獣人が現れた。
「御前さま、お下がりください!」
甲高い声だった。顔まで隠れた黒装束で判然としないけれど、たぶんミアだろう。ミアは予備動作もなしで馬よりも高く飛び跳ねると、あっという間に馬上の騎士の首をかき切った。それがどれほど高度な技であるのか、アタシにだってわかる。
走ってくる馬の速度ってもんがあるさね。それを迎え撃って、鎧の隙間から首をかき切るってんだから、正拳突きの速度で針の穴に糸を通すようなモンさ。
槍を持った騎士が地面に落ちる。周囲から悲鳴があがった。ここはまだ学園の敷地内だからね。しかも放課後のロータリーだ。下校する生徒が集まっていたのさ。逃げ惑う生徒たちの中、ひとりこちらに向かってくる女生徒がいる。エリーゼだ。
さっき乗り込んだ馬車から、わざわざ降りてきたらしい。馬車の中に入っていれば安全だったのに━━。
「エリーゼ、馬車のなかに戻るんだっ。ここは危ないから…!」
「でしたらハンナも、はやくっ!」
ああ━━エリーゼの言うとおりだ。身の安全というのなら、アタシだって馬車の中に避難すればいい。だけど、アタシは…。
目の前ではミアがなおも戦っている。2人、3人目の騎士を始末して、4人目を迎え撃とうとしている。アタシはどうも、獣人の身体能力を過小評価していたらしいね。それともミアがすごいのか。馬上から馬上へ、まるで飛ぶように乗り移っては、的確に騎士の首を刺していく。すでにミアの身体は返り血で真っ赤に染まっていた。
この襲撃は失敗に終わるだろう。死ねなかったことに軽く失望しながら、アタシはミアの動きを目で追っていた。そのときさ。
矢じりという名の運命が、アタシの身体を貫いたのは。
はじめから馬に乗った騎士たちは陽動だったんだろう。木陰に潜んだ射手が、ずっとアタシを狙っていたわけさ。さぞ狙いやすい的だったろうね。なんせじっと動かす襲撃者を見つめていたんだから。
「御前さまっ」
4人目を始末したミアが、クナイで射手を仕留めてアタシに駆け寄る。そこにエリーゼもやってくる。
「ハンナ、ハンナっ!」
「ああ、エリーゼ。すまなかったねえ」
「なんでっ、あなたは━━」
ぼろぼろ涙をこぼすエリーゼの顔は、こんなときでもやっぱり綺麗だ。アタシはその顔に触れようと手を伸ばしたけれど、身体がいうことをきかなかった。矢の刺さった腹がひどく熱い。そのくせ、全身から血の気が引いていくのがわかる。どうやらアタシはかなり出血しているらしい。
「ミア、よくお聞き。鎌倉は…アタシの死後に、カリーナを…」
だめだ、声までかすれてきた。これでアタシは、ようやく━━胸中を満たす安堵の感情をアタシは待った。ずっとこの瞬間を待ち望んでいたんだから。ようやく死ぬことができるのだから。アタシは心の底から安堵するはずだった。
だけどいつまでたっても、その瞬間はおとずれなかった。それどころか、暗くなってゆく視界がひどく怖い。エリーゼの声が遠ざかるのが恐ろしい。どうして、どうして━━。
「死にたく、ない」
ようやく手に入れた安らぎの時間が、失われてゆくことに、アタシはたえられなかった。エリーゼとアタシは、これから永い時間をふたりで生きてゆくはずだった。ずっとふたりで。
「エリーゼっ、死にたくない、アタシは、まだ━━」
「ハンナっ、もうすぐ校内神官がきますわ。あと少しだから、だからっ、早くしてくださいまし、神官さまっ、早く、でないとハンナがっ」
こんな残酷な仕打ちってないだろう。報いを受けるなら、どうしてトラックにハネられたときに死なせてくれなかったんだ。どうしてラングハイム公に殺させてくれなかったんだ。どうしてエリーゼを━━エリーゼをアタシの元につかわしたんだ。
神ってやつはひどく底意地が悪い。渇いた者に水の入ったコップを手渡して、ひとくち飲んだところで取りあげるんだ。
だとしたら、これはやっぱりアタシへの罰なんだろうか。だけどそれなら、エリーゼがあんまり可哀想じゃないか。あの娘はアタシみたいな鬼畜じゃない。罰をうけるべき道理がないだろ。
だから、そうだ━━今ごろになってアタシは気づく。アタシは愛されていた。コンラートに、エリーゼに、フリッツに、ミアに、カリーナに、クラウスに、フーゴに。アタシはアタシのために生きるんじゃない。アタシを愛してくれる者のために生きるんだ。彼らから大事な宝を奪わないために、アタシは生き続けなければいけないんだ。
自分の命が自分のためだけにあるだなんて、とんでもない勘違いをしていた。人間は誰だって、誰かとの関わりの中で生きている。劇の途中で勝手に舞台を降りるなんて許されるはずがないじゃないか。
なのにアタシはこれから死んでいく。いよいよ視界は黒く染まり、周囲は夜のように静まり返っている。アタシはいつも気づくのが遅い。取り返しがつかないことをやらかしたあとで、そのことに気づいて恐怖するのさ。
ほんとうにすまないことをした。エリーゼ、せめて幸せになってほしい。それだけがアタシの最後の願いだ。
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