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44 復学

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 アタシはともかくエリーゼには友だちが多い。アードルング家は名家だからね。10日ぶりに復学したエリーゼは、友だちに囲まれて忙しそうだった。アタシゃそれを遠巻きに見ていたんだけど、そのうちエリーゼがアタシを紹介した。

「私の友だちの、ハンナですわ」

 アタシは政経科に通っていたから、女のクラスメイトがいなかったんだよね。だからエリーゼはアタシに友だちを作ってくれようとしているんだろう。だけど━━女生徒に囲まれてあれこれ質問に答えてるアタシの、尻をずっと触ってるのはなんなんだい、エリーゼ。

 ずっと思ってたんだけど、エリーゼはスケベだ。性欲のうすいアタシと違って、なにかというと妙な手つきで身体を触ってくる。夜だって毎晩求めてくるし、色々試そうとしてくる。正直、面倒臭いんだけど、ハンナ・グレッツナーの身体は敏感に出来ていて、毎度エリーゼを喜ばせることになる。

 だけどクラスメイトの前はないだろ。アタシはエリーゼの手をつねって、をたしなめる。

 そして予鈴が鳴るとエリーゼと別れ、政経科の教室に向かう。昼休みまではお別れさ。教室にはいったところで、話しかけてくるやつがいた。アルフォンスだ。

「ハンナ、久しぶりの登校だな。いままでなにをやっていた」

「病気療養さ」

 するとアルフォンスは鼻で笑った。

「ふん、私がなにも知らないと思っているのか?皇帝陛下を鎌倉に呼びつけ、ディートハルト殿下を王都から追放させたのだろう。不敬なやつめ。おまえ、いったいなにを企んでいる」

「…ディートハルトの婚約者を略奪しようとした不敬な男ラングハイム公の息子が、アタシのふるまいをとがめるのかい」

「父のことを言うのはよせっ」

 どうやらアルフォンスは、ラングハイム公のやったことを、さすがに恥と思っているらしい。妄念をふりはらうようにため息をついた。

「…そうじゃない━━ハンナ、ひとこと忠告しておく。おまえは派手に動きすぎた」

「…なんだって?」

「皇帝陛下を侮辱したのだろう。皇帝派の貴族たちが、カーマクゥラ倒すべしと、暴発しそうになっているぞ」

 ああ、なるほど。フリッツの言ったとおり、帝都の監視がおろそかになっていたようだねえ。アルフォンスから言われて、アタシははじめてその情報を知った。

「それで━━アルフォンス、あんたはどうして、アタシに忠告してくれるっていうんだい」

 アルフォンスにとってアタシゃ父親の仇のはずさ。少なくとも親切をしてやる相手ではないと思うんだけどねえ。

 するとアルフォンスはクスリと笑った。

「おまえを倒すのはこの私だ。アルフォンス・フォン・ラングハイムだ。つまらない相手に暗殺などされてほしくはないからな」

 権力闘争でおまえを打倒する━━アルフォンスは宣言して高らかに笑った。高笑いはいつまでも止まらなかった。そこで教師が教室に入ってくる。

「みんな席につくように。ラングハイムくん、なにが面白いのかわからないが、笑うのはホームルームが終わってからにしなさい」

 アルフォンスは眼鏡をかけなおして、自分の席に戻っていった。それにしても━━皇帝派の貴族か。フリッツにはアタシの護衛を解くように命令してあるし、これはちょっと危ないかもしれない。いちおう、アタシのそばにはひとりだけ、獣人の護衛がついちゃいるんだが、いくら身体能力に優れた獣人でも、複数に襲撃されたらアタシを守りきることはできないだろう。

 アタシは━━このとき帝都内の情報収集に散っていた裏影を集めるべきだった。それがわかっていながら、心のどこかで悪魔がささやいた。

 アタシは報いを受けるべきだと。

 生きようとする気持ちは確かにある。だけど、どうしてだろう。自分が幸せになる未来が、アタシには想像できないのさ。

 けれど何事もなく授業はすべて終わり、放課後がやってきた。アタシはエリーゼとともに迎えの馬車に向かう。エリーゼはもうずっとアードルング家の屋敷に戻っていない。グレッツナー家の馬車に乗ろうとするエリーゼを、アタシはとめた。

「エリーゼ、そろそろアードルング家に戻りな。アタシだってグレッツナー家に戻らなきゃならない。鎌倉で一緒に暮らすのは、卒業してからにしよう」

 もし襲撃されるとしたら、エリーゼを巻き込むわけにはいかない。そんな気持ちもあって、アタシはエリーゼに言ったんだけど、その反発はすさまじかった。

「そんなの、嫌ですわっ。ハンナの身体が少しずつ成長していく10代の貴重な時間を、毎晩確認しないで3年間も過ごすだなんて、たえられませんわっ」

「ばっ、エリーゼ、声が高いよ」

「ハンナの蕾が開いていくのを━━」

「わかった、わかったから。今晩だけだから。エリーゼを奪ったままじゃ、アードルング公に申し訳ないんだよ。たまには実家に返さないと。明日からはまた鎌倉で暮らすから、今晩だけは後生だよっ」

 それでようやく納得して、エリーゼはアタシが呼んであったアードルング家の馬車に乗り込んだ。その直後のことさ。騎士らしい身なりの男たちが、馬に乗って突っ込んできたのは━━。
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