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一年前の再演(11)
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テオドールは開き直ったように顔を上げると、周囲を憎々しげに睨みまわした。
すぐ傍のジュリアン、ジュリアンの近くの側近たち。扉から歩み出たリオネル殿下とその護衛。少し離れて控えるヴァニタス卿と、卿とともに戻ってきたフィデルの兵たち。大広間に集められた重臣たちと、離れてぽつんと一人立つ私。
全員の顔を確認するように順に目に映し、それから傍らの姉を引き寄せる。
「ルシア、君の出番だ」
引きつった笑みを浮かべて、テオドールは姉に囁きかけた。
指先は、髪に隠れた姉の首筋へ。まるで恋人のように、無遠慮に肌を撫で上げる。
「ここにいる全員を、君の魔術で始末するんだ。――フィデル王国は、国外追放した魔術師の復讐によって壊滅した。強力な魔術に抗うすべはなく、気の毒なことに王太子も重臣たちも、たまたまフィデル王国を訪ねていた第七皇子も含めて全員が死亡。生存していたのは、運よく難を逃れた僕一人だけ。この話は、それでおしまいだ」
「兄上……!」
リオネル殿下が悲痛な声を上げた。
殿下の護衛たちは前に出て、テオドールから守るように背にかばう。
もはや護衛たちにとって、テオドールはオルディウスの皇子ではない。主に害をなす敵とみなされたのだ。
それを見て、テオドールが嘲笑う。
たとえ魅了が効かなくとも、姉が強力な武器であることは変わらない。姉の力をもってすれば護衛の一人二人わけはないし、本当に本気で姉が望むのであれば、ここにいる全員を相手取っても負けはしない。
腹立たしいけれど、それは紛れもない事実。
最初からテオドールが強硬手段をとっていた場合、そもそも私たちになすすべはなかったのだ。
「犯人の魔術師は逃亡して行方知れず。オルディウスにはいられないだろうが、その魅了魔術を使えば他の国を落とせるはずだ。そこで今度こそ王妃となって、僕の役に立ってくれ――ルシア!」
――そう。
最初からであれば。
勝利を確信し、朗々と声を張り上げたテオドールが、期待を込めて姉を見る。
嘆き、縋りつき、ずっと寄り添ったまま離れなかった姉を――この男は、ここでようやく目にしたのだ。
震えながら、目を潤ませながら、拒むように首を振る姉を。
「いや……いやです。他の誰かと結婚なんて……」
「――ルシア?」
「私は、あなたのために尽くしてきたのです。国のため、人のため、だけじゃない。あなたがいたから、私は」
「どうした、ルシア。ずいぶんと強情じゃないか。いつもの君はもっと聞きわけがいいだろう?」
テオドールは訝しむように眉根を寄せながら、首を振り続ける姉の顔を覗き込む。
手は、まだ首筋に触れている。
魅了の効果を強めようというのだろう。魅了の魔道具の力か、それともテオドール自身の力か知らないけれど、かすかに魔力の流れる気配がした。
「これは君と僕のためなんだ。必要なことなんだ。君は物分かりの良い女性だ。わかってくれるだろう?」
「――――いいえ」
それでもなお、姉は首を縦には振らない。
困惑するテオドールの前で、ただ否定の言葉を繰り返す。
「いいえ、違います。違うの。私はそんな、物分かりのいい女じゃない……!」
同時に、チリ、と空気が張り詰める。
肌を刺すような、痛みにも似た気配に、私は無意識に息を呑んだ。
――――魔力!
テオドールが流した魔力とはわけが違う。大広間の空気すべてを塗り替えるほどの力が、姉から噴き出している。
吹き抜ける魔力の圧に、壇上のテオドールが呆然と立ち尽くした。
ジュリアンと側近たちも、強張った表情で距離を取る。
だけどそれは、姉には見えていない。
テオドールもジュリアンも、姉の目には映らない。
解けかけの魅了に捕らわれたまま、姉は過去を探すようにぐるりと大広間を見回し、悲鳴じみた叫び声を上げた。
「強情だっただけ。意地を張っていただけ! 本当は聞き分けなんて、よくなかったのに――――」
すぐ傍のジュリアン、ジュリアンの近くの側近たち。扉から歩み出たリオネル殿下とその護衛。少し離れて控えるヴァニタス卿と、卿とともに戻ってきたフィデルの兵たち。大広間に集められた重臣たちと、離れてぽつんと一人立つ私。
全員の顔を確認するように順に目に映し、それから傍らの姉を引き寄せる。
「ルシア、君の出番だ」
引きつった笑みを浮かべて、テオドールは姉に囁きかけた。
指先は、髪に隠れた姉の首筋へ。まるで恋人のように、無遠慮に肌を撫で上げる。
「ここにいる全員を、君の魔術で始末するんだ。――フィデル王国は、国外追放した魔術師の復讐によって壊滅した。強力な魔術に抗うすべはなく、気の毒なことに王太子も重臣たちも、たまたまフィデル王国を訪ねていた第七皇子も含めて全員が死亡。生存していたのは、運よく難を逃れた僕一人だけ。この話は、それでおしまいだ」
「兄上……!」
リオネル殿下が悲痛な声を上げた。
殿下の護衛たちは前に出て、テオドールから守るように背にかばう。
もはや護衛たちにとって、テオドールはオルディウスの皇子ではない。主に害をなす敵とみなされたのだ。
それを見て、テオドールが嘲笑う。
たとえ魅了が効かなくとも、姉が強力な武器であることは変わらない。姉の力をもってすれば護衛の一人二人わけはないし、本当に本気で姉が望むのであれば、ここにいる全員を相手取っても負けはしない。
腹立たしいけれど、それは紛れもない事実。
最初からテオドールが強硬手段をとっていた場合、そもそも私たちになすすべはなかったのだ。
「犯人の魔術師は逃亡して行方知れず。オルディウスにはいられないだろうが、その魅了魔術を使えば他の国を落とせるはずだ。そこで今度こそ王妃となって、僕の役に立ってくれ――ルシア!」
――そう。
最初からであれば。
勝利を確信し、朗々と声を張り上げたテオドールが、期待を込めて姉を見る。
嘆き、縋りつき、ずっと寄り添ったまま離れなかった姉を――この男は、ここでようやく目にしたのだ。
震えながら、目を潤ませながら、拒むように首を振る姉を。
「いや……いやです。他の誰かと結婚なんて……」
「――ルシア?」
「私は、あなたのために尽くしてきたのです。国のため、人のため、だけじゃない。あなたがいたから、私は」
「どうした、ルシア。ずいぶんと強情じゃないか。いつもの君はもっと聞きわけがいいだろう?」
テオドールは訝しむように眉根を寄せながら、首を振り続ける姉の顔を覗き込む。
手は、まだ首筋に触れている。
魅了の効果を強めようというのだろう。魅了の魔道具の力か、それともテオドール自身の力か知らないけれど、かすかに魔力の流れる気配がした。
「これは君と僕のためなんだ。必要なことなんだ。君は物分かりの良い女性だ。わかってくれるだろう?」
「――――いいえ」
それでもなお、姉は首を縦には振らない。
困惑するテオドールの前で、ただ否定の言葉を繰り返す。
「いいえ、違います。違うの。私はそんな、物分かりのいい女じゃない……!」
同時に、チリ、と空気が張り詰める。
肌を刺すような、痛みにも似た気配に、私は無意識に息を呑んだ。
――――魔力!
テオドールが流した魔力とはわけが違う。大広間の空気すべてを塗り替えるほどの力が、姉から噴き出している。
吹き抜ける魔力の圧に、壇上のテオドールが呆然と立ち尽くした。
ジュリアンと側近たちも、強張った表情で距離を取る。
だけどそれは、姉には見えていない。
テオドールもジュリアンも、姉の目には映らない。
解けかけの魅了に捕らわれたまま、姉は過去を探すようにぐるりと大広間を見回し、悲鳴じみた叫び声を上げた。
「強情だっただけ。意地を張っていただけ! 本当は聞き分けなんて、よくなかったのに――――」
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