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エピローグ(4)
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王族の結婚なら、貴族家の端くれとして当然頭に入っている。
だけど、最近と呼べる範囲で結婚した家で、跡取り娘のいる貴族家が思い浮かばない。親世代にまで広げて考えても、ジュリアンと年の合う令嬢は見当たらなかった。
どういうことかと眉をひそめれば、ジュリアンが深いため息を吐く。
「リリア、君、よく鈍感って言われない?」
「ほとんど言われたことないわね」
自分で言うのもなんだけれど、私はけっこう鋭い方だ。
相手の顔色をすぐ見読み取れるし、言いたいことや考えていることも態度から察することができる。
鈍感だなどと言われたのは、これが人生で二度目。一度目がいつであるのかはさておいて、ジュリアンはますます悲しげに頭を抱えた。
「君、今の話聞いて、自分と境遇が似ていると思わなかった?」
「…………それは、まあ」
似ていると言えば、たしかに似ている。
私の生まれであるベルクール侯爵家は、国に名の知れた魔術師の一族。十分『いいところの貴族』と言って良いだろう。
家に男児が生まれなかったのも同じ。姉も、順当に行けば王太子と結婚して王家に入る予定だった。
そうなると、家を継げるのは私一人。ジュリアンの想い人と同じように、私もまた侯爵家の跡取り娘として、婿養子を探していた――が。
「でも、やっぱり違うわ」
それも今や過去のこと。
私は自分でもわかるほどの皮肉な笑みで、ジュリアンに首を横に振ってみせた。
「だって、私はもうベルクール侯爵家の跡取りじゃないもの。お姉様が戻ってきたのだから」
「え」
「侯爵家は、いずれ生まれるだろうお姉様とヴァニタス卿の子に継がせるんですって。その子が成人するまでは、お父様も当主を引く気はないらしいわ」
私の言葉に、ジュリアンがぽかんと呆けた顔をする。
どうやらジュリアンは初耳だったらしい。突っ伏した頭も上げて唖然と瞬く彼を横目に、私は「はん」と荒く鼻息を吐き出した。
彼が知らないのも無理はない。この話は、私もつい先日聞いたばかりなのだ。
「この前、侯爵領の本邸に戻ったときに言われたの。国境に行く前に、お姉様から提案があったそうよ。私の代わりに、自分の子を後継ぎにしないか――って」
まだ結婚もしていないのに気の早いことだけれど、国境に行ってしまえばいつ戻ってこられるかわからないのだ。
姉としては早いうちに両親に打診し、いずれ生まれるだろう自分の子の将来を決めておきたかったのだろう。
――卿は、『卿』と言いつつ爵位を持っていないものね。
廃嫡された卿は、王族であれば得られるはずの公爵位を持っていない。今の状況であれば、陛下に頼めば爵位くらいもらえそうなものだけど、そんな歴史のない地位よりも、名の知れたベルクール侯爵家の方が価値があるとでも踏んだのだろう。
さすがに、問題を起こした自分自身が爵位を継ごうとは姉も思わなかったらしい。
だけど、子どもとなると話は別。危険な国境での警備を、自分の子にまで背負わせたくないという気持ちは理解できなくもない。
一方のベルクール侯爵家も、欲しいのは『魔術の名門』に相応しい後継ぎだ。
ろくに魔力もない跡取りは必要ない。もとより、私は姉の代用品。姉が王家に嫁ぐことになったから、仕方なく据えられた後継者でしかなかった。
「お父様もお母様も、お姉様の提案を受けたのよ。卿も納得しているらしいわ。『これからは、家のために我慢せず好きなように生きていい』なんてお父様は言っていたけれど、要は体のいい厄介払いよ」
けっ、と私はすっかりやさぐれて喉を鳴らす。
結局のところ、姉にとっての私は最後まで邪魔な存在だったということ。私から跡取りの座を取り上げて、きっと今ごろは高笑いでもしているのだろう。
『いいえ、違うわよ、リリア』
とは、実家でもやさぐれていた私に母がかけた言葉だ。
ベッドで伏せる病弱な母の部屋に押し入り、膝を抱えて不貞腐れる私を見て、母はくすくすと笑ってみせた。
『これは、あなたのためにルシアが決めたことなのよ。あなたは他人のことにはすぐ気が付く癖に、自分のことには鈍感だから、って』
相変わらず仲が良いのね――と言って微笑む母の顔を思い出し、私は苦い顔で首を振る。
仲が良いなんて冗談ではない。姉にだけは鈍感とは言われたくなかった。
ちなみにこれが、記念すべき人生一度目の『鈍感』呼ばわりである。
「お姉様もお父様たちも、みんな勝手すぎるわ。それじゃあ、私はどうなるのよ」
もはや笑うに笑えず、私は深いため息を吐く。
姉が王太子の婚約者となって以降、私はずっと侯爵家の跡を継ぐつもりで生きてきた。次期侯爵としての知識を身に付け、社交界で人脈を作り、結婚相手だって家のこと第一で探してきたのだ。
なのに、それはもう必要ないと言う。『私のため』だなんて言うけれど、当の私は見知らぬ町にいきなり捨てられたような気分だった。
「好きに生きていい、なんて今さら言われても困るわ。これからどうしろって言うのよ。――ねえ、ジュリアン」
私は同意を求め、ジュリアンに視線を向けた。
私は姉のせいで将来を失い、逆にジュリアンはなりたくもない国王の未来が決まってしまった。多少境遇は違えど、互いに将来を歪められた者同士。共感くらいはしてもらえるだろう――と。
そう思っていたのだけど。
「……ジュリアン?」
「…………」
ジュリアンは答えない。
私の話を聞いていたのかいないのか。相変わらず唖然とした表情で瞬いているだけだ。
「………………」
だけどその表情が、次第に気難しげに変わっていく。
眉をひそめ、口をつぐみ、なにやら考えるように一度下を向き。かと思えば今度は迷うように上を向き。目を閉じ、深く息を吐き、吐いた以上に大きく息を吸って少しの間。
それから。
「…………リリア」
それから彼は、意を決したように口を開いた。
「行き先がないなら、ちょうど君に任せたい仕事があるんだ」
心なし前のめりに。どことなく緊張した態度で。いつもよりも、少し強張った声で――。
こちらが戸惑うほどに、真剣な表情で。
「王太子妃、って言うんだけど」
だけど、最近と呼べる範囲で結婚した家で、跡取り娘のいる貴族家が思い浮かばない。親世代にまで広げて考えても、ジュリアンと年の合う令嬢は見当たらなかった。
どういうことかと眉をひそめれば、ジュリアンが深いため息を吐く。
「リリア、君、よく鈍感って言われない?」
「ほとんど言われたことないわね」
自分で言うのもなんだけれど、私はけっこう鋭い方だ。
相手の顔色をすぐ見読み取れるし、言いたいことや考えていることも態度から察することができる。
鈍感だなどと言われたのは、これが人生で二度目。一度目がいつであるのかはさておいて、ジュリアンはますます悲しげに頭を抱えた。
「君、今の話聞いて、自分と境遇が似ていると思わなかった?」
「…………それは、まあ」
似ていると言えば、たしかに似ている。
私の生まれであるベルクール侯爵家は、国に名の知れた魔術師の一族。十分『いいところの貴族』と言って良いだろう。
家に男児が生まれなかったのも同じ。姉も、順当に行けば王太子と結婚して王家に入る予定だった。
そうなると、家を継げるのは私一人。ジュリアンの想い人と同じように、私もまた侯爵家の跡取り娘として、婿養子を探していた――が。
「でも、やっぱり違うわ」
それも今や過去のこと。
私は自分でもわかるほどの皮肉な笑みで、ジュリアンに首を横に振ってみせた。
「だって、私はもうベルクール侯爵家の跡取りじゃないもの。お姉様が戻ってきたのだから」
「え」
「侯爵家は、いずれ生まれるだろうお姉様とヴァニタス卿の子に継がせるんですって。その子が成人するまでは、お父様も当主を引く気はないらしいわ」
私の言葉に、ジュリアンがぽかんと呆けた顔をする。
どうやらジュリアンは初耳だったらしい。突っ伏した頭も上げて唖然と瞬く彼を横目に、私は「はん」と荒く鼻息を吐き出した。
彼が知らないのも無理はない。この話は、私もつい先日聞いたばかりなのだ。
「この前、侯爵領の本邸に戻ったときに言われたの。国境に行く前に、お姉様から提案があったそうよ。私の代わりに、自分の子を後継ぎにしないか――って」
まだ結婚もしていないのに気の早いことだけれど、国境に行ってしまえばいつ戻ってこられるかわからないのだ。
姉としては早いうちに両親に打診し、いずれ生まれるだろう自分の子の将来を決めておきたかったのだろう。
――卿は、『卿』と言いつつ爵位を持っていないものね。
廃嫡された卿は、王族であれば得られるはずの公爵位を持っていない。今の状況であれば、陛下に頼めば爵位くらいもらえそうなものだけど、そんな歴史のない地位よりも、名の知れたベルクール侯爵家の方が価値があるとでも踏んだのだろう。
さすがに、問題を起こした自分自身が爵位を継ごうとは姉も思わなかったらしい。
だけど、子どもとなると話は別。危険な国境での警備を、自分の子にまで背負わせたくないという気持ちは理解できなくもない。
一方のベルクール侯爵家も、欲しいのは『魔術の名門』に相応しい後継ぎだ。
ろくに魔力もない跡取りは必要ない。もとより、私は姉の代用品。姉が王家に嫁ぐことになったから、仕方なく据えられた後継者でしかなかった。
「お父様もお母様も、お姉様の提案を受けたのよ。卿も納得しているらしいわ。『これからは、家のために我慢せず好きなように生きていい』なんてお父様は言っていたけれど、要は体のいい厄介払いよ」
けっ、と私はすっかりやさぐれて喉を鳴らす。
結局のところ、姉にとっての私は最後まで邪魔な存在だったということ。私から跡取りの座を取り上げて、きっと今ごろは高笑いでもしているのだろう。
『いいえ、違うわよ、リリア』
とは、実家でもやさぐれていた私に母がかけた言葉だ。
ベッドで伏せる病弱な母の部屋に押し入り、膝を抱えて不貞腐れる私を見て、母はくすくすと笑ってみせた。
『これは、あなたのためにルシアが決めたことなのよ。あなたは他人のことにはすぐ気が付く癖に、自分のことには鈍感だから、って』
相変わらず仲が良いのね――と言って微笑む母の顔を思い出し、私は苦い顔で首を振る。
仲が良いなんて冗談ではない。姉にだけは鈍感とは言われたくなかった。
ちなみにこれが、記念すべき人生一度目の『鈍感』呼ばわりである。
「お姉様もお父様たちも、みんな勝手すぎるわ。それじゃあ、私はどうなるのよ」
もはや笑うに笑えず、私は深いため息を吐く。
姉が王太子の婚約者となって以降、私はずっと侯爵家の跡を継ぐつもりで生きてきた。次期侯爵としての知識を身に付け、社交界で人脈を作り、結婚相手だって家のこと第一で探してきたのだ。
なのに、それはもう必要ないと言う。『私のため』だなんて言うけれど、当の私は見知らぬ町にいきなり捨てられたような気分だった。
「好きに生きていい、なんて今さら言われても困るわ。これからどうしろって言うのよ。――ねえ、ジュリアン」
私は同意を求め、ジュリアンに視線を向けた。
私は姉のせいで将来を失い、逆にジュリアンはなりたくもない国王の未来が決まってしまった。多少境遇は違えど、互いに将来を歪められた者同士。共感くらいはしてもらえるだろう――と。
そう思っていたのだけど。
「……ジュリアン?」
「…………」
ジュリアンは答えない。
私の話を聞いていたのかいないのか。相変わらず唖然とした表情で瞬いているだけだ。
「………………」
だけどその表情が、次第に気難しげに変わっていく。
眉をひそめ、口をつぐみ、なにやら考えるように一度下を向き。かと思えば今度は迷うように上を向き。目を閉じ、深く息を吐き、吐いた以上に大きく息を吸って少しの間。
それから。
「…………リリア」
それから彼は、意を決したように口を開いた。
「行き先がないなら、ちょうど君に任せたい仕事があるんだ」
心なし前のめりに。どことなく緊張した態度で。いつもよりも、少し強張った声で――。
こちらが戸惑うほどに、真剣な表情で。
「王太子妃、って言うんだけど」
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