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その後の話
8話 ※公爵視点
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ヴォルフは無言のまま、頭を下げるアネッサを見つめていた。
午後の日差しの差し込む、日当たりの良い部屋。
椅子に座ったまま、アネッサはヴォルフに向けて頭を下げている。
赤茶けた髪は、いつもよりも丁寧に結ばれていた。
装飾の多いドレスは、動きやすいシンプルな服装を好む彼女にしては珍しい。
首や耳には普段身に着けない飾りが揺れ、日差しを返してきらめいている。
化粧をしていたはずの顔が、頭を下げているせいでよく見えないのがもどかしかった。
「……」
仮にもヴォルフは公爵で、仮にも王家の血を引く身だ。
きらびやかな社交界は知っていた。
絢爛豪華な舞踏会に、競い合って着飾る女たち。
ドレスは毒々しいほどに華やかで、体を飾る宝石は雨粒のように惜しみもない。
あの世界を知っている者が彼女を見たら、ずいぶんささやかなものだと思うだろう。
「…………」
彼女がヴォルフに相談したなら、彼はもっと多くを揃えただろう。
彼女のためにドレスを仕立て、宝石を贈り、髪に花でも飾っただろうか。
こんな風に、逃げるような真似をしなくても、彼女の望みを叶えてやった。
「………………」
怒っているというのなら、もちろん彼は怒っている。
一言でも話せば、ヴォルフは彼女の望みを無碍にはしなかった。
なのに彼女は、黙って勝手に部屋を出て行き――彼女の顔が見たいと、必死に仕事を片付けて部屋に戻ったヴォルフの気持ちを裏切った。
許しがたい。
その思いは消えないが――。
彼は無言のまま、部屋の中に足を踏み入れた。
周囲のメイドたちは身を強張らせ、さっと彼のために道を開ける。
それを見もせずに、ヴォルフはアネッサに歩み寄る。
「アネッサ」
声をかけて肩を掴むと、アネッサの体がびくりと震えた。
そのまま強引に顔を上げさせれば、彼女は慌てて顔を隠す。
「い、今はお見せできるような顔をしていないので! お化粧も途中でしたし……!」
「いや」
短くそう言って、彼は顔を覆うアネッサの手首を掴んだ。
剥ぎ取るように手首を引けば、少しうるんだ緑の瞳が目に入る。
あらわになった彼女の顔を、ヴォルフは少しの間、黙って見降ろした。
化粧途中の肌はいつもよりも白く、眼は少し大きく見えるだろうか。
すぐに真っ赤になるくせに、頬紅の色はささやかだ。
唇だけは紅を塗る前で、居心地悪そうに引き結ばれている。
――腹立たしい。
ヴォルフの怒りに、処刑を待つように震えているくせに、逃げ出した彼女が憎らしい。
いつもいつも思い通りにならず、ヴォルフを弄ぶ彼女に、言いたいことはいくらでもある。
それでも、最初に言うべきは――きっと、この言葉なのだろう。
「――――きれいだ」
明るい日差しを受ける、木漏れ日のように澄んだ瞳に、ヴォルフは素直にそう告げた。
顔立ちは平凡、格別な美人でもない。
自分の顔に見慣れた彼にとっては、美しいと思えるものなどシメオンくらいしか知らない。
それでも彼女はきれいだった。
昼でも暗いこの公爵邸で、彼女の周囲だけ日が差すようだ。
眩しさに思わず目を細めれば、握りしめた彼女の手のひらが熱を持つ。
ヴォルフの顔を映し、怯えて涙目だった目が、うるんだままに大きく見開かれる。
居心地悪そうな口元は変わらず、強張ったような表情もそのままに――。
化粧でも隠せないほど真っ赤に染まっていく様子に、ヴォルフは見惚れていた。
午後の日差しの差し込む、日当たりの良い部屋。
椅子に座ったまま、アネッサはヴォルフに向けて頭を下げている。
赤茶けた髪は、いつもよりも丁寧に結ばれていた。
装飾の多いドレスは、動きやすいシンプルな服装を好む彼女にしては珍しい。
首や耳には普段身に着けない飾りが揺れ、日差しを返してきらめいている。
化粧をしていたはずの顔が、頭を下げているせいでよく見えないのがもどかしかった。
「……」
仮にもヴォルフは公爵で、仮にも王家の血を引く身だ。
きらびやかな社交界は知っていた。
絢爛豪華な舞踏会に、競い合って着飾る女たち。
ドレスは毒々しいほどに華やかで、体を飾る宝石は雨粒のように惜しみもない。
あの世界を知っている者が彼女を見たら、ずいぶんささやかなものだと思うだろう。
「…………」
彼女がヴォルフに相談したなら、彼はもっと多くを揃えただろう。
彼女のためにドレスを仕立て、宝石を贈り、髪に花でも飾っただろうか。
こんな風に、逃げるような真似をしなくても、彼女の望みを叶えてやった。
「………………」
怒っているというのなら、もちろん彼は怒っている。
一言でも話せば、ヴォルフは彼女の望みを無碍にはしなかった。
なのに彼女は、黙って勝手に部屋を出て行き――彼女の顔が見たいと、必死に仕事を片付けて部屋に戻ったヴォルフの気持ちを裏切った。
許しがたい。
その思いは消えないが――。
彼は無言のまま、部屋の中に足を踏み入れた。
周囲のメイドたちは身を強張らせ、さっと彼のために道を開ける。
それを見もせずに、ヴォルフはアネッサに歩み寄る。
「アネッサ」
声をかけて肩を掴むと、アネッサの体がびくりと震えた。
そのまま強引に顔を上げさせれば、彼女は慌てて顔を隠す。
「い、今はお見せできるような顔をしていないので! お化粧も途中でしたし……!」
「いや」
短くそう言って、彼は顔を覆うアネッサの手首を掴んだ。
剥ぎ取るように手首を引けば、少しうるんだ緑の瞳が目に入る。
あらわになった彼女の顔を、ヴォルフは少しの間、黙って見降ろした。
化粧途中の肌はいつもよりも白く、眼は少し大きく見えるだろうか。
すぐに真っ赤になるくせに、頬紅の色はささやかだ。
唇だけは紅を塗る前で、居心地悪そうに引き結ばれている。
――腹立たしい。
ヴォルフの怒りに、処刑を待つように震えているくせに、逃げ出した彼女が憎らしい。
いつもいつも思い通りにならず、ヴォルフを弄ぶ彼女に、言いたいことはいくらでもある。
それでも、最初に言うべきは――きっと、この言葉なのだろう。
「――――きれいだ」
明るい日差しを受ける、木漏れ日のように澄んだ瞳に、ヴォルフは素直にそう告げた。
顔立ちは平凡、格別な美人でもない。
自分の顔に見慣れた彼にとっては、美しいと思えるものなどシメオンくらいしか知らない。
それでも彼女はきれいだった。
昼でも暗いこの公爵邸で、彼女の周囲だけ日が差すようだ。
眩しさに思わず目を細めれば、握りしめた彼女の手のひらが熱を持つ。
ヴォルフの顔を映し、怯えて涙目だった目が、うるんだままに大きく見開かれる。
居心地悪そうな口元は変わらず、強張ったような表情もそのままに――。
化粧でも隠せないほど真っ赤に染まっていく様子に、ヴォルフは見惚れていた。
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