破滅したくない悪役令嬢によって、攻略対象の王子様とくっつけられそうです

村咲

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真なる魔王の誕生(1)

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 ――なにが……起きたの……?

 光の消え失せた大広間。
 未だ閃光の焼き付くまぶたを、私はゆっくりと持ち上げた。

 周囲は静かだった。
 しんと静まり返った中、カツンとなにかが落ちる音がする。
 魔族の秘宝が床に落ち、転がる音だ。

 ころころと転がり、誘われるように魔族の足元へ向かうそれを、彼は無言で拾い上げた。

 私が伸ばした手は、なにも掴んでいない。
 アンリに向けて伸ばした手は、宙を掴んでいるだけだ。
 その代わり――。

「……ありがとう、ミシェル」

 掴まれているのは私の方だった。
 腕を掴まれ、引き寄せられ――強く、強く抱きしめられている。

 金の髪が頬をくすぐる。
 大きな手が私の腰を抱いている。
 いつの間に剣を手離したのだろう。よろめいた拍子に、片足が床に落ちた剣に当たった。

「アンリ……」

 私を抱く手には熱がある。
 耳元で吐息が聞こえる。
 夢や幻ではない。たしかなアンリの感触だった。

 それでも私は、未だこれが現実であると信じられなかった。
 聖女の玉は、間違いなくアンリに触れた。
 なのに、なぜ――。

「――やはり、こうなるのですね」

 魔族は玉を手に、静かに呟いた。

「魔王様。今まさに誕生された、至高のお方」

 魔王、と私は口の中で呟く。
 魔族の声に敵意はなく、『器』に向ける偽りの敬意もない。

「魔王様のお心は受け入れられました。揺れる心は一つとなり、たとえ秘宝を使おうとも、もう引き離すことはできません。ええ――認めましょう」

 アンリは私の体を離し、顔を上げる。
 彼の視線は、まっすぐ魔族を射抜いていた。
 青空のような透明さと、底の見えない深淵を、同時に瞳に宿しながら。

「我々は敗北しました。魔王の身となりながら、未だ人であり続ける者よ」

 恭しくそう言うと、魔族はアンリに向けて深く礼をした。
 それは、この場の支配者が誰であるかを示すなによりの証だ。

「……俺が、魔王として命じるのはただ一つだけだ」

 頭を下げる魔族に、アンリは驚きも戸惑いもしなかった。
 彼の敬意を当然のように受け止め、命令する口調にも迷いはない。

「人間たちから手を引け。俺がいる限り、お前たちが人間を脅かすことは許さない」
「ええ、偉大なるお方」

 アンリの命に、魔族はさらに深く頭を下げた。

「すべては、御身の命ずるままに」

 魔族の恭順の声が、静寂の中に静かに響く。
 言葉を発することはためらわれた。
 私も、父さえも無言で二人を見つめる中――。



「――なによこれ! どういうことよ!」

 場違いな声が、どこからか響き渡った。

「魔王には私がなるんじゃなかったの!? なのに、どうして――アンリじゃなくて、私がここに閉じ込められてるのよ!!」

 声が聞こえるのは、魔族の手の中からだ。
 彼の手にする、透き通る球体の内側に――声を張り上げる聖女の姿がある。

 〇

「繊細な道具だと言いましたでしょう」

 魔族は頭を上げ、球体の中の聖女に視線を落とした。
 慇懃な声に感情はない。底知れない冷たさだけがある。

「正しく魔法が作動しなかった場合、どのような結果になるか、わからないと」
「聞いてないわ! そんなの、そんなの……!」

 彼女は内側から球体を叩き、声を張り上げた。

「おかしいじゃない! 私はヒロインなのよ! なのにどうしてこうなるの! どうして、そんな女がアンリの傍にいるの!!」

 どれほど打ち付けても、玉はわずかにも揺らがない。
 恐怖と焦りと怒りを混ぜ込み、彼女の顔が歪んでいく。
 彼女の血走った眼は、救いを求めるように周囲をさまよっていた。

「アンリ、目を覚まして!」

 その目が、アンリを捉えて期待を宿す。
 縋るように玉の端に体を寄せ、彼女は声の限りに叫んだ。

「アンリを救えるのは私だけなのよ! アンリの魔力を、私だけが受け止められるの! アンリみたいな化け物と一緒にいられるのは、私だけなのよ!!」

 化け物、の言葉に、私は反射的にアンリに目を向ける。
 幼いころから何度も聞かされた、アンリを苦しめてきたその言葉に、彼は表情を変えない。
 ただ無言のまま、視線だけを冷たくする。

「魔力もないモブ女にはできないわ! ずっとその力を我慢し続けるって言うの!? そんな平凡な女のために!?」

 彼女はその視線に気が付かない。
 見開いた眼にアンリを映し、夢中で声を上げ続ける。

「それは単なるモブキャラよ! 気付いてアンリ、あなた化け物には、ヒロインしかいないのよ!!」
「……アンリ」

 私はそっとアンリの袖を引く。
 ヒロインである彼女はアンリの傷を知っていて、だからこそ、その言葉は的確に傷を抉る。
 これ以上、彼女の言葉をアンリに聞かせたくなかった。

 だが、アンリは私の手を優しく払う。

「……君の言うことは間違っていない、オレリア」

 玉の中の聖女を見つめ、アンリは惹かれるように足を踏み出した。

「俺は紛れもなく化け物だ。異常な魔力は、いつ誰を傷つけるかもわからない。恐れ、怯えられる存在だ」

 背中を向けたアンリの表情は、私からはわからない。
 淡々とした声は静かで、感情が読めなかった。

「俺の本気の力を受け入れられるのは、きっと君だけだろう。特別と言うのなら、たしかに君は特別だ」
「アンリ……わかってくれるのね!」

 近づいてくるアンリに、聖女は喜色を浮かべた。
 球体を叩く手を止め、両手を握りしめ――私に一瞬だけ目を向けて、彼女は「ふん」と鼻で笑う。

「そう言ってくれると思っていたわ! 私はアンリの特別だって――」
「でも」

 アンリはそこで足を止める。
 球体まではまだ遠い。ほんの、一、二歩近づいただけだ。

「俺はミシェルに出会ってしまった。特別でもない、平凡な――君の言う『モブキャラ』に」
「アンリ……なに……?」
「化け物の俺に、傍にいると言ってくれた。両親さえも近づけなかった俺に、寄り添ってくれた。魔力もないのに、受け止める力もないのに」
「なにを言っているの、アンリ!」
「君を好きになった可能性までは否定しない。君の力は、間違いなく魅力的だった」

 聖女の叫びは、アンリの言葉を止められない。
 アンリは彼女と距離を置いたまま、静かに首を振り、息を吐く。

「だけど俺は、ミシェルを知ってしまった。君と真逆の方法で俺を受け止め、『特別』ではなくとも一緒にいられると――化け物でも、普通に生きていいのだということを教えてくれた、彼女を」

 聖女の顔から、喜色が引いていく。
 アンリはいったい、どんな表情をしているのだろうか。

 彼は息を吸う。
 それからただ静かに、哀れみのにじむ声で――。

「知ってしまった以上、君を好きになることは、ありえないんだ」

 決定的な、別れの言葉を口にした。
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