10 / 45
第三話 捕らわれしの王子《シュイット》様
01.鐘を鳴らして
しおりを挟む快晴の空の下、波は穏やかで風も程よく吹いて快適に航行していく。
「ここが海賊の船じゃなければ、もう少しは気分が良いのだけど……」
天気とは裏腹に曇った表情をしたヒヨリは木箱の上に座って、船内の様子を眺めた。
海賊の船(ヨルムンガンド号)は、一風変わった船体だった。
主船の大きさは屋形船ぐらいの大きさだろうか。エンジンといった機械の推進力は存在せず、帆に風を受けて進行する一昔前の木造船。
詳しく言えば、地球の北欧ヴァイキングが乗っていたクナールやオーセベリ船に似ていたが、船の先端と両脇に帆を備えた小舟が付けられている。
小舟がフロートのような役目を果たしており、安定感が生まれる理にかなった構造となっていた。
船員たちは各々の仕事を果たすために忙しく動きまわっている。
その要因としては船員の数が、五人だけの小人数。
この人数で海賊行為や船を運航しているのは、よほどの腕自慢が集まっているのだろう。
船員の構成は……船上を身軽な身体を活かして動きまわっている子供がいた。ヒヨリより背が低く、見た目も年下の幼さがある。
名前はトーマ。
子供ながら腰には数本の短剣を帯刀しており、彼も立派な海賊の一員なのだ。
自分(ヒヨリ)より年下なので“トーマくん”と呼んでいるが、無視されている。
「もう、愛想が無いな」とヒヨリは独り言を漏らしつつ、他の場所に視線を移す。
帆柱の先端で弓の弦を手入れしながら見張りをしているロアは、女性と見間違うほどに身体の線は細く、肩まで伸びているサラサラの髪に、ヒヨリは羨望の眼差しを向けてしまうほど。
船の舵を取っているのは、筋肉隆々の肉体なのにメガネをかけて賢そうな雰囲気を醸し出しているガウディ。先の小島で流木を持っていってくれた人だ。
船尾では両腕に鎖、頭にはバンダナを巻いているラトフは、掠奪した荷物を検分していた。
そして周りが働いている中、母船の中央に備え付けられているハンモックで優雅に寝転がっているのが、この海賊団の頭目であり船長・ヴァイル。
顔立ちは悪くはない。むしろ、地球ではモデルとして活躍できるほどの外見と身長であったが、髪は潮風の所為でグチャグチャに荒(あ)れており、身だしなみに気を遣っておらず、着ている服も所々破れている。
それは他の船員も同じなのだが、ヴァイルだけは特別な雰囲気を纏っているように感じた。
トーマ。
ロア。
ガウディ
ラトフ。
ヴァイル。
この五人(といっても実質四人)で海賊船・ヨルムンガンド号を操作しているのだ。
ヴァイルとヒヨリの視線が合う。
「ん? なんだ、ヒヨリ。何か用か?」
「べ、別になんでもないわよ!」
「そうか。それで、俺の嫁になる気になったか?」
ヒヨリの頬に少し熱を帯びてしまう。
生まれて初めて男の人から告白……しかも、嫁になれと超直球に言われたのを思い出した。
ヒヨリの返事は、当然――
***
「嫁になる訳ないじゃない。まだ私は十五歳だし、そもそも好きでも無い人……ましてや約束を守らない人なんかと結婚する気は全然ありませんから!」
ヴァイルの告白に、キッパリと断った。
「海賊の嫁になるのなら、そのぐらいの気の強さはないとな」
ヴァイルは一笑いすると、すぐさま真剣な表情を浮かべる。
「心配するな、約束は守る。主神アルファズルと九偉神の名に誓って、お前をニホンという国に連れてってやる。でだ、約束を果たしたら、お前は俺の嫁になれ」
「はっ?」
ヴァイルの強引な物言いに癪にさわる。
助けを求める自分の立場は弱いのだが、ここで素直に従うヒヨリではない。
「……分かったわ。ただし条件があるわよ」
「条件?」
「今から一年以内に私を日本に戻してくれたら、お礼に貴方の願い……その嫁になっても良いわよ」
「海賊の俺様に条件を付けるとは……ああ、分かったよ。その条件を飲んでやる。正式に嫁になるまで、そうだな。この船の料理人をやって貰おうか」
***
告白された一夜の時を振り返ったヒヨリは眉をひそめる。
もし一年以内に日本へ戻してくれたら、あの男……ヴァイルと結婚しなくてはならないと約束はしたが、ヒヨリにはずるい思惑があった。
日本へ戻れば、日本の法律で結婚はうやむやとなって立ち消えるはずだと。
だけど、ここは異世界……だと思われる。無事に日本へ戻れるかどうかも不明だ。もしかしたら、一生ここで生活しなければならないかもしれない。そうなれば否応なく……。
ヒヨリは悪い考えを振り払うように大きく首を横へ振った。
日本からここにやってきたのだから、逆に戻ることも出来るはず……と、ポジティブに考えるとした。
突然奇っ怪な行動をするヒヨリへ「どうした?」とヴァイルが声をかけるも、「別になんでもないわよ!」と素っ気なく返したのだった。
気を取り直して、ヒヨリはヴァイルに問いかける。
「……ねえ。私の国に連れて行ってくれるアテとかはあるの?」
「そうさな。とりあえず、ガンダリア帝国から奪い返した、この荷物をアーステイム王国に持っていた際にお前の国への情報収集でもするかな」
「あーすていむ王国?」
ヴァイルたちの会話で何度も登場している国の名前だ。当然、ヒヨリの知識内にその国名を思い当たりはない。
「ご存知ないですか? アーステイオー四世が治める国……正式名は、神聖アーステイム王国という国です」
代わりに答えたのはラトフだった。
「前にも話したけど、俺たちはアーステイム王国の庇護を受けている海賊。それで、ガンダリア帝国から取り返した荷物は、一旦アーステイム王国に渡さなければならないんだ。そこで取り返した荷物と見合った金銭と交換して貰えるんだ」
話しを聞く限りでは、大義名分の元に活動している海賊とも言えるが、戦闘行為で人を傷つけている光景を目撃している。無法者に心を許せる訳にはいかなかった。
「それじゃ、そのアーステイム王国にはいつ頃着くの?」
「そうだな……この風なら、早くて四日ぐらいかな」
あと四日間も、見ず知らずの海賊たちと船内で過ごさないといけないのには憂鬱めいてしまう。
暇つぶしと気分を紛らわすために、今日の献立を考えることにした。
嫁にはならないが、この船でのヒヨリの役割は料理人に与えられたので、役目を全うしなければならない責任感はある。
「とは言っても、材料とかが乏しいから、凝ったものは作れないんだけど……」
先の小島で料理した時に判明した食材は干し肉や乾燥野菜。
船には火が炊ける簡易キッチンが備えられていたが、男所帯の空間では煤やゴミが溜まっており、掃除などの整備がされていなかった。抵抗がありつつも、作れるとしたら水煮のスープ程度。
しかし、魔法の調味料のトマトケチャップで味付けしているので大好評だったが……。
「ただ煮ただけじゃ、料理とは言えないわよ……」
自分の存在価値に疑心になりかけているヒヨリを横目に、ラトフはヴァイルに小声で話し合う。
「しかし、素性のしれないお嬢さんを嫁に迎えるなんて、相変わらず無茶するね」
「素性を知れないのは、お前もそうだろう。今頃、一人、二人増えたどころで気にすることはない」
「流石は、我が頭目だ」
敬意と皮肉を込めたラトフの台詞に、ヴァイルは愛想笑いで返した――その時だった。
――カンカンと、高い金属音が響き渡った。
「北西の方向に、不審船だ! 全員、配置に付け!」
見張りをしていたロアが警鐘を鳴らし、大声叫んだ。
さっきまで笑っていたラトフは瞬時に真顔となり、代わりにと両腕に巻いていた鎖を緩める。他の船員たちも、各々の武器を手に取り、ロアが指し示した場所を見ていた。
「ラトフ、俺の女(ヒヨリ)を守れよ」とヴァイルの命令に、ラトフは言われるまでもなく、ヒヨリの側に立ち臨戦状態の構えを取っていた。
ヴァイルは側に置いていた愛用の手斧を持つと、船首へと向かいながら帆柱の先端に居るロアに声をかける。
「ロア、不審船の様子はどうだ?」
「普通じゃないですね。何か襲われたみたいで、船のあちらこちらが破壊されています」
「襲われた? 何処の船か分かるか?」
「……あの船の型は、アーステイム王国の船、だと思います」
遠く離れて漂う船は、ヨルムンガンド号より二回りぐらい大きな船で、甲板には大砲が備え付けられている軍船のようだ。見た目的には地球のガレオン船に似ていた。
ヴァイルたちは慎重に不審船に近づいていき、徐々に船体の様子が明確に伺えるようになった。
帆が破れて、帆柱は折れており、船体も所々が破損していた。沈没していないのが不思議なほどの状態だった。
船首に付けられている大剣と大盾、そして双翼の像(フィギュアヘッド)から、ようやく船がアーステイム王国が所有している軍船ユルルングル号だと判った。
軍船が破損している理由は何かに襲われた後だと推測するも、何かの罠かも考えられた。
注意深く様子を見ていると、ユルルングル号の船上に傷だらけになっている船員たちを発見した。格好からアーステイム王国の兵士だと見受けられる。
ヴァイルはトーマとガウディに手を振って乗り込めと合図をして、ロアとラトフは引き続き辺りを警戒した。
ヨルムンガンド号がユルルングル号に接舷するや否や、渡し橋をかける必要も無くガウディとトーマは跳躍して船に乗り込んだ。
ガウディはさっそく傷だらけになっている兵士の元へ駆け寄った。
「我が名は、ヨルムンガンド海賊団のガウディ。貴公たちは神聖アーステイム王国の方々と見受けられるが、如何に?」
「お、おお……。貴方がたは……。私は、神聖アーステイム王国の第三兵士団、ルド・マーベスト・シャードと申します。ヨルムンガンド海賊団の名は聞き及んでおります」
男は息も絶え絶えながら、右腕を胸の前に構えて答えた。アーステイム王国兵士団の礼儀作法である。
「一体何があったのだ?」
「我々は、ガンダリア帝国に与する無法海賊の討伐に出立したのですが、情けなくも騙し討ちに遭い……」
男は黙ると、突如身体を震わせて涙を流し始めた。
ガウディは只事ではないと感じ取り、すぐさまトーマにヴァイルたちをユルルングル号に呼び寄せたのだった。
0
あなたにおすすめの小説
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします
夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。
アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。
いわゆる"神々の愛し子"というもの。
神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。
そういうことだ。
そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。
簡単でしょう?
えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか??
−−−−−−
新連載始まりました。
私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。
会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。
余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。
会話がわからない!となるよりは・・
試みですね。
誤字・脱字・文章修正 随時行います。
短編タグが長編に変更になることがございます。
*タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います
町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。
神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!
カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。
前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。
全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!
うちの孫知りませんか?! 召喚された孫を追いかけ異世界転移。ばぁばとじぃじと探偵さんのスローライフ。
かの
ファンタジー
孫の雷人(14歳)からテレパシーを受け取った光江(ばぁば64歳)。誘拐されたと思っていた雷人は異世界に召喚されていた。康夫(じぃじ66歳)と柏木(探偵534歳)⁈ をお供に従え、異世界へ転移。料理自慢のばぁばのスキルは胃袋を掴む事だけ。そしてじぃじのスキルは有り余る財力だけ。そんなばぁばとじぃじが、異世界で繰り広げるほのぼのスローライフ。
ばぁばとじぃじは無事異世界で孫の雷人に会えるのか⁈
異世界へ誤召喚されちゃいました 女神の加護でほのぼのスローライフ送ります
モーリー
ファンタジー
⭐︎第4回次世代ファンタジーカップ16位⭐︎
飛行機事故で両親が他界してしまい、社会人の長男、高校生の長女、幼稚園児の次女で生きることになった御剣家。
保険金目当てで寄ってくる奴らに嫌気がさしながらも、3人で支え合いながら生活を送る日々。
そんな矢先に、3人揃って異世界に召喚されてしまった。
召喚特典として女神たちが加護やチート能力を与え、異世界でも生き抜けるようにしてくれた。
強制的に放り込まれた異世界。
知らない土地、知らない人、知らない世界。
不安をはねのけながら、時に怖い目に遭いながら、3人で異世界を生き抜き、平穏なスローライフを送る。
そんなほのぼのとした物語。
おばさんは、ひっそり暮らしたい
蝋梅
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23
番外編を不定期ですが始めました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる