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第五話 嵐の《ヴァーン》島で微笑んで
08.嵐の夜
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「家を燃やせ! 命と金目のものを奪え! 刃向うヤツは殺せ! ただし、サリサと髪の黒い女は活かして捕まえろよ!」
広場の中央に陣取ったダーグバッドが大声で叫ぶ。
砂浜近くに在った家が真っ先に襲われ、火が放たれて炎上し、燃え盛る火炎で周囲が照らされていた。
ダーグバッドの船員たちは「ウッヒャーー!」と奇声をあげては、他の家や人を容赦なく襲う。
しかし、大半の島民たち……特に子供や女性、年寄たちは警鐘の音が聞こえると否や、一目散に家を出て島に隠された避難所へと向かった。国を襲われた経験を糧にして、常日頃から襲撃の備えをしていたのである。
残った男たちは武器を手に取り、ダーグバッドの船員たちと勇敢に戦っていた。ヴァーン国の元兵士もおり、相手が悪名が高い海賊といえど奮戦していたが、先の戦火で身体の一部を失っている者もおり実力を発揮できず、旗色が悪かった。
「死ねや!」
船員が倒れ込む島民を突き刺そうとした瞬間――遠方より飛んできた鎖の先端が船員の顔面に直撃し、意識が途絶えた。
島民の男性が振り返ると、
「おお、ラトフ! それにヴァイル様!」
ヴァイルを始め、ラトフ、ガウディ、トーマ、そしてシュイットの姿があった。
「やっと御姿を見せましたか、ヴァイル様」
ダーグバッドとヴァイルの視線が合わさる。
「ここにやってきて、この仕業……覚悟は出来ているんだろうな?」
自分たちの島を襲撃された怒りでヴァイルはダーグバッドに睨みつける。殺気が肌にびりびりと伝わってくるようだった。
「おー怖い怖い。それは私の台詞ですよ、ヴァイル様。我がシーサーペント号を燃やし、私にたて突いたことの報いをここで晴らして貰います。やれ! オマエらッ!」
ダーグバッドの掛け声に、周囲に居た配下の船員たちが襲いかかる。
だが――ガウディの繰り出されるパンチやキックなどの格闘術で次々と一発ノックアウトしていき、トーマの素早い動きに誰一人捉えられず、気付いた時には短剣で身体を斬られていた。
ラトフは鎖を振り回しては取り囲んでいた多数の船員たちを鞭打った。肉が裂け、骨も砕き、船員たちは痛みに悶える。
「くそがー!」
倒れ行く仲間の間隙を見つけて敵がヴァイルたちに接近するも、何処からとも矢が飛んで男の額に命中した。
ロアが背の高い木に登っており、そこから砲台のように矢を射っていたのである。
あっという間にダーグバッドの船員たちが倒されていくも、まだダーグバッドは笑みを浮かべる余裕があった。
「流石はヨルムンガンド海賊。その人数でガンダリア帝国などに勇敢にも襲うことはある。だが、俺様にも頼もしい仲間が入るんでね。おい! 出番だ!」
ダーグバッドは、自分の近くにいた男たちに声をかけた。
四人の男たちは他の船員たちとは雰囲気が違い、荒々しくいずれも巨体で筋骨隆々の体躯をしていた。
彼らはダーグバッド海賊団の中でも屈強の戦士であり、ダーグバッドの悪名を高めた手柄のほとんどは、この戦士たちのお蔭だった。ダーグバッド四天王と言い広めていた。
しかし、ヴァイルたちは恐れてはいない。各々は自身の武器を構え、いざ参ろうとした時だった――
「なーに、チンタラやっているんだい、あんたたち!」
後方からサリサの大声が轟いた。
その場に居る全員が声がした方を向くと、サリサと、背後にヒヨリの姿があった。
(なぜヒヨリをここに?)と、ヴァイルは内心焦慮してしまう。
一方、ダーグバッドは汚い歯をむきだして笑みを浮かべる。
「これはこれはサリサ様。相も変わらずお美しい。ならばこそ、このダーグバッドの伴侶に相応しい」
「裏切り者のあんたから、そんなことを言われると虫唾が走るだけよ」
サリサとダーグバッドが睨み合う。
部外者であるヒヨリでも何かしらの因縁を感じていると、サリサがヒヨリに話しかける。
「ヒヨリ、良い機会だから説明しとくわ。あのダーグパッドという男はね、元ヴァーン国の兵士だったのさ。それがガンダリア帝国の侵攻が有った際に、我先にと逃げ出した臆病者。いや、逃亡するだけなら良かった。こいつはヴァーン国の情報を売り渡した売国奴なのよ」
その売り渡した情報が防衛線の死角だった場所で、そこをガンダリア帝国に突かれてしまい防衛線が瓦解。敗戦の切っ掛けとなったのだった。
敗色が濃厚な状況になったら自己保身を図る者は居るだろう。だが国を統治していた者の立場からして見れば決して許されない行為だ。
「少し語弊がありますな。私はガンダリア帝国の強さをこの身で知ったからこそ、無益な戦いをしなかっただけです。また元ヴァーン兵だったので、ガンダリア帝国に信用される為には、それなりの手土産が必要だったのです」
信の置けない兵士ほど悪質なものはない。
「ヴァイル! 地獄の番犬(サーベラス)に噛み砕かれるよりにも激しい苦しみを与えてあげな」
「つれないお方だ。だが、それが良い。それではここに居る者たちを皆殺しにして、褒賞としてお迎えいたしましょうか! 行け、オマエら!」
四人の屈強の男たちがヴァイルに襲いかかる。
「うおりゃー!」
男の一人が全力を込めて構えていた大剣(クレイモア)を振り下ろした。兜割りのダウスと異名を持ち、どんなものでも真っ二つにする一太刀。
――ガッキィーン!
ヴァイルはダウスの大剣を狙い定めて、手斧で横に打ち払うと、大剣は軌道が変えられて地面へと刺さった。
「なに!?」
瞬時にガウディが距離を詰めており、がら空きとなっている脇腹に一撃を食らわし――ドゴンッと重い音が響き、ダウスは強烈な痛みで上手く息が出来ず悶絶し、膝をついた。
すかさず別の屈強の男がガウディと手を組み合う。
岩砕のベードと呼ばれ、その名を通り、岩を素手で砕く握力が自慢だった。
「いたたたたたたたっっっっっ!」
その男が情けなく声をあげた。
ガウディに組み合った手を握り潰されていたのだ。
両手が塞がり身動きが取れないところを、トーマが飛び掛かり――短剣で、喉元を掻っ切られた。
「くそがーーー! なっ!」
尖鋭のガスはラトフの鎖に絡み取られており、先ほどのベードと同じようにトーマに喉元を切られた。
残った男はロアに矢を乱れ撃たれて、針ネズミのような姿となっており、力無く倒れた。
流れる連携プレーに屈強の男たちは沈んだ。
ヨルムンガンド海賊が強いのは、個々の能力が高いのはもちろん、それを何倍にも増す連携(コンビネーション)があるからだった。それは船という限られた空間、少人数だからこそより真価は発揮する。今回のように一か所に集まっての戦いは、ヴァイルたちが得意とするのだ。
ヴァイルたちの戦いぶりを少し離れた場所で観覧しているサリサとヒヨリ。
「ヒヨリ、よく見ておきな。これが私たちの日常だよ」
言われずとも目に焼き付いてしまうほどの衝撃的な場面。
初めて異世界にやってきた時に、ヴァイルたちはガンダリア帝国船を襲っていたが、すぐに気を失ってしまったり、シュイット奪還の時は暗闇で遠く離れていたので、よく見えてなかった。
ヴァイルたちの戦いをはっきりと見るのは、今回が初めてになる。
それだけではない、数時間前に島民が集まって宴をしていた広場で人が倒れ、血が流れている。予期せずに襲撃されて、命の危機が身近にある世界だと認識した。
サリサはヒヨリの顔色を覗う。血の気が引いて青くなり、身体が震えていた。
(まあ、そうよね……)
サリサはヨルムンガンド海賊の頭目を務めていた。当然、戦を経験しており、これより悲惨な光景を体験している。
(だけど私の場合は、初陣でも全然普通だったかな)
第二の故郷を襲われて、島民も傷つけられているが、平常を装っていられる自分を見て、改めて普通のお姫様に戻れないと自覚したのだった。
「ぐぬぬぬ……」
ダーグバッドの首筋に冷や汗が滴った。まさか、こちらが完敗するとは思ってなかったからだ。
周囲を見る。他の配下たちも半分以上が倒されており、残った者たちは手を止めてこちらを固唾に眺めていた。
ヴァイルが前に出て、鋭い眼光と共に手斧を差し向ける。
「どうする、ダーグバッド?」
「ふっふふふふ、はっはははは。流石です、ヨルムンガンド海賊。こうでなければ面白くない」
ダーグバッドは自分の剣(曲刀)を抜き、構えた。
「どうやら戦う意志はあるようだな。シュイット! お前がダーグバッドの首を獲れ」
「なっ!」
ダーグバッドや名前を呼ばれたシュイットが驚嘆した。
海賊同士の戦いで、頭目たちが一騎打ち(決闘)するのが慣例であり、矜持でもある。ましてや因縁がある相手にも関わらず、シュイットに譲った。
無法海賊討伐の花を持たせた訳ではない。シュイットの方にも因縁があったからだ。
ダーグバッドの腰巻きに、奪われていたシュイットの愛剣であり、アーステイム王国の宝剣…カールスナウトを指していた。
「解りました、ヴァイル船長」
前に出るシュイットの足元が少しおぼつかないでいるのにヴァイルは気付いた。
「酔いは大丈夫か?」
「少しお酒が残っているけど、船酔いほどじゃないよ」
「ここは地上だ。存分にやれ」
「はい!」
シュイットはヴァイルから貰い受けていた量産品の小剣(レイピア)の切っ先と、怒りが宿った銀色の睨みをダーグバッドに向けた。
「ダーグバッド! 我が誇りと宝剣を取り返させて貰うぞ!」
だが、ダーグバッドは口元を僅かにニヤつかせている。
絶好の機会(チャンス)だと思っていた。
シュイットを捕らえた時、剣も振れないほどに剣の太刀筋も素人同然だったのを目の当たりにしている。それにシュイットを人質に取れば、逃げられる切っ掛けが生まれると打算したのである。
「クックックック……私も甘く見られましたな。そんな若造を挑ませるとは……。かかってくるが良い、アーステイム王国のダメ王子様」
「貴様!」
安い挑発に乗ったかのようにシュイットは踏み出し、突きを繰り出した。
「おっと!」
ダーグバッドは難なく自分の曲刀で受け止める――が、シュイットは小剣を引くと再び突き出しては、舞うが如く手早く突きを繰り出し続ける。
愛剣のカールスナウトと比べて、小剣の柄(持ち手)の掴み具合は悪く、刀身は重量があって扱い難かった。だが不満を垂れる場合ではない。
「くそが!」
ダーグバッドが斬りかかるも、シュイットは小剣でいなして受け流し――すかさずシュイットの小剣が、ダーグバッドの左肩を突き刺した。
「ぐわっ! な……なんだと……」
ダーグバッドの先ほどの余裕がなくなり、焦りの表情を浮かべていた。まさか、シュイットがこれほどの腕達者だと思っていなかったからだ。
「あの時は船酔いで体調は最悪だったけど、この地上では負けはしない!」
ダーグバッドは一旦後退りをして距離を取るものの、シュイットは躊躇なく突進して、
――ガッキィーン!
鋭い突きでダーグバッドの曲刀が宙に舞い、後方へと落下した。
素手となったダーグバッドは腰巻きに差していた宝剣(カールスナウト)に手をやった。
(くそ……どうする、どうする、どうする?)
武器は有るが、それを扱う自分(ダーグバッド)の腕前では、また剣を弾き飛ばされると察する。
ダーグバッドが取った手段は、
「ほらよ!」
人が居ない方へと、宝剣(カールスナウト)を放り投げたのである。
「!?」
一同の視線が宝剣へと向いた。つまり、ダーグバッドから目を話してしまったのだ。
その隙に、ダーグバッドは後方の海へと駆け出した。
(海へ!)
ダーグバッドが強者揃いの海賊団で唯一負けない特技が遊泳であった。海中に潜り込めれば、姿をくらませる。
足元まで入水し、飛び込もうした瞬間――
ピューーと、空気を裂く音が鳴り、一本の矢がダーグバッドの背中に命中した。
「な……なに……」
高い木に登っていたロアが射った矢だった。辺りは暗闇で視界が悪くとも、広く見渡していたロアの目からは逃れなかった。
ダーグバッドはうつ伏せで倒れこみ、バッシャンと水音を響かせては、漂うクラゲの如く海に浮かんだ。ピクリともせず。
「お、お、お頭がやられたー! 幹部たちも……に、逃げるぞー!」
ダーグバッドの配下の誰かが叫ぶと、生き残っていた船員たちは一目散に海へ……自分たちが乗ってきた小舟へと向かっていく。
ガウディたちがをそいつらを仕留めようと構えるが、サリサが静止する。
「お止め。下手に歯向かってきたら面倒だ。族の頭(ダーグバッド)が居なければ、もう海賊団として終わりよ。だけど……頭(かしら)がやられたというのに、誰一人殉死したり、仇を取ろうと向かってこないなんてね……」
ダーグバッドに対する忠誠心の無さに飽きられてしまう。
逃げる配下たちは舟に乗り込むと、まだ乗船していない輩が居るにも関わらず、梶を漕ぎだした。乗れなかった者たちは泳いで、その後を追いかけていく。
ダーグバッドの襲撃を退け、あまつさえダーグバッドを討ち果たし、宝剣も奪い返した。思いがけず、当面の目的を達してしまったのである。
宝剣(カールスナウト)は、空中に舞う中、ラトフの鎖で巻き取っており、持ち主であるシュイットに手渡していた。
シュイットはもう二度と手放さないと決意するかの如く、ぎゅっと宝剣(カールスナウト)を強く抱きしめる。
「ヴァイル、感謝します。お陰で宝剣と取り返し、ダーグバッドを討ち取れ……」
その言葉が聞こえてないのか、ヴァイルはサリサの横で萎縮しているヒヨリを、ただ見ていたのだった。
広場の中央に陣取ったダーグバッドが大声で叫ぶ。
砂浜近くに在った家が真っ先に襲われ、火が放たれて炎上し、燃え盛る火炎で周囲が照らされていた。
ダーグバッドの船員たちは「ウッヒャーー!」と奇声をあげては、他の家や人を容赦なく襲う。
しかし、大半の島民たち……特に子供や女性、年寄たちは警鐘の音が聞こえると否や、一目散に家を出て島に隠された避難所へと向かった。国を襲われた経験を糧にして、常日頃から襲撃の備えをしていたのである。
残った男たちは武器を手に取り、ダーグバッドの船員たちと勇敢に戦っていた。ヴァーン国の元兵士もおり、相手が悪名が高い海賊といえど奮戦していたが、先の戦火で身体の一部を失っている者もおり実力を発揮できず、旗色が悪かった。
「死ねや!」
船員が倒れ込む島民を突き刺そうとした瞬間――遠方より飛んできた鎖の先端が船員の顔面に直撃し、意識が途絶えた。
島民の男性が振り返ると、
「おお、ラトフ! それにヴァイル様!」
ヴァイルを始め、ラトフ、ガウディ、トーマ、そしてシュイットの姿があった。
「やっと御姿を見せましたか、ヴァイル様」
ダーグバッドとヴァイルの視線が合わさる。
「ここにやってきて、この仕業……覚悟は出来ているんだろうな?」
自分たちの島を襲撃された怒りでヴァイルはダーグバッドに睨みつける。殺気が肌にびりびりと伝わってくるようだった。
「おー怖い怖い。それは私の台詞ですよ、ヴァイル様。我がシーサーペント号を燃やし、私にたて突いたことの報いをここで晴らして貰います。やれ! オマエらッ!」
ダーグバッドの掛け声に、周囲に居た配下の船員たちが襲いかかる。
だが――ガウディの繰り出されるパンチやキックなどの格闘術で次々と一発ノックアウトしていき、トーマの素早い動きに誰一人捉えられず、気付いた時には短剣で身体を斬られていた。
ラトフは鎖を振り回しては取り囲んでいた多数の船員たちを鞭打った。肉が裂け、骨も砕き、船員たちは痛みに悶える。
「くそがー!」
倒れ行く仲間の間隙を見つけて敵がヴァイルたちに接近するも、何処からとも矢が飛んで男の額に命中した。
ロアが背の高い木に登っており、そこから砲台のように矢を射っていたのである。
あっという間にダーグバッドの船員たちが倒されていくも、まだダーグバッドは笑みを浮かべる余裕があった。
「流石はヨルムンガンド海賊。その人数でガンダリア帝国などに勇敢にも襲うことはある。だが、俺様にも頼もしい仲間が入るんでね。おい! 出番だ!」
ダーグバッドは、自分の近くにいた男たちに声をかけた。
四人の男たちは他の船員たちとは雰囲気が違い、荒々しくいずれも巨体で筋骨隆々の体躯をしていた。
彼らはダーグバッド海賊団の中でも屈強の戦士であり、ダーグバッドの悪名を高めた手柄のほとんどは、この戦士たちのお蔭だった。ダーグバッド四天王と言い広めていた。
しかし、ヴァイルたちは恐れてはいない。各々は自身の武器を構え、いざ参ろうとした時だった――
「なーに、チンタラやっているんだい、あんたたち!」
後方からサリサの大声が轟いた。
その場に居る全員が声がした方を向くと、サリサと、背後にヒヨリの姿があった。
(なぜヒヨリをここに?)と、ヴァイルは内心焦慮してしまう。
一方、ダーグバッドは汚い歯をむきだして笑みを浮かべる。
「これはこれはサリサ様。相も変わらずお美しい。ならばこそ、このダーグバッドの伴侶に相応しい」
「裏切り者のあんたから、そんなことを言われると虫唾が走るだけよ」
サリサとダーグバッドが睨み合う。
部外者であるヒヨリでも何かしらの因縁を感じていると、サリサがヒヨリに話しかける。
「ヒヨリ、良い機会だから説明しとくわ。あのダーグパッドという男はね、元ヴァーン国の兵士だったのさ。それがガンダリア帝国の侵攻が有った際に、我先にと逃げ出した臆病者。いや、逃亡するだけなら良かった。こいつはヴァーン国の情報を売り渡した売国奴なのよ」
その売り渡した情報が防衛線の死角だった場所で、そこをガンダリア帝国に突かれてしまい防衛線が瓦解。敗戦の切っ掛けとなったのだった。
敗色が濃厚な状況になったら自己保身を図る者は居るだろう。だが国を統治していた者の立場からして見れば決して許されない行為だ。
「少し語弊がありますな。私はガンダリア帝国の強さをこの身で知ったからこそ、無益な戦いをしなかっただけです。また元ヴァーン兵だったので、ガンダリア帝国に信用される為には、それなりの手土産が必要だったのです」
信の置けない兵士ほど悪質なものはない。
「ヴァイル! 地獄の番犬(サーベラス)に噛み砕かれるよりにも激しい苦しみを与えてあげな」
「つれないお方だ。だが、それが良い。それではここに居る者たちを皆殺しにして、褒賞としてお迎えいたしましょうか! 行け、オマエら!」
四人の屈強の男たちがヴァイルに襲いかかる。
「うおりゃー!」
男の一人が全力を込めて構えていた大剣(クレイモア)を振り下ろした。兜割りのダウスと異名を持ち、どんなものでも真っ二つにする一太刀。
――ガッキィーン!
ヴァイルはダウスの大剣を狙い定めて、手斧で横に打ち払うと、大剣は軌道が変えられて地面へと刺さった。
「なに!?」
瞬時にガウディが距離を詰めており、がら空きとなっている脇腹に一撃を食らわし――ドゴンッと重い音が響き、ダウスは強烈な痛みで上手く息が出来ず悶絶し、膝をついた。
すかさず別の屈強の男がガウディと手を組み合う。
岩砕のベードと呼ばれ、その名を通り、岩を素手で砕く握力が自慢だった。
「いたたたたたたたっっっっっ!」
その男が情けなく声をあげた。
ガウディに組み合った手を握り潰されていたのだ。
両手が塞がり身動きが取れないところを、トーマが飛び掛かり――短剣で、喉元を掻っ切られた。
「くそがーーー! なっ!」
尖鋭のガスはラトフの鎖に絡み取られており、先ほどのベードと同じようにトーマに喉元を切られた。
残った男はロアに矢を乱れ撃たれて、針ネズミのような姿となっており、力無く倒れた。
流れる連携プレーに屈強の男たちは沈んだ。
ヨルムンガンド海賊が強いのは、個々の能力が高いのはもちろん、それを何倍にも増す連携(コンビネーション)があるからだった。それは船という限られた空間、少人数だからこそより真価は発揮する。今回のように一か所に集まっての戦いは、ヴァイルたちが得意とするのだ。
ヴァイルたちの戦いぶりを少し離れた場所で観覧しているサリサとヒヨリ。
「ヒヨリ、よく見ておきな。これが私たちの日常だよ」
言われずとも目に焼き付いてしまうほどの衝撃的な場面。
初めて異世界にやってきた時に、ヴァイルたちはガンダリア帝国船を襲っていたが、すぐに気を失ってしまったり、シュイット奪還の時は暗闇で遠く離れていたので、よく見えてなかった。
ヴァイルたちの戦いをはっきりと見るのは、今回が初めてになる。
それだけではない、数時間前に島民が集まって宴をしていた広場で人が倒れ、血が流れている。予期せずに襲撃されて、命の危機が身近にある世界だと認識した。
サリサはヒヨリの顔色を覗う。血の気が引いて青くなり、身体が震えていた。
(まあ、そうよね……)
サリサはヨルムンガンド海賊の頭目を務めていた。当然、戦を経験しており、これより悲惨な光景を体験している。
(だけど私の場合は、初陣でも全然普通だったかな)
第二の故郷を襲われて、島民も傷つけられているが、平常を装っていられる自分を見て、改めて普通のお姫様に戻れないと自覚したのだった。
「ぐぬぬぬ……」
ダーグバッドの首筋に冷や汗が滴った。まさか、こちらが完敗するとは思ってなかったからだ。
周囲を見る。他の配下たちも半分以上が倒されており、残った者たちは手を止めてこちらを固唾に眺めていた。
ヴァイルが前に出て、鋭い眼光と共に手斧を差し向ける。
「どうする、ダーグバッド?」
「ふっふふふふ、はっはははは。流石です、ヨルムンガンド海賊。こうでなければ面白くない」
ダーグバッドは自分の剣(曲刀)を抜き、構えた。
「どうやら戦う意志はあるようだな。シュイット! お前がダーグバッドの首を獲れ」
「なっ!」
ダーグバッドや名前を呼ばれたシュイットが驚嘆した。
海賊同士の戦いで、頭目たちが一騎打ち(決闘)するのが慣例であり、矜持でもある。ましてや因縁がある相手にも関わらず、シュイットに譲った。
無法海賊討伐の花を持たせた訳ではない。シュイットの方にも因縁があったからだ。
ダーグバッドの腰巻きに、奪われていたシュイットの愛剣であり、アーステイム王国の宝剣…カールスナウトを指していた。
「解りました、ヴァイル船長」
前に出るシュイットの足元が少しおぼつかないでいるのにヴァイルは気付いた。
「酔いは大丈夫か?」
「少しお酒が残っているけど、船酔いほどじゃないよ」
「ここは地上だ。存分にやれ」
「はい!」
シュイットはヴァイルから貰い受けていた量産品の小剣(レイピア)の切っ先と、怒りが宿った銀色の睨みをダーグバッドに向けた。
「ダーグバッド! 我が誇りと宝剣を取り返させて貰うぞ!」
だが、ダーグバッドは口元を僅かにニヤつかせている。
絶好の機会(チャンス)だと思っていた。
シュイットを捕らえた時、剣も振れないほどに剣の太刀筋も素人同然だったのを目の当たりにしている。それにシュイットを人質に取れば、逃げられる切っ掛けが生まれると打算したのである。
「クックックック……私も甘く見られましたな。そんな若造を挑ませるとは……。かかってくるが良い、アーステイム王国のダメ王子様」
「貴様!」
安い挑発に乗ったかのようにシュイットは踏み出し、突きを繰り出した。
「おっと!」
ダーグバッドは難なく自分の曲刀で受け止める――が、シュイットは小剣を引くと再び突き出しては、舞うが如く手早く突きを繰り出し続ける。
愛剣のカールスナウトと比べて、小剣の柄(持ち手)の掴み具合は悪く、刀身は重量があって扱い難かった。だが不満を垂れる場合ではない。
「くそが!」
ダーグバッドが斬りかかるも、シュイットは小剣でいなして受け流し――すかさずシュイットの小剣が、ダーグバッドの左肩を突き刺した。
「ぐわっ! な……なんだと……」
ダーグバッドの先ほどの余裕がなくなり、焦りの表情を浮かべていた。まさか、シュイットがこれほどの腕達者だと思っていなかったからだ。
「あの時は船酔いで体調は最悪だったけど、この地上では負けはしない!」
ダーグバッドは一旦後退りをして距離を取るものの、シュイットは躊躇なく突進して、
――ガッキィーン!
鋭い突きでダーグバッドの曲刀が宙に舞い、後方へと落下した。
素手となったダーグバッドは腰巻きに差していた宝剣(カールスナウト)に手をやった。
(くそ……どうする、どうする、どうする?)
武器は有るが、それを扱う自分(ダーグバッド)の腕前では、また剣を弾き飛ばされると察する。
ダーグバッドが取った手段は、
「ほらよ!」
人が居ない方へと、宝剣(カールスナウト)を放り投げたのである。
「!?」
一同の視線が宝剣へと向いた。つまり、ダーグバッドから目を話してしまったのだ。
その隙に、ダーグバッドは後方の海へと駆け出した。
(海へ!)
ダーグバッドが強者揃いの海賊団で唯一負けない特技が遊泳であった。海中に潜り込めれば、姿をくらませる。
足元まで入水し、飛び込もうした瞬間――
ピューーと、空気を裂く音が鳴り、一本の矢がダーグバッドの背中に命中した。
「な……なに……」
高い木に登っていたロアが射った矢だった。辺りは暗闇で視界が悪くとも、広く見渡していたロアの目からは逃れなかった。
ダーグバッドはうつ伏せで倒れこみ、バッシャンと水音を響かせては、漂うクラゲの如く海に浮かんだ。ピクリともせず。
「お、お、お頭がやられたー! 幹部たちも……に、逃げるぞー!」
ダーグバッドの配下の誰かが叫ぶと、生き残っていた船員たちは一目散に海へ……自分たちが乗ってきた小舟へと向かっていく。
ガウディたちがをそいつらを仕留めようと構えるが、サリサが静止する。
「お止め。下手に歯向かってきたら面倒だ。族の頭(ダーグバッド)が居なければ、もう海賊団として終わりよ。だけど……頭(かしら)がやられたというのに、誰一人殉死したり、仇を取ろうと向かってこないなんてね……」
ダーグバッドに対する忠誠心の無さに飽きられてしまう。
逃げる配下たちは舟に乗り込むと、まだ乗船していない輩が居るにも関わらず、梶を漕ぎだした。乗れなかった者たちは泳いで、その後を追いかけていく。
ダーグバッドの襲撃を退け、あまつさえダーグバッドを討ち果たし、宝剣も奪い返した。思いがけず、当面の目的を達してしまったのである。
宝剣(カールスナウト)は、空中に舞う中、ラトフの鎖で巻き取っており、持ち主であるシュイットに手渡していた。
シュイットはもう二度と手放さないと決意するかの如く、ぎゅっと宝剣(カールスナウト)を強く抱きしめる。
「ヴァイル、感謝します。お陰で宝剣と取り返し、ダーグバッドを討ち取れ……」
その言葉が聞こえてないのか、ヴァイルはサリサの横で萎縮しているヒヨリを、ただ見ていたのだった。
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しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
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