ネコタマ-NEO-

和本明子

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 騒ぎを聞きつけた先生が駆けつけ、事情聴取が始まった。
 殴られた生徒、突如狂変した男子生徒──両名は救急車で搬送されることになり、もはやテストどころではない空気になっていた。

 男子の異常な行動については、「勉強のし過ぎによる精神錯乱」という苦しい説明で処理されたものの、中間考査は当然のように一時中止となり、緊急下校が決まった。

 不幸中の幸い、と言えなくもないが、純粋に喜んでばかりもいられない。
 何より、真子自身も救急車に乗せられてしまったのだ。

「あ、あれ? なんで私まで‥‥?」

 二階から転落したとはいえ、ギン子の身体変化で身体に一切の傷はなかった。
 そのことを何度も訴えたのだが、「念のため」と強制的に乗せられてしまった。

 同乗していたのは、他に男子生徒‥‥名前は“中神烈”。同学生ではあるが顔見知りではない。ただ、彼も真子と同じように見た目には特に怪我を負っていない様子だった。

(まさか‥‥行き先、伊河総合病院じゃないよね? この前、退院したばかりなのに‥‥)

 気が重い。
 またあの病院独特の匂いと無機質な天井を見なければならないのかと思うと、真子は思わず小さくため息をついた。

 やがて、救急車がゆっくりと停止した。
 バックドアが開き、乗務員に促されるまま、真子は外へ降りる。

 だが──。

「あれ?」

 あたりは薄暗く、数基の天井照明がぼんやりと光を落としているだけ。どう見ても、病院の正面玄関ではない。
 コンクリートむき出しの無機質な空間。地下駐車場のようだ。

 きょろきょろと周囲を見渡すが、先ほどの乗務員たちの姿はどこにもない。
 代わりに、烈が無言で立っていた。悪い目つきがさらに鋭さを増して、真子をじっと睨んでいる。

 そして、唐突に口を開いた。

「単刀直入に訊く。──その、猫のような物体は何だ?」

「えっ‥‥?」

 思いがけない問いに、真子は返す言葉を失った。
 代わりに、ギン子がしゃべり出す。

『ほう。やはり見えていたか』

「‥‥何モノだ?」

『うむ、ご存じの通り──電脳生命体と名乗ればいいかのう?』

 烈は真剣な表情を崩さず、さらに真子に向き直った。

「藤宮真子。お前自身の意識はあるか?」

「は、はい! ちゃんとあるよ! な、なに、どういうこと!?」

 思わず身体をビクつかせながら、真子は必死に答えた。

「その“猫のような物体”について、どこまで解っている?」

「解るかと言われても、さっきこいつが言っていた通りで、なんか電脳生命体っぽいよ? 目が覚ましたら付いていた‥‥というか、なんであなたも、これが見えるの?」

 逆に尋ね返すように言うと、烈は黙ったまま、答えなかった。

(‥‥どういうことだ? “浸食”されているみたいだが、俺の知っているケースとは少し違う‥‥)

 烈は鋭い目で真子を観察しながら、内心でそう考えていた。

 すると、ギン子がまた口を開く。

『小僧。今度はそちらが名乗る番ではないか? なぜ、わしが見えているのかも含めてな』

 烈はふっと短く息を吐くと、一歩前に出た。

「──そうですね」

 彼は右腕を高く掲げた。

「はあああああぁぁ──!」

 烈の唸り声とともに、右腕から青白い火花が迸る。
 それはみるみるうちに赤熱し、異形へと姿を変えた。

 ──爬虫類を思わせる、鋭く、逞しい、まるで“龍の手”のような右腕。

「な、なに、それ‥‥!?」

 真子は声を上げた。

「見た目は違えど、藤宮、お前がした変態メタモルフォーゼと同じものだ」

「めた、もる‥‥?」

『こういうことじゃ』

 ギン子がにやりと笑い、真子に憑依すると、次の瞬間、真子の腕が猫の前足に変わる。

 烈は変化した右腕を構えるものの、ギン子──猫化した真子は、まったく動じる様子もなく、敵意が全く感じられなかった。

「‥‥やはり。単なる電脳化や浸食ではないな」

 烈は警戒を解き、腕を下ろした。

「藤宮、隠し立てせず、ありのままを話してほしい。──お前がそうなった経緯と、今現在どんな影響が出ているかを」

「べ、別に隠してないし‥‥! というか、それより中神くん、アンタこそ一体何者なの?」

 真子は膨れっ面で詰め寄った。

 烈はふっと口元を緩めると、堂々と名乗った。

「──俺は、ペア社特別電脳化対策チーム所属。第一種B級、電脳生体士だ」

「‥‥‥‥」

 もちろん、真子はポカンとしたまま、何が何だかわからず首を傾げるだけだった。

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