ネコタマ-NEO-

和本明子

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 真子がゆっくりとまぶたを開くと、そこは見慣れた自室ではなかった。白い天井。聞き覚えのある医療機器の音。病院独特の清潔な匂いが鼻をつく。すぐに、ここがどこなのかを気付く。

 ――伊河総合病院。あの日、真子が搬送された場所。

 意識はまだぼんやりしていて、夢と現実の境界が曖昧だった。だが、身体を起こそうとしたその瞬間――

「いっ‥‥!」

 頭、腕、足‥‥全身を鋭い痛みが駆け抜けた。痺れるようなその感覚に、真子の脳裏に一気に記憶が蘇る。ギン、中神烈、そして雫に侵食して襲ってきた電脳生命体たちとの死闘‥‥そして千代田佳那との邂逅。

 あれは夢だったのか――

 そんな思考を断ち切るように、ふと視線を落とすと、真子の腹の上に小さな生き物が鎮座していた。

 銀色の毛並み。凛とした瞳。最早見慣れた珍獣のような猫は、真子に向かってふてぶてしく言った。

「おや、起きたか。どうだ、体の調子は?」

「ちょ、ちょっと待って‥‥千代田佳那さんで良いのよ‥‥」

 猫――ギンは軽やかに跳ねて、前脚で真子の口をふさぐ。

「んもがっ! なにすんのよっ!」

「その名前は今のところ、他言無用だ」

「んもが(なんでっ)?」

「わしの正体が広まれば、また余計な連中が動き出す。お前もあの騒動で分かっただろう? 面倒ごとはゴメンだろう?」

 猫の肉球が押し付けられたまま、真子は必死に抗議する。

「もがもが‥‥(わかったから、手どけて!)」

「おっと、すまんすまん。ということで、しばらくは“ギン”と呼んでくれ」

 ギンがしれっと言いながら、ようやく前脚を離した。

「はぁ‥‥まったく‥‥あ、雫ちゃんは!? 雫ちゃんの様子は!?」

「看護師が話してるのを聞いたが、浸食の兆候は消えて、電脳化レベルも2以下まで落ちているらしい。命に別状はないようだ」

 その言葉に真子は胸を撫で下ろす。

「‥‥よかった」

「さて、真子。お前はどうするつもりだ?」

「どうするって‥‥?」

「この“Bコード”は、電脳生命体に対抗できる唯一の策だ。だが、使い方次第では、お前自身をフォーマットし、元の“普通の人間”に戻ることも可能だ」

 ギンの声は、どこか寂しげだった。

「‥‥夢で千代田佳那さんに託された気がしたの。それに、このままほっといたら電脳生命体が人類に代わって支配するんでしょう。だったら私は‥‥」


   ■□■


 深夜の都市。闇の中、ビル群の屋上を跳躍する影が一つ。

 それはもはや人とは思えぬ姿――鋭い獣の目、鹿のように変異した脚。電脳生命体に浸食され、異形へと変貌を遂げた人間だった。

 その後を、別の二つの影が追う。どちらも常人とは異なる姿をしていた。

 一人は猫耳をつけたようなシルエット。しなやかに、軽やかに駆ける様は、まるで猫そのもの。もう一人は右腕が機械のように変形しており、その先から炎をまとった光弾を放つ。

 逃げる電脳生命体が反転し、猛然と襲いかかる。その瞬間、猫耳の少女がステップを踏んで回避。獣の鋭い一撃をギリギリでかわし、背後から火球が直撃した。

「今だ!」

 少女は駆け寄り、浸食者の額に手を当てる。ぱん、と軽く叩くような猫パンチ――その掌底には、青い輝きが宿っていた。

 閃光と共に、浸食された者は激しく痙攣し、やがて――人間の姿へと戻った。

「藤宮、大丈夫か?」

 変形した右腕の持ち主、中神烈が少女に声をかける。

「もちっ!」

 猫耳の少女――藤宮真子は、ニカッと笑った。

「しかしなぁ、カウンセラーになったと思ったら、戦闘部隊に所属するとは‥‥驚いたよ」

「だって、Bコードを扱えるの、今のところ私だけなんだもん。それに、レベル3以上の電脳化は危険すぎる。私が出ないわけにはいかないでしょ」

「‥‥なあ、今さらだけど。どうして人間に戻ろうと思わなかったんだ?」

 その問いに、真子は一瞬だけ空を見上げた。

「戻っても、誰かが戦わなきゃいけないんでしょ? だったら私がやる。それに‥‥」

 少しだけ寂しそうに笑って、でもすぐに前を向いた。

「普通に戻っても、電脳生命体が存在がする限り危険は無くならないんだしね。だったら、危険なのは承知だけど、こうやって一つ一つずつ片付けないと。私たちが電脳化を治すのは、全ての問題を解決した後で良いでしょう」

 そこへ、ふいに銀色の猫がひょっこりと現れる。

『おうおう、一丁前に言いよって』

 ギンが冷やかすように笑うが、真子は悪戯っぽく返す。

「良いじゃない。こういう正義なヒーロー的も」

 真子とギンをよそに烈は自身の仕事を全うする為、発症者の状態を確認しようとすると、電子情報端末機からメロディ音が響く。

「また電脳反応。場所は‥‥。藤宮真子。おしゃべりはほどほどにして、ここをさっさと片付けて次のホットスポットに向かうぞ」

「解ったわ。ギン、行くわよ!」

 夜の街へと、再び跳躍する二つの影。電脳化を解消できても、電脳生命体の脅威はまだ消えない。

 だから――藤宮真子とギンは今日も戦い続ける。

 全ての命が、かつてのように“普通”を手に入れるその日まで。


――完――

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