ネコタマ-NEO-

和本明子

文字の大きさ
24 / 25

023

しおりを挟む
 真子はそっとまぶたを開いた。

 目に飛び込んできたのは、見渡す限りの――白。

 空も地面も、すべてが白に包まれた世界。足元には小さく可憐な白い花が無数に咲いていた。どこかで見覚えがあった。

「ここは‥‥」

 自分の声が、驚くほどはっきりと耳に届く。まるで音さえ反響しない、静謐な世界だった。

 ふと、真子は足元の花をじっと見つめた。その形と色――そして、あのとき目にした一輪の花を思い出す。

「あれ‥‥この花って‥‥千代田佳那さんの机に飾られてたのに似てる」

「それは銀梅花という花よ」

 突然、声が響いた。振り向くと、ギンが静かに佇んでいた。ただしその姿は、もはや見慣れたものではなかった。霞がかった輪郭、蜃気楼のように揺れる身体。まるで現実と非現実の狭間にある存在のようだった。

「ギン‥‥?」

 真子が名を呼ぶと、その身体がふわりと揺れた。

 そして、白衣をまとい、長い髪を風にそよがせた女性へと、その姿は変化していく。彼女の眼差しは、どこか懐かしく、そして優しかった。

 その人物にも見覚えが有った。

「あなたは‥‥?」

 問いかけると同時に、真子の心はすでに答えを知っていた。――この人を、自分は知っている。

「この姿では‥‥初めまして、かしらね」

 女性は柔らかく微笑んだ。まるで、真子自身の口から答えを言わせたいかのように。
 だから真子は静かに名を口にした。

「千代田‥‥佳那さん、ですね?」

 女性は、ゆっくりと頷いた。

「ええ、そうでもあるわね」

「そうでもある? それって‥‥」

「そうね。あえて言うなら‥‥私は“千代田佳那”であり、“ギン”‥‥いえ、“ネオ”でもあるのよ」

「ネオ‥‥?」

「ネオというのは、千代田佳那が幼い頃に飼っていた猫の名前よ。とても賢くて、でも人懐っこくて‥‥愛しい存在だった」

「えっと、それは‥‥つまり?」

 真子が困惑するのも無理はなかった。佳那は少しだけ表情を曇らせ、それでも真子の目をまっすぐに見つめた。

「その真相を話すために、ちょっと補足な話しをするわね。‥‥真子。あなたは佳那がどうやって亡くなったか、知っているわよね?」

「はい。自殺って‥‥」

「――違うの。正確には“殺された”のよ。電脳生命体によって、ね」

「‥‥えっ?」

 真子の心臓がドクリと跳ねた。

「新しいOSの開発実験の一環で、人間の脳を完全にトレースする試みが行われていた。その被験体に選ばれたのが、佳那自身の脳だったの」

「自分の‥‥脳を?」

「ええ。仮想世界にもう一人の“佳那”を作り出そうとした。だけど実験は“失敗”に終わった。けどその失敗のお陰で、または偶然の副産物として、“柔軟な人間の想像性”と“コンピューターの論理性”が融合した存在――つまり、電脳生命体が生まれてしまったの」

「電脳生命体!?」

 佳那の声が、少し震えた。

「やがて、その電脳生命体が佳那の脳を逆に乗っ取ろうとした。‥‥抵抗しようとしたとき、佳那は階段から転落して――」

「‥‥そんな‥‥」

 真子は言葉を失った。

「現実の世界の千代田佳那は死んだかもしれないが、この私は、実験の時に残されていた千代田佳那の脳データと、千代田佳那が猫魂で育成していたネオのデータが合わさって生成された存在なのよ」

「だから千代田佳那さんであって、ギン‥‥いやネオでもある、ということですか」

「そう。無理やり合わさったから問題が有って、所々のデータが欠損してしまい、千代田佳那でもないネオでもない存在‥‥ギンという別の存在へと変化してしまったの。それがギンというデータ‥‥電脳生命体みたいな存在に。ギンになった私は長く長い時間、仮想世界に彷徨っていたわ。その間、電脳生命体は勢力を伸ばして、そしてあの使命を知って‥‥」

「‥‥それで、なんで私に“浸食”を?」

「それはね‥‥本来、別の電脳生命体があなたを狙っていたの。だけど私は、あえて“横入り”したの。そしてイレギュラーが重なって、あんな風に分離しちゃったのかな。他に何かあるかしら?」

「千代田佳那さんの目的は何ですか?」

「電脳生命体を生み出してしまった責任がある。そのための“対抗策”として、これを開発していたの」

 佳那は右手をゆっくり差し出した。すると、空間に青白く輝く立体映像が現れた。幾何学模様が複雑に絡み合い、まるで動いているかのように光を放っていた。

「これは、“Bコード”と呼ばれるワクチンプログラム。電脳生命体のコード構造を無効化できる唯一の鍵よ」

「‥‥それさえあれば!」

「ええ、電脳化を完治とは言わないけど、症状をある程度改善させること出来るわ。だから真子の友達の雫に浸食していた電脳生命体はこの危険性を感じ取ったから襲ってきたのね」

 佳那は真子の前に歩み寄り、そっと手を取った。





「というわけで真子。このBコードをアナタに渡すわね。これで電脳生命体をフォーマットしていきなさい」

 青い光が佳那の手から真子の身体へと流れ込み、そのまま彼女の中に静かに溶け込んだ。
 すると、佳那の輪郭が徐々に透け始める。

「‥‥もう時間ね。これ以上ここに留まっていたら、あなたの精神が仮想世界に捕らわれてしまう」

 その瞳に浮かぶのは、後悔ではなく、確かな決意だった。

「皮肉ね。私は“命”を甦らせたくて猫魂を作った。でも、いま私は“命”を消し去ろうとしている‥‥命を作るって、いったい何なのかしらね」

 佳那は最後に微笑んだ。

「――それじゃ、頼んだわよ。電子の子たちよ」

 佳那の姿が完全に消失した途端、眩しい光が弾け、白い光に包まれたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

サイレント・サブマリン ―虚構の海―

来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。 科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。 電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。 小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。 「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」 しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。 謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か—— そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。 記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える—— これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。 【全17話完結】

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...