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真子はそっとまぶたを開いた。
目に飛び込んできたのは、見渡す限りの――白。
空も地面も、すべてが白に包まれた世界。足元には小さく可憐な白い花が無数に咲いていた。どこかで見覚えがあった。
「ここは‥‥」
自分の声が、驚くほどはっきりと耳に届く。まるで音さえ反響しない、静謐な世界だった。
ふと、真子は足元の花をじっと見つめた。その形と色――そして、あのとき目にした一輪の花を思い出す。
「あれ‥‥この花って‥‥千代田佳那さんの机に飾られてたのに似てる」
「それは銀梅花という花よ」
突然、声が響いた。振り向くと、ギンが静かに佇んでいた。ただしその姿は、もはや見慣れたものではなかった。霞がかった輪郭、蜃気楼のように揺れる身体。まるで現実と非現実の狭間にある存在のようだった。
「ギン‥‥?」
真子が名を呼ぶと、その身体がふわりと揺れた。
そして、白衣をまとい、長い髪を風にそよがせた女性へと、その姿は変化していく。彼女の眼差しは、どこか懐かしく、そして優しかった。
その人物にも見覚えが有った。
「あなたは‥‥?」
問いかけると同時に、真子の心はすでに答えを知っていた。――この人を、自分は知っている。
「この姿では‥‥初めまして、かしらね」
女性は柔らかく微笑んだ。まるで、真子自身の口から答えを言わせたいかのように。
だから真子は静かに名を口にした。
「千代田‥‥佳那さん、ですね?」
女性は、ゆっくりと頷いた。
「ええ、そうでもあるわね」
「そうでもある? それって‥‥」
「そうね。あえて言うなら‥‥私は“千代田佳那”であり、“ギン”‥‥いえ、“ネオ”でもあるのよ」
「ネオ‥‥?」
「ネオというのは、千代田佳那が幼い頃に飼っていた猫の名前よ。とても賢くて、でも人懐っこくて‥‥愛しい存在だった」
「えっと、それは‥‥つまり?」
真子が困惑するのも無理はなかった。佳那は少しだけ表情を曇らせ、それでも真子の目をまっすぐに見つめた。
「その真相を話すために、ちょっと補足な話しをするわね。‥‥真子。あなたは佳那がどうやって亡くなったか、知っているわよね?」
「はい。自殺って‥‥」
「――違うの。正確には“殺された”のよ。電脳生命体によって、ね」
「‥‥えっ?」
真子の心臓がドクリと跳ねた。
「新しいOSの開発実験の一環で、人間の脳を完全にトレースする試みが行われていた。その被験体に選ばれたのが、佳那自身の脳だったの」
「自分の‥‥脳を?」
「ええ。仮想世界にもう一人の“佳那”を作り出そうとした。だけど実験は“失敗”に終わった。けどその失敗のお陰で、または偶然の副産物として、“柔軟な人間の想像性”と“コンピューターの論理性”が融合した存在――つまり、電脳生命体が生まれてしまったの」
「電脳生命体!?」
佳那の声が、少し震えた。
「やがて、その電脳生命体が佳那の脳を逆に乗っ取ろうとした。‥‥抵抗しようとしたとき、佳那は階段から転落して――」
「‥‥そんな‥‥」
真子は言葉を失った。
「現実の世界の千代田佳那は死んだかもしれないが、この私は、実験の時に残されていた千代田佳那の脳データと、千代田佳那が猫魂で育成していたネオのデータが合わさって生成された存在なのよ」
「だから千代田佳那さんであって、ギン‥‥いやネオでもある、ということですか」
「そう。無理やり合わさったから問題が有って、所々のデータが欠損してしまい、千代田佳那でもないネオでもない存在‥‥ギンという別の存在へと変化してしまったの。それがギンというデータ‥‥電脳生命体みたいな存在に。ギンになった私は長く長い時間、仮想世界に彷徨っていたわ。その間、電脳生命体は勢力を伸ばして、そしてあの使命を知って‥‥」
「‥‥それで、なんで私に“浸食”を?」
「それはね‥‥本来、別の電脳生命体があなたを狙っていたの。だけど私は、あえて“横入り”したの。そしてイレギュラーが重なって、あんな風に分離しちゃったのかな。他に何かあるかしら?」
「千代田佳那さんの目的は何ですか?」
「電脳生命体を生み出してしまった責任がある。そのための“対抗策”として、これを開発していたの」
佳那は右手をゆっくり差し出した。すると、空間に青白く輝く立体映像が現れた。幾何学模様が複雑に絡み合い、まるで動いているかのように光を放っていた。
「これは、“Bコード”と呼ばれるワクチンプログラム。電脳生命体のコード構造を無効化できる唯一の鍵よ」
「‥‥それさえあれば!」
「ええ、電脳化を完治とは言わないけど、症状をある程度改善させること出来るわ。だから真子の友達の雫に浸食していた電脳生命体はこの危険性を感じ取ったから襲ってきたのね」
佳那は真子の前に歩み寄り、そっと手を取った。
「というわけで真子。このBコードをアナタに渡すわね。これで電脳生命体をフォーマットしていきなさい」
青い光が佳那の手から真子の身体へと流れ込み、そのまま彼女の中に静かに溶け込んだ。
すると、佳那の輪郭が徐々に透け始める。
「‥‥もう時間ね。これ以上ここに留まっていたら、あなたの精神が仮想世界に捕らわれてしまう」
その瞳に浮かぶのは、後悔ではなく、確かな決意だった。
「皮肉ね。私は“命”を甦らせたくて猫魂を作った。でも、いま私は“命”を消し去ろうとしている‥‥命を作るって、いったい何なのかしらね」
佳那は最後に微笑んだ。
「――それじゃ、頼んだわよ。電子の子たちよ」
佳那の姿が完全に消失した途端、眩しい光が弾け、白い光に包まれたのだった。
目に飛び込んできたのは、見渡す限りの――白。
空も地面も、すべてが白に包まれた世界。足元には小さく可憐な白い花が無数に咲いていた。どこかで見覚えがあった。
「ここは‥‥」
自分の声が、驚くほどはっきりと耳に届く。まるで音さえ反響しない、静謐な世界だった。
ふと、真子は足元の花をじっと見つめた。その形と色――そして、あのとき目にした一輪の花を思い出す。
「あれ‥‥この花って‥‥千代田佳那さんの机に飾られてたのに似てる」
「それは銀梅花という花よ」
突然、声が響いた。振り向くと、ギンが静かに佇んでいた。ただしその姿は、もはや見慣れたものではなかった。霞がかった輪郭、蜃気楼のように揺れる身体。まるで現実と非現実の狭間にある存在のようだった。
「ギン‥‥?」
真子が名を呼ぶと、その身体がふわりと揺れた。
そして、白衣をまとい、長い髪を風にそよがせた女性へと、その姿は変化していく。彼女の眼差しは、どこか懐かしく、そして優しかった。
その人物にも見覚えが有った。
「あなたは‥‥?」
問いかけると同時に、真子の心はすでに答えを知っていた。――この人を、自分は知っている。
「この姿では‥‥初めまして、かしらね」
女性は柔らかく微笑んだ。まるで、真子自身の口から答えを言わせたいかのように。
だから真子は静かに名を口にした。
「千代田‥‥佳那さん、ですね?」
女性は、ゆっくりと頷いた。
「ええ、そうでもあるわね」
「そうでもある? それって‥‥」
「そうね。あえて言うなら‥‥私は“千代田佳那”であり、“ギン”‥‥いえ、“ネオ”でもあるのよ」
「ネオ‥‥?」
「ネオというのは、千代田佳那が幼い頃に飼っていた猫の名前よ。とても賢くて、でも人懐っこくて‥‥愛しい存在だった」
「えっと、それは‥‥つまり?」
真子が困惑するのも無理はなかった。佳那は少しだけ表情を曇らせ、それでも真子の目をまっすぐに見つめた。
「その真相を話すために、ちょっと補足な話しをするわね。‥‥真子。あなたは佳那がどうやって亡くなったか、知っているわよね?」
「はい。自殺って‥‥」
「――違うの。正確には“殺された”のよ。電脳生命体によって、ね」
「‥‥えっ?」
真子の心臓がドクリと跳ねた。
「新しいOSの開発実験の一環で、人間の脳を完全にトレースする試みが行われていた。その被験体に選ばれたのが、佳那自身の脳だったの」
「自分の‥‥脳を?」
「ええ。仮想世界にもう一人の“佳那”を作り出そうとした。だけど実験は“失敗”に終わった。けどその失敗のお陰で、または偶然の副産物として、“柔軟な人間の想像性”と“コンピューターの論理性”が融合した存在――つまり、電脳生命体が生まれてしまったの」
「電脳生命体!?」
佳那の声が、少し震えた。
「やがて、その電脳生命体が佳那の脳を逆に乗っ取ろうとした。‥‥抵抗しようとしたとき、佳那は階段から転落して――」
「‥‥そんな‥‥」
真子は言葉を失った。
「現実の世界の千代田佳那は死んだかもしれないが、この私は、実験の時に残されていた千代田佳那の脳データと、千代田佳那が猫魂で育成していたネオのデータが合わさって生成された存在なのよ」
「だから千代田佳那さんであって、ギン‥‥いやネオでもある、ということですか」
「そう。無理やり合わさったから問題が有って、所々のデータが欠損してしまい、千代田佳那でもないネオでもない存在‥‥ギンという別の存在へと変化してしまったの。それがギンというデータ‥‥電脳生命体みたいな存在に。ギンになった私は長く長い時間、仮想世界に彷徨っていたわ。その間、電脳生命体は勢力を伸ばして、そしてあの使命を知って‥‥」
「‥‥それで、なんで私に“浸食”を?」
「それはね‥‥本来、別の電脳生命体があなたを狙っていたの。だけど私は、あえて“横入り”したの。そしてイレギュラーが重なって、あんな風に分離しちゃったのかな。他に何かあるかしら?」
「千代田佳那さんの目的は何ですか?」
「電脳生命体を生み出してしまった責任がある。そのための“対抗策”として、これを開発していたの」
佳那は右手をゆっくり差し出した。すると、空間に青白く輝く立体映像が現れた。幾何学模様が複雑に絡み合い、まるで動いているかのように光を放っていた。
「これは、“Bコード”と呼ばれるワクチンプログラム。電脳生命体のコード構造を無効化できる唯一の鍵よ」
「‥‥それさえあれば!」
「ええ、電脳化を完治とは言わないけど、症状をある程度改善させること出来るわ。だから真子の友達の雫に浸食していた電脳生命体はこの危険性を感じ取ったから襲ってきたのね」
佳那は真子の前に歩み寄り、そっと手を取った。
「というわけで真子。このBコードをアナタに渡すわね。これで電脳生命体をフォーマットしていきなさい」
青い光が佳那の手から真子の身体へと流れ込み、そのまま彼女の中に静かに溶け込んだ。
すると、佳那の輪郭が徐々に透け始める。
「‥‥もう時間ね。これ以上ここに留まっていたら、あなたの精神が仮想世界に捕らわれてしまう」
その瞳に浮かぶのは、後悔ではなく、確かな決意だった。
「皮肉ね。私は“命”を甦らせたくて猫魂を作った。でも、いま私は“命”を消し去ろうとしている‥‥命を作るって、いったい何なのかしらね」
佳那は最後に微笑んだ。
「――それじゃ、頼んだわよ。電子の子たちよ」
佳那の姿が完全に消失した途端、眩しい光が弾け、白い光に包まれたのだった。
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