異世界家族―追放貴族と没落令嬢と勇者の娘、今日も気ままに開拓日和。

和本明子

文字の大きさ
8 / 32
3章 辺境の地で目を覚ました没落令嬢は偽りの名を名乗り復讐の火を灯す

第8話

しおりを挟む
 雷鳴がまだ鳴り続けていた。
 あのざわめく宮廷の視線、倒れ伏した父、焼け焦げた屋敷の匂い。

 それらが音もなく混ざり合い、黒泥のように意識の底へ沈んでいく。抜け出そうともがけばもがくほど、泥は肌に絡みつき、記憶の形を曖昧にしていった。

――やめて。もう、やめて。

 掠れた声で抗う間もなく、暗闇が破裂したように弾け飛んだ。

 セリカリーナは、びくりと体を跳ね上げる。
 息は荒く、喉が焼けつくように痛い。汗が頬を伝い、鼓動が耳を打つ。

「……ここは……?」

 かすれた声が、石壁に小さく反響した。

 目を開けると、そこは見知らぬ空間だった。
 見上げた天井は低く、適当のように石を積んだ壁。家具ひとつない部屋。彼女が横たえられているのは、木ではなく、削り出された石の寝台――冷たく硬い感触が背骨を凍らせる。
 まるで棺の中に閉じ込められたような、重い静寂があった。

 ぼんやりとした視界の先、扉の影から足音が近づいてきた。

「お、起きていましたか。大丈夫ですか?」

 声の主は、乱れた髪を無造作にかき上げ、眠たげな目をした青年だった。
 粗野な風貌のくせに、着ている服は辺境の民には似つかわしくない、土埃をまとっているものの上等な仕立て。

「……あなたは?」

「えーと、アルト・フェルナンドっていいます。この辺境の地の領主……みたいなもんです」

 フェルナンド。その名に、セリカリーナのまなざしが細く揺れた。

「フェルナンド……? どこかで、聞いたことが……」

 懐かしき学院の記憶が脳裏によぎる。

 “変人先輩”。講義を抜け出し、昼も夜も実験室に籠もり、岩や金属と語り合っていたとか、作ったゴーレムが暴走し、建物を一棟崩したとも聞く。――確か、その変人先輩の名がアルト・フェルナンドだった。
 セリカリーナが入学した頃にはアルトは卒業していたが、その逸話は学院に残っていた。

「たしか、伯爵家にそのような名を……耳にしたことがあります」

「ああ、父のことですね。自分はそのフェルナンド伯爵の三男なんです」

「そう……なのですか。私は、セリカ……」

 セリカリーナ・デクリィッチェ・ハーベスト――その名を名乗ろうとした瞬間、喉がひとりでに閉じた。
 没落貴族の名を軽々しく口にすべきではない。それに悪名は国境を越えてなお、黒い影を引きずっている可能性があった。
 そして何より、彼女自身がもう“ハーベスト”を名乗りたくなかった。

「セリカと申します。以後、お見知りおきを……フェルナンド様」

 故に“セリカ”と偽名を使うことにしたのであった。

「うん。ああ、そんなにかしこまらなくてもいいよ。それに、あまり家名で呼ばれたくないし。アルトとかで良いよ」

「はあ……そう仰るのであれば。そういえば、先程、辺境の地と仰っていましたが、ここは具体的にどこの場所になりますか?」

「えっとね……」

 アルトは部屋の隅に置いていた革袋から地図を取り出し広げる。
 指先が指した先――

「ここ、イーヴェル辺境と呼ばれる地域だよ」

「イーヴェル!? まさか、そんなところに……」

 セリカの瞳が大きく見開かれた。
 息が止まり、心臓の音だけが耳に響く。知らぬ間に――彼女は隣国の地へと踏み込んでいたのだ。
 唇を噛みしめ、セリカは静かに息を吐いた。

「……ご迷惑をおかけしてしまているついでなのですが、私を、少しの間だけでも構いません。暫く、この地で休ませていただけませんか?」

 その声音は柔らかくも、奥底では命綱に縋るような必死さを隠しきれていなかった。
 アルトは困ったように頬をかき、視線を泳がせる。

「えっーと……まだ何も整ってなくて、何もない場所だけど。本当にいいのか?」

「何も……」

 セリカの瞳が、わずかにかげる。
 だが、背に腹は代えられなかった。

「ええ、構いません。諸事情がありまして、今は家に帰ることが出来ない身の上の為……助けていただけないでしょうか?」

 先程からのセリカの言葉の端々に、どこか上流の薫りがあった。
 衣は擦り切れ、肌は土に汚れていながらも、仕草と声音には確かな教養が滲んでいる。
 アルトは一瞬、セリカを測るように目を細めた。

(もしかして……けど、こんな場所に、貴族の娘さんが……?)

 疑念はあった。
 だが、それ以上に――この荒れ地でひとり黙々と作業を続けてきた彼にとって、人の声は何よりの救いでもあった。
 家から追い出されて、この辺境の地を押し付けられたアルトにとって、この静寂を分かち合える誰かの存在を、心のどこかで渇望していた。

「……まあ、君が良ければ。ゆっくり休むといい。あ、そうだ――何か食べるものを持ってこようか」

 そう言って壁際の袋に手を伸ばした、その時――地の底を這うような重低音が、外から響いた。

 セリカは反射的に顔を上げ、部屋の隅――四角く切り抜かれた小窓の穴から外を覗いた。

「……あれは……」

 そこに広がっていたのは、荒廃した土地を行進する巨躯の群れだった。
 土と岩の塊が、腕を振り下ろすたびに地面が鳴動し、乾いた砂塵が陽光を乱反射する。
 無骨なゴーレムたちは、整然と土地を均し、まるで生きているかのように動いていた。

「なん…ですの……あれは?」

「ああ、あいつらゴーレムに開墾して貰っているんだよ」

 アルトは誇らしげに笑みを浮かべる。
 そして、彼の口が滑らかに動き始めた。止め処もなく。

「普通の土や砂で作ったゴーレムだと、あんな巨体だと動きが鈍くて、すぐににコアの魔力が枯渇してしまうのだけど、ここの土には多量の魔素が含まれていると思うだ。たがらなのか、あんな大きなゴーレムを作っても機敏に長時間の稼働が出来ているんだよ。今度人が乗り込めようなコクピットを作ってみようかと思うけどどうかな?」

「……あ、あの……。ということは、あのゴーレムたちは、アルトさんが作って、操作しているということですか?」

「まあ、そういうことになるかな」

 セリカは息を呑んだ。
 あり得ない。ゴーレムなど鈍重で無駄な魔術道具とされ、学院でも半ば嘲笑の対象だった。
 だが、アルトのゴーレムは違う。動物のように動き、荒地を拓いている。
 そういえば……気を失う直前――魔獣の牙が迫ったその瞬間を救ったのは、この“土の巨人ゴーレム”だったと頭によぎった。

 セリカの胸中で微かな炎が灯る。
 それは希望の形をした復讐の火――灰に埋もれた誇りを掘り返すための、禁じられた熱だった。

この力ゴーレム……この男の力があれば)

 セリカは外のゴーレムたちを凝視する。

(手に入れる。この力を、必ず)

 その誓いが胸の奥で形を結んだ瞬間、風がひとつ、頬を撫でて過ぎた。
 彼女はわずかに目を閉じ、唇の内で囁く。

「――今に見ていなさいな」

 思わず溢れたその声は、荒野の風に紛れて、静かに消えていった。
 だが、確かにその瞬間、ひとつの運命の歯車が音を立てて回り始めたのだ。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

正しい聖女さまのつくりかた

みるくてぃー
ファンタジー
王家で育てられた(自称)平民少女が、学園で起こすハチャメチャ学園(ラブ?)コメディ。 同じ年の第二王女をはじめ、優しい兄姉(第一王女と王子)に見守られながら成長していく。 一般常識が一切通用しない少女に友人達は振り回されてばかり、「アリスちゃんメイドを目指すのになぜダンスや淑女教育が必要なの!?」 そこには人知れず王妃と王女達によるとある計画が進められていた! 果たしてアリスは無事に立派なメイドになれるのか!? たぶん無理かなぁ……。 聖女シリーズ第一弾「正しい聖女さまのつくりかた」

地味な薬草師だった俺が、実は村の生命線でした

有賀冬馬
ファンタジー
恋人に裏切られ、村を追い出された青年エド。彼の地味な仕事は誰にも評価されず、ただの「役立たず」として切り捨てられた。だが、それは間違いだった。旅の魔術師エリーゼと出会った彼は、自分の能力が秘めていた真の価値を知る。魔術と薬草を組み合わせた彼の秘薬は、やがて王国を救うほどの力となり、エドは英雄として名を馳せていく。そして、彼が去った村は、彼がいた頃には気づかなかった「地味な薬」の恩恵を失い、静かに破滅へと向かっていくのだった。

婚約破棄を目撃したら国家運営が破綻しました

ダイスケ
ファンタジー
「もう遅い」テンプレが流行っているので書いてみました。 王子の婚約破棄と醜聞を目撃した魔術師ビギナは王国から追放されてしまいます。 しかし王国首脳陣も本人も自覚はなかったのですが、彼女は王国の国家運営を左右する存在であったのです。

裏庭係の私、いつの間にか偉い人に気に入られていたようです

ルーシャオ
恋愛
宮廷メイドのエイダは、先輩メイドに頼まれ王城裏庭を掃除した——のだが、それが悪かった。「一体全体何をしているのだ! お前はクビだ!」「すみません、すみません!」なんと貴重な薬草や香木があることを知らず、草むしりや剪定をしてしまったのだ。そこへ、薬師のデ・ヴァレスの取りなしのおかげで何とか「裏庭の管理人」として首が繋がった。そこからエイダは学び始め、薬草の知識を増やしていく。その真面目さを買われて、薬師のデ・ヴァレスを通じてリュドミラ王太后に面会することに。そして、お見合いを勧められるのである。一方で、エイダを嵌めた先輩メイドたちは——?

【完結】能力が無くても聖女ですか?

天冨 七緒
恋愛
孤児院で育ったケイトリーン。 十二歳になった時特殊な能力が開花し、体調を崩していた王妃を治療する事に… 無事に王妃を完治させ、聖女と呼ばれるようになっていたが王妃の治癒と引き換えに能力を使い果たしてしまった。能力を失ったにも関わらず国王はケイトリーンを王子の婚約者に決定した。 周囲は国王の命令だと我慢する日々。 だが国王が崩御したことで、王子は周囲の「能力の無くなった聖女との婚約を今すぐにでも解消すべき」と押され婚約を解消に… 行く宛もないが婚約解消されたのでケイトリーンは王宮を去る事に…門を抜け歩いて城を後にすると突然足元に魔方陣が現れ光に包まれる… 「おぉー聖女様ぁ」 眩い光が落ち着くと歓声と共に周囲に沢山の人に迎えられていた。ケイトリーンは見知らぬ国の聖女として召喚されてしまっていた… タイトル変更しました 召喚されましたが聖女様ではありません…私は聖女様の世話係です

捨てられた元聖女ですが、なぜか蘇生聖術【リザレクション】が使えます ~婚約破棄のち追放のち力を奪われ『愚醜王』に嫁がされましたが幸せです~

鏑木カヅキ
恋愛
 十年ものあいだ人々を癒し続けていた聖女シリカは、ある日、婚約者のユリアン第一王子から婚約破棄を告げられる。さらには信頼していた枢機卿バルトルトに裏切られ、伯爵令嬢ドーリスに聖女の力と王子との婚約さえ奪われてしまう。  元聖女となったシリカは、バルトルトたちの謀略により、貧困国ロンダリアの『愚醜王ヴィルヘルム』のもとへと強制的に嫁ぐことになってしまう。無知蒙昧で不遜、それだけでなく容姿も醜いと噂の王である。  そんな不幸な境遇でありながらも彼女は前向きだった。 「陛下と国家に尽くします!」  シリカの行動により国民も国も、そして王ヴィルヘルムでさえも変わっていく。  そしてある事件を機に、シリカは奪われたはずの聖女の力に再び目覚める。失われたはずの蘇生聖術『リザレクション』を使ったことで、国情は一変。ロンダリアでは新たな聖女体制が敷かれ、国家再興の兆しを見せていた。  一方、聖女ドーリスの力がシリカに遠く及ばないことが判明する中、シリカの噂を聞きつけた枢機卿バルトルトは、シリカに帰還を要請してくる。しかし、すでに何もかもが手遅れだった。

転生してきた令嬢、婚約破棄されたけど、冷酷だった世界が私にだけ優しすぎる話

タマ マコト
ファンタジー
前世の記憶を持って貴族令嬢として生きるセレフィーナは、感情を見せない“冷たい令嬢”として王都で誤解されていた。 王太子クラウスとの婚約も役割として受け入れていたが、舞踏会の夜、正義を掲げたクラウスの婚約破棄宣言によって彼女は一方的に切り捨てられる。 王都のクラウスに対する拍手と聖女マリアへの祝福に包まれる中、何も求めなかった彼女の沈黙が、王都という冷酷な世界の歪みを静かに揺らし始め、追放先の辺境での運命が動き出す。

勝手に召喚され捨てられた聖女さま。~よっしゃここから本当のセカンドライフの始まりだ!~

楠ノ木雫
ファンタジー
 IT企業に勤めていた25歳独身彼氏無しの立花菫は、勝手に異世界に召喚され勝手に聖女として称えられた。確かにステータスには一応〈聖女〉と記されているのだが、しばらくして偽物扱いされ国を追放される。まぁ仕方ない、と森に移り住み神様の助けの元セカンドライフを満喫するのだった。だが、彼女を追いだした国はその日を境に天気が大荒れになり始めていき…… ※他の投稿サイトにも掲載しています。

処理中です...