ミスティー・ナイツ

空川億里

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第20話 計画実行は順調かと思いきや……

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(うまくいった)

 爆発し、燃えあがるビルをミラーで眺めながら、釘谷は心の中でつぶやいた。彼は車の運転を続けながら、眠らせた警備員を交番の近くにある公園のベンチに降ろした。交番には警官の姿がある。

 まもなくめざめるだろうが、そうでなくても警官が介抱するだろう。釘谷は再び雲村と車に乗り、ハンドルを握るとアクセルを踏んだ。車はわざと遠回りした後で、人気のない空き地にそれを放置した。

 盗難車なので、そこから足がつく可能性はない。そしてそこから今度は歩きで、広田ビルの近くにあるホテルに向かった。2人はここの一室を偽名で借りていたのだ。

ビルは、派手に燃えていた。

 いつのまにか集まった消防車がホースから水を放出して、消火活動を展開していた。上空には新聞社やテレビ局のヘリコプターが飛んでいる。釘谷にとって建造物を破壊するのは、いわば男のロマンだ。もっともビルの建設に関わってきた労働者達の気持ちを思えば胸が痛まぬ事はなかった。

「さすが釘谷さん。爆破は任せろって感じですね」

 釘谷と雲村博士が戻る前からホテルの部屋で待機していた達下恋花が笑顔を見せた。

「当然だ。この道何十年の爆弾のプロだしな」

「さすがおやっさん。癇癪と爆弾を炸裂させるのは、得意じゃん」

 やはりホテルで待機していた衣舞姫がそんなふうにまぜっかえした。

「何だとお」

 釘谷は、思わず衣舞姫をにらみつけた。

「だからあ、それが癇癪なんだって」

 衣舞姫はニヤリと笑ってみせた。まるで子供のように純粋な笑顔だ。もっとも、釘谷とは親子ぐらい離れているから娘みたいなものなのだが。そんな話をしている間も、消火活動は進行していた。

 予想通り美術館やカジノからも大勢の警官や警備員や職員が、手に手に消火器を持って駆けつけてくる。これだけでも美術館とカジノ的には、かなりの戦力がそがれたはずだ。今度もミスティー・ナイツのプランが成功するかと思うと、釘谷は自然と自分の唇に笑みがこぼれるのに気がついた。

「おやっさん笑いすぎ」

 笑みを見ていた衣舞姫が横から突っこんだ。

「わーってるだろうけど、盗みは最後まで気をゆるめちゃあいけないって」

「いちいちうるせえなあ。んなこた、百も二百も承知だ」

 自称革命家は不機嫌になって鼻を鳴らした。

                   *

 時刻はいつしか、夜の10時半を過ぎている。海夢と桐沢は予定通りたった2人で地下金庫前の警備室で座哨していた。廃ビルが出火した件は、2人も当然聞いている。

   違うのは、海夢がそれをあらかじめミスティー・ナイツの仕業だと知っているが、相方の桐沢は、それを知らないという事だ。

 海夢は時折桐沢の方に目をやったが、さすがに緊張しているらしく、まるでお通夜に来たかのようだ。そこへ突然、思いもかけぬ人物が登場した。全国警察の姫崎瀬戸菜警部補だ。

「2人共、お疲れ様」

 瀬戸菜は笑顔で、声をかけてきた。一瞬海夢の胸に緊張が走ったけど、おくびにも出さぬようにつとめる。

「お疲れ様です」

 海夢は声が震えぬように返事をした。

「2人共志願したそうじゃない。あえてこの時間帯に……大したもんだわ」

「金額が少ないけど、手当てがつきますから……普段安月給だしね」

 口を開いたのは、桐沢である。やがて彼は、徐々に饒舌になっていった。

「特にこの島は、内地と比べて仕事がないし。若い人がどんどんここから出てくのもわかりますよ」

「それはそうかもしれないね。ところで2人共島の人?」

 瀬戸菜の質問に海夢がうなずく。

「そのわりには、あなたは日焼けしてないのね山下さん」

 瀬戸菜は海夢の名札(偽名の『山下』と書いてある)と顔を見比べながら言葉を綴る。言われてみれば現地の人は、常夏の島なので皆、日焼けしている。

「出身はここですが、しばらく内地に住んでまして、久々に故郷へ戻ったんです」

「あら。ここは仕事がないんじゃないの。内地にいた方がまだ、勤め先はあるんじゃないのかしら」

「いや、何だかんだ言ってもふるさとの方が性にあってるみたいで、戻ってきてよかったです」

 海夢は内心ぎくりとしながら瀬戸菜に話した。さすがは、全国警察のエリート刑事だ。痛いところを、まるで弓矢の的を狙うかのように突いてくる。

「そういえば、火事があったそうですね」

 海夢が聞いた。

「ビルに爆弾がしかけられたみたいだけど、すぐ消せると思う。こっちからも人数を派遣してるわ。もしかすると、ミスティー・ナイツの陽動作戦かもしれない。あの連中ならやりかねないし」

「失礼ですが、警部補さんはミスティー・ナイツにお詳しいので」

「詳しいというか、腐れ縁ね。やつらには何度も煮え湯を飲まされてるから、今度こそは捕まえなきゃ」

 そこで彼女の瞳は冷たい光を放った。

「正義は勝つの信念でやってるの」

「警察の方も大変ですね……色々苦労も多いでしょう」

「ま、どんな仕事にも苦労はつきものよ。あなた方もそうでしょうけど」

 話はそこでとぎれたが、瀬戸菜はなかなかその場から動こうとはしなかった。瀬戸菜がいなくならない限り、金庫の現金は盗めそうにない。もしかすると、薄々こっちを疑っているのかもしれない。

 今彼女はミスティー・ナイツに煮え湯を飲まされてきたと告白したが、それは海夢達から見ても同様で、この女には、さんざんてこずらされてきたのだ。瀬戸菜が警察内部の腐敗を見過ごせるような人物なら、出世はもっと早かったかもしれない。

 いや、そもそも彼女は根本的に現場向きかもしれなかった。なんとなく、デスクでふんぞりかえって、部下に指示だけ出すようなポジションは似合わない気がする。海夢は、彼女をこの場所から遠ざけるために、奥の手を使う事にした。

「警部補さん、女性に対して本当失礼な言い草で申し訳ありませんが、汗臭いですね。南国だから、無理もないけど」

 実際は汗臭くないのだが、海夢はそんなふうに切りだした。

「ちょっと待って。嘘でしょう」

 瀬戸菜は驚いたらしく、すっとんきょうな声をあげた。そして自分の腕のあたりを自分で嗅いだ。さすがにそういう指摘には敏感なようである。

「ちゃんと制汗剤使ってるのに」

「ぼくがいいの持ってますから、使ってください。最近発売になったばかりの新製品です。熱帯の島ですから、こういう物に、地元の人間は敏感なんです」

 述べるが早いか、海夢は警備室に置いてある自分のバッグからスプレーを取りだして、瀬戸菜の顔に吹きつけた。何秒もたたないうちに、彼女は白目を向きながら前のめりに倒れかかった。警部補が頭と顔を打たないように、海夢は両腕で瀬戸菜の体を支えたのである。

「何をしたんだ」

 気絶した刑事の姿を見ながら、桐沢が質問してきた。その顔は血相を変えている。どうやら彼は、海夢が瀬戸菜を殺したとでも思ったらしい。

「ご安心を。催眠スプレーです」

 海夢はスプレー缶を見せながら手で振った。

「これで3時間は、前後不覚に夢の世界です。副作用はありません」

「あんたら外国の政府とか、暴力団とも関係あるのか」

「それはないです。いかなる国家権力とも、いかなる団体とも無縁ですから。相手がよほどの悪党でもない限り人を殺したり暴力をふるったり、貧乏人から盗まないのがおれ達の主義です」

「らしいな。週刊誌や新聞で、あんた達の活躍は知ってるよ。儲かった金の一部は慈善団体に寄付してるとか。まるで現代のねずみ小僧だ。そんな金や能力があるなら、カタギとしてまっとうな仕事につこうと思わんのか」

「ちゃんと表の顔もあります」

 ウインクしながら海夢は微笑んだ。

「普段はカタギとしての商売をちゃんとしてるんです。よかったら桐沢さんも、おれ達の仲間になりませんか」

「冗談じゃない。おれは今回限りで降りる」

 ベテランの警備員は糊で固めたような顔を、さらにこわばらせた。

「おれには、怪盗なんか向かねえ。養育費をきちんと払って、ささやかな贅沢がしたいだけだ。子供にたまには値段の高いおもちゃを買って、車も買いかえて、家を買って、温泉に行って、ソープに行って……」

「ささやかどころか、ずいぶん贅沢な夢じゃないですか。ま、正直でいいですけど」  

 海夢は相手の発言を笑い飛ばした。

「お互い別に、仙人じゃないんですから。人並みに欲があっていいでしょう。むしろそれが普通でしょう」

 からかわれたと感じたらしく桐沢は、鼻を鳴らした。

「しかしさあ、警部補さんを眠らせるのはいいとして、目が覚めた時どうすんだよ。あんたに変な物をかけられたと、騒ぎだすはずだ」

「これからあなたを縛ります。全部ぼくのせいにしてください」

「あんた一人のせいにかい」

「その通りです」

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