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第22話 思わぬ障害
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王冠をまんまと盗られた花宮は、世界がガラガラと崩れるような、無残な気持ちを味わっていた。これで自分がクビになるのは間違いない。よくて左遷だ。
国立美術館の保安チーフとして、一般のサラリーマンとは比べ物にならないぐらいもらっていた高い給料ともオサラバだろう。家や車のローンは一体どうなるのか。
妻子や両親に、どう釈明すればいいだろう。花宮は眼前が真っ暗になるような思いがした。穴があったら入りたいとは、今の心境こそ、物語る言葉に違いない。
*
警備員の制服を着て王冠を持ちさった女というのは、ミスティー・ナイツの立岡愛梨だ。
彼女は今度の『仕事』に備え、自分が住んでる30階建てのタワーマンションの非常階段を駆けあがったり、駆けおりたりする訓練を、日頃からしていたのである。美術館を出た愛梨は、何食わぬ顔でそのまま歩いた。
心臓は早鐘のように鳴っているが、誰も彼女を不審に思って呼び止める者はいない。そして博物館から近いコインパーキングに向かった。そして、そこに停めてある白い車の後部座席に乗りこんだ。
後部座席の窓にはスモークがかかっており、そこで彼女はロッカーから盗んだ制服を脱いで下着姿になった。その後、そこに用意していた私服に着替えた。
私服は人目を引かないような、地味な色彩の物である。運転席には雲村博士の姿がある。
「ご苦労だったな。お嬢ちゃん」
雲村が、ねぎらいの言葉をかける。
「大した事ない。ちょっとジムで一汗流したって感じ」
「ビッグマウスもそこまでいけば痛快だな」
雲村は笑いとばした。
*
その頃深い地面の下では、カジノの地下金庫に向かって地面を掘り進む作業が進行していた。
電動式のドリルを持った美山と西園寺が、下から上に向かって地面を砕いていたのだ。
元々今までは春間の主導で人を雇って、ここまでトンネルを掘ってきていたのである。雇った人間には本当の理由は話さず、特別工事と偽って相場よりも高い金を払っていた。
桐沢のように、色んな理由で金に困った人間はいる。彼らも内心おかしいと感じたかもしれないが、渡した金額は、沈黙を守るには充分すぎるだけの重みがあったはずである。
給料は常に当日払い。現金で渡した。口座を作ると、そこから警察の捜査が始まる可能性があったし、金に困った連中が多いので、当日すぐ渡した方が喜ばれるのだ。半年に1度は賞与も出した。支払う時は指紋を残さないよう薄い手袋を使用する。
それにしてもと、美山は思った。今の状況は冷房がないので、サウナみたいな暑さである。後から後から全身に、汗が浮かんで、したたりおちてきた。
一体どれだけの水分が、自分の体に含まれてるのだと思う。自分と西園寺の2人の汗で、狭い地下が異臭に満ちていた。普段からこういう場所で働いている者に対する尊敬の念がわいてくる。
やがてドリルが、ひときわ硬い部分に到達した。金属の部分が現れたのだ。2人は一旦機械を止めて、手袋をはめた手で周辺の土をどかしはじめた。
やがて金庫の底の部分が全面的に現れた。2人は金庫の下に、フタのない大きな箱を用意する。美山は金庫の底の端の方にドリルを当てると、再びスイッチをオンにした。次の瞬間、騒がしい金属音が鳴り響く。ドリルを持つ手に衝撃が走る。
よく見ると、ドリルの先が折れていた。想定外の状況である。今まで似たようなミッションを何度もこなしてきたが、これと同じタイプのドリルで穴を開けるのに成功してきた。
今度の金庫は、よほど硬い物質でできてるらしい。守る側の防護技術も年々進歩してるのだろう。
「一体どうする。こんなんじゃあ、おれのドリルも折れかねない」
西園寺が、悪態をつく。
「ハッパをしかけるか」
美山が一つの答えを出した。
「それしか、ねえな。釘谷のおやっさんの18番だが、たまには俺らでやるのもいいか」
美山は用意してきた小型爆弾を、金庫の下の隅っこに装着する。そしてタイマーをオンにする。その後2人は元来た道を戻っていき、じゅうぶんに離れた場所まで行った。
そして彼らは用意してきた耳栓を、自分達の両耳につめこんだ。そして美山がリモコンのスイッチをオンにする。トンネル内に爆発音が鳴り響いた。
大量の埃がこっちまで飛んでくる。爆風と埃が収まって、2人の泥棒は希望を胸に、金庫のある所へ向かった。懐中電灯で、金庫の下部に光を照らす。そこには傷1つついていなかった。
落胆と失望が、美山の腹にボディブローを食らわせる。万事休すと言ったところか。現金の強奪は、諦めねばならぬのか。
*
カジノの防災センターにある全てのモニターが、一瞬にして切りかわった。そこにはサングラスをかけた、1人の男の姿がある。
「やあ諸君。我々ミスティー・ナイツは予告通り金庫から、カジノの売上金を奪わせてもらった。早速金庫の中身を確認するといい。今や空っぽだ」
それを聞いた紅山県警本部長は怒りのあまり、己の顔が紅潮するのが自分でわかった。
「誰か、金庫を確認しに行け」
早速数名の警官が、明定と共に地下に走った。地下金庫前の警備室に入ると、2人の男の守衛と瀬戸菜が床に倒れている。
そばに近づくと、ガードマンのうち若い方が、苦しげなうめき声をあげていた。
「大丈夫ですか。しっかりしてください」
警官のうちの1人が、若い方の警備員に声をかけた。見ると、倒れていたその男の顔には痣ができていた。
「覆面をした男達に襲われて、気づいたら気を失ってました」
「金はどうした。奴らは金を持ってったのか」
明定が、守衛に対してどなりつけた。
「わかりません。のびてる間に盗られたのかも」
「そこを、どけ。確認する」
明定は金庫室の入口の脇にある指紋認証パネルに左手を当てた。同時にセンサーが、彼の網膜パターンも認識する。金庫室のドアロックが開錠される音がした。
明定は中に入って、そこに積まれたトランクの鍵を開けた。ちゃんと中には札束が詰まっている。
(何だ。ちゃんとあるじゃないか)
その時である。背後に人の気配がして振りむくと、さっきの若い男の警備員が右手にピストルを構え、銃口を自分の顔に合わせていた。
国立美術館の保安チーフとして、一般のサラリーマンとは比べ物にならないぐらいもらっていた高い給料ともオサラバだろう。家や車のローンは一体どうなるのか。
妻子や両親に、どう釈明すればいいだろう。花宮は眼前が真っ暗になるような思いがした。穴があったら入りたいとは、今の心境こそ、物語る言葉に違いない。
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警備員の制服を着て王冠を持ちさった女というのは、ミスティー・ナイツの立岡愛梨だ。
彼女は今度の『仕事』に備え、自分が住んでる30階建てのタワーマンションの非常階段を駆けあがったり、駆けおりたりする訓練を、日頃からしていたのである。美術館を出た愛梨は、何食わぬ顔でそのまま歩いた。
心臓は早鐘のように鳴っているが、誰も彼女を不審に思って呼び止める者はいない。そして博物館から近いコインパーキングに向かった。そして、そこに停めてある白い車の後部座席に乗りこんだ。
後部座席の窓にはスモークがかかっており、そこで彼女はロッカーから盗んだ制服を脱いで下着姿になった。その後、そこに用意していた私服に着替えた。
私服は人目を引かないような、地味な色彩の物である。運転席には雲村博士の姿がある。
「ご苦労だったな。お嬢ちゃん」
雲村が、ねぎらいの言葉をかける。
「大した事ない。ちょっとジムで一汗流したって感じ」
「ビッグマウスもそこまでいけば痛快だな」
雲村は笑いとばした。
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その頃深い地面の下では、カジノの地下金庫に向かって地面を掘り進む作業が進行していた。
電動式のドリルを持った美山と西園寺が、下から上に向かって地面を砕いていたのだ。
元々今までは春間の主導で人を雇って、ここまでトンネルを掘ってきていたのである。雇った人間には本当の理由は話さず、特別工事と偽って相場よりも高い金を払っていた。
桐沢のように、色んな理由で金に困った人間はいる。彼らも内心おかしいと感じたかもしれないが、渡した金額は、沈黙を守るには充分すぎるだけの重みがあったはずである。
給料は常に当日払い。現金で渡した。口座を作ると、そこから警察の捜査が始まる可能性があったし、金に困った連中が多いので、当日すぐ渡した方が喜ばれるのだ。半年に1度は賞与も出した。支払う時は指紋を残さないよう薄い手袋を使用する。
それにしてもと、美山は思った。今の状況は冷房がないので、サウナみたいな暑さである。後から後から全身に、汗が浮かんで、したたりおちてきた。
一体どれだけの水分が、自分の体に含まれてるのだと思う。自分と西園寺の2人の汗で、狭い地下が異臭に満ちていた。普段からこういう場所で働いている者に対する尊敬の念がわいてくる。
やがてドリルが、ひときわ硬い部分に到達した。金属の部分が現れたのだ。2人は一旦機械を止めて、手袋をはめた手で周辺の土をどかしはじめた。
やがて金庫の底の部分が全面的に現れた。2人は金庫の下に、フタのない大きな箱を用意する。美山は金庫の底の端の方にドリルを当てると、再びスイッチをオンにした。次の瞬間、騒がしい金属音が鳴り響く。ドリルを持つ手に衝撃が走る。
よく見ると、ドリルの先が折れていた。想定外の状況である。今まで似たようなミッションを何度もこなしてきたが、これと同じタイプのドリルで穴を開けるのに成功してきた。
今度の金庫は、よほど硬い物質でできてるらしい。守る側の防護技術も年々進歩してるのだろう。
「一体どうする。こんなんじゃあ、おれのドリルも折れかねない」
西園寺が、悪態をつく。
「ハッパをしかけるか」
美山が一つの答えを出した。
「それしか、ねえな。釘谷のおやっさんの18番だが、たまには俺らでやるのもいいか」
美山は用意してきた小型爆弾を、金庫の下の隅っこに装着する。そしてタイマーをオンにする。その後2人は元来た道を戻っていき、じゅうぶんに離れた場所まで行った。
そして彼らは用意してきた耳栓を、自分達の両耳につめこんだ。そして美山がリモコンのスイッチをオンにする。トンネル内に爆発音が鳴り響いた。
大量の埃がこっちまで飛んでくる。爆風と埃が収まって、2人の泥棒は希望を胸に、金庫のある所へ向かった。懐中電灯で、金庫の下部に光を照らす。そこには傷1つついていなかった。
落胆と失望が、美山の腹にボディブローを食らわせる。万事休すと言ったところか。現金の強奪は、諦めねばならぬのか。
*
カジノの防災センターにある全てのモニターが、一瞬にして切りかわった。そこにはサングラスをかけた、1人の男の姿がある。
「やあ諸君。我々ミスティー・ナイツは予告通り金庫から、カジノの売上金を奪わせてもらった。早速金庫の中身を確認するといい。今や空っぽだ」
それを聞いた紅山県警本部長は怒りのあまり、己の顔が紅潮するのが自分でわかった。
「誰か、金庫を確認しに行け」
早速数名の警官が、明定と共に地下に走った。地下金庫前の警備室に入ると、2人の男の守衛と瀬戸菜が床に倒れている。
そばに近づくと、ガードマンのうち若い方が、苦しげなうめき声をあげていた。
「大丈夫ですか。しっかりしてください」
警官のうちの1人が、若い方の警備員に声をかけた。見ると、倒れていたその男の顔には痣ができていた。
「覆面をした男達に襲われて、気づいたら気を失ってました」
「金はどうした。奴らは金を持ってったのか」
明定が、守衛に対してどなりつけた。
「わかりません。のびてる間に盗られたのかも」
「そこを、どけ。確認する」
明定は金庫室の入口の脇にある指紋認証パネルに左手を当てた。同時にセンサーが、彼の網膜パターンも認識する。金庫室のドアロックが開錠される音がした。
明定は中に入って、そこに積まれたトランクの鍵を開けた。ちゃんと中には札束が詰まっている。
(何だ。ちゃんとあるじゃないか)
その時である。背後に人の気配がして振りむくと、さっきの若い男の警備員が右手にピストルを構え、銃口を自分の顔に合わせていた。
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