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第32話 葬送
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木戸脇は丸太のように太い腕で裏切り者を押さえつけながら宣言した。
そんな状況の中で、今度は別の潜水艦乗りが、まるで猫のように静かに博士の背後に忍びより、やはり筋肉質の両腕で、雲村をはがいじめにする。
「銃を下ろせ、じいさんよ。でないと首をしめちまうぞ」
博士をはがいじめにした男は、右手を雲村の喉元に当てる。次の瞬間、またまた信じられない状況が起こった。
西園寺が機関銃の引き金を引き、よりによって一緒に裏切った仲間のはずの雲村に銃弾を撃ちこんだのだ。
連続的な銃声が鳴り響き、無数の銃弾が一瞬にしてばらまかれ、博士も背後の潜水艦乗りも、共に撃たれて前のめりに、地面に倒れた。
「西園寺、いいかげんにしろ。博士はお前の味方じゃないのか」
美山は怒声をなげつけた。
「裏切った後、博士の才能が鶴本先生のお役に立つのを期待してたが、足手まといになるのなら、やっちまうだけの話よ」
西園寺が吐きすてた。
「美山さん、おれごとこいつを撃ってくれ」
のたまったのは木戸脇だ。顔が真っ赤で、額から汗がしたたりおちている。
「早く撃たねえとこの野郎、何をするかわかりゃしねえ」
美山は一度捨てたマシンガンを拾おうとしたが、西園寺が撃ってきたので、反射的にその場から疾風のごとく、横に飛んだ。間一髪、銃弾は当たらなかった。
木戸脇が西園寺の腕をしっかとつかんで動かしたので、銃口がそれたのだ。
その時に叫び声があがった。声の主は釘谷だ。銃弾が当たったらしく、痛そうにしゃがみながら、右の脚を抑えている。
西園寺はいつのまにか銃を持ってない左の手で自分のポケットからナイフを出した。
そしてそれを、背後にいる木戸脇の左の腿に突き刺した。刺された彼は、何とも言えない苦悶に満ちた絶叫をあげる。
木戸脇の羽交いじめがゆるみ、西園寺は自由の身になった。その時である。上空からローター音が響き渡り、ジェットヘリが現れた。
ジェットヘリは機銃でこっちに攻撃を開始する。
美山達は撃たれぬよう四方八方に散ったのだが、脚をやられた釘谷と木戸脇は、銃弾を浴びて、地面に倒れた。
ジェットヘリははしごを降ろす。西園寺がそれに捕まった。
美山達はマシンガンで反撃したが、敵機にも裏切り者にも命中せず、ヘリはそのまま本州へ向かって飛んでいく。
敵が去った後美山は木戸脇と釘谷の所へ戻ったが、2人共絶命していた。
結局雲村博士と釘谷、木戸脇ら3名の元兵士の合計5名が死ぬはめになり、5人共海岸に穴を掘って葬ったのだ。
残されたのは美山と海夢、それに恋花、衣舞姫、1名の潜水艦乗りの、合計5名となってしまった。特に恩師を殺された恋花の衝撃は凄まじいものがあるようで、メガネの奥の両目から涙がとめどなく流れだしている。
彼女の体内の水分が、全て出たんじゃないかと思われるほどだ。美山自身のショックもかなり大きかった。
心に巨大なクレーターが開いたみたいだ。今まで西園寺も雲村博士も、仲間として信頼していただけに反動も大きい。
こんな形で裏切られるとは想像もしていなかった。2人の寝返りを見破れなかった自分自身も腹立たしい。
(所詮おれ達アウトローには、仁義もへったくれもないってわけか)
葬儀と呼べるかどうかもわからぬ儀式が終わると、美山は次の行動に移る。
残った仲間達と一緒に、島にあった武器弾薬を持てるだけ持って、潜水艦に積みこんだのだ。
作業が終わると、金属製のクジラは再びフォルモッサに向かう。
いつ敵が追ってくるかわからないので、急ぎの旅だ。アジトに残った仲間を連れて、早く逃げなければならない。
艦の中はどんよりとした、重苦しい雰囲気に包まれていた。まるでみえない暗黒で満たされてしまったかのようだ。無理もない。
あまりにも犠牲が多すぎる。しかも裏切り者がいたのだ。
美山は己の胸の内に、猜疑心が真っ黒な煙のように立ち上るのに気がついていた。
一瞬何か冗談でも飛ばして、皆の気を紛らわそうかとも思ったが、逆に場が冷えた雰囲気になりそうなので、やめにした。人生は長い。
時には真空の宇宙にいるような沈黙に耐えねばならない時もあると、美山は自分に心の中で言い聞かせた。
潜水艦の窓外には群れをなして泳ぐ、美しい熱帯魚の姿が見える。かれらはどこまでも色鮮やかで艶やかだった。
まるでみんなで竜宮城へハイキングにでも行くかのようで、何の悩みも苦しみもないように見える。
来世は魚に生まれるのも、悪くないと美山は思った。もう、人間なんてこりごりだと思った時である。
そこへたまたまサメが1匹ゆらりと優雅に身をくねらせて現れた。まるで映画の『ジョーズ』さながらの姿である。
サメは熱帯魚の群れに突っこむと、その研ぎすまされた鋭い歯で、くわえた獲物をバリバリと、噛み砕きながら飲みこんだ。
美山は来世の希望転生先を、同じ魚でも、サメに変更する事にした。
どうやら一見華やかに見える竜宮城にも、真の安寧はないようだ。やがて潜水艦はフォルモッサに帰還する。
上陸し周囲を見渡すと、あれほど美しかった島が、今は地面のあちこちに無数の弾痕が穿たれて、硝煙と血の臭いが漂ってくる。
まるで怪獣が暴れたような、悲惨極まりない光景だ。
ゴトランド級の潜水艦は、フォルモッサに残留していた仲間達を乗せると、今度は本州をめざして航海を開始した。
今はとりあえず現金と王冠を安全な場所に移動させねばならぬ。
しばらくはバラバラに散って、潜伏せざるをえないだろう。だがこの仇を美山は、必ず討つつもりだった。四十七士の心境も、こうだったかもしれない。
「テレビで事件の報道を観たが、全く派手にやってくれたな」
久々に、西新宿のビルで再会した清武は、あきれ返った口調である。
「おれはカジノの現金を盗れとは言ったが、王冠まで要求しとらんぞ」
「黄金の冠をちょうだいしたのは、おれの個人的な趣味でね。それより、約束の現金を渡しておく」
美山はテーブルの脇に置いたアタッシェケースをテーブルの上に横にする。
中には約束通り、盗んだ現金のうち3割が収まっている。清武はケースを開けると、札束の1つを手に取った。
「王冠はどうする気だ。どっかに売りとばすのか。そっちで買い手が見つからなければ、おれが購入して、転売してもいいぞ。世の中には、そういった物を大金で買う、バカな金持ちが結構いてな」
「その前に、おれの方でちょっと調べさせてもらう。もしかしたら、ムー大陸の秘宝が見つかるかもしれないからな」
「冗談だろ。雑誌の『アトランティス』の読みすぎだ」
露骨に馬鹿にした態度で、清武が突っこんだ。
「確かに毎号買ってるけどな。年間契約で購読してるんで、こないだは特典の『オーパーツカレンダー』と、宇宙人グレイのフィギュアが送られてきた」
「ま、勝手にしろや。知ってるだろうが歴史にも伝説にも、興味なくてね。今この時を楽しむのが、おれの流儀さ。1000年前の話なんざ、どうでもいいの。おれの生活に、直接係わりあいがないもんな」
清武は、自分の言葉を具現化するかのように、昼からスコッチをストレートで空けていた。
「そういうけど、あんたの飲んでるスコッチにも、ご愛用のベンツやジッポウのライターにも、歴史や伝説があるんだぜ」
「洒落た台詞を吐くじゃねえか」
清武は鼻で笑った。
「そういえば、西園寺と雲村博士はどうなったんだ。噂じゃ行方不明って話だが」
「今さら説明の必要はないだろうが、おれ達ミスティー・ナイツは、プロジェクトのない時は互いに干渉しないんだ。他の連中が何をしてるか興味もないし、連絡も取らない。おれも含めて勝手気ままな奴ばかりだから、ふらっと旅行に行ったかもしれない。おれは、何も聞いてない」
美山は清武に嘘をついた。仲間割れをしたと正直に話すのは、気がひけた。内輪の恥を、いちいち説明する必要はないのだから。
「もちろんそれはわかってるが、ちょっと聞いただけじゃねえか。そういや、盗みはこれで終わりにするんだろ」
清武は、話題を変えた。
「そうするつもりだ。鶴本に一泡吹かせたし、悠々自適の生活に戻るさ。ほとぼりがさめるまで、ちょっくら海外に行くかもしれん」
「おれとしちゃあ、残念だな。ミスティー・ナイツともあろう有名な怪盗団が、足を洗うっていうのはよ」
「何でも、潮時と引き際が大切だからな。30代でリタイヤするのも悪くない」
それだけしゃべると、美山はその場を後にした。
鶴本は、自分の部屋で日本酒を1人飲んでいた。そのへんのスーパーで売ってるような代物ではない。
特別に作らせた高価な酒だ。まるで井戸水を飲んでるかのような、口当たりの良さである。
つい量を飲んでしまうので悪酔いしてしまいそうだが。
左右に開いた障子の間から、玉砂利を敷きつめた、日本庭園が見渡せた。遠くから鹿威しの音が聞こえてくる。
庭はどこまでも広く、まるで寺か神社のようだが、ここが彼の邸宅だった。
彼はやはり大物国会議員だった父親から巨万の富と、強大な権力を手に入れた。俗に言う『看板・カバン・地盤』である。
初めて鶴本が衆議院議員に当選して以来、権謀術数の限りを尽くして、首相にまで昇りつめたのだ。
が、総理大臣になったのは、彼の唯一の過ちだった。
一議員ならそれほど追求されない事もトップに立てば、ジャーナリズムや野党の攻撃にさらされる。
それまで隠したり、もみけしてきたスキャンダルがマスメディアを通じて白日の下にさらされてしまい、矢継ぎ早の批判を浴び、総理の座を追われる結果になった。
つい口走った人種差別発言や女性差別発言がテレビや新聞で報道され、マスメディアや野党や世論の標的となり、それも彼の逆風に追い討ちをかけた。
元々彼は外国人が嫌いだし、女は男に劣るものと感じていたが、公の場では慎重に差別発言はひかえてきたのだ。
それがトップに立ったため以前より言行が注目されるようになり、周囲から厳しい視線を注がれるようになっていた。
己の身を守るため形だけ陳謝はしたものの、腹の中では、今でも自分の発言を間違ってると思ってない。そもそも、この世は公平ではない。
強い者、能力のある者が、権力のトップに立つべきなのだ。
この世界を支配するのは、日本人のように優秀な民族であるべきだ。
ろくに働きもしないような怠け者の外国人は、大和民族の支配化に置かれればいのである。
鶴本は本当はアメリカ人も嫌いだが、かれらには世界最強の軍事力がある。
ステルス戦闘機や無人戦闘機や核兵器に代表される、高度な技術も有している。
東アジアの近隣諸国に神聖な日本の領土を侵されぬためには面従腹背で機嫌を伺い、かの国を利用するしかないではないか。
そもそもなぜ、アメリカが世界において強大な影響力を保持できるのか。
それは大量の核ミサイルを保有し、世界中に派兵できる大勢の兵士と、大いなる軍事力を所有しているからである。
この大国に逆らう者はサダム・フセインにしろカダフィにしろ、地上から抹殺された。他でもない。
かつての大日本帝国も、米国に痛めつけられた国の一つだ。天地開闢以来、永遠に覇権を誇った大国はない。
ローマ帝国も、大英帝国も、ナチス・ドイツも、オスマン・トルコも、ソビエト連邦も、やがて滅亡を余儀なくされた。
鶴本は、アメリカの落日も近いと見ている。その時こそ、日本が再び戦前のような大国になるチャンスであった。
日本も核武装して空母を所有し戦闘機や軍艦を増やし、何かと歴史を持ち出して謝罪を迫る周辺諸国に、睨みを効かせてやるのである。
場合によってはこちらから戦争をしかけて、相手を屈服させるのも必要だろう。
中国大陸には石油やレアアース、北朝鮮にはレアメタルがある。戦争で領土を強奪し、これらの地下資源を確保できれば、日本はもっと豊かになる。
中国人や朝鮮半島の住人は、日本人の奴隷になればいいのである。
そのためには、日本も強大な軍事力を持つべきだというのが彼の持論であった。
ろくに働きもせず、結婚もしないニートのような若者は徴兵して自衛隊に入隊させ、戦場に送りこめばよい。
生きていても意味がないのだから、戦争でさっさと死んでしまえばいいのだ……。そんな想像をしていた時、廊下を誰かが歩いてくるのに気がついた。
「何の用だ」
そんな状況の中で、今度は別の潜水艦乗りが、まるで猫のように静かに博士の背後に忍びより、やはり筋肉質の両腕で、雲村をはがいじめにする。
「銃を下ろせ、じいさんよ。でないと首をしめちまうぞ」
博士をはがいじめにした男は、右手を雲村の喉元に当てる。次の瞬間、またまた信じられない状況が起こった。
西園寺が機関銃の引き金を引き、よりによって一緒に裏切った仲間のはずの雲村に銃弾を撃ちこんだのだ。
連続的な銃声が鳴り響き、無数の銃弾が一瞬にしてばらまかれ、博士も背後の潜水艦乗りも、共に撃たれて前のめりに、地面に倒れた。
「西園寺、いいかげんにしろ。博士はお前の味方じゃないのか」
美山は怒声をなげつけた。
「裏切った後、博士の才能が鶴本先生のお役に立つのを期待してたが、足手まといになるのなら、やっちまうだけの話よ」
西園寺が吐きすてた。
「美山さん、おれごとこいつを撃ってくれ」
のたまったのは木戸脇だ。顔が真っ赤で、額から汗がしたたりおちている。
「早く撃たねえとこの野郎、何をするかわかりゃしねえ」
美山は一度捨てたマシンガンを拾おうとしたが、西園寺が撃ってきたので、反射的にその場から疾風のごとく、横に飛んだ。間一髪、銃弾は当たらなかった。
木戸脇が西園寺の腕をしっかとつかんで動かしたので、銃口がそれたのだ。
その時に叫び声があがった。声の主は釘谷だ。銃弾が当たったらしく、痛そうにしゃがみながら、右の脚を抑えている。
西園寺はいつのまにか銃を持ってない左の手で自分のポケットからナイフを出した。
そしてそれを、背後にいる木戸脇の左の腿に突き刺した。刺された彼は、何とも言えない苦悶に満ちた絶叫をあげる。
木戸脇の羽交いじめがゆるみ、西園寺は自由の身になった。その時である。上空からローター音が響き渡り、ジェットヘリが現れた。
ジェットヘリは機銃でこっちに攻撃を開始する。
美山達は撃たれぬよう四方八方に散ったのだが、脚をやられた釘谷と木戸脇は、銃弾を浴びて、地面に倒れた。
ジェットヘリははしごを降ろす。西園寺がそれに捕まった。
美山達はマシンガンで反撃したが、敵機にも裏切り者にも命中せず、ヘリはそのまま本州へ向かって飛んでいく。
敵が去った後美山は木戸脇と釘谷の所へ戻ったが、2人共絶命していた。
結局雲村博士と釘谷、木戸脇ら3名の元兵士の合計5名が死ぬはめになり、5人共海岸に穴を掘って葬ったのだ。
残されたのは美山と海夢、それに恋花、衣舞姫、1名の潜水艦乗りの、合計5名となってしまった。特に恩師を殺された恋花の衝撃は凄まじいものがあるようで、メガネの奥の両目から涙がとめどなく流れだしている。
彼女の体内の水分が、全て出たんじゃないかと思われるほどだ。美山自身のショックもかなり大きかった。
心に巨大なクレーターが開いたみたいだ。今まで西園寺も雲村博士も、仲間として信頼していただけに反動も大きい。
こんな形で裏切られるとは想像もしていなかった。2人の寝返りを見破れなかった自分自身も腹立たしい。
(所詮おれ達アウトローには、仁義もへったくれもないってわけか)
葬儀と呼べるかどうかもわからぬ儀式が終わると、美山は次の行動に移る。
残った仲間達と一緒に、島にあった武器弾薬を持てるだけ持って、潜水艦に積みこんだのだ。
作業が終わると、金属製のクジラは再びフォルモッサに向かう。
いつ敵が追ってくるかわからないので、急ぎの旅だ。アジトに残った仲間を連れて、早く逃げなければならない。
艦の中はどんよりとした、重苦しい雰囲気に包まれていた。まるでみえない暗黒で満たされてしまったかのようだ。無理もない。
あまりにも犠牲が多すぎる。しかも裏切り者がいたのだ。
美山は己の胸の内に、猜疑心が真っ黒な煙のように立ち上るのに気がついていた。
一瞬何か冗談でも飛ばして、皆の気を紛らわそうかとも思ったが、逆に場が冷えた雰囲気になりそうなので、やめにした。人生は長い。
時には真空の宇宙にいるような沈黙に耐えねばならない時もあると、美山は自分に心の中で言い聞かせた。
潜水艦の窓外には群れをなして泳ぐ、美しい熱帯魚の姿が見える。かれらはどこまでも色鮮やかで艶やかだった。
まるでみんなで竜宮城へハイキングにでも行くかのようで、何の悩みも苦しみもないように見える。
来世は魚に生まれるのも、悪くないと美山は思った。もう、人間なんてこりごりだと思った時である。
そこへたまたまサメが1匹ゆらりと優雅に身をくねらせて現れた。まるで映画の『ジョーズ』さながらの姿である。
サメは熱帯魚の群れに突っこむと、その研ぎすまされた鋭い歯で、くわえた獲物をバリバリと、噛み砕きながら飲みこんだ。
美山は来世の希望転生先を、同じ魚でも、サメに変更する事にした。
どうやら一見華やかに見える竜宮城にも、真の安寧はないようだ。やがて潜水艦はフォルモッサに帰還する。
上陸し周囲を見渡すと、あれほど美しかった島が、今は地面のあちこちに無数の弾痕が穿たれて、硝煙と血の臭いが漂ってくる。
まるで怪獣が暴れたような、悲惨極まりない光景だ。
ゴトランド級の潜水艦は、フォルモッサに残留していた仲間達を乗せると、今度は本州をめざして航海を開始した。
今はとりあえず現金と王冠を安全な場所に移動させねばならぬ。
しばらくはバラバラに散って、潜伏せざるをえないだろう。だがこの仇を美山は、必ず討つつもりだった。四十七士の心境も、こうだったかもしれない。
「テレビで事件の報道を観たが、全く派手にやってくれたな」
久々に、西新宿のビルで再会した清武は、あきれ返った口調である。
「おれはカジノの現金を盗れとは言ったが、王冠まで要求しとらんぞ」
「黄金の冠をちょうだいしたのは、おれの個人的な趣味でね。それより、約束の現金を渡しておく」
美山はテーブルの脇に置いたアタッシェケースをテーブルの上に横にする。
中には約束通り、盗んだ現金のうち3割が収まっている。清武はケースを開けると、札束の1つを手に取った。
「王冠はどうする気だ。どっかに売りとばすのか。そっちで買い手が見つからなければ、おれが購入して、転売してもいいぞ。世の中には、そういった物を大金で買う、バカな金持ちが結構いてな」
「その前に、おれの方でちょっと調べさせてもらう。もしかしたら、ムー大陸の秘宝が見つかるかもしれないからな」
「冗談だろ。雑誌の『アトランティス』の読みすぎだ」
露骨に馬鹿にした態度で、清武が突っこんだ。
「確かに毎号買ってるけどな。年間契約で購読してるんで、こないだは特典の『オーパーツカレンダー』と、宇宙人グレイのフィギュアが送られてきた」
「ま、勝手にしろや。知ってるだろうが歴史にも伝説にも、興味なくてね。今この時を楽しむのが、おれの流儀さ。1000年前の話なんざ、どうでもいいの。おれの生活に、直接係わりあいがないもんな」
清武は、自分の言葉を具現化するかのように、昼からスコッチをストレートで空けていた。
「そういうけど、あんたの飲んでるスコッチにも、ご愛用のベンツやジッポウのライターにも、歴史や伝説があるんだぜ」
「洒落た台詞を吐くじゃねえか」
清武は鼻で笑った。
「そういえば、西園寺と雲村博士はどうなったんだ。噂じゃ行方不明って話だが」
「今さら説明の必要はないだろうが、おれ達ミスティー・ナイツは、プロジェクトのない時は互いに干渉しないんだ。他の連中が何をしてるか興味もないし、連絡も取らない。おれも含めて勝手気ままな奴ばかりだから、ふらっと旅行に行ったかもしれない。おれは、何も聞いてない」
美山は清武に嘘をついた。仲間割れをしたと正直に話すのは、気がひけた。内輪の恥を、いちいち説明する必要はないのだから。
「もちろんそれはわかってるが、ちょっと聞いただけじゃねえか。そういや、盗みはこれで終わりにするんだろ」
清武は、話題を変えた。
「そうするつもりだ。鶴本に一泡吹かせたし、悠々自適の生活に戻るさ。ほとぼりがさめるまで、ちょっくら海外に行くかもしれん」
「おれとしちゃあ、残念だな。ミスティー・ナイツともあろう有名な怪盗団が、足を洗うっていうのはよ」
「何でも、潮時と引き際が大切だからな。30代でリタイヤするのも悪くない」
それだけしゃべると、美山はその場を後にした。
鶴本は、自分の部屋で日本酒を1人飲んでいた。そのへんのスーパーで売ってるような代物ではない。
特別に作らせた高価な酒だ。まるで井戸水を飲んでるかのような、口当たりの良さである。
つい量を飲んでしまうので悪酔いしてしまいそうだが。
左右に開いた障子の間から、玉砂利を敷きつめた、日本庭園が見渡せた。遠くから鹿威しの音が聞こえてくる。
庭はどこまでも広く、まるで寺か神社のようだが、ここが彼の邸宅だった。
彼はやはり大物国会議員だった父親から巨万の富と、強大な権力を手に入れた。俗に言う『看板・カバン・地盤』である。
初めて鶴本が衆議院議員に当選して以来、権謀術数の限りを尽くして、首相にまで昇りつめたのだ。
が、総理大臣になったのは、彼の唯一の過ちだった。
一議員ならそれほど追求されない事もトップに立てば、ジャーナリズムや野党の攻撃にさらされる。
それまで隠したり、もみけしてきたスキャンダルがマスメディアを通じて白日の下にさらされてしまい、矢継ぎ早の批判を浴び、総理の座を追われる結果になった。
つい口走った人種差別発言や女性差別発言がテレビや新聞で報道され、マスメディアや野党や世論の標的となり、それも彼の逆風に追い討ちをかけた。
元々彼は外国人が嫌いだし、女は男に劣るものと感じていたが、公の場では慎重に差別発言はひかえてきたのだ。
それがトップに立ったため以前より言行が注目されるようになり、周囲から厳しい視線を注がれるようになっていた。
己の身を守るため形だけ陳謝はしたものの、腹の中では、今でも自分の発言を間違ってると思ってない。そもそも、この世は公平ではない。
強い者、能力のある者が、権力のトップに立つべきなのだ。
この世界を支配するのは、日本人のように優秀な民族であるべきだ。
ろくに働きもしないような怠け者の外国人は、大和民族の支配化に置かれればいのである。
鶴本は本当はアメリカ人も嫌いだが、かれらには世界最強の軍事力がある。
ステルス戦闘機や無人戦闘機や核兵器に代表される、高度な技術も有している。
東アジアの近隣諸国に神聖な日本の領土を侵されぬためには面従腹背で機嫌を伺い、かの国を利用するしかないではないか。
そもそもなぜ、アメリカが世界において強大な影響力を保持できるのか。
それは大量の核ミサイルを保有し、世界中に派兵できる大勢の兵士と、大いなる軍事力を所有しているからである。
この大国に逆らう者はサダム・フセインにしろカダフィにしろ、地上から抹殺された。他でもない。
かつての大日本帝国も、米国に痛めつけられた国の一つだ。天地開闢以来、永遠に覇権を誇った大国はない。
ローマ帝国も、大英帝国も、ナチス・ドイツも、オスマン・トルコも、ソビエト連邦も、やがて滅亡を余儀なくされた。
鶴本は、アメリカの落日も近いと見ている。その時こそ、日本が再び戦前のような大国になるチャンスであった。
日本も核武装して空母を所有し戦闘機や軍艦を増やし、何かと歴史を持ち出して謝罪を迫る周辺諸国に、睨みを効かせてやるのである。
場合によってはこちらから戦争をしかけて、相手を屈服させるのも必要だろう。
中国大陸には石油やレアアース、北朝鮮にはレアメタルがある。戦争で領土を強奪し、これらの地下資源を確保できれば、日本はもっと豊かになる。
中国人や朝鮮半島の住人は、日本人の奴隷になればいいのである。
そのためには、日本も強大な軍事力を持つべきだというのが彼の持論であった。
ろくに働きもせず、結婚もしないニートのような若者は徴兵して自衛隊に入隊させ、戦場に送りこめばよい。
生きていても意味がないのだから、戦争でさっさと死んでしまえばいいのだ……。そんな想像をしていた時、廊下を誰かが歩いてくるのに気がついた。
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