この世界を、統べる者

空川億里

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第16話 攻防

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 一方大神殿の外にいるキリサメ軍も、手をこまねいているわけではない。
 投石機を使い、城壁に向かって石を打ちこんでいたが、城壁の裏に土を盛っているらしく、なかなか壁は割れなかった。
 一方で破城槌も活躍している。巨木を切り倒して枝を伐った丸太を数十人の歩兵が左右から抱えもち突進し、何度も城門にぶつけるのだ。
 永遠に続くかに見えた作業だが、やがて門に割れ目が生じ、凄まじい轟音と共に、巨大な門が割れおちた。
 それを観ていた味方の軍勢から歓声があがる。
 こういった物も訓練で使用してはいたが、実戦でどこまで役に立つかは未知数で、安堵の気持ちが自軍に満ちわたるようだった。
 やがて割れおちた門をくぐって、キリサメ軍がなだれこむ。そして中で戦闘状態になっている味方の軍勢に加勢した。
「キリサメ公、よくぞご無事で」
 外から突入したキリサメの腹心の一人のオチバが、思わず声を震わせた。両目から、熱いものがこみあげてくる。
「イカヅチの奴裏切りおった」
 普段はそよ風のごとく穏やかで、めったに声を荒げないキリサメが、怒髪天を突く勢いでそう怒鳴った。顔は真っ赤に染まっており、生まれたばかりの赤子のようだ。「すでに飛翔機で逃げおったわ。ともかく、ここの制圧が先じゃ」
 先程まで高見の見物を決めこんでいた大神殿の兵達は、すでに姿をくらましていた。代わりにいつのまにか例の殺人人形が、いくつもいくつも大神殿の内部から亡霊のごとく現れた。すぐにキリサメは銃を撃ち、兵達も、弓矢を撃って、攻撃を開始した。
「弓矢できゃつらをやるのは無理じゃ。誰か兵の一部を率いて、殺人人形を操っておる者を倒すのじゃ。オチバどうだ。やってくれるか」
「御意」
 言うが早いかオチバは兵を10名程引きつれ、殺人人形が現れたのとは別の道から中に入った。たまたまそばにいたセセラギも、一緒についてゆく形になる。殺人人形のうちの一体がオチバ達の動きに気づき、自分の右腕を長く伸ばした。
 その右手は矛のように鋭く尖る。それに気づいたオチバは自分の矛で木偶の尖った右手をはらうと、次には長い右腕を矛にからませて、そのままオチバから見て左に向けて、ものすごい勢いではらったのだ。
 殺人人形は、自分の右腕でからみとった矛にひっぱられるような形になり、両足も地面から離れ、オチバから見て左にあった、導師のイシクレを模した銅像に向かって激突した。それに気づいたキリサメが銃を撃ち、閃光の当たった木偶は銅像もろとも消滅する。
「伝令はおらんか」
 キリサメが、大声を出した。
「こちらにおります」
 馬に乗った伝令の一人がすぐさま駆けつけた。
「投石機で、木偶共を攻撃するよう伝えるのじゃ」
「御意」
 答えるが早いか、伝令は疾風のごとく馬を飛ばした。
「皆の者、一旦ここは破壊された門から退却せよ。殺人人形共は鉾や刀では太刀打ちできん。投石器で攻めさせる」
 キリサメ公は宣言すると、自らも馬を駆り、壊れた門から外に出た。彼に続いて他の兵達も続々と大神殿の外に出てゆく。やがて投石機の放つ巨大な岩が城壁を超えて飛んできて、墨のようなな色をした殺人人形に命中する。
 さすがの殺人人形も直撃を受け、起き上がる事もできなくなった。その時である。突然滝のような豪雨が天空から降ってきた。先程まで晴れていた空が、今や真っ黒な雨雲に敷きつめられていたのである。まるで大量の墨汁を、空に流したようだった。
 雷がきらめき、鎧をつけた兵士の一人に落雷した。当然ながら兵士はそのまま地面に倒れる。次の瞬間投石機にも落雷し、せっかくの兵器が粉々に砕けちってしまった。
 一方黒い人形は落雷の影響を受けないらしく、先を尖らせ、長く伸ばした二の腕で、一人また一人と、キリサメ軍の兵達の首を斬り、血祭りにあげてゆく。
                  *
 オチバは馬を乗りすてると徒歩で大神殿内に侵入した。十数名の部下も一緒だ。
「見ない顔だな」
 彼はいつのまにか一緒につきしたがったセセラギを横目で見ながらつぶやいた。
「ご挨拶が遅れまして。おれは、サイハテ村から来たセセラギと言います。村が飢饉で食えなくなったんで、キリサメ様の救貧院を頼って来た者です。今回こんな戦になり、少しでもご恩返しができねえものかと、慣れない槍を持ってかけつけた次第です」
「そうだったか。助かるな。キリサメ公のためにも、裏切り者のイカヅチは斬らぬとな。が、肝心のイカヅチが、どこにいるかわからんから困ったものだ」
「その疑問なら、答えられると思います」
 突然女性の声がして、皆がそちらをふりむくと、驚く事に、アオイの姿がそこにあった。彼女は背に飛翔機を背負っており、片方の手に弩を抱え、ちょうど空から舞い降りるところであった。美しい娘で、オチバはまるで天女のようだと考えた。
「アオイどうして……」
 セセラギは口走った。
「大神殿の中の事なら、あたしの方が詳しいです。飛翔機と隠れ蓑は元々イカヅチ様から、導師様の追っ手が迫ってきたらそれで逃げるよう渡されていたので。まさかイカヅチ様も、あたしがこうして飛翔機で、ここへ来るとは考えもしなかったのでしょう」
「知りあいなのか」
 オチバが説明を求めた。
「同じ村で生まれ育った幼馴染です。雨乞いの代わりに大神殿に連れさられて巫女になったんですが、イカヅチ様のお力添えで助けだし、今はおれの女房です。まさか、イカヅチ様が裏切るとは……アオイ、こちらはキリサメ公腹心のオチバ様だ」
「オチバ様。おそらくあたしなら、イカヅチ様のいる場所がわかります。巫女同士で、この部屋で天候を操ってると噂していた場所があります」
「そうであったか。ありがたい。これぞ僥倖。それでは、案内してくれないか。おぬしの女房は優秀じゃの」
                   *
 イカヅチは天候操作室にいた。まだイシクレとハツシモの遺体はそのままになっていたが、イカヅチはそれを放置したまま、機械の釦を操作して、大神殿の周辺に、豪雨と雷を降らせていたのだ。
 突如その場の静寂を打ち破るように、呼び鈴の音がした。そして天井に取りつけられた箱から女の声が流れたのである。
「イカヅチ様、至急の報告があります。扉を開けてください」
「そなたは、誰じゃ」
「巫女の一人でシラクモと申します」
 聞いた事のない名前だ。が、大神殿内の巫女は千人以上おり、全員の名前を覚えているわけではない。名前を知っている者でも、顔と一致しない事もままあった。
「なぜここを知っておる」
「以前導師様に教えていただきました。導師様は、この部屋で夜伽をするのがたいそうお好きで」
 その噂は知っていた。厳重に秘すべき場所を、巫女との夜伽の場所に使うとは、どうしようもないじじいだ。
「どんな報告じゃ」
「兵士の方に、手紙を渡すよう申しつけられ、中身は見ないよう言いつけられました。いずれにしましてもわたくしは字が読めず、例え封を開いても内容はわかりませぬが」
 扉の外を映した立体映像には、廊下に跪き顔を伏せた巫女の姿をした女性が映っている。その手には、文が握られていた。立体映像には、他に人間の姿はない。イカヅチは扉を開けて、彼女を出迎える。
 巫女が、文をさしだした。イカヅチはそれを受け取ると、慌てて封を開いたが、中には文章なぞ書いてなく、代わりに下手な落書きで『あかんべえ』をした顔が描かれていた。
 気づくといつのまにかイカヅチの喉元に、巫女が握った小刀の切っ先が突きつけられている。
「謀ったな」
 イカヅチは、自分の愚かさに怒りを感じた。まさか巫女が裏切るとは思わなかった。巫女の顔をよくよく見るとアオイである。普段と違う化粧をしており、普段はしないつけまつげをしていたし、裏声だったのでわからなかったのだ。
 相手が女一人なので、油断した。やがて扉の外の通路に、音もなくキリサメ軍の兵達が現れた。中にはイカヅチも知っているオチバやセセラギの姿もある。
「どうしてあたし達を裏切った」
 怒りに燃える眼差しで、セセラギが聞いてきた。
「残念だがキリサメ公には、このヤマトを任せられない。ぼくがこの国を統治すれば、ヤマトはもっとよくなるだろう」
「結局貴様は権力がほしかっただけか」
 履き捨てるようにオチバがぴしゃりと決めつけた。
「キリサメ公は、独裁者になるつもりはない。良い意見なら、おぬしの物でも採用した」
「信じられぬわ」
 反論したのは、イカヅチだ。
「キリサメ公がイシクレのようになるだけではないのか」
「いずれにしても、お命頂戴つかまつる。多くの部下を殺されて、許すわけにはいかぬ。アオイ殿、どいてくだされ」
 アオイがどいた。オチバが自分の刀を抜くと、上から下へ、斜めにイカヅチを、切り裂いた。
                   
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