クールな方程式

空川億里

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1話完結

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 ロウは宇宙を突き進む緊急艇(エマージェンシー・シップ)……略してESの中で1人のはずだった。
 操縦室には彼のほか誰もいない。ロウは重量センサーがオフになっていたのに気づきスイッチを入れた途端重量オーバーの警報が鳴りだしたのだ。
 デジタル表示を見ると、50キロの重量オーバーを示していた。
 倉庫内には防犯カメラが設置されている。複数のカメラが死角のないよう監視してるので補給物資以外の何かがあればそれは映るはずだったが、何か細工がされてるのかもしれない。
 熱の放射も感知されていないのだ。ロウはESのパイロットである。
 死の光景に臨んでも冷静な判断ができるよう脳にチップを埋めこまれていた。
 重量オーバーの理由はいくつか考えられる。重量センサーの不具合による故障。そうでなければ密航者の可能性もあった。
 仮に密航者が隠れてるなら、ロウはその人物を遺棄せねばならない。辺境宇宙法第13条の項目Dに書かれている。
 ES内で発見された密航者は、発見と同時に艇外に遺棄する事。



 超空間航法の発達に伴って起きた人類の銀河系進出が進むにつれこんな事態が起きるのは、トム・ゴドウィンというアメリカの作家が1954年に発表した『冷たい方程式』というSF小説が予見していた。
 人類が広く宇宙に散らばると、周囲から孤立した植民星や、未開の惑星を探査する探検隊にどうやって必要な物資を届けるかの問題が生じたのである。
 超空間航法可能なマザー・シップは植民者や探検隊を新天地に届けた後も、決まったスケジュールに従って新天地の各惑星を、定期的に訪問し、現地では調達できない医薬品や食料や飲料水や武器や燃料を運び届ける。
 しかし思わぬ緊急事態が植民星や、人類にとって未開の惑星で起きた時マザー・シップの方向を変え、予定外の日時にそこを訪れる余裕はない。
 そんなことをすれば地球の日本の鉄道時刻表なみの緻密なスケジュールは乱れ、地球と植民星との複雑な相互依存は、混乱に陥る恐れがあった。
 マザー・シップの数を増やせればよいのだが、その建造には高額の費用と長い時間がかかるため、ポンポン造るわけにはいかない。
 そのため植民星に緊急事態があった時物資や人員を送る安価な手段が必要となり、小型の緊急艇が生まれたのだ。
 小型緊急艇は組み立てが容易なため、マザー・シップの格納庫でも場所をとらない。
 軽金属と強化プラスチック製なので、燃料消費の少ない小型噴射装置で飛ばせた。
 マザー・シップはそれぞれ4隻ずつのESを持ち、量子テレポート通信で連絡が入ると、1番近くのマザー・シップが超空間から出て、必要な物資を乗せたESを発射する。
 その後再び超空間に入り、スケジュール通りのコースに戻った。
 核変換器で航行する母艦と違いESは液体燃料で推進する。核変換器は大きすぎて、緊急艇には搭載できないのだ。
 母艦はかさばる液体燃料を限られた量だけ積み、燃料は厳重に配分された。
 母艦のAIがESの使命達成に必要な燃料をあらかじめ算定するのだ。
 軌道座標、ESの質量、パイロットと積荷の質量、全てが計算に含まれた。
 密航者がいた時や事故で燃料が流出した時を予測し、通常ならこれに余分な燃料が足されるが、今回それは叶わなかった。
 なぜならESに燃料を注入する直前母艦は海賊船の攻撃を受け、4隻あるうちの3隻の緊急艇は破壊され、燃料の一部が流出したのだ。
 他の物質を燃料に変換可能な物質変換機も、その時破壊されたのである。







 緊急艇の要請を発信したのは惑星ティアドロップだ。
 この惑星は球体だが、北極大陸に高く尖った山があるので宇宙から見ると涙滴型に見えなくもない形をしており、そう名づけられたのである。
 この星の植民都市で大地震が発生し、急遽大量の食料と医薬品を送ることになった。
 母艦は超空間から通常空間に転送されるとロウの乗ったESを発射し、再び超空間に消える。
 そして地球時間で1時間後の今、緊急艇内の倉庫に食料や医薬品以外の何かがあると、デジタル表示は告げていた。
 ロウは、倉庫のドアに視線を止める。計器の故障でそう表示されてる可能性もあるが、密航者がいたら宇宙空間にそいつを遺棄するしかない。
 そうしなければ減速時に密航者の質量を埋め合わせるため、余分な燃料が使われる。
 緊急艇が目的の惑星に着くまで失われてならないわずかな量の消費。
 それが地表からある高さ(300メートルから30キロメートル以上まで、その値は艇と積荷の質量、先行した減速の時間で決まる)で、かけがえのない量の欠損としてあらわれる。
 ESは燃料を全て失い、自由落下にうつって墜落。中の人間は死亡するのだ。
 被災地に送りこむ物資も炎上する。そうなれば、この墜落はたちまち量子テレポート通信を使用したネットニュースで銀河全域に拡散され、そっちも炎上するだろう。
 ロウは操縦室を横ぎると、倉庫のドアの脇に立つ。そしてショック・ガンを腰のホルスターから抜いて構えた。
 片足だけを踏み出すと、倉庫のドアが横に開く。恐る恐る中に入ったが、誰もいなかった。と思ったが、明らかに人の気配がする。
「いるなら返事をしろ。スティルス・ジャケットを着てるのか」
「その通りよ。ごめんなさい。さあ、どうする?」
 やがて突然、密航者が微笑を浮かべて何もない所から出現した。体にはスティルス・ジャケットをまとっている。
 これのおかげで目に見えず、体温センサーにも感知しなかったのだ。が、重量はごまかせない。
 それは若い娘だった。まだはたちにもならないだろう。
 東洋系で、艶やかな黒いショートカットのストレートヘアに包まれた頭の先は、ようやくロウの肩ほどの高さしかない。
 甘い香水のにおいがほのかに漂ってくる。ロウと目が合うように、微笑を浮かべた顔を心持ち上向きにして、恐れも何も知らぬげに彼を見ている。
 彼は操縦席に戻ると、彼女に壁際にある箱型の推進制御装置の上に座るよう手で示した。
 彼女は従ったが、微笑は彼の沈黙によって、いたずらを見つけられ罰を受けるのを承知してる小犬のような表情へと変わっている。
「まだ答え、聞いてないけど。わたし有罪なんでしょう? それでどうなるの。罰金とかあるの?」
「ここで何をしてるんだ? なぜ、緊急艇の中に入った」
「兄貴に会いたかったから。仕事でティアドロップに行って地球時間で10年も会ってないの」
「スティルス・ジャケットは、どこで手に入れた?」
「母艦に落ちてた。海賊船が攻撃してきた時、反撃した戦闘員が着てたのが落ちたのね」
「母艦での君の目的地は?」
「フォレスト・グリーン。そこで働く事になってる」
 少女はそう説明した。
「兄貴のケンはパパとママとわたしの3人に仕送りしてくれてるの。わたしがとった特別課程も、兄が費用を出してくれた。それが思ったより早く卒業できて、フォレスト・グリーンに行く事になったんだ。だけどティアドロップでケンの仕事が終わってフォレスト・グリーンに来られるのは1年先なの。それでこの倉庫に潜りこんだってわけ。罰金なら払う。わたしと兄は2人兄妹で、あんまり長く会わなかったから、今すぐ会えると思ったら、ついやっちゃったの。何か規則を破るとはわかってたけど。あたしきっとブラコンなのね」
 その規則を知らなくても、彼女を責められないかもしれない。
 地球生まれの彼女には宇宙の辺境の法律が、それを生んだ環境同様非情なのがわからないのだ。
 が、辺境への無知が生む悲劇から彼女のような人間を保護するため、母艦のESを収容する場所のドアには『立ち入り禁止』の表示が出ていた。中国語、英語、スペイン語、ヒンディー語、アラビア語の5言語で書かれている。
「立ち入り禁止の表示は読まなかったの?」
 穏やかに聞いたつもりだったが、それでも自分の声がとがってるのにロウは気づいた。
「理解できたけど、そのぐらい大丈夫って思っちゃって」
 少女は、小さく舌を出した。まるで何かのつぼみのように愛らしい。
「兄さんは君が母艦でフォレスト・グリーンへ行くのを知ってたの?」
 少女は、首をうなずかせた。
「地球を発つひと月前、乗ってきた母艦でフォレスト・グリーンに行くのは量子テレポート通信で知らせたよ」
 ロウは制御パネルを操作して、減速を何分の1Gか減らした。それでも死を避けることにならないのはわかってたが、少しでも時期を延ばすには、それしかない。
    減速したので、緊急艇が突然落下したように感じられた。当然彼女は驚いて、思わず腰を宙に浮かせる。
「スピードを速くしたんでしょ。どうして?」
 幽霊でも見たような顔で、少女が尋ねた。
「少しでも燃料を節約しようと考えてね」
「そんなに残り少ないの?」
 娘の顔に、影が生じる。
「どうやってこの緊急艇に潜りこんだ?」
 質問には答えず、ロウは逆に聞く。
「海賊船の襲撃で、母艦の中が混乱してた時。でも、おじさんの怖い目からすると、いい思いつきじゃなかったね」
「ティアドロップで、何があったか知ってるかい?」
「知らない。ネットニュースを見てないから。ナノメディアでゲームばっかりやってたの。普段はニュースもよく読むけど、新作ゲームが発売されたばかりだから」
 ロウは母艦を量子テレポート通信で呼びだそうとしたが、やめにした。彼には彼女を宇宙に遺棄する以外の行為は許されていないのだ。







 その頃ロウが乗った緊急艇が向かっている惑星ティアドロップの植民都市は、予期せぬ震災で壊滅状態だった。
 地盤が固く、大地震は起きないと思われた地域に建設されたが、予想を裏切って災難に見舞われたのだ。
 多くの死傷者が発生し、食料も医薬品も足りなかった。
 他の物質を食料や医薬品に変えられる物質変換機も故障したり、運転や修理のできるスタッフが死んだり、やはり運転や修理のできるロボット達も震災の影響で壊れてしまった。
 そこへようやく天空の彼方から緊急艇が飛んできたのだ。ケンはESをホバー・トラックで迎えに行った。彼は宇宙港のスタッフである。
 通常ESは無人でAIの制御のみで動くが、母艦が海賊船の襲撃を受けて人工知能が故障したので、今回は特別にパイロットが搭乗してると聞いていた。
 ハッチが開くと、思いがけない人物が現れた。他でもない。たった1人の妹だ。
「なんでここに?」
 驚いて、ケンが叫んだ。
「いいから聞いて。積荷を全部下ろしたら、ESのAIを直してほしいの」
 妹の顔は殺気だっている。
「冗談だろ。こっちはそんな余裕はねえぞ。人工知能が故障したから人間のパイロットが乗ってるはずなのに、何でお前が搭乗してる」
「あたしが密航したからなの」
 妹は涙ぐんでいた。
「ロウってパイロットがあたしを宇宙に捨てるのはやめて、代わりに自分が脱出ポッドで宇宙に出たの。これで重量オーバーの問題は解決されたってわけ。この星まではロウが設定した自動操縦で来たんだ。ロウの話だとAIの故障は部品を交換すればすぐ直るから、母艦に戻る途中自分の乗る脱出ポッドを緊急艇に回収するよう言われたの」
「わかった。部品は、何を交換すればいいんだ?」
 妹は教えられた部品の種類を、脳波通信でケンに伝えた。
 その部品は緊急艇の人工知能が故障した時を想定して、宇宙港には大量にストックしてある物だった。
 ケンはすぐに探したが、地震で壊れてない物がすぐ見つかったのだ。
 そして、それをESの壊れた部品と交換し、復旧した緊急艇のAIにロウを救出するよう命じた。
 物資の積み出しが終わったESは大気圏脱出用のロケットに搭載された。
 ロケットはティアドロップの地上からジェット噴射で舞いあがる。
 そして大気圏を脱出すると、途中でロケットから切り離され、ロウが中に収納された脱出ポッドを求めて飛んだ。
 ポッドは量子テレポート通信で、緊急信号を出していた。緊急艇はポッドを回収すると、最寄りの母艦に向かって進んだ。
 ロウを乗せたESを射出した艦はすでに遠くまで行ってるので、現時点で1番近い他の艦に行くのである。
 すでにその艦と接触するのは連絡済だ。緊急艇は艦に回収されるとポッドごとロウを置き、代わりに追加の物資を積む。
 そしてティアドロップへ再び飛んだ。



 



 地球時間で1週間後震災の後片付けがどうにかこうにかちょっとだけでも落ち着いた頃、ケンと妹は量子テレポート通信で、ロウが回収された艦に連絡を取った。
 すぐに立体映像で、ロウの元気そうな顔が現れる。
「はじめまして。ケンと申します。妹のために無理をしてくださって、ありがとうございます」
 ケンは故郷の日本式に、深々と頭を下げて続ける。
「ぎりぎりの燃料しかなかったから、妹は宇宙に捨てられてもしかたなかったです。それが銀河辺境を支配する冷たい方程式ですから。ぼくも宇宙港で働いてるからわかってます。なのに助けてくださって」
「方程式はどうせなら、クールに解かんとね」
 ロウは片目をつぶってみせた。







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